今日のコラム・バックナンバー(1997年9月分)


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今月のバックナンバーから
掲載は日付順になっています。


1997.9.1

今日の新聞なんかをみるといよいよ「ネット家電」みたいなものが
今後続々と登場するだろうとの記事、
ちかごろそんな記事が多いから多分家電メーカーやコンピューターメーカーや
LSIのメーカーなんかもそのあたりを予見してどんどんすすめているんだろう。

考えてみると家庭にある家電等の「製品」では
そのもの自身で存在しているものが圧倒的に多い。
外とつながることによって存在できるものといったら
電話、コンピューター、テレビ、ラジオ、FAXくらいのもので
あと、むりやり言えば「電気」と「水道」がつながっているくらいか。

結局そのあたりを中心にしてこの前の話しのように
湯沸かしポットを接続したりするようになるということなのだろう。

でも結局家庭で必要な情報って今コンピューターを趣味にしているような
人たちが日頃必要としている
もっと言えば、最近のコンピューターネットワークでながれているような
情報は、まず、いらない。

実際に生活に必要な情報はもっと具体的で深く断片的な情報なのだろうと思う。
それには端末がもっとインテリジェント化しないといけない。
コンピューターや「コンピューターのようになってしまった家電」では
用はなさない。

で、結局なにがいいたいかというと、きっとそういう「端末」をつくるのは
その使い道に一番近い部分にいるいろいろな家電メーカーそのものなのではないかと
最近思っている。





1997.9.2

今日の新聞にも書かれていたのだけれど
ここのところ、コンピューターメーカーでは難しくて評判が悪い
「コンピューターの取り扱い説明書」を「悪評返上へ改訂」
しているのだそうだ。

だいたい昨日のコラムにも関係することだけれど
そろそろ登場するであろう家電端末にしろ現在の汎用パソコンにしろ
一般の人が使いこんでいくには製品としては素人作品すぎると思う。
いまのままでは特定の趣味人に向けた趣味の製品に近い。
まあ、出発点が計算機だったから
計算を必要とする特定の人向けにできたという経緯もあるのだろうけれど
それにしても「よくできていない」。
その分、これからやることもあるといえばそうなのかもしれないが。

で、大体が混乱する一番の原因は機能が発達する製品であることだと思う。
おじさんたちがコンピューターを習うといって、おかしいと思うのは
じゃあ、なにを勉強するのかと聞かれて、「コンピューターを勉強する」と
なってしまうことだ。
いまさらコンピューターそのものを勉強する人もいないだろうが
そういうことも知らしめる方法も今迄なかった、
おじさんたちが習いたいのは「ワープロ」であったり「絵描き」であったり
するはずでコンピューターではないはずなんだけれど、、

で、こんな、いまのままのコンピューターが、今後一般家庭に
一般的になっていくのかというと、多分、きっと、絶対、そうはならないと思う。
今のようなコンピューターで「一家に一台コンピューター」なんて正直ゾッとする。




1997.9.3
昨日、コンピューターについて素人作品と書いたのだけれど
そういう製品て多いと思う。
例えば写真機を考えてみると面白い。
カメラって確かに昔からあって「ハード」としての作り込みは素晴らしい
ところまできていると思う。
知能化もとっくに終わったし、光学と電気電子の組み合せとしては
もう限界に近いと思う。

だが「ソフト」という側面からみたらどうなのか
少しは改善されたとはいえ、いまだに写し終わったフィルムをわざわざ撮影者が
町のDPEまでもっていって現像焼き付けを頼む。
昔は3日くらい待たされたし、今でも30分でできるといっても
ことの本質はなんら変わっていない。
ハードとしては一流だがソフトとしては三流といったらいいすぎか、、。
こんなこといずれ変わるぞと思っていたらデジタルカメラは出るし
宅配DPEサービスもでてきた。

でもまだ違うと思う。
アルバムというものはきっとまず、すたれない。でもDPEは面倒。
せっかくのデジタルカメラなんだからコンピューターなんてものに接続
しないでもっと面白いこと考えたらいいのに!




