今日のコラム・バックナンバー(1997年3月分)


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1997.3.31


人類の歴史が何万年あるかしらないけれど、たった100年前までは
人ひとりが扱えたり消費するエネルギーの量なんてたかがしれていたはずだ。
人が一生に消費した量のエネルギーは現代に比べればたいしたものでは
なかっただろう。
又、たとえば ある人が生きている時代にあったいろんな物とかサービスとかは
そんなに大きな変化はなかったと思う。
多分江戸時代の人はその人がうまれた時も死ぬときも回りにあったものって
そんなにかわらなかったんではないかと思う。
もちろん少しづつは変わっていったんだろうけど。

それにしてもこの100年あまりのエネルギーの消費量と消費生活の変化は劇的だ。
生産活動もそうだ。ひと一人ですごい量のエネルギーの量が扱えるようになった。

でも21世紀を前にして環境問題やエネルギー問題がいちどにふきだしたのも
現代だ。20世紀の最後に、100年の最終盤にこんな問題がふきだしてきた。

少し一面的な言い方になるけれど
エネルギーを形にして生活や産業を豊かにしてきたのも「もの作り」なら
エネルギー問題や環境問題をつくってきたのも「もの作り」だ。
生産技術やものづくりが社会システムや社会そのものにも大きな影響を
あたえるようになった。

製造業に従事する立場の人間として
人類の何万年もの歴史とそれがいま抜本的に根底から見直しにかけられている
現代に、その現場にいられるということはむしろ千載一遇のチャンスというか
「製造業冥利」に尽きるとも言える。

ということで、、、  明日から社会に飛び出す若者も多い。
製造業に携わる人も多いと思う。
製造業はいやだ、とか製造業の時代じゃない、という意見も多いが
カッコよくいえばこれほど製造業に携わる人びとが
ものづくりを通じてこれほど威厳と自尊心と生きがいをかんじることのできる
時代はいままでなかったんじゃないかといってもいいと思う。






1997.3.30

三月最後の日曜日、
あれほど好きなスキーも、とんと行っていないなあ。
最近は雪の上にのっているよりウェブにのっている時間のほうがやたら多い。

スキーの好きな理由はいくつかあるけれど自然のなかで出来るというのが
なんといっても最高だ。

スキーをやっていて思ったことがある。
初心者の人やそのにわか指導をしている人の話しを聞いていると
格好やスタイルから教えていることが多い。
そういう教え方もあっていいのだろうし、楽しければいい、という人もいる。
いろいろ言えるような立場でもないし技術でもないけれど、
でも、なにか違うと思っている。

スキーが出来る自然の雪の上というのは刻一刻と状況が変化する。
雪の状態も斜度も天候もコースも自分の体力も常に変化する。
当たり前だが滑り方もそれに合わせて常に変化させていかなければいけない。
雪の質感、状況なんかは大事な部分だから足裏から伝わるフィーリングが
とても重要になる。
雪と喧嘩しないように雪からの反力を大切にしながら滑る。

格好やスタイルにこだわっていると大事なことが伝わってこない。
その格好やスタイルで滑るとなんでも出来るように思うから状況が変化すると
対応ができない。それがなぜかもわからない。
偶然なんとなくうまく滑れた気がするときがあったりする。
「最後の一本」といいながら満足できなくて何本も滑ることがある。
スキーをやる人ならわかる感覚だと思う。
それは偶然そういう状況に滑りかたが「はまった」だけでもう一本すべると状況が
変わっているからまた感じがつかめない。

外界と常にインタラクティブに対話しながら、対応しながら、変化を楽しみながら滑る
それがスキーの醍醐味だと僕は思っている。
(もちろん昼休みのビールも大好きです。
                         「対話」が「酔っ払いの独り言」になるけれど・・)

さあ、次に雪がふったらその雪の上でオリンピックだ。



1997.3.29

今日の新聞にでていた。
戦後三番目の長さだった「岩戸景気」に今の「景気拡大」が並ぶ可能性が
あるのだそうだ。
どこの国の話しなのだろう。

一応「回復感なき」とか「先行きは不透明」とか書いてあるけれど
中小企業の今の実態からすれば「景気拡大」という言葉は
よその国の経済のことをいっているとしか思えない。

