今日のコラム・バックナンバー(1997年10月分)


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今月のバックナンバーから
掲載は日付順になっています。


1997.10.1

ローカルな話題なのだけれど
筆者の住む諏訪というところは戦前は製糸で有名なところだった。
「女工哀史」で有名なことは皆さん知っておられると思う。
筆者が子供の頃は「繭蔵」とか豊富な水源を確保するための
巨大なレンガ造りのタンクが町中にところどころあったりして
この町の成り立ちが自然に自分の中に刷り込まれていたように思う。
諏訪湖畔には当時の史跡ともいうべき文化材も残されている。
かの有名な片倉シルクや片倉財閥も岡谷という町から始った。
日露戦争の時の軍艦も当時シルクの輸出で稼いだ外貨で買うことが
できたのだとはよくでる話しである。

ただご存知のように戦後は精密加工に変わった。
時計、カメラ、オルゴールなどが戦後の諏訪の産業のメインになった
ことはご存知の人も多いと思う。

また諏訪の産業の戦前戦後を通じて盛んなものに「醸造業」がある。

このあたりの話しは3年ほど前のNHKの朝ドラで女優の細川直美さん
が主演でやったからご存知の人もいると思う。

先日そんな諏訪の産業の変遷を年配の方からお聞きする機会があった。




1997.10.2

戦後の諏訪の精密機械工業が都会からの企業疎開によって始った
ということも、地元の先輩がたには昔あった確かな話しではあっても
我々のような「わかもの」?には始めて聞く話しであることも多い。

ごくごく大雑把に言えば、現在、諏訪湖の回りにある様々な大手企業も
戦中の疎開によって諏訪に会社や工場を移し今にいたり、また、
その仕事が下請け構造を形作るなかで現在の諏訪の主要な産業に
発展してきたというのだ。

戦前、製糸業によって生まれていた豊富な労働力も戦後はそのまま精密加工の
労働力として産業の復興に貢献することになったらしい、
(じつはそのあたりの、たぶん昭和20年代の混乱期に
           具体的にどんな変化が現れたのかは残念ながら聞きわすれた。)

もちろん戦争当時のことだから鉄砲や玉などの銃器やあるいは自動車などの
部品もそういった企業によってこの諏訪で作られたのだという。

お聞きしていて、「あーそんなこともあったんだ」、と、とても興味深かったのが
当時、疎開中、鉄砲を作るために新潟から鉄砲鍛冶の職人を呼んで来て
地元に生まれたばかりの鉄砲作りにノウハウを蓄積したのだという。
また、戦中戦後、そうした銃器などの廃棄による残骸のなかから
以前ここでお話した「スケート」なども生まれてきた。

当時のこうしたノウハウが戦後の機械工業の伝承にもなり、また、
諏訪という土地、昔からの産業、都会からの疎開企業、別の地方の昔からの産業が
ここに出会い新しい産業が生まれ育つ礎にもなったのだ。

今の我々若者?には想像もつかない、とても「ダイナミック」で
「大きな変化と産業のうねり」が当時この諏訪の地でおこなわれたのだと思うと
ある種、とても大きな感動を覚えずにはいられない。




1997.10.3

ひるがえって今、我々の目の前にあるこの国の産業の姿はどうだろうか。

もちろんここで製造業をめぐる一種の閉塞感とその現状をいまさら
あげつらうつもりもない。

重要なのはこんな状況でも確実に戦後の産業の大転換と同じ
ことが今後起こるだろうし、すでにその息吹が現われている
ということを産業人として真摯な態度で見て取ることだろう。

もう一つ大切なのはきっと現れているはずのそういった「小さな変化」
を見逃さず、確実に「育てる」ことだろうと思う。

それらの「現われ」はけっしてまだ目立つものでもないだろうし
華々しく変化は進むものでもない。
また、たぶんそういう変化そのもの、あるいはその変化のまっただなかにいる人、
その変化そのものである人、は自らがその「場」に今、あることに
残念なことには多くの人が気がついてはいないのだろうと思う。

しかし今後はそんなことにいやでも直面することにもなる。
産業人であることそのこと自身、
ものを作っている人であること自身、がそれを気づかせるのだろうと思う。

そして、きっとそんな人びと同士の出会いが今後町の様々なところで
出現することになるだろうとも思う。




1997.10.4

岐阜県工業会で産学官からなる研究組織
「MV調査開発特別研究会」なる組織を発足するのだそうだ。

MVとはミラクルビークルの略で
地上では翼を折りたたんで走行し、
翼を広げればプロペラ駆動で空に飛び立つことができる。
動力源は電気モーターで動くのだそうだ。

こういった車を作ることで新産業の方向付けをするのだという。

普通考えたら「空とぶ電気自動車」なんて荒唐無稽な考えだろうけれど
電気自動車で「街づくり」と「産業づくり」を、ということを以前から
いっていた我々諏訪湖電走会としてはよくわかる気がする。

