今日のコラム・バックナンバー(2008年 3 月分)


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掲載は日付順になっています。


2008.3.3

以前も書いたかもしれないが
今、バングラデッシュでは
携帯電話を全国民に使ってもらい
経済産業に役立てようという
プロジェクトが進行している。

その名をグラミンフォンという。

これは国が主導しているものではなく
民間ベンチャー企業がなしえている壮大なプロジェクトだ。

世界最貧国と言われて久しいバングラデッシュだが
実はそういう国だからこそ
思ってもみないビジネスモデルが登場する。
かのノーベル賞をとった
ムハマドユヌス氏が作ったグラミン銀行もそうだし

そしていま注目を浴びる
グラミンフォンも
貧しい国の全国民に(だからこそ)
携帯電話を使ってもらうという
まったく考えもしなかったビジネスモデルを
同じように民間のベンチャー企業が立ち上げた。



2008.3.4

もちろんグラミンフォン自身が
ベンチャー企業として成長を
とげていくこと自身も興味深いことだが
成長を成し遂げていくこと自身の裏側では
バングラデッシュという国のなかで
携帯電話が起こす社会や産業への影響や可能性が
今後高まっていくということでもある。

国民全員に安価な携帯電話を普及させようという目標が
いったい社会や産業にどんな未来と可能性を生み出すのか
考えてみれば誠に興味深い。

そして間違いなく
携帯電話はバングラデッシュに
イノベーションを起こす存在になっていくだろう。

グーグルにしても
マイクロソフトにしても
情報技術を使って
それまでには思ってもみなかったような
ビジネスや、産業、そして社会を
実現しようとしている。



2008.3.5

その最終的に目指す姿がはたして
正しいものなのか
みんなが納得できるものなのかは
わからないしここではそれには言及しない。

情報技術関連の企業ばかりが
イノベーションを起こすもの
というわけでもないこともたしかだ。

が、しかし少なくとも
テクノロジーやビジネスモデルを
ひっさげて
社会や産業やビジネスに
変革をもたらそうと
壮大なチャレンジを行なう人々が
世界にいることも一方の事実だ。

残念ながら日本にそんなことを考えるビジネスや人材が
現れているかどうかは誠に怪しい。



2008.3.14

(すみません、また間があいてしまいました。
3月一杯までこんな状態が続くかと思いますが、)

すくなくとも
ソフトバンクやソーシャルネットワークなどの
ITビジネスの関連企業には
そんな文脈を持つ企業もあることはあるのだが
残念ながら圧倒的多くのITビジネスとか
言って登場してきた企業は生業というか普通の企業であって
イノベーションを起こすなどという壮大な目標を
掲げているわけではない。

ベンチャー企業ではない
長い歴史や実績を持つ普通の企業、
製造業とか商社とかそんな企業は
社会的なイノベーションという言葉からはもっと遠いところにいる。

産業界にイノベーションを起こそうとする
製造業系のベンチャー企業もないことはないが、

ただし産業や社会のうえでイノベーションを起こすことは
自らは自らが所属する産業界・既存産業の利益構造を
壊すことになることにつながることも多いから
普通「賢明な既存企業」はイノベーションを目指すことや
いままでの構造を変えることを
積極的に行なおうとはしないのが常だ。



2008.3.17

永い歴史と実績とを持ち
社会に対して一定の役割を果たしてきた普通の企業が
今後も永く社会に役割りを果たしていくことを
悪いとは思わないが
産業と社会の中に一定の割合で
イノベーションをおこすことを目標に掲げる
ベンチャー企業が存在しなければならないはずだと
筆者は思う。

シリコンバレーには
イノベーションをおこすことを目標に掲げる
ベンチャー企業が
たくさん生まれたくさん死ぬ。

これがシリコンバレーのみならず
アメリカや世界のハイテクベンチャーの
目標と夢にもなってきたし
産業界や広く社会全般の牽引力ともなってきた。

最近の新聞によれば
サブプライム問題や金融不安にあえぐアメリカのなかには
それを打破していくのはシリコンバレーだ、という
議論もすでに出ているのだという。



2008.3.18

古くからの特定の産業のみが
その地域にずーと存在し繁栄しつづけると
仮定することは不可能であろうし

どんな地域でも
社会の構造や
産業の構造や
産業そのものは変化しているはずだ。

筆者の住む町も
古くは生糸産業、
戦後は精密機器や加工部品
そして近年は電子部品とその関連産業と
産業構造とその中身を変えてきた。

いまでも生糸産業の関連企業がないこともないが
生糸産業が地域を支える基本的な産業として
とどまることはなかったし
今後もよほどのことがない限りその可能性はないだろう。
ただし生糸産業を基本にしてまったく新しい産業が
うまれ育つ可能性はないとは言い切れないが・・・



2008.3.21

精密機器や加工部品
そして近年の電子部品とその関連産業が
再び隆盛をほこる時代がやってくる、とも
実は思えない。
少なくともそのままの形で
ただ推移していくとはいかないだろう。

ただし日本の多くの産業集積
例えば筆者の住む町の産業界が
将来にむけて変化していくときに
実は昔からの旧来の産業が育ててきた資源を
次の産業が育っていく礎とした、ということは
ありえたし今後もそういうやり方は通用すると思う。

