今日のコラム・バックナンバー(2008年 7月分)


INDUSTRYWEB HOMEへ戻る / 今日のコラムに戻る/ バックナンバーに戻る

掲載は日付順になっています。


2008.7.1

ところでこのGTR、
登場して半年たったし
ユーザの手元にも渡って街中でもたまに
見るようになったし
雑誌も出たばかりのころの
なんでもかんでもすげーゾ!、という調子の論評は
さすがにへってきた。

そりゃあ、いつまでも、
馬力がどうの、性能がどうの、という話は続かないわけで
時期がたてば違う視線でみることになるが
さすがにそこはGTRで
違う視線でみてもGTRは面白い。

性能などの初期のレポートに比べて増えてきたのは
GTRのビジネスモデルについての考察とでもいえば良いか、
そんなレポートが雑誌などで見られるようになってきた。

根本的なところにまでいけば
前述のピータードラッカー氏の
キャデラック云々、の話になっていくのだろうが

これらの雑誌のGTRをめぐっての
考察は結構面白い。



2008.7.2

つい最近の週刊誌には
GTRの目指すビジネスモデルを
GTRの開発者に聞いた話を裏うちさせながら
レポートしている。

GTRのビジネスモデルとは
簡単に言えばこういうことらしい。
仮にGTRを100万円とする。

ニッサンはこのGTRについては
車の趣味人がふつう行ないたがる改造とか
外部のメーカーが作ったパーツの装着を
認めていない。

もしそれをやった場合には
無料保証の範囲の修理とかは
やってはくれるのだろうが有料になるだろうし
なにより、下取り保証がなくなるという。

下取り保証とは聞きなれないが、
要は月1000KM以内、年間12000KM以内
で、三年以内つまり36000KM以内で
キレイにのった車であれば
30%?(正確な数字は忘れたがたしかそれくらいの数字)
安くなるだけで買い取ってもらえるらしい。
777万円の車両価格だから5百数十万で
下取り、買い戻してくれるということらしい。



2008.7.3

ただし前に書いたように
改造してあったり変なパーツをつけたりすると
この保証もなくなるのだという。

しかし、いくら高価とはいえ
それだけの原価の減損で下取り買い戻しがされるとなれば
普通のオーナーとすれば結構魅力的な話かもしれない。

で、こういう程度の良い中古車は
セカンドオーナーに渡るときにも
あまり安くはならないだろうが
そのぶん程度の良い車がそこそこの価格で手に入るし
それを扱った中古車屋も
それなりのマージンが入るということになるらしい。

だからGTRに関わった
みんながハッピーになるということなのだ。

もちろんニッサン自身も
このビジネスを成立させるために
自社のブランド性やGTRのブランド価値を
下げないように奮闘する、というわけである。



2008.7.4

そしてこのGTR担当者は
このビジネスモデルを
日産の実質トップのゴーン氏に
提案し採用されたというのだ。

このビジネスモデルが
成立するかどうかは筆者にはわからない。

その週刊誌とは異なる自動車の専門雑誌には
このビジネスモデルのことを知っているのかどうかは不明だが
あるモータージャーナリスト氏が
GTRの改造についての考察をしていた。

いくら前述のようにキレイにのって
走行距離もあまり伸ばさず改造もしなければ
高額下取り保証がある、いっても
もともとが車が大好きな人たちが
購入する車としてのGTRではある。

こういう人たちのためのGTRの改造部品は
いくらニッサンがそう言ったって
企画され市場に出てこないわけがない。



2008.7.7

案の定すでに市場ではGTR用の
高価なアルミホイールやエアロパーツや
電子制御の改造部品さえ販売されている。

ただし、やはり興味深く面白い現象は
おきているらしい。
改造しちゃあいけないとか
高額下取り保証とかの
日産の牽制のコメントが効いているのだろう。
これまでGTRを大事に乗り継いできたような
GTRファンたちは
さすがにあまり改造を行なわないのだという。

修理などについてはニッサンの工場とか
契約工場でしかやっちゃいけない、とされていて
そういう人たちは
真面目にそういう工場に持ちこんで
日産の牽制に従っているらしい。