1997.9.4

昨日の続き

・・と言っていたら
S社がデジタル○○○というデジタルカメラをつくっていた・・
写したデジタル写真をフロッピーにそのまま直接保存できて
そのフロッピーをそのままコンピューターに入れ込むことができるというものだ
いままであって当然と思っていた商品なのだが実際にはなかった。(と思う)
「コンピューターにつなぐ」という発想を捨てて
フロッピーを使うところに発想の転換がある
実際にデジタルカメラを多用する人間に聞いてみたら
なるほど、使いやすいだろうとのこと、便利ではあるのだ。

一方で、紙に印刷したいという要望も捨て難い。
アルバムというものもまず、すたれないだろう。
で、そういう要望とデジタル情報というのはうまく使えば
新しい価値を作ることもできるはずだ。

一般に「手間をかける」というのはデジタルの未来とは相反するもののように
思いがちだが
もしかして「手間をかける」ということと「デジタルの未来」をうまくつなげれば
また違ったものが生まれる可能性だってあるはずだ。




1997.9.5

昨日の「S社のデジタル○○○というデジタルカメラ」については
ちょうど今日の工業系新聞に一面を使って広告が出ていてビックリした。

デジタルカメラ業界に詳しい友人も「コラム」を読んでメールをくれた。
基本的にはいままで主流のコンピューターにデータを読み込んで
いろんなものに情報として加工、再利用することを主眼においたデジタルカメラと
デジタルカメラにコンピューターに負担させていた機能をつんでしまって
直接プリンターなどで「印画」できるもの、(但しこれは「ぎんえん写真」と
即時性以外あまり変わらないのでどうなんだろうか?という意見付き)
ということらしい。

「S社のデジタル○○○というデジタルカメラ」なんかは
どちらかといえばその中間なんじゃないかと思う。
データをコンピューターに読み込めば加工、再利用はもちろんできるし
もちろんプリンターなどで「印画」もできる。
ついでに言えばフロッピーという「情報」だけを接続ソフトやケーブルのない
人のコンピューターに入れ込むこともできるし、
外部に情報として持ち込むことも容易だ。
特に後者は今後「いままでなかったようなサービス、方法論」が創出できる
可能性を感じさせる。




1997.9.6

以前書いただろうか?昨日のコラムにもすこし関係するのだけれど
情報技術や重要な技術はある時いままで当たり前だと思っていたことを根底から
覆す、そういう可能性があるということをちょっと考えた。

 日経で出しているM、ハマー・J、チャンピー著「リエンジニアリング革命」
 という本があって、この中に「情報技術の役割」という章がある。
 情報技術や重要な技術はまだ認識されてもいない問題そのものをも
 認識させ、解決する力がある、ということを
 例えば40年前に登場したゼロックスのコピー機を例に説明している。
 当時ゼロックスはこのコピー機をそれまでの「コピー」に変わるものとして
 開発していたのだがそれでは市場に参入するコストを回収できないという調査
 結果に開発費が調達できずに悩んでいた。
 しかしゼロックスはいずれ誰かがこのコピー機の利用方法を発見してくれるだろう
 と開発を進めたのだそうだ。
 
 今となればコピー機の成功は明らかだ。
 そしてそれは単にそれまでの「コピー」を代行するだけでなく
 例えば「30部コピーを取って配るという会議のやり方」そのものまでも
 変えてしまった、というのだ。
 技術が予期しなかった新しい使用方法や問題そのものや問題の立てかた、
 認識していなかった問題までも認識させ、変えていく、ということだと
 思う。

と、まあ、実はここまで書いた上記内容も自分であるところに送った投稿を
ここに書き直したんだけれど
そういう「再利用」みたいなことだっていままでは難しかった。
今日のデジタル技術によってできる新しい可能性なのだろうと思う。
( 但し「・・です。・・ます。」を「・・だ。」に変えるのは
         自分でもう一度書き換えないといけなかった。
             何やらそれをコツコツやっている自分が妙におかしい。)





1997.9.7

金曜日の「読売新聞」の一面に東海大学情報センターの発表した
「人工衛星データをもとに描いた夜の現代シルクロード地図」が載っていた。

ヨーロッパから日本にかけてのアジア全土をとった人工衛星の
夜の写真を合成してそこに古代のシルクロードの地図を重ねあわせたものだ。
現代の文明が栄えているところも暗っぽい地図上に黄色く描かれていて
あたかも夜の峠から見た峠下の町並み、夜景のようでとても印象的な「地図」だ。

当然のごとく黄色で示された「人間活動」「文明」が活発なところは
ヨーロッパ、地中海沿岸と日本にかたよっていて
これでアメリカの地図でもあれば世界中の文明地図ができるようで
とても興味深い。

さすがにアジアも黄色い部分が増えているようで
まだヨーロッパと日本などに比べるところまではいかないのだが
確実に大きな「産業や文明や社会」がそこに存在していることがわかる。

