今日のコラム・バックナンバー(2008年 4月分)


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掲載は日付順になっています。


2008.4.1

地球温暖化だとか温室化だとか
人類史でかつてなかったような環境変化によって
人類にとっての二回目のグレートジャーニーが
始まるとも限らない。
いや実はグレートジャーニーは
すでに始まっていて
実際に地理的な旅、ではなく
(生存する場が変わっていくということでも
充分グレートジャーニーと言えるが)
人類の進化の旅が
また始まろうとしているのかもしれない。

この数百年にわたっても
人類の進化は止まっていたわけではないだろうが
たぶんこの環境と自然の変化は
驚くほどの進化とそしてもしかしたら淘汰を
人類に迫るのかもしれない。



2008.4.2

まして生物としての進化や変化ももちろんだけれど
社会構造や産業構造も
大きく変えるのかもしれない、などというのは
ある意味では当然のこととして捉えておくか
あるいは覚悟しておく必要さえあるのではないかと
筆者には思える。

そういえば
昨年偶然読んだ本に
「素数ゼミの謎」という本がある。

あまり立つことのない
本屋の生物関係の棚で
偶然見つけた。

文字は大きいし文字数も少ないので
基本的には子供向けの本なのであろうが

実は生物の進化について
とても刺激的な、かつ好奇心を駆り立てられる
諸説が披露されている。

この「素数ゼミの謎」のセミとは
別にゼミナールのことを言っているのではなく
あくまで木にとまってミーンミーンと鳴く
あのセミのことだ。



2008.4.3

つい最近もテレビで放送していたが
アメリカには
13年に一度とか
17年に一度しか
地中から出てこないセミがいる。

普通日本のセミは7年くらいに一度地中から出てきて
成虫になって一夏鳴き暮らすのだが

そのセミは13年、あるいは17年と
地中で暮らす期間が異様に長い。

それも13年くらい、とか
17年くらい、とか大雑把ではなく
はっきりと13年に一度
あるいは17年に一度、とはっきりくっきり
区切られている。

これが
特定の狭い地域にかっきりその年の
ある時期に地中より出てきて
数週間ほど鳴き暮らす。



2008.4.4

このセミの出てきた地域
(というより地区といったほうが良いくらい狭い地域
1キロ四方とも言われる)は
数十億とも言われるセミの大群であふれかえり、
大音響でセミの鳴き声があふれる。

アメリカには
こういう特定の地区が
いたるところにあり
毎年、アメリカのどこかの地域で
13年ぶり、あるいは17年ぶりに
大騒ぎとなる。

だからワシントンとか大都会のなかの特定の地区が
その年になると今年は13年ゼミの年、とか
報道されて全国的や全世界的に注目されるのだが
実は片田舎でも同様の現象はおきていて
ほぼ毎年アメリカのどこかで
13年、あるいは17年ぶりのセミ出現の
大騒ぎになっているというわけだ。



2008.4.7

何度もいうが
そのある特定の地区地域では
セミは13年か17年に一度しか出てこない。

ところで
日本などの6〜7年くらいの期間で
地中より出現する普通のセミは
しかし、毎年代わるがわるに出てくるから
セミが地上にいない年はない。
平均的に考えれば7分の1づつ地上にかわるがわる
でてくることになる。
7分の6のセミは幼虫の状態でいつも地中にいることになる。

しかしアメリカの13年あるいは17年周期のセミは
アメリカ全土のなかで特定の場所での
持ち回りというか交替はあっても
(今年はあそこ来年はあそこ、というように)
特定のある場所での出現は
13年あるいは17年に一度しかない。
あとの12年、あるいは16年は
まったくその場所にセミは出現しない。
その場所では12年間あるいは16年間は
セミの声は聞こえてこないことになる。