空を飛ぶことはそう簡単なことではないし、もし出来ないとしても
(ゴメンナサイ)そこに至る過程で得られることはたくさんあるはずだ。
本当に産学官でいっしょに進めることができるのならば
素晴らしいことだと思う。

岐阜県工業会の皆さん、是非頑張ってください。



1997.10.5

製造業とは一面、関係ない話しだけれど
来年長野オリンピックの滑降競技のスタート地点のことで
ここのところ国際スキー連盟と長野五輪組織委員会とのあいだで
もめているのはテレビ等で有名な話しだ。

それぞれになるほどと思わせるような理由があって
どちらが正しいのか、そう簡単には結論が我々も出せそうにないし
また出すにしても我々には関係のないところでの話しだから
ここで「考えても」あまり関係ないか?。
いやいや、でも地元長野に住んでいるのは我々なのだし、
同時に、産業人としても我々はきちっと意見を持つべきことなのだろう。
どちらになるにしても我々の未来に密接に関係したことなのだ。

今後こういうことはたくさん起こる問題だろうと思う。

オリンピックのスタート地点の引き上げが産業とどんな関係に
あるのかは深く考えなければならないが、
すくなくともこの問題を「なし崩し」ではなく
きちっとした議論を踏まえて解決していく、方向を出していく。
そういう構えが不可欠だ。
焦ってはならないし、無視してもならない。
21世紀の人間に「思慮が浅く、問題の残る長野オリンピック」として
記憶されるのか、「深く考え、21世紀に向けたオリンピックの良い前例」と
して記憶にとどまるのか。

真正面からこの問題をとらえてこそ
20世紀最後の冬季オリンピックにふさわしいのだと思う。





1997.10.6

配管抵抗低減剤というものがあるそうだ。
密閉された循環水内に添加すると水流量を上昇させることができるのだそうだ。

一立方メートルあたり三キログラムの配管抵抗低減剤を投入すると
毎分7リットルの流量が9リットルに上昇する。
揚程不足の解消や循環流量ダウンを解消できるのはもちろん
ポンプの回転数を下げても同程度の水量が確保できる訳だから
2〜3割の省エネにもなるのだという。

今度国内で始めて国産の配管抵抗低減剤が市場に投入されるのだというが
面白いことを考えた人たちがいるものだと思った。
きっとそんなことは昔からあったのかもしれないし
その関係業界では常識なのかもしれないけれど
普通の人にとっては「へー、なるほどねえ」と思わずにいられない。

人間関係の中にも人と人の間の潤滑剤になる人っているものだし
案外いろんな世界にこういったことってあるかもしれないと思った。
自動車の交通システムにもアイディアとして使えるかもしれない。





1997.10.7

東京モーターショーがいよいよ近づいたからだろうか
自動車の話題ももちろんだけれど
電気自動車の話題もここのところ新聞紙上やいろいろな媒体で
関連付けて書かれはじめている。

ところどころ地方自治体での「低公害車フェア」が盛んに開かれているし
新聞の話題をみると電気メーカーがいよいよ自動車メーカーの
電気自動車用モーターを供給し始めるし、、、
今年中には「ハイブリットカー」が発売されるというのは
わくわくするような話題だ。

来年の夏には四国で日本で初めての電気自動車による「公道ラリー」
が行われることになった。

5日間にわたって500キロの公道を走るというもので
学生、企業、一般からのエントリーを受け付ける。

いよいよ「そんな時代」になりつつある。




1997.10.8

一時話題になった全国にところどころ建設される予定だった「農道空港」
結局採算が取れない、使われない空港ということで
計画見直しのところがでてきたりでなにやら問題が多い。

ちょうどテレビでもやっていてなるほどと思ったのだけれど
当初、農産物の輸送と同時に「人の輸送」も考えられていたらしいのだが
運輸省との話しで「危険性」とかの問題から「人の輸送」はできなくなって
しまったらしい。

ずっと以前の話しなのだけれどテレビでやっていた。
イギリスにはイギリスからオランダとか大陸に毎日ビジネス用に
運行する小型コミューター機を使った小さな航空会社というか
ベンチャー企業が存在するらしい。
家庭的サービスときめ細かい運行計画と近距離に絞った
小型コミューター機の利用というところが受けて
結構繁盛しているのだという。
飛行機にのることまでベンチャーになってはこまるのだが、
面白いと思っていた。