まあ、そういう気持ちはわからないではない。



2008.7.8

自分の持っている高価な車に対して
改造したりメーカーのものではないパーツをつけたりすると
修理を受け付けてくれないとか
高額下取り価格が下がるとか
経済的に痛手となることを指摘され
そんなことをいろいろ言われれば
できるだけノーマルなままで持っていようとなる。

そういう意味では
ニッサンの考えたビジネスモデルは
思ったとおりに進展しているといえる。

ただし、
これだけ高性能で有名な車になると
GTRのファンだけでなく
高性能車のファンともいうべき人たちが
一度は乗りたいと思うらしい。

それもそういう人たちはお金持ちが多くて
実は前述の改造パーツを作って売っている改造パーツ屋さんの
最近のお客は昔からのGTRファンとは
異なってきていてそんなセレブなお客様らしい。



2008.7.9

もともと内外の高性能車を
趣味で持っているようなお金持ちだから
GTRをいつまでも後生大事に持っていようとは
思っていないらしいし
高い下取りを期待しているのでもないので
改造することに対しては違和感はなく
平気で改造を行なうのだそうだ。

というわけで改造パーツ屋さんのお客も
最近は昔からのGTRファンではなく
というか、つまり改造するリスクを
おわなくなったとでも言ってもいいか、そういうお客から

改造リスクをいとわない
セレブで高価で高性能な外車なんかをもう一台(いや複数台か)
として持つマニアに変わってきた、ということらしい。

そういう点では改造パーツ屋さんは
昔に比べれば高価なパーツでも
ぱっと購入してくれる客が多い今のほうが
うれしいのかもしれない。
無論客層は異なるのだが、、、。



2008.7.10

だけど
こういうお客はわりと飽きっぽくて
いつまでも、宝物とばかりに
後生大事にGTRを持っているわけではない。
外車を含めた高級車を
常に買い換えているようなそんな客層という感じか。
いや、あくまでイメージだけれども、、。

だからしばらくすると
きっと改造パーツがついた
距離も伸びた車、
、その分、それなりに買い得な価格のついた
(ノーマルに比べて)
が出てくるに違いない。

普通であればちょっと程度が悪いような感じもあるが
実際にはお金持ちが維持していた車だから
距離が伸びているわりには
程度はたぶん良い車がでてくるのではないか
いわばちょっとお買い得な車、かもしれない。

逆にそれを喜ぶお客の層もきっといるだろう。



2008.7.11

はたして
こうしたGTRの市場、特に中古車の、が
どういう状態になっていくのかは
今のところわからない。

少なくとも日産の考えていた
「みんなが幸せになる市場」以外にも
複数多様に出来ていくことはたしかで
けして日産の考えた市場の形だけになるわけでないない
ことは確かだろうとは思う。

それほどマーケットは単純で画一的なものではないだろうし
日産の思っているだけのものになっていくと
日産が考えているとしたらそれはあまりに
思慮が浅いし、日産にとっても良いことではない。

また、一方、
前述の車雑誌のモータジャーナリストは
ニッサンはこれまでのようなお客、熱心なGTRファン、を
捨ててしまったのではないかと書いていたが
あながちそうでもないように思う。



2008.7.14

たしかに
下取り買取価格を考えて
自分の車の改造とか
思い入れを託すことをしなくなって
ある意味では
「メーカーの言うことをおとなしく聞いて付き合うお客」に
なってしまっているのかもしれないし

金額はさておき
GTRが好きで好きでしょうがなくて
改造をしているような客のほうが
ある意味では
本当のGTRマニアと言えるのかもしれないが

お客の経済的利益を守るという点では
日産がこれまでのお客を
ないがしろにしているわけではないのだろう。

でも一方で
モータージャーナリストの言うことも
分からないではない。

自分の車に夢を託したり
自分の乗っている姿をイメージして
カスタマイズしていく、などというのは
車のマニアにとっては
とても重要なことであるし
その作業ができるからこその「可能性の魅力」も
自動車というものは持っている。



2008.7.15

それをあきらめて
いやあきらめたわけではなく
リスクを犯せば改造はできるのだが
下取り買取価格とかの制御がかかれば
それは実質的に改造をあきらめたことになる。

はたして
そういうビジネスモデルを
GTRファンが
本当に望むのかはわからない。

なにもせずに大事に乗っていることが
あなた達のためなんですよ、と
メーカーに言われて
そのまま乗っているのも良いかもしれないが
やはり自分の好む、人と異なる車に乗りたい
という気持ちもあるではないか。