2008.4.8

その13年あるいは17年の間に
引越しなどでその地域に居住した人などは
ある日突然出現したおびただしいセミの姿と
そのけたたましい鳴き声で驚くことになる。

なぜこのような面白い出現のしかたをするセミが
アメリカにはいるのか。

長く不思議なこととされてきたのだが
日本の静岡大学の先生が
ほぼその理由を断定して定説となりつつある。

その理由は
ぜひこのセミのことを書いた本
「素数ゼミの謎」をぜひ読んで欲しいが
ごく簡単に書くと

氷河期を越えたアメリアのセミの進化の過程で
7年ほどの周期ではなく
13年や17年というもっと長い地中での
生長期間が必要だったこと

子孫を残すためには
特定の狭い地域に集合していることが重要だったこと

そしてなにより重要なのは
過酷な氷河期を越えてセミという種類の昆虫が
生き抜き種を守ってくるには
種を減らしてしまう混交をさけ、
できるだけ一緒に同じところに生まれ
一緒に子孫を作る必要があったこと、
そのためには
13年や17年という「素数」の間隔の年にのみ
生まれる必要があった、ということなのだ。



2008.4.9

生命の進化のメカニズムが
13年や17年に生まれるセミのみを
将来に渡って生き残るようにしてしまった、
という言い方でもいいのだろう。

なぜ
13年や17年という「素数」の間隔の年にのみ
生まれることで
種を守っていくことができたのかは
ここに書くのは大変なので
やはりぜひ本を読んで欲しい。

生命と生物の裏側ではそんなことが
起きているのかと
生命の進化のメカニズムとその圧力には
驚くばかりである。

よもや生命の進化に「数学」が出てくるとは
思ってもみなかったが
なるほど聞いてみれば
そんなこともあるのだと
本当に驚かされた。

ちなみにネットで「素数ゼミの謎」で検索して
分かりやすい記述を探すのだが
なかなか見つからない。

やはり本を読んだほうが良い。



2008.4.10

生命の進化のメカニズムを考えると
セミのみならず人間ももちろん生物として
人間自身が生み出した社会や産業や
あるいは環境に上で営みを繰り返して
いるはずであるから
数十万年にわたる環境の変化ももちろんだが
この数十年にわたる劇的な地球環境の変化にも
無縁でいられるわけがない。

生物としての新たな進化の段階を踏むことや
あるいは行き止まりになる状態も
今後起きてくると考えて間違いないだろうとも思う。

生物としての進化ももちろんだが
もちろん文化や文明も変化していく。

と同時に

人間・人が生み出しているはずの
社会や産業そのものも
逆に
人の進化や文化や文明の進化によって
変わっていかざるを得ないことも
たぶん間違いない。



2008.4.11

考えてみれば
近代産業の姿などは
たかだかこの200年あまりの状況に過ぎない。

消費者や企業などという言葉も実相も
たかが200年あまりの産物だ。

しかし、ものを生み出すことやものを使うことは
人間が数万年にわたって
自分自身の人としての進化とともに
行なってきたことだから
これ自身はあり方はかわることはあっても
たぶんよほどのことでない限り無くなることはない。

消費者と生産者の関係や
需要と供給との関係
企業のありかたなども

この数十年ほどで
いろいろな姿をみせはじめていることを
考えると
消費者や企業などという言葉も実相も
いずれ過去のある時期の状態を
指し示していたに過ぎず
いずれはそれにかわる
もっと社会や産業の進化に(これだって変化していくのだから)
あわせたような概念や言葉も生まれてくると思える。



2008.4.14

車の月刊誌に
有名な「CG」という雑誌がある。
昔はカーグラフィックといい
車好きな人々の間では
まあたぶん、一番有名であろう雑誌であり
車に対する評価軸みたいなものを
車好きなものたちにむかって
指し示す役割りを果たしてきたといっても
間違いではない雑誌である。

もともと1960年代初頭に
創刊された雑誌でもあるので
歴史のあることもたしかなのだが
もともとをいえば
これよりも歴史の長い自動車雑誌というのは
いまでも複数存在する。

しかしこの「CG」は
当初より外車の特集などに力を入れていたことと

戦後の日本のモータリゼーションが
欧米のそれに「追いつけ追い越せ」を
合言葉に自動車の開発と世界にむけて
販売を広げてきたことを並べて考えると

欧米を規範にした自動車文化や
モータリゼーションを日本に持ち込んで
広める役割りをこの雑誌が果たしてきたともいえる。



2008.4.15

また、紙面から伝わってくる編集者のもつ
雰囲気によるのだと思うが(これが知っている人は
知っているなんとも独特の文体なのだ)
ヨーロッパの貴族的な、とでも言えばいいか、
それはたぶんに欧米のモータリゼーションを
牽引してきた層そのものなのだろうが、
そんな文化のにおいともいえるものが
伝わってくる。