円安やいろいろの状況で確かに潤っていたり忙しい部分もあるのだろうが
中小企業や製造業をとりまく状況は基本的にはなんら変わっていない。
むしろ製造業の直面する様々な問題との関係を考えれば問題は深刻化
しているともいえる。


但し、もちろんその中で中小企業だってその深化と反比例しながら
「やる気」と「知恵」を絞りだしている。頑張っている。
そんな多様な中小企業の頑張りを 一つひとつ見詰め直す作業を
マスコミにももっと期待したい。
私たちも  せっかくのインターネットなんだ、おおいに利用して
中小企業や製造業が明るくなるような話題に触れ、行動を進めていきたいと思う。



1997.3.28

先日のこのコラムに書いた「コンピューターの取り扱い説明書を作家に書いて
もらえばいいんじゃないかなあ」という話ですが、ご連絡が入りました。
有り難うございます。

某パソコンメーカーが作った直木賞作家が書き下ろしたガイドブック
「これならわかる パソコンが動く」というものがあるそうです。

   このガイドブックは従来バラバラに説明されていた手順を一冊にまとめ、
   最初から順序通りに操作していけばWin95セットアップからワープロ・
   インターネットと、ある程度まですぐに分かるように構成されています。
   従来のマニュアルは初心者には専門的過ぎて理解できず不安に思っている
   人のために書かれたガイドブックで、それまでパソコンにさわったことが
   なかった筆者がメーカーのオペレーターやエンジニアの人に機械を実際に
   操作しながら説明してもらい、それをそのまま書いたものだそうです。
   その際、筆者は彼らに、その説明では分からないとか、無意味な専門用語は
   使うなとか注文をつけ、パソコンを分かっている人には分かることでも、
   分かっていない人にはその分かりきった事が分からない点に気をまわして
   書かれたそうです。
   ですから、パソコンを少しでも知っている人には少しくどい内容です。
    (初心者向けに書かれていますから当然ですが。)
   マニュアルはとかく批判をもろに浴びる部分ですが、パソコン初心者の
   直木賞作家に執筆させたところがそのメーカーの売りでしょうか。

ご連絡ありがとうございました。
私も最近PCを変えたのですがそのメーカーにはビデオがついてきました。
ついでですが、そのPCにはゲーム用のジョイスティックもついてます!!。
テレビゲームに興味はありませんし、ゲーム機を購入する気もありませんが
PCのゲームがあそこまで出来るとは驚きです。はまります。
先日のNHKでアメリカではゲーム専用機とPCのゲームがシェアが逆転した
と報告されていました。日本でもその可能性があるとのことでした。
うちのPC上のゲームをみていたらたしかにそうかも知れないと思いました。






1997.3.27

町に再開発事業の複合店舗の威容がその姿をあらわした。
すごい建物だし、町じゅうが建設現場みたいで
なにか期待させるのに充分だ。

客層を広げるために域外からの集客も考えているようだから
きっと店舗も商品構成もかわったものをめざすのだろう。
核店舗も大手のデパートが入るからきっとそれなりにうまくいくにちがいない。
町の活性化のためにもうまくいくことを願わずにはいられない。

問題はその地域で古くからやっていた地元の商店だ。
もともと地元の商店として地元の人々を相手に生活資材を
供給してきた店舗が多い。
建物の周辺の商店街もそうだし、建物に入るテナントもそうだ。

域内外からくるであろう若者や新しもの好きは大手のノウハウがつまった
店舗にはすぐ行くだろうが、その周辺の「元」地元店舗にはたして素直に
お客として行ってくれるのだろうか。
今まで通りのお客さんが今まで通りに今まで通りの商品を買いにきてくれるだけなら
新しく複合店舗や大きな店舗にした意味が希薄になる。

「元」地元店舗にもそれなりのノウハウの蓄積や 勉強や  
やる気(これはあるだろうけど)が相当必要になる。
そういう「元」地元店舗の人向けに勉強会とか視察だとか、若い人との交流会とか
をどんどんやったら良いと思う。
大手店舗とも共同でなにか考えたほうが良いと思う。
(もちろんきっとそういうことは計画していたり やってもいるのだろうけど)


あと、こんなことは百も承知だろうけれど
なんのために 皆、特に若者がそこへ行くのかよく考えたほうが良いと思う。
「買い物」に行くため?  まさか!