日本でももちろん高速道路の完備によってロジスティックや人の移動が格段に
改善されている。
が、それがすべてではないだろう。
もっとある領域に絞った先端的なロジスティックや人の移動があっても
よいのだろうと思う。
国土が狭いからだめではなく狭いなかにもうまく考えれば特異な利用形態も
あるのだろうと思う。
日本にだって「航空ベンチャー企業」が生まれる可能性だってない訳じゃない。




1997.10.9

本当に偶然なのだけれど
今日の日刊工業紙に昨日書いた「航空ベンチャー企業」のことが
特集されていた。
なんでも現実にこういった計画がいくつも進んでいるのだという。

来年の4月あたりから2000年頃にかけて
日本国内でも6社あまりの「航空ベンチャー企業」
が誕生するのだという。
やはり規制緩和の動きを受けてこの間、非常に早いスピードで
計画が立ち上がって来たらしい。

「運賃半額」というところが「売り」でもあるらしいのだが
安全という航空産業には不可欠な要素をしっかり満たすために
コストとのにらみ合いは当たり前ではあるが出てきてしまい
「運賃半額」というのも実際は難しいことなのだという。
でもあまりジェット化にはこだわらないでいいのではないかと
思う。実際は小型コミューター機でも充分だと思う。


また、大部分の路線は必ずと言っていいほど
「羽田」から有力地方か、あるいは有力地方から「羽田」へなのだが
これは致し方ないところなのだろうか。
あまり大手三社と同じ土俵で競争してもあまりメリットがないように思う
のだけれど、これは素人の智恵か。
結構、弱小地方の空港で大手航空会社の路線がペイせずに撤退しているところも
相次いでいるようだから、むしろそのあたりに絞って
土俵を作ったほうがいいのではないかと思うのだけれどどんなものだろうか。




1997.10.10

もともと日本のように国土の狭いところで
ジェット機のような大きな航空機を運行させることは少し
無理もあるのではないかとも思える。
どこでも皆、「ジェット化、ジェット化」と叫ぶけれど
実際にはどれだけ有効かは疑問も残る。

よくよく考えるとどの路線も皆「行って来い、行って来い」であって
バスや電車のように路線の途中に停留所があって
「乗合う」、ということはない。

もちろん、今後この調子でいけば例の「リニアモーターカー」が実際に
投入されるのは間違いないことだから
あまりその領域と近くなっても問題もある。
あのスピードは確かに翼のない飛行機がリニアモーターカーであるともいえるからだ。


だから航空運行産業を地方に位置づけるというとよりも
リニアモーターカーの次にくるものは何なのかを考えるといいのではないか
とも思う。
リニアモーターカーをもっと先鋭化させたもの、そんなサービスがもし考え
ることができれば面白いと思う。


1997.10.11

高速道路と鉄道の利用が今のところコスト等の問題で
ロジスの分野では一番一般的な方法論であるということは間違いない。
航空機利用はそういう点ではまだ「隙間産業」なのかもしれない。

もし高速道路と電車の利用に張り合えるとしたら「海」の利用だと思う。
国土をすべて海に囲まれている日本は
海の利用をもっと考えるべきだと思う。

先日テレビでアメリカの上陸用舟艇が取材されていたが
今アメリカの海軍ではホバークラフトを利用している。
結構な物資をホバークラフトは陸にあっという間に陸揚げしてしまう。


水中翼船というのはまだ観光用等のわずかな隙間で利用されているに
すぎないがこれもスピードの点ではみのがせない。
あれだけの船体を水上に持ち上げるのだから相当エネルギーを
使うのだろうと思われがちだが
水上に持ち上がった時から抵抗が激減してとても小さなエネルギーで
スピードがだせるらしい。

航空機や船舶を作ることってまだあまり産業として認知されていないが、
今後こういったことが広く知れてそれを使った輸送手段を確立しよう
とすれば新たな様々な産業やものづくり、技術や雇用だって
日本固有のものがうまれるのではないかと思う。





1997.10.12

以前筆者の住む街に新しい「DO IT YOURSELF」の店や本屋
が集まったお店街ができたと報告したけれど
それに続いていよいよ「都会風大型デパート」が出現した。
これで筆者の住む6万人程の街に大きな販売用核店舗が3つもできた。
さすがに以前は地元の人らしき人しか歩いていなかった町中も
最近は明らかに地元じゃないなあと思われる人が歩いていて
確かに人とものとお金の流れは変わりつつあると思える。

商圏としてはこの街を中心にして結構な範囲まで仮想商圏としているらしく
鼻息は荒い!