そんなせいか自動車好きな購読者から
この雑誌はちょっと敷居が高い、と見られると同時に
その雑誌を理解することによって
また購読者自身がモータリゼーションの
先を歩いていると自負するような
そんな関係になっていた。

そんなせいか雑誌そのものが
文化や基準の規範として見られる役割を
果たしてきたともいえる。

そもそもこの雑誌が創刊されたときに
日本のモータリゼーションの
ドライビングランプとなる、と
宣言していたのであるから
やはりそうなのだろう。

こういうばあいの基準尺としては
やはりカリスマ的な人物の存在が
欠かせないはずで
この場合には創刊からこの雑誌を引っ張ってきた
かの小林編集長の存在が大きい。



2008.4.16

日本のモータリゼーションの
黎明期とそこでの進化は
海外のそれとの関係や
評価の軸の進化とともにで
進んできたのであり

その中心にいて日本のモータリゼーションを牽引した
ひとびとの1人に
カーグラフィック誌の小林編集長がいたことも間違いない。
その意味で
ホンダの本田宗一郎氏や
トヨタの豊田喜一郎氏らとともに
日本の自動車文化やモータリゼーションを
牽引した人物の1人であると
いって間違いないはないだろう。

話がながくなったが
そんな小林氏や
氏が長く関わってきた「CG」誌が
創刊45年を迎えて
この時期に「CG45+」という
別冊を出した。



2008.4.17

歴代の編集長の苦労話や思い出話や
その当時であれば最先端のスポーツカーの
インプレッションを
振り返った話題などが掲載されていて
それを読んでいるだけでも
なかなか面白く読めるのだが

さすがに戦後の、特に高度経済成長時代の
モータリゼーションのまっただなかを
かけぬけてきた車の雑誌の
45周年もの時間をまとめた本だけに

なかなかウンチクのある言葉や分析などが
いたるところに載せられていて
そんな言葉や文章をみつけて読み砕くだけでも
なかなか刺激的な時間を過ごせる。

このなかで
昔の試乗車のいんぷれっしょンを振り返った引用文がある。
そこにはある欧米の自動車開発技術者の言葉として
こんな言葉が書かれている。

「すぐれた理論の最初の実用例は古くからある方式の
完成された形にはかなわないものである」

なんだか最近も聞いたような気がした。



2008.4.18

たしか「イノベーションのジレンマ」という
数年前に出されて
その手の分野ではちょっと有名になった
ビジネス関係の本にも
このようなことが書かれていたように思う。

破壊的イノベーションによる技術の性能は
その初期では既存の技術よりも劣っている、と
いうようなことが書かれていた。

著者はクレイトン・クリステンセンという
ハーバード・ビジネス・スクールの教授で
最近もイノベーションに関する
いくつかの著書を出していて
注目されている研究者だ。

欧米の自動車開発技術者の発した言葉は
もうだいぶ以前に書かれた著作に書かれた言葉だろうから
オリジナルな言葉は
自動車開発技術者のほうにあるのではないかと思うし
技術開発の先頭にたってきた人がその経緯の中から
発した言葉だから説得力がある。



2008.4.21

しかしそれにしても
優秀な技術者も
優秀なビジネススクールの研究者も
同じような認識を持っていたことに
なるほどなあ、と思う。

実際、長く産業界に名主として君臨してきた自動車産業にしても
半導体だのトランジスタだのHDDだのの近代の産業でも
「イノベーションのジレンマ」はおきているということなのだろう。

ただしやはり過去の事実に照らすなら
いずれ新規の技術のその時点では
劣っていた能力や性能も
完成され能力も高い既存の技術を
凌駕するときがやってくる。

熟成され完成され処理能力も高く合理性の高い
既存の技術やビジネスモデルは
それをもつ既存の企業にとっては生命線なのだし
それがため技術やビジネスモデルを
捨て去ることができなかった企業は
いつしか能力や性能に勝る新規の技術を持つ
新参の企業にすべてをさらわれてしまう、というわけだ。