「五大文明」が栄えた頃にこんな写真がとれて今と比較できたら
さぞかし面白いだろうと思う。
それにしてもこんなものが見られる時代になっているとは本当に
すごい時代になったものだと思う、




1997.9.8

昨晩のNHKスペシャル
「1/1000ミリの戦い・技能五輪・技術立国再建への挑戦」
を見た人も多かったと思う。

90年代に入ってからの「技能五輪」は以前に比べて日本代表が
メダルをとることが激減しているのだそうだ。
今回もメダル数が2個と、韓国の8個、台湾の8個などや
復調著しいヨーロッパにくらべても激減ということだった。

今回は「抜き金型」と「精密組み立て」の二部門でかろうじて
メダルをとったに過ぎない、とのことだった。
ちなみに審査部門は38部門(くらいだと思う。)がある。

オーストラリアでは近年は国家プロジェクトとして技能者の育成を
進めているのだそうだ。
韓国、台湾も相当に力を入れていることは間違いないだろう。

但し、筆者は「技能五輪」の内容がそのまま今後の「産業」における
重要な技能を代表しているものだとも思ってはいない。
時代とともに必要な「技能」の内容も変わっていくのだろうと思う。

かと言ってアメリカ全盛の「ソフト」が今後の産業に必要な技能
というわけでもないつもりだが
しかし、「工作技能」も「ソフト」どっちもすでに日本のお得意と
するところではないというところは、、、やっぱり悲しい。

日本にとっての、そしてこれからの時代の「技能」とはなんなのか。



1997.9.9

最近の日本、
ベンチャー企業が喧伝されればみんなで「ベンチャー待望論」を叫び
ベンチャーキャピタルが必要となれば「なぜ日本にはそういったものがないのか、」
の一辺倒。
今の日本や日本の産業の再生にはそういうものが必要なのだと
マスコミや自治体や国でそれこそみんなで大合唱だ。

だが本当にそうだろうか、
日本の産業に必要なのは「ベンチャー企業」や
「ベンチャーキャピタル」なのだろうか?

「ベンチャー企業」を作ろうとすることや
「お金」や「富」にたいする欲望を否定するつもりはないし
「自己実現」に向けて危険にも立ち向かう「ベンチャー魂」はとても必要だと思う。
だが本屋に並んだ底の浅い「ベンチャー作りましょう雑誌」の前に立って
感じるこの空しさはなんだろう。
昨日の「技能」についてもそうだ。
日本の産業の未来像が見えなければ「技能」もなにもないではないか。

いったい、日本の中には「日本の産業の未来像」があるのだろうか。
少なくとも「未来像を作ろうという意志」はあるのだろうか。
どこかで作った文書にはきっとそんな字面もならんでいるのだろうけれど、
悲しいことに今の日本には、
新しい時代の産業作り、ものづくりへの確固たる意志があるとは思えない。





1997.9.10

ちょうど今日の日刊工業新聞のコラム欄「産業春秋」に
昨日書いたベンチャー企業の創業の現状について偶然にも書かれていた。

これによれば若年層による新規事業の開業率が減ってきているのだそうだ。
理由として「寄らば大樹の影という現代若者気質」と
言われているわりにはいまいちパっとしない中小企業を取り巻く
景気の悪さとそこから生じる新規創業のたいへんさ、、、をあげている。
確かに今は起業するのにはたいへん厳しい状況だ。

しかし一方で昨日書いたように世をあげての「ベンチャー企業」
「ベンチャーキャピタル」待望論やそのための施策や援助政策、
ベンチャー応援雑誌までこんなにあふれていることも過去なかったはずだ。

それでもなお新規事業の開業率が減ってきているというのは
よっぽど「現代若者気質」と「新規創業のたいへんさ」が
そういった「追い風」をも上回るほど「たいへん」ということなのか?
(まあ、「たいへん」だから「追い風」がでてきたという人もいるんだろうけれど、)

しかし、筆者ははたしてそういうことなんだろうかと疑問に思うのだ。




1997.9.11

世をあげての「ベンチャー企業」「ベンチャーキャピタル」待望論や
そのための施策や援助政策、ベンチャー応援雑誌までこんなに大合唱して
もし、このまま「新規事業の開業率が減った」ままだったとしても
やっぱりだめだったか、のひとことですんでしまうのだろうか。

その時の大人たちの言い訳や講釈はもう目にみえている、
「現代若者気質」と「新規創業のたいへんさ」だ。

一方で多分若者も答えるのだろう
          「今の日本では「夢」が、見えない、持てない、」
、、、でもこの言い方も的がはずれている。
「現代若者気質」と「新規創業のたいへんさ」の別の言い方にすぎないからだ。