それにしても「まちづくり」にしても「大型店開発」にしても
「産業の活性化」にしても、他の地域には負けないぞ!というのは
うなづけるのだけれど
よその街の消費者を吸引するというのはなんか釈然としないものが
あるのもたしかだ。
もちろん地域間で良い意味で競争するというのは大事だし、
新しい消費者を発掘したり消費とかを創造するということであれば
納得もできるのだが、、、どう考えたらいいのだろうか。




1997.10.13

三菱の電気自動車用のアルミのシャシーの開発が進んでいるのだという
この前も話したけれど本当にここで「電気自動車」の関連技術が
ほんものになりつつある。
たぶん今度の「東京モーターショー」はそういった方向から見ても
見ごたえのあるものになるだろう。
一番の問題とされるバッテリーについてもハイブリッドや
バッテリーそのものの技術の深化で近いうちに素晴らしいものができる
だろうと思う。

さて、ところで、次に問題になるのはそんな電気自動車を実際の社会に
溶け込ませるのにどうしたらいいのかということだ。
もちろん性能がよくなれば自然に社会が受け入れてくれることも間違い
ないとは思う。コストさえあえば間違いなく「当たり前」でうけいれられるはずだ。

但しほっておいてもそれが進むかというと問題もある。
電気自動車も最初からすごいものになるはずもないのだから
性能差等を考慮した社会への組み込み方というのがあるはずだ。
というか、そうしないと一律には広まらないと見ていいだろうと思う。

今の社会の仕組みは大部分が間違いなくガソリンをたいて走る車のために
できているからだから比較的コスト面でも導入のしやすい業界なり分野なりでの
先行した導入というのがかかせない。

「東京モーターショー」でそのあたりまで考えられた提案が
各メーカーからどの程度提案されるのか、興味がつきない。






1997.10.14

この前自動車やモータースポーツを題材にしたテレビ番組でやっていたのだけれど
1600クラスの安価な乗用車で高出力馬力の車を登場させたメーカーがあって
それを「日本のモータースポーツの活性化の一助になれば」、、
と評論するモータージャーナリストがいたのが、なにを考えているのだか、、。
そんなことが「日本のモータースポーツの活性化の一助」になるほど
簡単な話しではないと思うのだ。

電気自動車だって同じ事、ここでいろんな目新しい技術を満載した
ものが登場するのだが、それを実際の社会に投入するには
それなりの「構え」や「構想」や「文化」、が必要となる。
少し話しを拡大すれば「風力発電」とかも同じことが言える。
我々からそういった提案ができるのも今の時代ではあるのだが、
メーカーの提案や企画力、構想力もやはり重要なのだとは思う。


そういえば違うテレビ番組でフランクフルトのモーターショーを報告したものがあって
この中であるヨーロッパの自動車メーカーの人間が言っていた。
「21世紀のデザイナーは「造形」ではなく「文化」を提案できることが必要だ。
                 日本のメーカーはすごいけれど、それが必要だと思う。」
全くその通りだと思う。



1997.10.15

昨日のテレビや今日の新聞に載っていたからご存知の人も多いだろうけれど
いよいよ「ハイブリッド電気自動車」が発表された。
固有名詞で言ってもいいだろう。同じ物はいまのところないのだから。
トヨタ自動車が開発した、その名を「プリウス」という。
世界で初めて市販されることになった電気モーターと内燃機エンジンの
合体された「ハイブリッド電気自動車」だ。
以前より発売されることは確実視されていたのだがいよいよ
12月より市販されることになった。

価格は215万円と同クラスの乗用車に比べると50万円程高いと言われるが
月に1000台の販売を考えると全くの大バーゲンということだ。
月販1000台というのは確かに普通乗用車の販売台数としては無茶苦茶少ない。
さすがのトヨタでもどれだけ販売できるかは読めないところだろう。
でも「おお化け」する可能性だってない訳じゃない。
「電気自動車」に乗ることが文化になったり、
一種の「ステータス」になったり、
駐車料金が安くなったり、、、
それなりの「特典」があればおおいに盛り上がる可能性だってある。

昨日、一昨日とここに書いた、メーカーの提案や企画力、構想力も含めて
せっかくの「ハイブリッド電気自動車」を社会に溶け込ませるための方法論を
早急に作るべきだと思う。





