今日のコラム・バックナンバー(2007年11月分)


INDUSTRYWEB HOMEへ戻る / 今日のコラムに戻る/ バックナンバーに戻る

掲載は日付順になっています。


2007.11.1

考えてみれば
この10年あまりの
中小企業の立ち位置というかは
ずいぶん変わったのだと思う。

もちろん大手企業も変わったし
日本の産業全体の構造も
中小企業と産業全体の関係も含め変わったと思う。

大手を中心に製造業は
どんどんアジア中国に
生産拠点を移動させてきたし

中小企業は仕事が減ってもきたし
受注金額も全体的には下がってきて
食っていくのが大変になってきたわけだから
仕事の仕方も仕事先との関係も変わってきた。



2007.11.2

その分というか
中小企業の
コミュニケーション能力というか
簡単に言えば営業力というか
表現力も変わってきたと思うし
そのやり方も変わってきたように思う。

中小企業同士のつながり方も
変わってきたと思うし
なによりこれからの時代に
自分の企業はどういう立ち位置に立つのかを
みなが考えてきたように思える。

そんな変化が
今度のような工業系のメッセや展示会でも
明らかに現れてきたようにも筆者は見えた。

まだまだ今後も
中小企業とそれを取り巻く
経済・産業の変化は続くだろう。

そんな変化を確認し次の方向を示す場として
地方独自の工業系メッセや展示会も
機能する時代だと思う。



2007.11.7

もう10年以上も
地域産業の活性化や日本の産業の復権を考えて
それなりに行動や活動をしてきたので

たとえば3年ほど前には
時の小泉首相の時代には
首相官邸に呼ばれて
この長くは10年間のことを話す機会にも
恵まれたし(とはいっても超短時間だけれど)
ほかにも
これまで何の後ろ盾もない自分にとっては
普通であれば会うこともできないであろう
高名な識者にも
知り合えたりお付き合いを
重ねていくことができた。

全国に講演に伺う機会も増えて
北海道から本州の果てまで
いろんなところに呼んでいただいて
話をする機会に恵まれた。



2007.11.8

10年以上にもなるので
そこで行なってきたことを
全部話そうと思ったら
正直いって半日くらいかけても
足りないくらいだと最近は思う。

そんなことを思っているのは
おまえだけだと言われるかもしれないが、
それこそこの10年あまりのなかで
行なってきたことの
ひとつひとつを並べてみると
そのひとつひとつに
そこに話題というかデキゴトというか、があって
それを全部まとめて人に伝えようと思ったら
本当に一日以上かかるだろう。

実際、講演などで
これまでのことをコト細かく話をしようとすると
時間が追われてしまうことが多くなって
最近は10年も前の大昔のことは
はしょって話をするようになってきた。



2007.11.9

そこからまなびっとったものだけを
うまく抽出してエッセンスだけを伝えればいいとも
思うのだが
学者でも識者でもない筆者にとっては
むしろ抽象的な話よりは
より具体的な
「そこになにがおきたのか・何をおこしたのか」を
伝えたほうが
たぶん役に立てると思っているから
裏話を含めてできるだけそういう
視点での話をするようにしている。

そうはいってもそれだけを言っているだけでも
何をいいたいのかは伝わらないから
ある程度は具体的にやってきたことを
帰納的にまとめてみることも
やってきた。

そんなとりとめもなく考えてきたことを
この「今日のコラム」に書いてきているつもりでもある。



2007.11.12

ところで
これほど長く、地域産業のことを
自分なりではあるけれど
かんがえつづけて
それなりに行動してきていると
当然回りの状況も変化してくる。
自分としては
変えてきた、という自負ももちろんある。

もし残念ながらそれはないといっても
自分が動いてきたから、ではなく
世の中の変化はあたりまえに起きていくから
やはり変わってくる。

景気の波もなんどもあったし
国際的な経済や政治の変化もあった、

なにより変わったのは
10年たったことによる
地域産業そのものが10年という年月を経た、
という事実だ。



2007.11.14

日本国内における製造業の地位は
自動車産業だとか半導体関連産業だとかは
一見世界のなかでも先頭にたっているように
見えるのだろうが
しかし実際に
国内産業における製造業の地位が
この10年で低下してきているのは事実だ。