「ものわかりの良いおとな」と「おとなに甘える若者」の住む日本では
いたわりあっているだけでなにも始らない。
そこには「意志」がみえないからだ。

一昨日も書いた。
   いったい、日本の中には「日本の産業の未来像」があるのだろうか。
   少なくとも「未来像を作ろうという意志」はあるのだろうか。





1997.9.12

1997.8.22付けのDIYの店で買い物をしたおり、レジに並んで考えた話し、
に投稿をいただきました。

・・・・・
  今日のコラムのバックナンバーでレジの行列というのがありましたが、合州国
   へ出張した折り、あちらのスーパーには急行レーンというのがたいていあるのに
   気づきました。8個とか10個とか店によって違いますが、要するに少ししか買わ
   ないお客さん専用のレジです。
  聞けば昔から普通にあったそうですが、なぜ日本では普及しないんでしょう?
  なんでもかんでもあちらがいいと言うつもりはありませんが、これはいいアイ
   ディアだと思うのですが…。

投稿ありがとうございました。
そう言えばそういうサービスというか、レジは見たことありませんね。
あれば便利なのに、、、
別に問題もなさそうなのだから、すぐにでもできそうな気がするのですが、、、

一杯買って並んでいるお客さんのすぐ前を、小量買いのお客がどんどんレジを
済ませて通って行くことを「快く思わない」、あたりが問題になるのかな。

とにかく、やってみればいいですよね。
さて、でも、こういうこと、
DIYの店やスーパーに提案するのってどうやったらいいのだろう。



1997.9.13

金曜日の日経産業新聞の「モダンタイムス2001」
「始った「ブラウザー戦争」」「パソコン時代の終焉」
がとてもおもしろかった。

この秋激突する二つのブラウザーのこの戦争が曰く
「パソコン時代の終焉」であり、
「パソコンを軸に情報化が進むのではなく、ネットワークが基本となる
   時代がいよいよ本番を迎える。」
「これだけ広がったネット社会ではパソコンだけがコンピューターではない。」
と結構センセーショナルな字句が紙面に書かれている。

いろいろ意見もあるのだろうが
筆者も基本的にはその意見にうなずける。
特に
「これだけ広がったネット社会ではパソコンだけがコンピューターではない。」
というのは全くその通りだと思う。

これからはコンピューターを意識させないコンピューターが登場するのだろう。
言葉を変えれば生活や産業に密着するということだ。
いまのようにみるからにコンピューター然としたものは
いらなくなると思う。
もっと単機能で簡単なもの、但し、ネットワークに接続されていて
その後ろには目一杯の情報群が控えていて
必要によってその機能を深める情報がどこからでも意識、無意識のうちに入ってくる。
そんなコンピューターというか、端末、というか、そういうものになっていくと思う。



1997.9.14

昨日の続き
今日、町に買い物に出て、帰りに食事をして、、、
回りをよくよく見てみる。
いろんなところに様々な形でコンピューターが使われていることがわかる。

本当にいろんなところにあるものだ。
この間ここで話しに出した「スーパーのレジ」もそうだし
町角に立っても回りのいたるところコンピューターだらけといっても間違いない。

で、そういうものは大体が「スタンドアロン」で存在していて
ネットワーク化されているものはあまりまだない。
よくよく見てみるとそういうスタンドアロンのコンピューターがもし
ネットワーク化されたらコンテンツとしてそこに供給できるものや
サービスはそれこそ「ごまん」と存在するのだ。

なぜこんなことに気がつかないのだろうと思えるほど
様々な、多分あったら重宝するであろうコンテンツはたくさんある。

結局そういう現場ではまだネットワーク化されたコンピューターで
どんなことができるかがわかっていないのだろうからだろうけれど
一度そこに気が付き始めればそれこそ爆発的に広まる可能性がある。

なにもコンビニエンスストアだけがネットワークの恩恵を被れる企業ではない。
きっと今後はそういうサービスや企業がでてくる。
それはいつだろう、
多分そのきっかけはネットワークコンピューターやインテリジェント端末の到来と
ともにやってくるに違いない。




1997.9.15

またまたテレビの話しで申し訳ないけれど
昨晩放映したNHKスペシャル「老後、だれとどこですごしますか」
はとても興味深いものだった。

1800万人の65才以上の老人と240万人もの一人暮らしの老人
それも今後毎年60万人づつ増えていくのだという。
あまりに重過ぎてここに書くのも考えてしまう。まして
製造業とはいっけん関係のない話題でもあるのだけれど、、、
が、関係のある話題もあると思い、書く。