1997.3.26

「やってみなくちゃわからない」
たしかにやってみなくちゃ分からないことはかならずある。

でも、それさえも乗り越えて経験値の刷り込みが可能になったり
例えば加工のノウハウなんかが過去の「ノスタルジック」なものに
なってしまうのかもしれない。
やってみなくてもわかることが今後は出てくる
それが今はやりのバーチャルな経験のことだ。

以前NHKで、人とサイボーグについて、イギリスの番組をやっていた。
ひとの能力というものはなかなかよくできていて
たとえば触るとか見るとか人の持つ5感が事故等で傷ついて
それに変わる人造のセンサーを使った場合でも
時間がたって慣れるとあたかも実際に本当に経験しているように
感じることができるというのだ。
電気信号で外界を感じとっても最初は雑音としてしか認識
できないが、慣れれば5感の延長として認識できるというのだ。
アーノルドシュワルツネッガーの映画で仮想経験上で生活する
場面があったがこれも同じ事で経験値の「刷り込み」が外部信号で
可能になるということの可能性をいっているのだと思った。

そんなのもっと未来の話しだと思うでしょ
でも例えば
セガラリーというゲームを知っている人も多いと思う。
自動車を運転して競争をするのだが道からはずれたり
空を飛ぶとちゃんとハンドルにそれなりの感触が伝わる。
もし金属加工機械のハンドルにそのノウハウをつけたら
どうなるんだろうか。(技術情報のページ参照)
実際 早稲田の研究室ではこのような研究をやっているらしい。
リアルタイムに 双方向に反応が返ってきたら
経験値の「刷り込み」も可能になるかもしれない。

実際の、本当の経験とバーチャルな経験の関係はこれからどうなっていくのだろう。





1997.3.25

よく機械加工の職人さんと仕事をしていてこんなことがある
こちらは気がつかないが
刃物が切れなくなって来ると音でわかるんだそうで
話しをしている途中で
刃物を変える指示を突然だしたりする。
いわれてみればたしかに音が変わっていたりする。
こればかりは経験値がものを言う。

でも最近は金属の硬さや重さや色がわからなくても
関係なく加工等ができるようにもなった。
機械メーカーやCAMメーカーがすでに経験値を
のせてあるからだ。
でもこれは応用が効かない。
想定してないことが起きると対応ができない。
人の経験の応用であって自分の経験ではない。

「やっぱりやってみなくちゃわからない」、という結論めいたものが出たと
思ったところで  本当にそうだろうかという話しは明日へ続く・・・





1997.3.24

仕事がら金属に触れる機会が多い。
子どものころから金属に囲まれていたから金属の色や重さや硬さが
自分の中に感覚や感触としてきざまれている。
金属の固まりを見れば何キロあるかはわからなくても
重さの感触として「わかる」。
これはそこに従事していなくてはわからない感触なのだろう。
ちょうど魚屋さんが魚の感触を、床屋さんが髪の感触を・・・
それぞれ知っているように。

だからなんなのよ、というなかれ
よくよく考えてみれば生活上でもそうだが
仕事なんかは過去の経験値がものを言う。

聞く。読む。見る。そしてやってみる。
聞く。読む。見る。までは自分だけでも出来る。
だけど相手があって相互に影響しあいながら経験値を積み重ねていくのは
時間がかかる、やってみなくちゃわからない。



1997.3.23

昨日の続き
いままで作り上げてきたハード(を支える)技術をそうそう簡単に捨てたり
軽視したり、否定していいものだろうか。
いや、もちろんハイテクハードの技術を捨てるなんて誰も言ってはいない。
むしろ これからも重視されるだろうと思う。

問題なのはハイテクハードといえどもそれだけが一人歩きして存在
しているわけではないということだ。
多くの中小企業を含む日本の製造業がつくり育ててきた人や技術などの
「資産や歴史の上に」(と言って問題があれば少なくとも「資産や歴史とともに」)
存在してきているのだということをわすれてはならないと思う。
感情的な技術立国論や職人技術必要論になってはいけないとは思うが、
みんながソフト、ソフトと騒いでいるうちにいままで作ってきたものを
忘れてしまって、気がついたらそれさえも根こそぎ失っていたり
時代遅れになってしまっては これはとても危うい。




