今日のコラム・バックナンバー(2008年8 月分)


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掲載は日付順になっています。


2008.8.5

テレビニュースで
何度も放送されていたので
知っている人も多いだろう。

というか、いままでであれば
知ってる人は知っているが
知らない人は全く興味もなければ
知るタイミングもないはずであったことが
今回テレビニュースで
「普通の人々」が知ることになった出来事がある。

エスカレータによる事故があった
お台場は東京ビックサイトで行なわれていたイベント
「ワンダーフェスティバル」のことである。

実は筆者らはこのイベントに「参加」していた。

「参加」といってもお客として見にいっていたのではない。
出展者として「参加」していたのだ。

いままで「ワンダーフェスティバル」のことを
知っているひとは身近にはいなかったが
今度の事故のことで
すくなくともおたくたちのイベント「ワンダーフェスティバル」
というイベントが東京ビックサイトでおこなわれていることを
世間も筆者の身近にいる人たちの多くの人たちも知ることとなった。



2008.8.6

事故で怪我をしたかたがたの
一刻も早い回復を祈るばかりだし
人命に関わるような大きな怪我がなかったのは
不幸中の幸いではあった。

さて、自分達といえば
エスカレータの事故の時は
自分たちのブースにいて
オープンしたばかりのイベントの
そろそろ入ってくるであろう
客らのブースへの到着を待っていたタイミングだった。

同じイベントのなかであれほどの大騒ぎが
起きていたとは
あとでニュースを見るまではしらなかった。

それにしても
東京のような多人数が一箇所に集まる機会や場所の
多いところでは
なにかのタイミングで事故がおきると
その規模も大きいし
なによりその事故やアクシデントの予測が
ほぼ不可能であることの怖さを
いまさらながらに感じる。



2008.8.7

実際、これほど全国に報道されるほど
大きく話題になる事故がごく近いところで
起きるとは思ってもみなかったし、
予測などできるはずもない。

イベント開催者のほうは
たぶん会場の所有管理者と事前の打ち合わせをしていただろうから
先を急ごうとする来場者らの列の前に管理者を立てて
エスカレータをのぼっていくようにしていたのだろう、
それでさえ、エスカレータの不具合が
起きることを予測はできなかった。

正直言えば
今回、あのような多目的なイベントが行なわれることが
前提の場所で使用されるエスカレータが
そのわりに荷重制限に余裕を持っていなかったことを
知って意外に思った。
新聞報道などでエスカレータの荷重などの仕様を知った
多くの人々もそうではないだろうか。



2008.8.8

たしかに一つの階段には
多くて二名の積載しか考えないのが普通だが、

状況によってはそこにもっと多くのひとが
乗る可能性だって充分考えられる。

少なくとも
大相撲の相撲取りが
間隔をつめてエスカレータに
のるべきじゃないということは
今回のことでわかる。

そんなことはそうあることではない、という意見も
当然あるだろうが
そうあることではないことが
大都会や
あるいはなんらかの機会が多く行なわれる場所では
おきえる可能性は高いということなのだろう。

いくらそれを予想してもなおそれを超えて
予測を超えたことは起きるのが世の常だ。

あるいは複合的な原因が
つながることでおきてしまうこともある。



2008.8.11

今度の北京オリンピックの開会式を見ていても
あの巨大な会場「鳥の巣」と
そこに集まった多くの人々と
奇をてらったイベントが重なって
正直いってどんなトラブルがおきても
おかしくはないと思えた。

よほど練習は積んでいたのだろうし
起り得る問題はすべて事前に予想し
リスク回避のための手は打ってあったのだろうと思うし、

幸いにしてとりあえずは何も起きず
その開会式のすごさや巨大さ、
中国13億人とその経済の上潮基調であることは
たしかに全世界にアピールできたと思うのだが、、、。

巨大なイベントや取り組みというのは
たしかに成功すれば周囲へのアピールなど
影響は大きいが、
その分、不確実性はあがる一方だから
よほど危機管理などのマネジメントが
できないかぎりはそう簡単な話ではない。
そういう点で今回は中国だからこそできた開会式
と言えるのかもしれない。

中国5000年の歴史と
中国雑技団の底力や基本みたいなものは
いやというほど見せつけられたような気もする。



2008.8.19

ところでその北京オリンピックだが

その開会式の華麗さ巨大さに驚くと同時に
はたして今後中国はどうなっていくのだろうと
いろいろな考えが頭の中をめぐる。

一説には
オリンピック後には景気後退をよぎなくされるとか
株価の下落は更に続くとか
いろいろと取りざたされているのだが

どれもそういわれればそうでもあるし
そうでもないと言われればそうのようにも思える。

実際、どんな局面がやってくるかなんて
誰もわかりはしない。

しかし、今度のオリンピックの開会式を見ていて
あるいはその後の中国の選手の活躍を見ていて
世界における中国の立場や役割りは
明らかに変わっていくだろうことは
まず間違いない、と思える。