その番組での内容や生きがいについては考えさせられた。
今そういった退職後の老人のなかでいままでとは違った生き方を模索する
考えや行動が「始って」いるのだという。

市役所を退職後、長男夫婦と住み始めたのだが、有り余る時間を
なんとか「有意義」にすごそうと小さな小島に二人で移り住んだ老夫婦、

やはり長男夫婦にいっしょに住もうと誘われたのだが
同じような境遇の独居の老婦人と何人かで共同生活を始めようと計画
する独居の老婦人

企業の退職を目前に控えて料理教室に通い始めた60才の男性。

こういうことの奥深くで、社会の中にどういうことが今始っているのか
考えずにはいられない。

深い深い問題や提起があるのだろう。

少なくとも一つ考えるのは
明らかに人と人の関係、社会と人の成り立ちの関連が
少しづつ変わりはじめているのは間違いないように思えるのだ。




1997.9.16

家族や共同体の意味、社会の成り立ちの意義、
そういうものがこれからどんどん変化する。

当然ながら、働くことや企業への価値観も変化せざるをえないだろう、
意識するとしないとにかかわらず、、、


最近は企業への帰属意識も変化していると言われる。
終身雇用制や年功序列といったいままでなんの疑いもなく
当然とされてきた日本の企業システムも変化しつつある。

特に今後は、こういった変化はものづくりの方法論や仕組みに対しても
変化を呼び起こすことになると思う。

すでにインターネットの世界やコンピューターネットワークの世界では
そういった変化が見て取れるように思う。

企業への帰属意識から、ネットワークへの独立した個人としての帰属意識
とでもいったらいいのだろうか。



1997.9.17

以前ここで話したが、人の生活の基本というか、標準というものは
もちろん規制みたいなものはあってはならないと思うが
大体そんなものではなかろうか、という標準らしきものはある。
それは個人というものが社会のなかで「うまく生きる」ために
すりあわせられ必然的に作られたものだろうとも思う。

で、それは人から人へ伝わっていくべきものなのだろうとは思うのだが、、、
それは例えば家庭の教育でもおなじことで、
どんな時代でも基本的な規範はあるのだろうと思う。

ところが最近はそこに問題があって、
ここまで家庭が核家族化してきて家族の中での情報の伝達や
伝承がなされなかったりして
また、社会全体や地域の中でのそういうこともどんどん薄れて行く、
日曜日の日経産業新聞にも紹介されていたけれど
「ロボットコンビニエンス」みたいなものが登場してきて
買い物一つとってもどんどん自動化されていって人との交わりが薄れていく。

人と人の交わり、共同体、そういう意識がどんどん希薄になっていく。

これを加速してしまうのも科学技術や情報技術なのだけれど

しかし、これを解決するのもやはり科学技術や情報技術なのではないか、とも思う。
新しい人間関係とその間に登場し、つかさどる人と人の間に介在する端末、、
きっとそういうものが登場するのも近い。

端末云々といっても結局はコンピューターの端末なのではなくて
本来、人と人、情報と人の間に存在するのが「情報端末」なのだと思う。




1997.9.18

ずっと「情報端末」のことを書いてきていいかげんにしろと言われそうだけど
今日の日経産業新聞に「パチンコしながらインターネット」という記事
があった。
パチンコ屋さん内イントラネットみたいなものを構築し
パチンコ台の横に情報端末を置いて
外部からのニュースなどの情報を流したり
独自に編集した地域情報などもそれで流すのだという。

いずれは離れて座った友人同士が連絡をとりあったり、
すでに行われている様々な会員用サービスと連携させていくことも
できるようだ。

開発企業は「パチンコ店を単なる遊技場から街の情報発信基地に変身させたい」
と端末普及にかける意気込みを語っている、とのことだ。

そうか、パチンコ屋さんがあったんだ。
もうそういうことが現実に起き始めているのだ。

前にも書いたけれど
「こんな情報端末でこんな情報をこういう人たちに向けて送るサービスを始めたい、」
というアイディアが今後一杯でてくるのではないかと思う。
楽しみである。