実際、製糸産業が育てた
人材と機械工業と資本が
精密機械産業の礎になったし
それがまた電子電機部品などの産業の
礎にもなっている。

結局、ベンチャー企業が
その牽引力にもなれば
古い産業に引導を渡すことにもなるし
全く新しい産業を興していくことにもなる。

今をときめく歴史ある大企業や大手の商社だって
設立当初はみんなベンチャー企業だったといえなくもないのだから。



2008.3.24

メタノールなどによるガソリンなどの
化石燃料に代わる代替エネルギーの研究と
ビジネス化がすさまじい速度で進んでいるが

それが逆に大豆栽培による
熱帯雨林の無謀な伐採などにつながって
本来の目的や方向とまったく異なる様相を
見せ始めるなど

地球をめぐる環境問題はまったく今後
どうなるかは予断をゆるさない。

重油もガソリンもとんでもなく高騰するしまつだ。

考えてみると
本当に地球温暖化が進んでいることは
間違いのないことではあるのだし
この200年ほどの人類の営みがなんらかの影響を
もたらしていることも間違いないことだろうとは思うのだが

しかし、一方で
地球の長い営みや変化は
人類のすくなくとも「たかが」数百年単位の営みから来る
いろいろな影響に比べたら
一桁も二桁もあるいはそれ以上の
ケタの違いで動き変化するのだから
いまさらどうしようもないのではないか、とも思えてもくる。



2008.3.25

たぶん人類が住んでいる海岸線は
この数千年だけ見ても
何百から何千メートルも出入りしているはずで、
そんな変化があることを
はじめから知って経済活動に織り込んでいさえすれば
こんなことにはならなかったはずなのにとも思う。

海岸線のすぐわきに
近代の人類の営みを築いたのは
この数百年あまりのことであるのだから
その時点で海岸線の出入りがありえることを見越して
あらかじめそれを避けることができればよかった、
と言ったら怒られるだろうか。

しかし、地球の時の流れと
人間にとっての時の流れでは
あまりにスケールが異なるから
海岸線の出入りを見越しておいて云々というのは
どだい無理な話であろうこともわかるし
この数十年の変化があまりに早すぎて
人々の営みは往々にして対応できないということもわかる。



2008.3.26

いまからでも
人工物を海岸から退避させることも長期的には
できないわけではないだろうが
実際の話として
経済的な負担や社会全体の負担を考えたら
そう簡単にできることではない。

永い時間をかけて計画的にゆっくりと進めていけば
国や地域や個人にかかる負担も減るとも思うのだが
それを行なうには
温暖化による海水面の上昇はあまりに急激で、
簡単ではないことも理解できるし
実際の話として小さな国によっては
国土からの退避もありうることは覚悟して
置かなければならないだろうし
そんな国の人々を
世界各国が迎えいれる覚悟と準備も
していかなけらばならなくなるだろう。

昔の映画「日本沈没」のようなことも
実際に起きる時代になりつつあるのだ。
これには人類の叡智をもって
あたる必要がでてくるのだろうと思う。



2008.3.27

じっさい、集落の単位でみれば
日本のいたるところで
まるまる一つの集落が比較的短時間のうちに
住人がなんらかの経済活動の結果から
集落単位で別の地域に移動したり
家族単位で他の町に移住したりして
集落そのものが無くなったりすることは
すでにそう珍しいことではない。、

先日読んだ本によれば
海面のレベルは今に比べたら
大昔は100メートルあまりも
下だったと言われている。

いまでこそ海峡と言われる場所も
実はそのころであれば
地続きであった場所も多く
数十年前に人類がアフリカを出て
いわゆるグレートジャーニーに旅立ち
世界に人類の足跡を残すことができたのも
海面位置がそれほど低く地続きだったから
可能になったといわれている。



2008.3.28

人間の営みや社会や産業は
地球や自然のとうとうとした逆らうことができない
圧倒的な時の流れのなかでは
まったく受動的なものであろうことは
いやというほどここで知らされてきたわけで
この温暖化においても
これがきっかけになって
人類、、社会や産業にとっても
思ってもいない、そして、驚くほどの
変化のきっかけになっていくのかもしれないとも思う。

たぶん今の人類の記憶には
残ってはいないのだろうが
実はこういう環境や自然の
逆らうことのできないような
変化によって人類自身が
進化することを余儀なくされてきたのだろうし
それができなかったならば
進化を止めるか、あるいは人類は地球上で
生き延びることはできなかっただろうと思う。



2008.3.31

これはとても重要なことであって
人間の営みはそう簡単には逆らえないほどの
流れの方向性のなかにあって
科学技術ではその流れやスピードを
変えられないということも
あるのだと思える。

そのなかには人間の営みによる影響もある場合もあるし
まったく自然の力で起きてしまうこともあるだろう。
なかにはこうした影響が
人類の存続に関わることもあるだろう。

しかしある意味、
人類が生存できるかどうか、は別次元の話として、
実際にもっとも興味深く思えるのは
人類や社会や人々の生き方そのものに
自然や環境の変化が大きく影響を及ぼし始めることだ。


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