1997.10.16

いいかげんに電気自動車の話題から離れようと思うのだけれど
毎日、新聞やテレビなんかで東京モーターショーの話題や、それも
今回のテーマが環境や省エネなんかだったりするという話題だったり
地球温暖化防止京都会議の話題や
長野オリンピックの滑降地点引き上げの
問題なんかがとりあげられたりしていてなかなか話題から離れられない。

「冷静」に考えてみると
回りの一般的な人々の間でも「環境問題」や「省エネ問題」について
一時よりは高い関心がもたれていることが感じられるように
なってきたと思う。

筆者はそういったことを地場でいろんな場を通じて主張させてもらって
いるからそんな人と会う機会が多い、、、ということを差し引いてみても
日頃会って話しをさせていただくいろんな産業界の人が思いのほか
関心を持っていることに最近気がついた。

面白いと思ったのはそんな産業界の人々がけっしてヒステリックな
感情論でものを言うのでもなければ
根拠のない悲観論や楽観論で見ているのでもないということだ。

そんなに専門的な勉強もしているわけでもないのだが
それなりに産業人としての冷静な判断というか、ものの見方で
こうした現象を捉えているのだ。
むしろ技術者や産業人としてどうしたらそういった問題を技術的に
解決できるのか、そこに自分としてものを作ることを通して参加
できないか、というきわめて「健全」なアプローチを考える人が多い。
これがとても頼もしいと思う。



1997.10.17

今年6月に三重県志摩半島上空で
旅客機の突然の大きな揺れによって乗員乗客が大きな怪我を負ったという
事故は当時やそして最近でも事故の原因をめぐって
議論がされていて新聞等でも報告されているから知っている人も多いと思う。

最近ではこの直接的な原因を「操縦不適切」とするものと
「機体特性の問題」とするものと意見が別れ、議論になっている。

問題となっている機体はコンピューター制御によって
省エネというか燃費効率が良い機体としてアピールされているものだ。
そのため、重心が後方によっているとか、水平安定板が小さいとか、
人によって制御される機体よりもそれなりの特殊化がなされているらしい。

ここまでは飛行機の話しなのだけれど
これをよく考えてみると機械や産業機器と人間との関係に関する基本的な
問題でもあることに気が付く。





1997.10.18

確かに省エネや効率的な運行、操縦、あるいは操作のために
コンピューターを利用することによってそれが
安価に平均的にだれにでも、可能になることも事実だ。

逆にそれがいざ人間の操縦や操作に委ねられなくてはならない側面に遭遇
するといっきにそれが逆転してしまうことにもなり兼ねない。
人間にとってはとても操作し難い、操縦し難い、ものになってしまうのだ。

飛行機でも最近の戦闘機は先鋭的な操縦特性を実現するために
「わざと」バランスが崩れた飛行機を作りそれを優れたコンピューターに
よって制御することによってかろうじて制御する仕組みになっている。
だからいざコンピューターが故障すれば人間の操縦技術ではとても制御
できるようなしろものではないらしい。

安全ということを考えるのであれば、いざという時のことを考えて
人間の介在できる余地を残しておくということは大事なことだろう。
同時にその主導権の移行する過程においても人間の感覚や優位性と劣っている点
をよく考えたものにして、仮に人間が介在しなくてはならない状況になっても
うまくその状態に移行したり運行できるものでなくてはならないと思う。
ないしは、人間が全く介在しなくても確実に運行、運転できるシステムまで
高度なものにするべきだ。だがそんなシステムを望むことは無理がある。





1997.10.19

常に我々がものを作ったりサービスを創造したりするのは
実際のリアルな事実や自然に対する「その時点」までの最上の解決策であって
事実は我々の想像を超えて常に無数の形態や状態に変化する。

簡単に言えばトラブルの種類はいくらでも存在し、完全な機械や技術というものは
存在しない、ということだ。
ここをすべて解決できると思い上がると手痛いしっぺ返しを食らうことになる。

機械や産業機器と人間との関係だけでなく社会や環境との関係においても
同じ事が言えると思う。

例えばエネルギー問題や環境破壊の問題はとてもナイーブで多面的な問題を
すでにそれ自体が内包してしまっていて簡単には結論めいたものは出てこないと
いつも思っているのだが、
少なくとも人間が作り上げてきた技術や産業について我々はいつも
思い上がりだけはしないように気をつけるべきで、それを失った時に
いろいろ問題を起してしまうのだという自戒はすべきだと思う。