1997.9.19

最近やけに「胃腸薬」の宣伝が多いと思っていたら
ちゃんと理由があった。

医療用医薬品を薬局・薬店で買える大衆薬に切り替えた
スイッチOTC(転用大衆薬)の胃腸薬が登場し始めた、ということらしい。
いままでの胃腸薬は胃酸を中和するだけだったのに対し
今度出た胃腸薬は「H2受容体拮抗剤」というもので
胃痛のもとになる胃酸の分泌を押さえるから
効果は段違いなのだそうだ。

「H2受容体拮抗剤」とは聞きなれないが
様々な新しい「素材」や「材料」や「成分」が登場してきている。
最近有名になった「アパタイト」といい
こういったものが新しい商品分野や使い方をつくりだしてもいくのだろう。


忘年会にはまだだいぶあるなあ、と思っていたらこんな楽屋裏があったんだ。
まあ、月並ないいかたではあるけれど
中小企業の人にとっては胃腸薬よりも景気が良くなったほうが
胃痛をなくす良い方法だと思うのだけれど、、、

それにしても全国の中小企業の人たちは胃腸薬の潜在使用者ではありますなあ。




1997.9.20

最近、ニュースでもやっていたし
写真週刊誌にもレポートされていたからご存知の人もいるだろうけれど
木曽ヒノキの国有林が最近の伐採で壊滅的な状態になっているのだという。

明治のころは6万ヘクタールあった木曽ヒノキの国有林がいまでは
1万ヘクタールしかないのだという。

ちかごろの安価な輸入材に押されたりして国有林野事業が
慢性的な3兆7000億円もの赤字に陥り
高価に販売できる木曽ヒノキの国有林の乱伐がその補填に当てられて
いるのだという。
文字どおりの「切り売り」である。

新聞を読めばマレーシアや南アメリカでは焼き畑農業のために
森林伐採を進め毎年膨大な面積の森林が地球上から
失われているのだという。
木材を売るために森林をつぶし、
それによって生まれた赤字を補填するために森林をつぶす。
世界中から森がなくなっていく。


マレーシアなどでは首都までその煙が押し寄せ、通学の子供たちが
マスクをして学校に通う姿が新聞に紹介されていた。

日本の木曽ヒノキがもとに戻るには300年かかるのだという。




1997.9.21

これらによって生まれた「紙資源」も結局は相当な量が焼却されていく。
石油もそうだが、本来有限であるはずのこうした資源がどんどん
無反省に消費されていく。

すこし頭を使えばこうしたことがいずれ破綻することは明白なことだ。
ましてこの戦後の日本を作ってきた人々は優秀な人々が様々な部署に
いたのだからこんなことがわからなかったはずもない、はずなのだろうが、、

さて、こうした「現実」にいまさら感情的に元に戻せといったところでむなしい。
もちろん反省はする必要がある。強く、強く、

同時に人間の英知で何とか打開する道を捜さねばならない。

石油についてはこの間ここでもいろいろ書いた。
電気自動車も省エネも新たな電気の発電方法も考えよう、進めよう。

森林資源もなんとか復元に向けて動き始めることが必要だ。
植林事業はもちろんだが新たな方法論も考える必要があるだろう。
木曽ヒノキをすぐ生えるようにバイオ技術の応用を考えるとか
代替え燃料ならぬ、「代替え木材」の開発とか。
紙の再利用方法なんかはもう待った無しだとおもう。




1997.9.22

最近の新聞で、有名な金型メーカーが「電気自動車」向けの
モーターに使われる珪素鋼板でできた部品用の金型の開発を
事業の柱の一つにするのだという記事が紹介されていた。

自画自賛と言われてしまうけれど、筆者は3年前から
これからは電気自動車関連の仕事が今後増えてくるから
地場の産業とそういった仕事の接点を考えて
いろいろな仕事を具体的に創造していくべきだと主張していた。

電気自動車そのものの開発や製造はそうはいっても
莫大な費用や様々な資源が必要になる、だが
その中に生かせる要素技術だったら
普通の地場産業がその延長として技術開発を進めて行けば
いずれそういった産業の中に参入できる可能性は充分にある。

モーターの開発も、そのものは難しいが効率を高めるための
珪素の含有率が高い珪素鋼板が今後でてくるし
その珪素鋼板のプレス加工の技術も高いノウハウがきっと必要になるから
そういったものの取り組みをいまからやるべきだ、と
3年まえから主張させてもらっていた。