メーカーはそれはあなたの自由ですが
その場合は保証はできません、、、
といっているのではないだろうが、
(いや、そう言っているのだな)
実質的にはそういうことだ。
これではメーカーに対してユーザーは
普通はあまりいい印象はもたないだろう。



2008.7.16

一部の高級外車には
たしかに投機や投資的な意味があって
買ったときの価格とあまり変わらない
下取り価格が提示される車もあるという。

まあ、お金持ちやお金のある事業家などにとって
うまい話があったりもするんだろう。

GTRもそれを目指したとも思えないが、もし
そうだとしても
それだけを狙っていくとしたら
たぶん長期的にみたらそれば間違いだと筆者は思う。

お客様の利益を守るとして
そのかわり改造はしないでね、
というのはわからないではないが、

お客様の利益にも経済的な利益もあれば
好きな車にしたてたい、という気持ちも
お客様の利益だ。

この部分に正面から切り込んでいかない限り
新車が売れない、というここ数年の自動車業界の
課題は解決されていなかないと思う。
そこにもうちょっと知恵はないのだろうか。



2008.7.17

洞爺湖サミットがすでに終わって
その評価をめぐって
テレビ番組などで
政治家などが議論を戦わせている。

洞爺湖サミットがどういうものだったかは
まだ今はなんともいえなくても
たぶん十年後や数十年後に
なんらかの評価が下される時がくるだろう。

その時にCO2がどうなっているか
地球温暖化がどのように進んでいて
世界の経済と社会のうえに
どのような影響を与えているかも
数十年もたてばある程度見えてきているだろう。

18000年前にあった氷河期には
人類はほぼ半分になったとされている。

地球の上に60億人も人類はいるが
しかしまだ氷河期の影響から生物学的には
まだ回復する途中であるのだが
一方人類は多様性をうしないつつあるのだという
議論もある。



2008.7.22

誤解を恐れずに言えば今後
なにか人類に大きな環境的な変化があった時には
再び壊滅的な打撃・影響をこうむる可能性が高く、
それの一つに今回の温暖化があるのかもしれない。

少なくとも
出生率が低まったままで数十年を経過すれば
人類の人口は減っていくわけだし

今世紀中に地球の上の人口は100億を越えるだろうとか
人口爆発だとか言われているわりに
人類は外部の環境の変化には
思っているほど強靭ではなく
案外弱い生物になっているのかもしれない。

ところで
一方の原油高騰だが
これが思わぬところに影響を及ぼしているのが
テレビなどで放送されている。

これも誤解を恐れずに言えば
原油高騰がエコな技術の市場化の
手助けになっている状況といってもいいだろう。



2008.7.23

風力や太陽光発電などの発電技術、

ハイブリッドやディーゼルなど
環境対応自動車技術、

廃棄物などのリサイクル技術、

これらの
開発やリサイクルのコストが高いことが
普及の妨げになっていたり
実施の妨げになっていたのだが

対する原油が高くなったことで
相対的に充分通用するような状況に
なりつつある。

誰も一年前では思ってもいなかった
状況ではあるのだろう。

一方で
車に頼らないで運輸や輸送や移動を
実現しようという
力も働きはじめているようで

技術開発が進む一方で
社会や産業のうえでの
行動や様式が一変する可能性さえでてくると思える。



2008.7.24

この状況がさらに進めば
思ってもみないことが始まるかもしれない。

テレビ会議や情報技術はもうあたり前に
重要度が増していくだろう。

物資の輸送は無くなることはないだろうが
小口の宅配便への依存度はさらに高まるだろうし
一方、鉄道などへの回帰もはじまるだろう。

あるいは
宅配便など合理的な輸送のシステムとうまく組み合わせた
個々人や必要な場所を人を場合にむけた
生産のためのシステムや生産技術も
さらに加速するかもしれない。

広く社会に目を向ければ
生活のあり方や住まい方、
例えば田舎と都会の関係も変わってくるかもしれない。

それほど今回の原油高騰は
社会や産業の根本的なところへの
影響は大きいし後世になって振り返ったときに
大きなターニングポイントとなっていたと
思える日もくるのかもしれない、とも思う。



