今日のコラム・バックナンバー(2007年 9 月分)


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掲載は日付順になっています。


2007.9.3

むしろ
いろんな階層や産業層の集まった
多様で複雑な集合体に
なっているわけなのだが
ただしそこで気がつくのは
唯一、国民階層を二つの階層に分類できるものがある。
二極化というやつだ。
あるいは勝ち組みと負け組みの二つ、
という言い方でもいいかもしれない。

二大政党化が進んだと思えるのは
この二極化あるいは勝ち組みと負け組み、
を代表した国民の気分や階層を
表したものなのかもしれない。

民主党が勝ったのは
勝ち組みと負け組み、のうちの
たぶん国民の中で多くを占める
あるいは国民各階層に進む
様々な「負け組み」「貧困化層」が
このままではまずいと考え
日本を変える可能性のある
最善の選択をした、という可能性がある。

もはや「一億総中流」と認識している人々は
少数派なのかもしれない、とも思う。



2007.9.4

経済・産業には関係のない例えば趣味などを代表した
政党や結社もないことはないが、
こんな時代になってくれば
「負け組み」「貧困化層」が
不遇をかこうばかりの時代を変えてくれる
可能性を主張する政党結社を選択するのは当然だろう。

それがたぶん自民党と民主党のどちらかの
選択が現実的に見えたのだろうということだ。

二大政党化が
望ましいなどと識者や
なんと政治家自身がマスコミのインタビューに
応えているのの見るたびに
それはあんたらの能力がないから
いよいよ困った国民が最善の選択をしたからであって
二大政党化そのものを望んで選択しているわけではない、
といいたくなる。



2007.9.5

民主的な国で国民各階層が
自立的に多様に発展し豊かになっていくのなら
むしろ政党は一杯あってもいいと思うし
どんどん多様になっていくべきだと思う。

ただし、
各政党間が自分等の母体となる階層の
利益を最大化するために
利益分配を争うだけでなく
国民全体が豊かになる方法を政党間を跨いで
みなで考えることも重要と考えねばならない。

政治の話が続く。
お友達内閣という言葉がささやかれている。

たしかに「なあなあ」という意味合いでの
お友達内閣ではこまるが

しかし、自分等の目指す国のビジョンを作り
それの実現にむけて奮闘する同志たちの集まりなら
その同志の意味合いをお友達と呼ぶならそれでも良い。



2007.9.6

同志とお友達では意味はだいぶ違うとは思うが、
かといって
いくら昔からの政治家の持つ
つらの面の皮の厚さや駆け引きの強引さや
「安定感」への期待があったとしても
自分達の利益を最優先するような政治家が
国と国民に対するビジョンや使命感そっちのけで
構成されるような
「安定感のある内閣」では困る。

自民党をぶっ壊す、と小泉さんが
言ってくれてやってくれて
事実上ぶっ壊れたので
もういちど作りなおさなければならない、
と今度の内閣の重要人物がコメントを言っていたが、

作り直すものがまたぞろ
大昔の「同志たち」による
「安定感のある内閣」では困るということだ。



2007.9.7

そういえば
竹中平蔵氏が
やはり	最近の新聞記事のなかで
「改革に黄信号」というインタビューが掲載されていて
今度の内閣に対して
一定の危惧を表明している。

竹中さんらが行なった小泉改革が
そのまままったく正しいものだった、とは
筆者はいまだに思ってはいないが
だからといって
その前の状態に戻って良いとも思っていない。

が、今度の選挙の結果を考えれば
そして民社党の躍進の原因を考えれば
このままでは自民党とその政策が
先祖がえりをしてもおかしくない。
「改革に黄信号」が燈ったとしてもおかしくない。



2007.9.10

経済のグローバル化やオープン化に
民間を中心とした日本の経済が
対応していかなければならないこともたしかだし
中国アジアの台頭に対応して
いかなければならないこともたしかだ。
それにたいして日本の遅れている分野・部門・規制などを
合理化したり変えていかなければならないこともたしかだ。

