今日のコラム・バックナンバー(2008年 1月分)


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掲載は日付順になっています。


2008.1.7

あけましておめでとうございます。

長い休みがあけたが
年末年始のテレビ番組などを見ていると
どうやら今年の世界経済は
なかなか厳しいというか、
課題が山積みのようで、
少々、緊張感の漂う年末年始休みとなった。

ガソリンはあのとおり
おどろくほど高値になっているし
株価もご存知のとおり、
驚くほどの下落を示している。

長い好景気の局面を終えて
いよいよ今年は世界的に
不況にさらされるだろうというのが
あらかたの経済学者や識者のご託宣だ。



2008.1.8

一方、この年末年始のテレビ番組や新聞などの
情報でたぶん一番話題に乗っていたのが
地球温暖化と環境問題であろうことは
おおかたの人たちが感じたのではないだろうか。

ともかくもテレビのスイッチをひねれば
北極の氷がとけていく場面か
南国の島々が水没していく場面が
延々と放送されていたような気がする。

こうして
この年末年始は
経済的な混乱の予兆と
環境破壊・地球温暖化の予兆とで
覆い尽くされていたような気さえする。

これほどまでに
焦点が絞られていて
なおかつ、見ている人もふくめ
多くの国民、市民が
同じ問題意識や危機感をもったのも
ある意味珍しいとも思える正月だった。



2008.1.9

アメリカの大統領選挙も
この正月のテレビ番組の
一つの話題になっていて
最近ではクリントンさんが
一時期の楽観ムードから
一転、オバマ氏に逆転されつつあるとかで
厳しい状況を伝えるニュースが多い。

大統領選といえば
アルゴア氏はもう大統領になることは
考えていないのだろうか。

ブッシュ氏と戦った前前回の大統領選では
僅差の、というか
実際には勝っていたんじゃないかといわれるほど
微妙な戦いだった。
もしも、は考えてもむだだけれど
あえてもしアルバートゴア氏が
大統領になっていたら
地球温暖化や環境破壊も
少しは状況が変わっていたのだろうと思えるし
中東での争いも状況は違っていたのだろうとは思える。



2008.1.10

ここでも何度も紹介しているが
アルバートゴア氏が
環境問題を取り上げて
ノーベル賞をとったとかいう話題で
去年はにぎわったし
それがきっかけで
地球温暖化や環境破壊にたいして
アメリカも含め
世界中が関心を高めた、ように見える。

しかし、もともとアルバートゴア氏が
環境云々を言っていたのは
はるか昔、
今から15年も前から
熱心に取り組んでいた話であって
なにも最近になって
取り組み始めたわけではない。

それは彼が書いた「地球の掟」という
本にも詳しい。
(日本では初版が1992年に出ている)



2008.1.15

あるいはまた、
彼が1994年に出した
「情報スーパーハイウェイ」という本にも
実は環境問題に対する取り組みが
アメリカの21世紀の競争力の復活にも
つながるのだという話をすでにしている。

当時より、クリントン大統領と
アルバートゴア副大統領は
アメリカ国内にむけて
情報スーパーハイウェイ構想と
環境問題への取り組みの重要性を
メッセージとして発しはじめている。

1993年にはシリコンバレーのベンチャー企業の
経営者らを前に
情報スーパーハイウェイ構想と
環境問題への取り組みを主張しているのだが
このなかで
アルバートゴア氏は
60年代〜70年年代のアメリカ企業の
製品の品質レベルは
損得勘定を覆さなければ
品質向上は不可能である、としていたという。



2008.1.16

つまり
品質を上昇させることはコスト上昇につながり
競争力の低下につながると
アメリカの企業は考えていた、というわけだ。

ところが当時の日本は
デミング博士の発案による
アメリカ生まれの確信技術を取り入れ
新しい品質理論を導入し
品質、収益、賃金、生産性の同時改善を
やってのけた、と指摘する。

「デミング」という言葉は
テレビコマーシャルなどで
「デミング賞受賞!」とか散々聞かされて
耳に残っている人も多いと思う。

だいぶ以前の話だが
デミング云々という言葉が日本で
盛んに言葉として流れていたのは
実はこんな裏のはなしがあった、というわけだ。



2008.1.17

日本は品質管理を行なうことで
むしろコストアップどころか
これによって競争力を強めた、というわけだ。

もちろんアルバートゴアは
この日本の体験からアメリカも学べと言う。

つまり環境問題への取り組みは
今、同様の好機をもたらしているという。


  計画のあらゆる段階で環境効率にこれまでにない注意を
  向ければ、私達の活動が環境に与える影響を軽減し、
  同時に環境効率や生産性を向上させることができるでしょう。
  そのためにも、テクノロジー施策や経済計画の中で
  明確な目標を設定することが必要なのです。
  アルバートゴア
    浜野保樹監修「情報スーパーハイウェイ」1994電通