2008.4.22

現代の自動車産業で言えば
環境問題や省エネの要請からくる技術革新が
果たして今後どうなっていくか、
「イノベーションのジレンマ」が
どんなふうに進んでいくかということだろう。

実質的に世界のトップを走る
トヨタのハイブリッド技術は
その開発に遅れてしまったアメリカの自動車産業を
どうやら事業全体も含め1歩先に走り始めつつあるし

今後でてくるであろう、
プラグインハイブリッドや
EVや
燃料電池自動車や
水素自動車などが
化石燃料を燃料とするこれまでの自動車とその産業を
遠い過去のものにしてしまうかもしれない。

「イノベーションのジレンマ」でいえば
これらの技術はまだ性能的には
ガソリン自動車などには勝てないが
いずれこれを凌駕することが
おきるであろうということだ。



2008.4.23

「イノベーションのジレンマ」は
イノベーションが既存の産業やビジネスモデルや
技術に依存する大手企業にできないわけではない、と
もちろんいっていて

この場合、自らの技術を過去のものにするぐらいのことを
やれるだけの企業であることが必要になる。

果たして
自動車産業のような巨大産業が占める産業界に
そのような企業が
生まれてくるかどうかはわからないし

もしかしたら
まだ全く無名の小さな企業でありながら
次代の自動車やあるいはそれにかわるだけの
輸送技術などを開発していて
自動車メーカーのビジネスを
根底から覆してしまう準備ははじまっているのかもしれない。

ついでに考えてみると
そういうイノベーションを起こす企業は
これまでのような完成した車を作る「自動車メーカー」の
ような形態をした企業と
おもっていると間違えるかもしれない。



2008.4.24

むしろこれまで「自動車メーカー」と
呼ばれてきた企業は
あくまで自動車をアッセンブルする
アッセンブリーメーカーになってしまい

新しい自動車産業を牽引する
重要な心臓部品や
それを代表するブランドやイメージを持つ企業が
あらたな自動車ブランド保持企業として
登場するかもしれない。
そうなれば既存の企業の姿を想像していられない。

自動車雑誌「CG」が創刊されて45年。
その長い歴史のなかで
自動車そのものや自動車を構成する技術だけでなく
自動車産業そのものや企業そのものが
変わってきた。

自動車をめぐる「イノベーション」は
車そのものやその技術の上だけに起きるに
とどまらないということだ。

きっと自動車以外の世界でも
目に見える見えないに限らず
様々に「イノベーション」が起きているのだろうと思う。



2008.4.25

製造業やものづくりと
その進化についてちょっとふれた。

そういえば
最近テレビや新聞雑誌などでを見ていても
生命に関するものや生物や人間の進化だとかに関係したものが
多いように感じられるのは自分だけだろうか

京都大学のips細胞とかへの興味や話題もあるだろうし
鳥インフルエンザの脅威に関する問題意識や
BSEに関する問題意識もあるのかもしれない。

昨年出た本で
情報技術やビジネスの本としては
「ウィキノミクス」や「ロングテール」や
「ものづくり革命」、「クリエイティブクラスの世紀」など
刺激的なものが結構あるのだが

それ以上に興味深いと思ったのは
生物や進化に関する本だった。
そのなかでも一番刺激的であった本は
個人的には次の4冊だった。

「生物と無生物のあいだ」
「素数ゼミの謎」
「迷惑な進化」
「人類の足跡10万年史」



2008.4.30

いまさら情報技術やビジネスモデルに関する本ではなく
こんな本たちに興味をもったのはなぜだろうと
自身で思い返してみたのだが

たぶんちょっと機会があってとある研究所の研究者から
刺激的な研究の話を聞いたためだろうと思い返した。

それはたんぱく質に関するもので、
それ自身には強い興味をもったわけではなかったのだが
それでも知識を得てみようと
本を探しに本屋に行き
DNAなどに関する本を数冊買ってきて読んでみた。

なかでも面白かったのは
DNAの増殖のための技術
PCR装置に関するものだ。

理化学の研究分野においては
特定のたんぱく質とかDNAとかを
たくさん大量に作って研究に使うことが
必要になるらしいのだが

そのために動物などの生物から
特定のものをたくさん集めてくることは
通常困難な作業である。


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