1997.3.22

土曜日の夜に「新  電子立国」の再放送をやっている。
今回の「新 電子立国」もなかなか面白かったが
4、5年ほど前の最初の「電子立国・日本の自叙伝」は
これこそNHKの真骨頂と思える出来で、いつも楽しみに見ていた。
いわばハイテクハード編とでも言うべきこの「電子立国日本の自叙伝」は
日本の製造業の歴史を資料として後世に残すべき名作だと思う。
思えば産業の米と言われる半導体についてなぜ「産業の米」なのか、
本当に詳しく理解がえられたのもこの番組からではないかと思う。

最近ソフト産業が日本のこれからの産業のメインになっていかなくちゃ
いけないというような議論が多い。本当にそうだろうか。
確かにソフト産業も産業の中の重要な柱の一つではあるだろうし、
そうしていく必要はあるだろう。
でも いままでの日本の「ものづくり」を確認する作業をきちんとせず
怠ったままの次世代の産業論や待望論はまずいと思う。

「電子立国日本の自叙伝」の再放送もぜひ望みたい。




1997.3.21

昨日の件
情報に価値があるということとそれがみんなにうけいれてもらえたり
楽しんでもらえるということはまったく別の次元の問題なのだと思う。

特にインターネットでは今はまだ情報の中身や価値が「ピンからキリまで」
で満載!されている状況だし、たとえ価値のある情報だとしても「表現方法」
もまだ確立していない。来てもらうためのノウハウがまだない。

みんなに理解してもらったりうけいれてもらうためには
それなりのノウハウが必要なるだろう。
価値のある情報そのものを作るということと
みんなに見てもらう、来てもらう努力と
これからインターネットでは二つのことをやっていかなくちゃいけない。
とりあえずは物まねでコンテンツが出来上がるということが
当面はあるかもしれないが、、。
そのな試行錯誤のなかから新しい情報産業やビジネスチャンスが生まれてくる。




1997.3.20

コンテンツというものは面白い。
若手芸人や素人が考えた言葉に絡めたコントを当人等が演じて紹介し出演者が
コメントをつけて採点する番組がある。
基本は若手芸人等のコントなのだけれど
出演者のコメントや採点がむしろ面白い。

「お宝もの」の番組がある
老舗の番組もそのあとでてきたにたような番組も
お宝の価値をめぐって専門家と我々素人の感覚の違いを
めぐってはらはらさせる、クイズのような要素があるというのでは
どの番組も基本はいっしょだ。
でも表現方法やその回りの番組の構成そのものは異なる。
結果的に類似的であるのに番組間の視聴率も全く異なるようだ。

インターネットのコンテンツもおなじようなことがあると思う。
情報の内容そのものでいえば同じような内容のサービスがたくさんある。
最近はやりのインターネットモールも同じだ
載せている商品の内容、商品価値はどのページも同じだ。
でもそのあらわし方、表現方法、「モールの構成そのもの」は異なる。

「情報そのものを伝える」ということであれば若手芸人等のコントと
お宝の価格と商品カタログをそれぞれのせておけばいいのだろうが、
その番組やモールの「おもしろさ」はコントや商品とは別の次元の問題
なのだろう。
なにをいまさらと言われるかもしれないけれど
これからのコンテンツを考える上で結構大事なことじゃないかなあ。




1997.3.19

最近、固い話しでごめんなさい。でも今日も昨日の続きです。
クリントンの情報スーパーハイウェイが注目をあびているが
結局これは彼らの考えているアメリカ再生のための主張の一つに過ぎない。
あくまでアメリカの21世紀に向けた構想の一つなのだと思う。
環境的な効率の推進の動き、環境問題へのとりくみも、情報スーパーハイウェイも
あくまでそれらのなかの一つなのだ。

これについては最近の日刊工業紙にかかれていたスタンフォード大学教授の
水野博之さんの話しが興味深い

    米国が今やハードへの志向をあらわにしつつあるのだ。
    「あと、5年もすれば米国はハイテク・ハードの世界中への供給国になる」
    私(水野氏)の友人はこう公言してはばからない。