付加価値額も製造金額も
国民経済にしめる割合は
この10年で、よく見れば長くは20年で
どんどん低下している。

これはなにも日本に限った話ではなく
先進国と言われる国では
農業に続いて
工業の付加価値生産額や製造業金額は
20世紀の後半を通じて
低下する傾向にあったし
どんな国でも
その傾向から逃れた例はない。



2007.11.15

だから
製造業の国民経済における役割や立場は
じょじょに低下してきたというからには
中小企業を取り巻く状況はますます
厳しくなってきた、と言えるだろう。

いまだにアジア中国への製造業の
流出は続いているし
それに伴って
仕事の量も減っているし
単価も下がったままだ。
この傾向は厳しくなる一方であり
けしてカイゼンされている状況ではない。

残念ながら
そんな状況が
20年近くも続いてきて
変化もじょじょに進むと
それがあたりまえになってしまって
いつのまにか
現在立ち至っている状況が
ずっと昔からその状況であるような錯覚に
陥ってしまう。



2007.11.16

昔は良かったと
高度経済成長の時代を振り返ってみたりもするが
実際には現状を消極的ながら是認してしまう。

今の状況を消して良いとしているわけではないのだが
しょうがない、と認めてしまう。
それがこの20年も続いてきたように思える。

実際に貧困化は国民・社会のなかで
様々に進んでいるのだと思えるのだが
最近はそれさえもあまり認識していないようにも思える。

楽天的に考えるならば
たぶんこんな状況が
未来永劫に続くわけはなく
いつかどこかで国民経済が豊かになるための
方向なり方法なりを
見つけ出すだろうと思う。



2007.11.19

官や政治家に頼らずに
国民が自ら現状を変えていくなんらかの
行動に進んでいくだろうとは思うが、
しかし現状では
そこまではまだ進んでいないようにも思う。

だが、落ちるところまで落ちないと、とか
行き着くところまでいかないと
状況を変える気に人間はならないものだ、
というのは幕末や戦時中なんかも
よく言われてきた言葉だが
はたしてそれで良いのかとも思う。

はたして今日本の社会のなかに、
いや、そこまで大きなことを
考えなくても良い、
少なくとも産業界のなかに
地域の産業界や
地域の中小企業群のなかに
前向きな変化は始まっているのだろうかと
最近は自分に問うてみることが多い。

最初にながながと
この10年あまりのことに対して
独り言を書いたのも
実はそんな思いの裏返しではある。



2007.11.20

いままで中小零細企業といえば
大手企業にぶる下がっていて
仕事も「もらう」「いただく」という
考え方があたりまえのようだった。
文字通り下請け、だ。

いまでも多くの中小零細企業は
下請けとして
親会社や大手企業から
仕事をもらっているという意識が強い。

しかし、この20年の間に
親会社や大手企業が
どんどん中国やらアジアやらに
生産拠点や工場を移したり
仕事そのものを中国アジアに持っていったから
日本に残っている中小零細企業は
そのぶん仕事は減るし単価は下がるし
儲けることが難しくなってきた。



2007.11.21

でも一方でそんな状況を打破しようと
意識や行動の上でも変化してきたこともある。

考えてみれば
大手企業や親企業が
自分ら中小企業の
ある意味では営業の代理として
仕事をとってきてくれていたわけで

大手企業親企業と中小の下請け企業は
利益をめぐって対立しているように見えて
実は相互に依存しているといって良い。
そんなに仲が良いわけではないだろうし
利益の配分をめぐってやり取りをしている。