いまそのような動きがでてきているのをみて
間違いない主張だったと思っている。

「電気自動車」から町の産業を興そう。と主張しても「なにを血迷ったことを」
と笑っていた人たちに文句を言うつもりはないけれど、

だけど今現在もそういった新しい時代が必要とする「ものづくり」は
たくさんあるのだと思う。まだ遅いわけではない。むしろこれからなのだ。



1997.9.23

そんなに大きくてお金があるわけではない中小零細企業が
密集する地場産業が集積する地域では
なかなか地域全体でテーマを持つということは難しいことかもしれない。
例えば「電気自動車」といっても実際は
現状では全然関係のない企業が100パーセントだろうし、
逆に何パーセントかの企業が「電気自動車」を仕事にむすびつけたらつけたで、
関係のない企業が実際にはたくさんあるわけだから
「電気自動車の町、○○町」と主張したら反論もでるかもしれない。

でも結局は地域ごとの「アイディア合戦」でいいのだと思う。
電気自動車だけでなくて
「研究開発都市」でもいいし
「全国の大学の研究と密接に結びついた都市」とか
「全国の大学の研究用設備の御手伝いをしたい、と思っている都市」
でもいい。
開発だけでなくても
「観光と環境保護と産業が一体になっている町」でもいいし
「観光と環境保護と産業が一体にしようとしている町」でもいい。

以前のイカ加工機の話しでもあるけれど
「漁業と機械金属加工が一体の町」でもいい。
漁業用産業機械?だったら絶対お任せ、の町というコンセプトだ。

「ものづくり」と合わせるだけでなくてもいい、
半分冗談みたいなコンセプトでもいい。
皆がそういうコンセプトのもとに「夢」が語れるだけでも
きっとその町の未来に向けての「何か」は生まれるのだと思う。




1997.9.24

結局そういうコンセプト作りって自治体などの議員さんや
自治体そのものに任せておいてもまず、進まない。(おっと、ゴメンネ)
やはりその「業界」に携わる人々、若者が自ら始めないと始らない。

よそから「請け負い人」みたいな人を呼んできて
まちづくりや産業づくりを始めたりすれこともあるようだけれど
結局はうまくはいかないだろうと思う。町や産業をつくるのはその町の人です。

「7人の侍」だか「荒野の7人」という、無法者にいじめられ困っている農民が
用心棒を雇って無法者に勝つという黒沢明監督の映画があるが
たしかこの中で無法者に勝った農民が用心棒にお礼を言う場面があって
それに対して用心棒が、勝ったのは我々ではなく農民だ、という場面があったが
まさしくそれだと思う。

一番の問題はどうやったらそういう人や若者がでてくるかだが、、、
こればかりはその地域なりのいままでの歴史や現状、問題意識の蓄積や
危機意識なんかが関わってくるからその町独自の方法があるべきで
人がとやかく言うことではないのだろう。

コンセプトを作る、あたりは人さえ集まり始めれば進むだろう。
人づくり、結局これが一番難しいことかもしれない。




1997.9.25

読売新聞の二面に地球情報村という記事がある。

昨日の特集は「ネット通販」
最近のインターネットでの通信販売が急激にもりあがっている現状を
捉えたものだった。

97年の通信白書によれば96年のネットワークを利用したビジネスの
国内市場規模が285億円に達し一年たらずで40倍になったのだという。
これでも全世界3490億円の8パーセントに過ぎず
アメリカは77パーセントを占めるのだという。

ネット上に店舗をだしているのは
半数以上が個人経営者が多く、それも低資金で始めているのだという。

大体が、読売新聞の二面に記事になって載っただけでも一時にくらべれば
隔世の感がある。
それだけ産業や社会に確実に影響を及ぼすものになったという
ことでもあるのだろう。

二年前のインターネットがまだ特殊な一部の人のものと思われていた時代から
すでに、確実に、当たり前に、なくてはならないものになって来つつある。
良い、悪い、発達する、しない、という議論から、
どう利用するかの局面に突入しつつあることは間違いないと思う。



1997.9.26

鉄道模型がはやってきているのではないかと思う。

ここのところテレビで結構、関係した番組をやっている。

この前はNHKでオランダの小さな鉄道模型を作る企業を紹介していたし
昨日は民放で鉄道模型の趣味を持つ人を紹介していた。

おりしも信越本線の碓氷峠、横川から軽井沢にかけての鉄道がこの9月で廃線に
されることも手伝ってそんな鉄道に対する見直しのような雰囲気も生まれている
のだろうけれども