インターネットや情報技術の利用ももちろん大切だ。
製造業の活性化に欠かせないものであることは間違いないと思う。
でもそれが唯一の選択肢のように捉えるのは考えものだ。
以前にも書いたように多様な選択肢があっていい。
日本から電気自動車のスタンダードを作って走り出そうとしたり
新型のスケート靴を作ってオリンピックに出ようと考えたり(ハイテクか?)
もちろん日本的情報産業を創造することも必要だろう。

惑わずにもう一度日本の製造業の作り上げてきたものを冷静に
見詰め直す時だと思う。



1997.3.18

昨日の続きです。きょうは環境問題について、、
ゴア副大統領が情報スーパーハイウェイの提唱者であることは有名だが
彼が環境問題について深い洞察と行動力の持ち主であることはあまり知られていない。
・・先日の本の中にゴア副大統領が述べる一節がある。

ビジネス史始まって以来の最大の新しい市場とは
環境を破壊することなく経済成長を促す新しい製品と技術とプロセスの市場です。
・・60、70年代のアメリカの企業の多くは損得勘定を覆さなくては品質向上は
不可能であると考えていました。ところが日本はデミング博士の発案によるアメリカ
生まれの技術革新を取り入れ新しい品質理論を導入し品質、収益、賃金、生産性の同時
改善をやってのけたのです。
環境関連の課題は今、同様の好機をもたらしています。・・環境効率にこれまでにない
注意をむければ私たちの活動が環境に与える影響を軽減し、同時に環境効率や生産性を
向上させることができるでしょう。・・・
              「情報スーパーハイウェイ」(浜野保樹監修  電通・1994年10月)

環境問題は結構ナイーブな問題だし、意見もいろいろあるだろう。
実際、この考えをはさんで大学の先生とも議論を交わしたこともある。
でもこういうダイナミックな考えかたや合理性も今、必要じゃないかと思う。





1997.3.17

昨日の続きです。
アメリカの情報スーパーハイウェイの構築を 国主導で行なうべきか、
民間主導で行なうべきか、国と民間の間で活発な議論があったというのを昨日
書いた。

よく地域でインターネットや情報基盤をその地域に構築するという話しがでる。
きっと日本全国でそんな話しも多いだろう。
たしかに「インフラの構築」は企業や社会の情報技術の利用をすすめるためには
大事なことだ。これは間違いない。
でも「公がやれば民間がやるよりも安くやってあげられる」という考え方からは
日本に「情報産業」は育たないのではないだろうか。
難しいことだが製造業全体や情報産業のために国や自治体ができることはきっと
もっとほかにもあるだろう。
民間も公も知恵を出し合ってなにをやったらいいのか、考えなければならない
きっと良い意味での日本的な関係というのもあるのだろう。
「どっちかがやる」のではなくて「どうすれば一番いいのか」という
議論を建設的にすすめるべきであることはもちろんだ。




1997.3.16

もうだいぶ古い本だけれど
アメリカのゴア副大統領の主要な論文などを網羅した
「情報スーパーハイウェイ」という本がある。(電通・1994年10月)
クリントンが大統領として就任後(1993年始め)に遊説しているときの対話の
内容などが書かれていている。
今をときめく!?シリコンバレーは当時はまだ経済の停滞にあえいでいて
そんな中でシリコングラフィックス社などの企業群と対話する場面などは
とても面白い。

またその前の1992年暮れにはアーカンソー州で行われた会合で
AT&Tの会長と情報スーパーハイウェイを国主導で行なうべきか、
民間主導で行なうべきか、やりあう場面がある。
結果的にこの会合がきっかけになって民間主導のハイウェイ建設になっていった
(らしい)が、、そんな内容ものっている。
へたな評論家のかいた「インターネットはどうのこうの」といった本より
よっぽど迫力があって「ため」になる。



1997.3.15

この「今日のコラム」を始めて約一ヶ月たつ。
はじめは「どうなることやら、、、」
毎日の内容をかんがえるだけでもひと苦労だった。

毎日やっているといろいろなものに
「なんだろう」「なぜなんだろう」
と問題意識をもつようになった。
意識が敏感になっていくようにも思う。

文章がうまくなるとは思えないし、
大変な作業ではあるが、
結構自分のためにはなる(ような気がする)。お勧めです。




1997.3.14

「標語」って日本独特のものなんだろうか?
それにしても町なかでもよく見る。
「標語」をかかげることがすきなのだろう。
「志」を掲げるために自分の言葉で表現するのだったら良いと思う。
だけど ことば数を合わせようとすると無理がくる。意志が伝わらない。