1997.10.20

最近の日経産業新聞はネット家電についての特集が多くて面白く読んでいる。
本日付けの特集記事にもネット家電について載っていたがこの中には
読者代表にアンケートをとった結果ものっていた。
少し気になったのが「インターネットテレビを購入したいと思いますか。」
という質問だ。
これに対して72%が「購入したいと思わない」という答えが返ってきたと
されるのだが、これをまにうければ、「インターネットテレビはいまのところ
はやりそうにない」とか「まだ、市場に投入されるには早い」とかの結論が
でてくるだろう。
しかし筆者は全くこのアンケートの答えは真に受ける必要はないと思っている。

確かに72%が「購入したいと思わない」という結論をとりあえず持ったことは
間違いのない事実だろうけれど、今後のコンテンツやインターネットテレビの動向で
この数字は驚く程の速さで変わる可能性もあると思う。

もともとインターネットテレビなんていまのところちゃんと使った人は
メーカーの人間も含めていないはずだ。
どんな利用方法があるかもまだわからないハードウェアを
使ったこともない人に購入したいかと聞いてもあまり信頼性のある返事が返って
くるとも思えない。




1997.10.21

すべてそうだ、といったらとても語弊があるのだけれど、、あえて言えば
日本人は情報検索をしない民族だといった人がいたけれど
うなづける気がしている。

日本人の積極性ということにも関係するのかもしれないが
積極的に情報を調べたり人に会いに行ったり、、ということは
苦手のようだ。

「おかみ」からの指示待ち体質に慣らされているといっていいのかもしれないが
待っていれば仕事の情報なり生活に必要な情報は比較的潤沢に「上」から
流れてくる仕組みが日本にはあってそんな中では自分から情報を取りに行こうとは
あまり思わないし、必要もなかった。
なまじ人と違う情報でも信じてしまったら仲間外れになってしまう可能性も
あるから、たぶんこれはおかしいぞ、と思っていても
結局多数に迎合する雰囲気がある。それで自分で情報を捜したり検討したり、は
あまり得意ではないのだと思う。

これからインターネットも含めて情報利用の高度化が始るのは誰もが疑わない。
だが我々日本人にとってはこの特殊性をよく考えないと
「高度利用」は案外難しいのではないかと思うのだ。



1997.10.22

インタラクティブだの双方向だのとインターネットが騒がれるように
なってから盛んに言われるけれど
昨日の情報検索もそうだがこの「双方向性」というものも
積極性ということに関連してとても日本では難しいものだと思う。

それでも最近は通常のテレビ番組のなかで双方向な「雰囲気」をだそうと
いろんな試みがされてきていている。
ニュース番組の中で視聴者からインターネットを通じて
意見を送ってもらったり、娯楽番組で応募をインターネットでしてもらったり

、、まあそんな気持ちもだいじだわな、とも思うのだけれど、
ただ、どうしてもテレビ番組のなかの「色物」的扱いになるのは
仕方のないことかもしれないが、少し(だいぶ?)食い足りないのもたしかだ。

それにインタラクティブを実現する「ハードウェア」が
しっかりと実現されるまでは時間がかかるだろうし
同時にそのコンテンツを作るノウハウもまだまだだから
もともと無理といえば無理な話しなのだが

今後の日本における情報の高度利用は一人ひとりの積極性というか
「情報」の読み書きのレベルアップと同時に
「インタラクティブなハードウェア」の整備と「コンテンツ作成のノウハウ」の
蓄積が欠かせないと思う。
いやむしろ「コンテンツ作成のノウハウ」が鍵を握っているといっても過言
ではないとおもう。
で、この鍵はもしかして日本だけではなくて世界に通用するものでは
ないだろうか、とも思うのだ。





1997.10.23

あのアメリカでもパソコンの普及率はそろそろ頭打ちだというし
ご存知のように日本でも確実に普及率は頭打ちだ。

今後、家庭や産業や商業の分野でパソコン普及なり高度情報化!がすすむのには
「インタラクティブ」で「ハイブリッド」なコンテンツの創造と
それを可能にする「インタラクティブ」で「ハイブリッド」なコンテンツを
配信できる機器の普及が欠かせない。
機器といってもいままでここで書いてきたようにパソコンのようなものではなくて
もっと簡単で扱いやすいものだ。

ボタンを押せば「ブーン」と電気が入って
初期画面が自動的にたちあがって
すぐやりたいことが始められる
別に複雑怪奇な「アプリケーション」なんていらない。
やりたいことなんて4つか5つあればそれで事足りる。

以前書いた「きよおばあちゃんの電気ポット」なんかだったらもっと簡単
画面も立ち上がらずにすぐ使える。
でもこれだって「インタラクティブ」で「ハイブリッド」だ。
なんたって湯沸かしポット−プラス−通信機器、なんだから。

「インタラクティブ」で「ハイブリッド」なコンテンツ、、今後はこれがみそ!!
コンテンツ屋さんとものづくり屋さんがいっしょに活躍できる場がここにある。
これは日本のお家芸ではないのかな?