同時に、
なにかしらものを作ったりすることへの漠然としたあこがれみたいなものも
、ここのところ、あるのではないかと思うのだ。

小さいころあこがれた模型作りやそれに付随した一連の作業、
そんなものが今後、また見直されるような予感がある。




1997.9.27

そう言えば、最近、本屋でみかけるのだけれど
模型雑誌が結構豊富に出版されている。

昔はラジオコントロールの模型や既製のプラモデルを扱った雑誌が
多くて、もちろんいまでもそういった雑誌が多いのはかわりなにのだけれど
最近目につくのはフィギュアというんだろうか
漫画のキャラクターやロボットなんかを
そっくりに複製したものや全く新しい造形を作ってみるといったものだ。
昔のプラモデルで言えば、「ジオラマ」に近い。

これらがとても人気があって、例の漫画のキャラクターやロボットを広範囲に
扱ったイベントなんかですごい人気のようである。

作成法のうまい製作者なんかはその道ではとても人気があるのだという。

そう言えば自動車模型もそんなことがあって
作成のプロもいるのだという。

既製のものだけでなく自分じぶんが欲しいものを手に入れることができる
そんな方法も確立できる、そんな時代になりつつあると思う。




1997.9.28

いよいよルーズソックスが話題の中心から落ちる時が来た。
何でも紺色のハイソックスがとってかわろうとしているらしい。
永らくルーズソックスがブームというものを考える時でも
その話題を提供してくれていたのだがいよいよなのだという。
筆者はこの夏を乗り越えられないんじゃないかと思っていたのだけれど
これははずれた、がやはりブームというものは必ずあるものだ。
やはり次のブームはいよいよきたのである。

今度のブームはいつまで続くのか、、
やはり、なにやらやはりやらせというか「仕掛け人」がいそうで
これは前にも書いたようにけっして一面的に悪いことだとは思わないけれど
(ただし神戸の事件やダイアナさんの事件のように世の中がみんながそっちに
  向いてしまうような状況はあまりよいことのようには思わないけれど、、、)
みんなが皆、が同じようなかっこすることによしとしない意見もちゃんと
健全に出てくるのだから、案外ルーズソックスのような大きなブームの後は
さめた気分もあってブームも小さい様な気もする。

案外、紺色のハイソックスを出し抜いて自分こそブームの本流
というものが「てぐすね引いて」いるかもしれない。





1997.9.29

誰かが制服なんてあるからソックスにそんなに「特化」してしまうんだ。
といっていたが本当にそうかもしれない。もっと制服なんかを
自由にしたらあんなに「一点」に集中しないかも、、。
但し、自由になったらなったでその枠の中にそれなりにブームが生まれて
また一点に夢中になってしまうような気も、やはり、する。

筆者の高校時代もベルボトムのGパンやカラーのワイシャツなんかがはやった
から、いろいろ言ってもあまりあのころと変わっていないのだ。
但しあのころは?まだ今のように情報がいっきに広がらないから
学校単位や地域の中でのブームだったにすぎない。

やっぱり隣の人と同じならばとりあえず安心してしまうというのは
今の日本人にとって、なかなか抜け出せないことなのだろうかとも思う。


ところで今度の紺色のハイソックスだけれど
ルーズソックスに比べて使用している繊維の量が三分の一くらいらしい。
結構そんなことで(失礼!)影響を受ける業界がありそうで
コギャルのブームと見過ごしているわけにもいかないようではある。




1997.9.30

某新聞の月曜日の特集で「地酒と人と」という特集がある。
ここ何週間かは東京の下町にある小さな酒店さんが
地方の小さな造り酒屋と出会って満足のいく地酒を作っていくまで
の物語なんだけれどこれが面白い。

自身も小さな酒店を継いで苦労しながらも自分の店の存在価値をみつけながら
やはり存在価値を見つけようとしている小さな造り酒屋の青年との出会いが
新たな地酒を生出す原動力になっていく。
そんな話しだ。

「青年の蔵に注文して酒を作ってもらおう。その酒を買い取り、売る。これまで
  心から納得できる酒に出会ってはいない。ならば、理想にかなう酒を自分で注文し、
  自身をもって売る。これこそ最高の酒じゃないか。」

「ちっぽけな酒店にできるのは酒を右から左に売ることだけだ。
                     それでも地道に続けているのは地酒を愛するからだ。」

これは酒の話しなのではない。
「もの」を作る、造るということに共通の文法がここにはあると思う。

人から人にその魂までも伝えながら、ものが徐々に形になってゆく。
ただ単にものができるのではない、様々な人々がものに関わる、魂を入れる。
どんなものづくりでもそんな作業なのだと思える。

・・もしもこの日本でものづくりに対する情熱が今後も維持できるのならば
こんなところから学べるのかもしれないと思った。



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