字数や標語にこだわって意味不明になるよりも
無骨な言葉で良いから「ありてい」に表現したほうがよっぽど良い。
小手先の表現やテクニックで「うまく」やろうとは思わないほうがいい。
もっと真摯に、率直に、合理的でなくていいから
人と人がつながるように我々は努力をすべきだと思う。





1997.3.13

最近テレビのアナウンサーがタレント化してきて
なんだか昔のニュース番組のアナウンサーのイメージとは
だいぶ違ってきた。
普通に、普段のように、仕事をしていて誰でもできそうだが
あれはあれで能力の成せる技で
もちろんニュースを読めばそれなりにできるのだからやっぱり
時間をかけて習熟したプロの仕事というものだろう。
普通の人では無理だろうし
仮に自分がニュースを読めと言われてもできない。

考えてみると「標準」や「基準」をいつでも供給できるということは難しいことだ。
当たり前に見えて、誰でもできるようで、じつはとても難しい。
職人やプロフェッショナルの仕事は簡単にやっているようでいて
じつはとてもすごいことなのだと思う。





1997.3.12

活字中毒というものがあれば自分がそうだろうと思う。
本屋に毎日のようにいくのが日課みたいなものだし、
活字がないところへいけば
新聞広告でもなんでもさがしてきて暇つぶしに読む。

でも読みたくないものがある。
家電製品の取り扱い説明書だ。
インターネットやっていてそれはないだろうと、人に言われるが
あれだけは暇があっても読みたくない。
コンピューターもビデオも携帯電話も「取り説」はろくに読んだことがない。
友人に使い方を聞いてなんとかこなしている。
どうしてもわからない時や緊急の時は読むが、それで充分だ。

コンピューター関係の機材にはCD−ROMでの説明が
聞ける、見られる、ものがあるがあれの方が良い。

最新の家電機器なんかはもっと誰でもわかる「取り説」を考えた方が良い。
少し位高くたってわかりやすい「取り説」がついていた方が買う気にもなる。
なんだったら有名作家に書いてもらっって作ったらどうだろう。
直木賞作家の書いた取り扱い説明書なんてうけるかも知れない。
官能小説作家の書いた取り扱い説明書なんかはもう、オオウケだ。
家電メーカーさん、いかがです?





1997.3.11

外国のパンクロックバンドのグループが喫茶店からそとを眺めて言う
日本の女は眉毛がみんな細い、なぜなんだ?
こんなCMがはやりだ。
確かに外国からみたら細い眉毛だの だぶだぶの白いソックス
だのを高校生がみんなはいていたりするのをみたら
いったいなんなんだ。と思うだろうなあ。

日本人は独創性に欠けるという意見にたいしてこの前
そんなこともないんじゃないか、と異議をとなえたけれど
たしかにほっておけばみんな横並びになっていく可能性も
たしかにあるのかもしれない。

ただ、若い人達のなかには個性的でびっくりするような格好をしている人達も
昔に比べれば増えたし、外見は同じ格好をしていても個性的な人も多くなった。
そういう小さな変化にも目を向けている必要があるだろう。 





1997.3.10

昨日の新聞にでていましたが、
理工系の大学院生の90%が就職の情報をインターネットから得ている
とのことです。
「郵便、はがき、ガイドブックを利用する」(92%)とほぼ同じ
90%という数字はこれは確かにとても高い数字です。
一部の大学の大学院生ということを割り引いて考えても
学生にとってインターネットが「生活」に欠かせないものにな
ってきていることは間違いないことのようです。

セガや任天堂やソニーのようなテレビゲームを毎日のようにやってる
子ども達や こういう学生さん達が企業に入りはじめれば
企業内でのコンピューターネットワークを利用した情報の収集、利用は
あたりまえになるのでしょうね。





1997.3.9

固有名詞だすのも気が引けるけど
いいことなので、、
月間プレイボーイという本がある。
男性向け雑誌で少しエッチだからあまり興味のない、関係のない人も
いるだろうけどアメリカのインターネット事情について
比較的最新の情報が掲載されていて興味深く読める。