2008.8.20

少なくとも
これまでのように
欧米や日本のような「先進国」に
懸命に追いつこうとする姿や
欧米や日本から
その安価な労働力をあてにされて
世界の工場としての役割りを果たす、という
局面から変わっていくだろうことは
容易に想像がつく。

すでに経済や産業分野においても
おおよそ「先進国」と肩を
並べる段階まで来ているとか
中国自ら
オリジナルなものを生み出す力も
もちはじめているということでは
中国自身がそんな自負や自信を
持ってきつつあるということだ。

そりゃあ、たしかに
まだまだ科学技術力や
生産力については
まだまだ欧米や日本には
おいついてはいないところは
たくさん、というか圧倒的な差はあるとは思うのだが



2008.8.21

しかし一方で、ただならぬほどに
自信と自負を持ち
産業や文化、社会の
ありとあらゆる様々な方向に向かって
動きを早めていることは間違いない。

もし経済の低迷に陥ったり
株価の低下に悩む場面が出てきたとしても
いずれ遅かれ早かれ
中国の経済が世界にむかって
大いなる存在感を示す時期がくることは
今回のオリンピックを見ていて
強く感じたのは筆者だけではないはずだ。

一方の日本はどうだろうか。
いまだ閉塞感に覆われて
経済的にも社会的にも次への道が見出せないし、
見出そうという試みさえも
実はまだ始まっていないように思える。



2008.8.27

オリンピックの選手も
実は二種類の選手がいたように
筆者には見えた。

これまでの日本のしがらみにとらわれて
重圧のなかで戦わざるを得ない選手もいれば
そんなものに関係なく
自分の好きなことに取り組んできた
その延長上にオリンピックがあっただけのこと、
とひょうひょうと取り組んできた選手もいたように思う。

もちろん金メダルがかかったような戦いに
プレッシャーがかからないはずはない。
しかしそのプレッシャーさえも
自分にとっての楽しみの一つとさえ捉えているかの如く
楽しんで勝負していた選手もいたように思う。

いろんなしがらみの重圧と戦わざるを得なかった
選手もその役割りを充分に果たしたと思うし
お疲れ様と心から思うのだが、
一方戦うことや重圧と真正面に対峙することを
かるがるとやってのけた
若いアスリートたちに
筆者は頼もしさと期待を感じた。
たぶんそれは筆者だけでないだろうと思う。



2008.8.28

今週はじめの「今日のコラム」は
穴をあけてしまったのだが
実は先週から今週にかけて
わが地元の産業界、20数社で構成される企業の研究グループで
以前から取り組んでいる
「dtf研究会」
「デスクトップファクトリー研究会」の
dtf国際フォーラムというイベントが
この地元で行なわれていて
参加だの準備だので机の前をあけている時間が
多かったのでそうなった。


で、その「dtf研究会」による国際フォーラムだが
フィンランドやスイスや韓国から
マイクロファクトリーやデスクトップファクトリー
あるいは微細加工やナノ加工の高名な
研究者らが長野県諏訪地域にやってきて
それらの研究内容を披露、
一方、長野県諏訪地方を中心とする「dtf研究会」では
この8年あまりの間、諏訪地域で行なってきた
デスクトップファクトリーに関する研究内容を発表、
互いにそれらの研究成果や実施内容を交流することができた。

そんなわけで
昼は研究発表の場や技術・製品の展示など、
夜は夜でしっかりとお酒もいれて真面目に意見交流と
なかなか忙しい一週間となっている。



2008.8.29

以前dtf研究会として研究や情報交換のために
スイスやフィンランドに訪問したときに
懇意にさせていただいた現地の研究者も
今回おいでになったことから
そんなこれまでの付き合いの延長もあって
じっくりと交流する機会となった。
まるで「dtfウィーク」である。

海外と交流やビジネスをつなげていくべきだというのは
だいぶ以前から日本の、特に中小企業の
課題として取り上げられていて
珍しくもないのだが

正直言えばそれで実際のビジネスにつながった、というのは
あまり聞いたことがない。

中国やアジアで現地に工場を出したとか
仕事のやり取りをしている、とかいうのは
さすがにこの十数年では中小企業でも聞かれるようには
なったのだが

ヨーロッパやアメリカ相手に
ビジネスを広げた、というのはあまり聞いたことがない。


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