そうはいっても
仕事を出すほうが強気だし
立場的にも強いのだが、、。



2007.11.22

しかし中小の下請け企業も
この状況を変えようとする動きもある。

大手企業や親企業に
営業代理をたよっているわけにもいかなくなったから
自分の力で営業力を強めようとする動きがある。

中堅的な企業は営業力を強化する動きが顕著だし、
営業を主な業務とする
昔でいえば「ブローカー」という範疇に
捉えられる企業も最近は多い。

ちなみに「ブローカー」という言葉を嫌がる人も多いが、
これからは「ブローカー」の事業範囲は
中小企業にとってはなくてはならないものになるのだろうから
「ブローカー」という言葉を
否定的に捉えることもないと筆者は思う。

なかには中小企業が仲間とともに
営業力を持った商事会社や商社や「ブローカー」などを
立ち上げるなどという場合もでてきた。
営業代理会社とも言える企業だ。



2007.11.26

また、一方で、
大手企業や親企業に対し、立場的に
強気に出ることができたり
強い立場にたつための方策を練る企業も
でてきた。

技術を高めたり、
容易に真似のできないノウハウを持ったり、
独自に商品を持ったり、

大手企業も昔と違って
自社に優秀な人材をとどめておくことが
できなくなってきたり
景気がいまより悪かった時期に
リストラしてしまって
いまさら慌てて技術やノウハウを持つ人材を
育てようとしてもそう簡単にはいかないから
そんなことも逆に
やる気のある中小企業にとっては
立場を逆転させようとするきっかけにもなったと思う。



2007.11.27

いまはまだ大きくは認識は
できないかもしれないし
始まっていないかもしれない
小さな前向きな変化が見つかるとすれば
それは産業社会や地域社会にとって朗報ではある。
でもまちがいなく変化は起きているように思う。

進化論では
強いものが生き残ったのではなく
最適な進化を遂げたもの
変化に適応したものが生き残ったのだ、と言われる。

社会や環境が変化することは
止めることはできない。
変化すること、時日が経過することは
止めることができない。

そこに自分らの変化を見通し
自ら進化し変化することこそ
今起きていることであり
重要なことであろうと思える。



2007.11.28

そういえば以前、
アップルのiPODやiPHONEが

iPHONEが今後日本国内で
売れるかどうかは別として

アップルに利益をもたらしている、という
識者の話を書いた。

そこに部品を供給している
主に日本の部品メーカーも
たしかに供給量は多いし
それがなくてはiPODやiPHONEも
形をなさないのだが、しかし、
結局商品やサービスのコンセプトや
ビジネスの中心部分を握っているところ・・
この話で言えばアップル、が儲かって
結局いろいろいっても部品供給メーカーは
中心部分を握っているところに比べれば
あまり儲からない
ということも書いた。

最近、やはりそうなのだ、と思ったのは
アメリカで急進している
薄型テレビメーカーのビジオだ。



2007.11.29

こういう場合、どうしても「メーカー」
と思わず言ってしまうが
ビジオは実際はメーカーというよりは
商社に近い。

ビジオというブランドを持っているだけで
部品を集めたり組み立てたりするのは
EMSに任せてしまう。
たぶん製品の設計や開発部分も
外注していると思われる。
最近のEMSは設計開発までも
行なっているから、なんら不思議ではない。

まあ、そういうビジネスを推進するビジオを
メーカーという範疇に加えてしまっても
おかしくはない時代なのだとは思うが、



2007.11.30

しかし以前であれば
部品の調達はともかくとして
開発や設計を自社でやって
工場をもって組み立てをやって
工場から出荷するという
一連の作業を行なうのが「メーカー」の
「メーカー」たる所以だった。

たった数十人と言われる社員数で
ビジオというブランドを運営しているのは
普通でいえばやはり商社に近い。

あるいは「ブランドメーカー」とでもいう
言葉があってもいいのかもしれない。

で、実際この「ビジオ」は
日本のソニーなどの一流ブランドや
アジアの薄型テレビメーカーを追い越し
アメリカ向けでは最大の薄型テレビ供給量を
誇るまでになったのだ。

なんども書くがそれを進めるのは
「数十人と言われる社員」である。


INDUSTRYWEB HOMEへ戻る / 今日のコラムに戻る/ バックナンバーに戻る