特に2月号はマイクロソフトとネットスケープのメールを使った
討論会をやっていた。
ブラウザーソフトの標準の地位をめぐる覇権争いみたいにみられて
いるけれど実際はもっと深い、インターネットの本質に触れた
話であるのがわかる。
インターネットの標準的な言語である「HTML」をめぐって
それぞれいろんな解釈をしている
最近の両者から発表される製品を暗示する(といってもたった
2、3ヶ月前の話のはずなのに)話がなされていて面白い。
逆に今後の戦略を暗示している部分もあるようで男性向け雑誌だ
というのにそういう部分はなんどもなんどもよんでいて飽きない。





1997.3.8

クローン羊だの、クローン猿だののニュースが
新聞、テレビを賑わしている。

しかし考えてみればすごい時代になったものだと思う。

自分と同じ人間がもう一人存在する。
恐いことではあるが、良く考えてみると
人がよく口にする
「もう一度人生やりなおせたら」
とか、
「生まれ変われるとしたら・・になりたい」
を本当にしてしまうんだ。
ある意味で不老長寿の薬が手に入ると言う事でもあるだろう。

いままでそんな前提が考えられなかったから
むしろ気楽にそんな話も出来たけど、
実際にそういうことが可能になれば本当に深刻な問題が
出てくるに違いない。

いずれお金次第で自分のクローンが生まれる時代がくるのかも知れない。
「宝くじ、当てて人生建て直し」が言葉通りになるんだろうか。




1997.3.7

日本人は独創性に欠けるという意見があるが
本当にそうだろうか。

たしかに一部のソフトなどではそうかもしれないが。
ゲームソフトなんかのように独創的なものはあるし、
ものづくりを細かくみていけばいろいろ「おーなるほど!」と思えるような
ものって結構あるはずだ。

「日本人は独創性に欠ける」と
じゅっぱひとからげで言う評論家の皆さんの方が独創的な視点や
表現力にかけるんじゃないかと思う。

情報化が遅れているという意見やネットワーク化が遅れていると
いう意見もあるようだが
これだってもっと具体的によく見てみれば
地場の企業群での共同受注やネットワーク、情報化はなにも今に
始まったことではなくて昔からやっている。限定的ではあるのだけれど。

紋きり型の評論をするのもいいけどそういうところにもう一度
目を向けてよく見ないといけないんじゃないか、と思う。




1997.3.6

昨晩の深夜の民放ニュース番組で
「製造業の生き残り策  コーディネート企業」
という特集をやってました。
仕事が減っている設備投資ができない中小企業と
取引先をたくさん持つコーディネート企業を中心とする
設備投資を積極的にやってきた仕事のたくさんある企業群を
対照的に取材してコーディネート企業を中心とする共同受注の可能性を
新しい画期的なシステムのように紹介してました。
そういうグループがどんどんでてきていることも事実ですし
すばらしいことだと思います。

気になったのはそれをとりあげている番組の製造業に対する見方です。
私たちもそのような企業間連携の推進に積極的に関わっていますが
共同受注やコーディネートはあくまで個々の企業の生き残り策、選択肢の
「一つ」にすぎないと感じています。
中小企業はそれぞれ必死に「多様な」生き残り策を模索しています。
コーディネートが「新しいシステム」で あたかも「起死回生」の特効薬で
あるかのような取り上げかたは一面的過ぎると思いました。

あの番組を見て企業連携をしなくちゃだめなんだ、と考えるほど
製造業の人達は短絡的ではないと思うけど 逆に悲観的になった人もいる
だろうなと思いました。




1997.3.5

昨日の続き
氏の話でもう少し人と人のリレーションシップが重要だというのか
とも思っていたのだけれど
(自分も含めて日本人はそういう話が好きだし、もちろんそういう
    部分があるのは重要だという前提はあるけれど、、)
案外にクールというか、合理的というか、さすがアメリカ的というか、、、。
曰く
  必要な所はどんどんインターネットによってサービスが供給
  されるようになるだろう。 
  人と会うことがサービスなのか、
  よりよいサービスとはなんなのか。
  その分野において人々が必要とするサービスをよく考えてみる必要がある。

業界と段階によってサービスのあり方は変わるのだろうけど
その分野にはどんなサービスがいいのか、こればかりはやってみないとわからない。

あまり情緒的でもいけないのだろうし
といって、すべてが情報技術でかたづくとも思えない。
重要なのは人と人をつなぐ情報の本質と自分らの生活や産業との関係を
冷静に捉えることだと思う。