2008.7.25

そういえば
以前書いたけれど

都市や工場が
CO2の排出を出すCO2工場だとすれば
森林資源に恵まれた田舎は
CO2を酸素に加工する酸素工場だ。

酸素工場である森林資源と田舎を
都会や工場がその一方の責任として
なんらかの形で森林資源を維持する
コストを負担したり
森林資源を育て守る必要はあるだろう。

しかしどうやらそれくらいのことでは
世界中から排出されるCO2を吸収することは
けして無駄ではないと思う一方
なかなか大変そうだと思うといささか気がめいってくる。

なにかに書いてあったけれど
アメリカ国内で走るガソリンエンジン車をすべて
電気で走る車にした場合に
その発電には
風力発電でいっても太陽電池でいっても
一つの州を必要とするくらいの
面積が必要になるのだという。



2008.7.28

原子力発電にたよった場合にも
400箇所以上もの発電所が
必要になるだという。

いったいそんな状況で
現在のエネルギー体系を
化石燃料を風力発電や太陽光発電や
原子力発電などなんらかの技術で代替することができるのか
いささか戸惑う気持ちにはなる。

産業や自動車から出てくるCO2などの温暖化ガスも
このままでは実質的に止めることはできない。

森林資源をまもっていったところで
どれくらいCO2を吸収できるかと
考えると
こちらもいささか心もとない。

この状況を変えることのできる
科学技術や文化などは
結構思い切った変化を必要とするように思う。



2008.7.29

その意味では
誤解を恐れずに言えば今回の原油高騰は
ある意味ではチャンスとなる可能性は
非常に高いと筆者は思う。

ところで
高い金利や儲けを目指して
世界中を飛び回っていた
余り余るほどの資金が
今は利回りの良い原油やアジアの経済に
回ってしまっているわけだけれど
これが最近は排出権取引にも向かっているのだという。

ここ数年で単位あたり数倍の金額で取引されるように
なっているらしいから、いやはやなんとも、だが

まじめな日本はその儲けの対象になっていて
世界の先頭にたって懸命にCO2対策をしてきたのに
一番排出権を購入しなければならなくなるのは
たぶん日本であって
今後取引金額が高騰していけば
ますます日本からお金が出ていくことになる。



2008.7.30

世界と日本のことは
これから真面目にかんがえなくてはならないし
またも世界から日本の懐を
儲けの当てにされてしまうようなことは
避けなければならない。

原油高騰をバネにして
温暖化や原油に代わるエネルギー体系を
構築する機会とすることは
代替エネルギーのための技術開発を
進める機会となることはもちろんだが

こういった排出権取引をめぐり
おきつつある新たな問題や
世界を駆け巡るお金の流れにも
変化をもたらす可能性さえもある。

冷静になって考えてみれば
CO2排出上昇を食い止め
温暖化上昇になんらかの手立てを打ち
次代のエネルギー供給や消費に目途をつける、
そんな技術開発を先導する国に

将来枯渇することが分かっているオイルをのみ
売り物にする国や
その周辺に稼ぎの種を見つけることしか
できない国に比べて
社会的な意義や投資が向かないほうが
本来おかしいはずなのだ。



2008.7.31

日本は資源のない国、と言われて久しいが
ここは一つ、もっともっと先のことを
考えてみる必要がありはしないか。

いずれにしても
あと数十年もすれば
原油が枯渇することは
ほぼ織り込み済みだし
もし枯渇までの時間を少し延ばすことができたとしても
そう対して変わるわけではないだろう。

新たな油田などが見つかる可能性も
ないわけではないと思うが、
いまさらそれに頼ったとしても
これも時間が延びるだけで
いずれ枯渇することに違いはない。

人類の歴史数十万年のなかでこのたった百数十年あまりで
一気にエネルギー体系を根底から変化させてしまったつけは
きっとどこかではらわなければならなくなる。
その「つけ」をなんとかあまり痛みがないようにしながら
変化に対応しなくてはならないはずで
それには科学技術や生活や文化全般に対する
姿勢を根本的に変えることを覚悟しなくてはならない。


INDUSTRYWEB HOMEへ戻る / 今日のコラムに戻る/ バックナンバーに戻る