1997.10.24

ここのところのスポーツの話題といえば
野球の日本シリーズの行方と
サッカーのワールドカップでフランスに行けるかどうかと、
来年の冬季オリンピックの滑降競技で
八方尾根のスタート地点が1800メートルになるのか
1680メートルになるのかという話題
の三つだ。

野球はともかくサッカーとスキーはここのところ
競技人工やファンが減ってきていて人気にもかげりがあると
つたえられている。
スキー場もここのところスノーボードがスキーに変わるものとして
懸命に設備導入したり誘客したりもしたのだが
期待通りにはいっていないことは以前ここにも書いた。

サッカーも今時点ではワールドカップにいけるかどうかでここしばらくは
話題にはなるだろうけれど
どうも一時のサッカー「ブーム」は残念ながら去ったと言えるだろう

そんな人気の陰ってきた競技やスポーツに限ってここのところ
いろいろと新聞やテレビで話題になるというのも皮肉だが、
なぜこんなことになってきたのかしっかりと考えなくちゃならない
ことはたしかだ。



1997.10.25

サッカーとスキーは両方とも歴史が浅いということでは共通する。
もちろん両方とも戦前から日本にもちこまれたのではあるのだろうが
戦後アメリカに占領された日本においてアメリカでメジャーな野球が
それらに比べてメジャーになっていく関係にあったことも事実だろう。

サッカーとスキーが一時ブームになったのは
日本の経済的な「繁栄」とも関係があることもたしかだ。
バブルに踊った当時、日本中に作られたスキー場と高速道路がスキー客を
大量にスキー場へと若者を運んだ。

ようやくできたプロリーグが大量の人とお金と資本をそこに投入させ
ブームをつくった。

それまであった「地味」で「マイナー」なサッカーとスキーがいっきに
花咲いたという感じでもあった。それはそれで否定すべきことではないだろう。

だがここでこれらのスポーツがブームの終焉ということでマイナーに
なっていくのはあまりに残念だ。
もちろんいくら人気が陰ってきているといったって好きな人はいつまでも
ファンだし、空いたスキー場でスキーが思い切りできる方がいいという
こともあるけれど、、

経済の浮き沈みでその国のスポーツやもしかしたらいろんな「文化」や
「技術」の変遷や深まりや進化がそこで途切れてしまったら、、、
それはあまりに残念なことだと思う。




1997.10.26

毎週日曜日の毎日新聞に書評のコーナーがあって
その中に時々放送大学の森谷正規先生の書評がある
氏の著作や書評はすごく面白いのだ。
基本的にはものづくりに関連した本の書評が多いのだが
その外の書籍についてもなかなかのものがある。

さて、先日の書評に去年まで名古屋エスパルスで監督として活躍していた
アーセン・ベンゲル氏の勝者のエスプリという本の紹介が載っていた。
「勝者のエスプリ  アーセン・ベンゲル著  NHK出版1500円 」

ようやく探し出して読んでみた。
確かに外国からみた日本人の組織論みたいなものもかかれていて
下手なノウハウ本よりよっぽど面白いし、「役」にも立つ。




1997.10.27

昨日の続き
書評にも書かれているのだが
基本的にベンゲル氏が感じた日本人とヨーロッパの違いは
日本人は集団にとっての利益とは何かを考える認識能力に優れている
ところなんだそうだ。
ところが逆に一人ひとりがプレーのなかでイニシアティブをとろうとする
姿勢に欠けるという。
具体的に細かく決められた任務を与えるとそれを果たすことで満足
してしまうのだという。
これは練習の仕方でも試合でもおなじことでとかく監督に聞きたがる、
ベンゲル氏にはそれが歯痒かった。

自律的に自分からイニシアティブを持った、曰く「自己表現」の能力
がかけているということなのだという。
「選手一人ひとりがのびのびと自己表現をして、監督がチーム全体の自己表現
させてこそ、魅力ある強いチームが生まれる。」
書評を書いた森谷氏はこれと似たような主張をするスポーツ監督は
日本人ではラグビーの平尾誠二氏がただひとりいるだけだといっている。

この平尾誠二氏については以前その主張と著作についてやはり同じようなことを
言っておられたからこのコラムでも紹介した。(1997.5.12付け)