2008.1.21

果たして今の日本の為政者のなかに
こういう目線でものごとを考えられる人がいるだろうか。

たぶんいたとしても
残念ながらそういう為政者は
影に隠れてしまって
権力闘争にたけた人のみが
政治の表舞台にたっているようにも思う。

なかには
日本は環境技術で
次の産業なりその活性化の手段を
考えていくべきだ、と
いつも聞いたことのあるような
言葉ばかりがマスコミを通じて流されていて
全く説得力のある言葉が聞こえてこない。

たとえ環境技術で産業や製造業の活性化にもつながるのだ
という言葉まではたどりついたとしても
実際にそれをどうすれば実現できるのかの議論に
なるとからきし意気地がない。



2008.1.22

一方で、株価の下落がとまらない。
日本の経済に暗雲がたれこめている状況だ。

日本売りという言葉がある。
外国人投資家が日本の改革路線はとまってしまった、
として日本からお金を引き上げているというのだ。

「日本はだめだ」として日本売りになる、というのだ。

「日本はだめだ」というとそこにはある意味
悲壮なイメージがつながってくる。
でも「日本はだめだ」とは
本当はどういう意味なのだろうかとふと思う。

マスコミが「日本はだめだ」といいはると
夢と希望のもてない国だという悲壮なイメージな
意味合いに聞こえるが

アメリカや世界を闊歩してきた
えたいのしれないバクチマネーが
荒稼ぎができないという意味での夢と希望のもてないだめな国
というのならべつに卑下する必要はないと思う。



2008.1.23

「バクチができない、やれないだめな日本」と
いわれるのであれば
まったく卑下する必要はない。

日本では「ばくち」ができないから
儲けることができないから
原油や相対的にまだ儲かるものや国に
お金が流れていくのだよ、
お金を投資してしまうのだよ、
日本では儲けることができないから・・・
というのならそれはそれでしょうがない。

だからそんな「日本はだめだ」とか
だめな日本からはどんどんお金が逃げていく、
というのならしょうがないではないか。

以前からいうように
日本もバクチも少しは覚えないといかんのじゃないか、
とも実は思ってはいるのだが
たぶん世界を相手にしてばくちで稼ぐのは日本人は
なかなか難しいそうではある。



2008.1.28

ではどうするか。

世界中でうつつをぬかしていた
バクチ経済が破綻するかもしれない
こんな状況になってくると
やはり大事なのはものづくりだよなあ、
という気分は高まってくる。

日本人が・・・という言い方までしたくはないが、
いままで多くのことから見ても
一方から一方に大きく振れるのも
日本の特性みたいなところがあって
バクチじゃだめだからやはりまじめにコツコツと
ものづくりをやろうという
気分がここしばらくのうちに
支配的になってもおかしくはない。

たしかに結論的にいうのなら
やはり製造業やものづくりや
エンジニアリングの力で
稼ぐ、ということなのだろうとは思う。



2008.1.29

ある意味では
世界における
日本の立場や発言権や
存在感といったものを
もう一度確立していったり
再構築していったりする
いい機会なのかもしれないとも思う。

何度もいうけれど
バクチマネーからすれば
ここ数年もそうだったし
いまの時点だって
ものづくりみたいな地味で
バクチに比べたら儲けの少ない分野には
興味もわかないだろうし
そんな国にはお金を持ち込んでは来ないだろうし
マスコミなんかは
それを「日本売り」とかいうのだろうけれど

でも、そんな状態を「世界が認めてくれない」と
切ないと思ったり悔しがっていてはならない、
むしろ製造業やものづくりや
エンジニアリングの力を
世界に示す時期だと誇りを持ち
主張すべき時ではないか、ということだ。



2008.1.30

もちろん
ことはそんなに単純ではない。

単純にものをこつこつと作って
いればいい、ということでもなさそうだ。

すでに世界の工場といわれていた時代では
ないこともたしかだ。

それはすでにアジアや中国が
日本にとってかわろうとしている。

アメリカや欧米を席巻した
バクチビジネスは
日本人にはなかなか馴染めないからといって
一方で単純に
ものづくりだ製造業だ、
エンジニアリングだ、と
目線を元に戻せないのが
この問題の悩ましいところだ。



2008.1.31

今回のサブプライム云々が
どれくらいの時日をかけたうえで
収束していくかは全くわからない。

実体経済にどれほどの
インパクトがあるかもわかってはいない。

しかし勝手なことを言わせてもらえば
この経済の混乱が
収束したあとには
もしかすれば
新しい価値観やシステムや
あるいはそこまで大上段に構えずも
わると思ってもいなかった
新しいビジネスモデルみたいなものくらいは
出現している可能性は高いと思う。

すくなくとも
バクチ経済のある程度の破綻の
一方でうけざらとなるビジネスモデルや
経済モデルの仮説くらいは
いくつかは現れている可能性は
高いと思われる。


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