とは言っても「がらがらのドライブイン」がお客さんでいっぱいになるのは
大変なことではある。




1997.3.4

昨日のことにも関係するけれど、
この前コラムに書いたスタンフォード大学、ミラー教授の講演会で
氏と話す機会があった。(もちろん通訳の人つきで)
情報技術の発展によりいままでの人と人のリレーションシップが
希薄になる可能性がある。
一つには商社や企業の「中抜き」や「直販」の可能性がある。
それがいままでの既得権を脅かすものになることが考えられるのだが
そういう「せめぎあい」はアメリカではどうなんだと聞いてみた。

すべての局面でというわけではないが やはりそういう問題は
具体的になってきていて商店や商社、企業はそれぞれに生き残り策を
考えて対応を始めている、とのこと。
もともと通販なんかはとっくに日常化している国だから
そういう点インターネットも即 使える道具になっていくのだろう。

そういえば去年の秋に発行された
「アメリカ機械工具業界調査」(愛知県機械工具商業協同組合発行)
を読んだ。アメリカでの機械工具販売の現状や方向性がよくわかる。
通販やインターネットの利用が現実のものになってきている一方、
それぞれに「空きはじめたドライブイン」に客を呼び寄せるために
生き残り策の充実を懸命に模索していることがわかる。
アメリカの景気が良いということを割り引いて考えても
これからのことを示唆するものとして興味深い。





1997.3.3

仕事でスキー場の近くまでいってきた。スキー客の車にまじって、、、。

高速道路があいて、スキー場に近くまでアクセス道路もできた。
でも一本横を走る以前の道路はガラガラだ。
以前はスキー客をあてこんだドライブインもガラガラだ。
よっぽど「コンテンツ」がないと大変だろうなあ、などと思いつつ、

考えてみれば情報スーパーハイウェイなどというものもできて
大量の情報がハイスピードで発信地から目的地に向かって移動する。
きっとスキーと同じでいままで途中で賑わっていた「ドライブイン」や
それを仕事にしていた人達の横をパスして行ってしまうことも起きるだろう。

今後はインターネット上で個人向けの商品も企業向け資材や製品も
取り引きがされるようになるのは間違いないだろうけど
そのなかには途中の商店や商社や企業や製造業を素通りしていって
しまう情報や「もの」も多くなるに違いない。





1997.3.2

いよいよ暖かくなってきました!。
そういえば スパイクタイヤがスタッドレスタイヤに変わって
もう何年にもなります。
一時批判のあったスタッドレスも今では当然になっています。
事故が多くなるのではと当初心配されてましたが、
そんなこともないようです。(まちがっていたらごめんなさい)


昔に比べて「平均速度」がおそくなったのかもしれないけれど、、
基本的なものができれば それに見合ったみんなの合意(平均速度)が
形成されるものなんだろうか。

そう言えば昔は中小企業にとって週休二日なんて絶対夢だ!と思っていたけど
いつのまにか浸透してきている。(しっかり休めるわけじゃないけど)

技術も昔は想像もできなかったことをいつのまにか可能にしていることは
あるけれど、日頃の「感覚」や「常識」もいつのまにか変わっていることがある。
日々の変化に気がつかなかっただけであとで考えると大きな変化だったりする。




1997.3.1

近くに熱帯魚のグッピーで有名な店がある。
どうも全国的に見ても有名らしい。
「金魚の餌」を買いに行って(行かされて) 驚いた。
たかが魚一匹というなかれ
一匹数百円の魚から、数万円の魚までいる。
又、そういうものを何匹も集めることを趣味としている人がいる。
狭い業界なんだろうけどしっかり需要と供給の関係をつくりあげていて
なるほどと思う。
もちろん丹精込めて育てたグッピーには稀少価値やそれなりの価値があって
単純に比べることはできないけれど ものづくりで我々が作っている「生産物」
との違いに唖然となった次第。
いろんな価値感がある現代だからこそ そういういろんなものに
目を向けている感性が製造業には必要だと 「いまさらながら」だけど思った。
それにしてもグッピーは見事でした。「はまる」気持ちもわかります。


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