結局この問題というのはサッカーやラグビーだけの問題ではないと思うのだ。
今日本で必要とされている「ベンチャービジネス」についても
同じことが言えると思うのだがどうだろうか。



1997.10.28

もうだいぶ前の話しになってしまったのだけれど
先日名古屋で開かれた「メカトロテックジャパン97」にいってきた。

東京や大阪で行われる「国際工作機械見本市」に比べると
規模では確かに小さいが、その分テーマがはっきりと感じられて
全体として今後の機械系の製造業への主張が伝わって好ましい感じがした。

塑性加工の分野での展示が少し少ないようにもかんじたが
・高速、高精度な金属加工、
・新素材の加工技術の提案、
・環境面に配慮した生産システム、
・FAのオープン化
等についてはそれなりに主張が感じられるものだったと思う。

特にFAのオープン化については今回特に力が入っていて興味深かった。
今回は展示の合間にもFAのオープン化についての「セミナー」等も
開催されていて、熱心な関係者によって賑わっていたようだ。





1997.10.29

ちょうど今日の日刊工業新聞の第二部が「工作機械特集」で
今後の機械加工の課題などが大学の先生や各界の研究者、企業
によって語られている。

最終面には九月にドイツで行われた「ハノーバーメッセ」の
見聞録が載っていた。
「ハノーバーメッセ」とは世界三大国際工作機械展示会の一つだ。
もちろん日本で二年に一度行われている国際工作機械見本市も
その中の一つに数えられている。

配布パンフレットによれば
「展示会のハイライトとして五つの「特別展示・討論」があげられている」
そうであった。
・高能率生産
・工作機械制御方法の研究開発
・超精密、微小加工、
・オープンコントロールシステムの討論
・工具の未来の討論

今回の「ハノーバーメッセ」のテーマはこれらのテーマであったのだろう。
またやはり、環境汚染対策に関心が持たれていたともいう。
これらの中に塑性加工が含まれていたのかはわからないが


テーマとしてないのが少し疑問ではある、、。

他は全体として当然というか、日本での展示会なんかでのテーマとほぼ同じだ。
もちろん同じようなメーカーが展示するのだから当たり前ではあるのだけれど、、、



1997.10.30

ここのところ「展示会」開催が続いている。
今も東京ビックサイトで様々な展示会が行なわれているので
早速行ってみた。

今日はロボット展に行って思ったこと、、、。

様々なメーカーからたくさんの「産業用ロボット」が展示されていた。

まず思ったのが皆同じ格好をしているということ
直交型にしろスカラ型にしろどこのメーカーも同じ形だ。
今回もパラレルリンク型が少し出ていたし
建設用のロボットもそれなりに特殊な格好をしていたが、、。
それと本田技研が例の二足歩行ロボットを展示していたのが目立つくらいか。

ロボットが人間の代わりに仕事をするのだから人間の腕に似るのは
しかたないのだろうか。

もう一つ、どこのメーカーのロボットも回転工具を持たせて
バリ取りや穴あけ加工なんかをやっていたのだけれど
考えてみればマシニングセンターみたいな機械も
スカラ型ロボットみたいな仕組みの加工機でもいいはずだと思った。
剛性の問題もあるけれど結構いろんな加工ができそうに思える。

もう一つ、、どこのメーカーも少量多品種の製品加工のために
どうやってティーチングを簡単、短時間に行なうかに腐心していた。
慣れの問題もあるのだろうけれど「結構こりゃたいへんだわ」、と
思わず考えさせられるものがまだまだ多いように思う。

生産、加工システムや組み立ての方法論の見直しがここのところ多い。
単純に人間の代わりとしてのロボットとしても、あるいはもっと
違う概念の「産業用マシン」としてもむしろ課題はこれからだろうと思った。




1997.10.31

今回のロボットの展示でもあったのだろうけれど
ただ単に作業を代行するものから
もっと人間の技能を表現できるものなど様々なものがあるはずだ。

今回はどちらかといえば作業の代行をいかに早く進めるかというものが
多かったように思う。
人間の技能やノウハウを高度に実現できるのは費用的にも
難しいのかもしれないが、今後はそういった利用が不可欠だと思う。
無論、いくつかのブースでそれらしきものを見ることができたし
他のメーカーでも、もちろん開発も進んでもいるのだろう。

できれば今回の展示会でもそういうもの、新しい提案みたいなもの、
が見たかったのだが、、、

というわけで今回のロボット展は「今はまだこんなものなのかなあ」、と
少しさみしい気持ちにもなったのだった、、、。


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