特にその中でも
日本の行政や公共事業や農業政策などは
もっと合理化したり改革していかなければならないのだが

もしかしたら今後「改革に黄信号」が燈るのは
後者のほうばかりかもしれないのだ。

いくら「民間」や「ものづくり」が
懸命に血を吐くような改革を行なっていても
行政や公共事業や農業政策から足を引っ張られては
何にもならない。



2007.9.11

株価の変動や円高の様子を見るにつけ
日本の産業や経済や社会の行く末は
まだまだ安泰なものではない。
いやむしろ課題はますます積みあがっていると思える。

年金問題やら
社会保険やら
政治家の不正やら
公的な仕事をする人々の使い込みやら

そして財政の赤字やら
産業の海外シフトやら、
問題をあげ出したら枚挙にいとまがない。

しかし今の為政者の仕事は
後ろ向きのことばかりに追われていて
本来我々国民が彼等に付託したことが
まったくといっていいほどできてはいない。
いったいいつまでこんな混迷が続くのか。



2007.9.12

原子力発電所
飛行機
電池

信じられないようなトラブルや問題が
ここのところ頻繁に起きている。

大丈夫だろうか。

ものも規模も巨大ではあるのだが
それを形にしていくことも
それを運用していくことも
とても巨大なシステムや組織が必要になる

それだけのものを安全に運用していくことは
それだけでも大変なことだと容易に想像できる。

原子力発電所
飛行機
電池、に限らず

社会保険だ、年金だ、官僚制度だと
これもいわば巨大なシステムを運用しているわけで
これもそのシステムの甘さがここのところ露呈している。



2007.9.13

巨大で複雑な産業やシステムは
ひとたびその問題が露呈すると社会や産業全般に
危機ともいえるほど
重大な影響を及ぼすことになる。

自動車のように
一台一台は小さくとも(といっても
けして安価なわけではないが
飛行機や発電所なんかに比べれば
小さいようなものでも)
問題はそれ以上に大きい

数百万台もの新車が世界中に
走り回っていて
そのなかの部品に欠陥があれば
すぐ数万台のリコールやクレームが
世界中で生じることになる。

たぶん表には出ないが、
クレーム品やリコールによる
小さな問題は世界中で起きているのだろう。



2007.9.18

自動車とか家電とか情報家電とかに
モジュール部品が様々につかわれて
モジュール化が進むようになると

同じような部品が
何百万個も何千万個も作られて
世界中のいたるところで使われることになる。

いったんここに欠陥や問題がおきると
地球規模での問題になってしまうわけだ。

こういう危機を事前に回避する方法はないのだろうかと
思ってもみるのだが
どうやら産業がそのうえで成り立っている以上
簡単に回避することはできそうにない。

かといって
ユーザーのごく近くで
個々の部品などの生産を手作りに近い形で行なうというのも
現実的な話ではないし
高度な技術を要するものなどでは
なかなか大変なことである。



2007.9.19

モジュール部品などは
実はモータとか電子部品とか
様々な部品はほぼモジュール化され供給され使われていて
工業生産のうえでは
一見手作り品のような製品でも
大なり小なり使わなくてはならないから
クレームやリコールの可能性は
手作り品のようなものでも
避けることはできないはずだ。

もし部品の一つひとつまでも
徹底的に手作りで高い機能と品質のものを
作ろうと考えるのなら
それはコストの点でほぼ不可能に近い。

で、これらのモジュールとなる部品の
多くはアジアや日本で作られている。
だから今回の携帯電話に
使われていた電池などをめぐっても
結局中身の重要なところは日本製だったりする。



2007.9.20

苦労してモジュール部品を開発して世界中に
供給しているわりに
一度問題がおきるとその責任をも
日本の企業にかぶさってくるわけだ。

たしかに日本の技術でしかできない
精密で精緻なモジュール部品も多いのだから
それを世界中に供給することで
日本は儲けてきた、と言う側面も
あることはたぶん間違いない。しかし

今後もそういう状態が続くのかというと
どうやらそうでもなさそうだ。

9月3日の日経新聞の「核心」というコラムに
ここまで書いてきたことの関係して
興味深いことが書かれている。

液晶メーカーのシャープと
iPODのアップルの対比をしていて
なるほどと思うようなことがかかれている。



2007.9.21

かの有名な
液晶メーカーのシャープの亀山工場の
高度なクリーンルームには人影はあまりない。
そしてオペレータの防塵服には大きなゼッケンが
貼り付けられていて
監視カメラで作業者の動きがそのゼッケンを通して
不審な動きがないかモニタされているのだという。

外注される主要部品も近接している企業を中心に
調達し液晶パネルから液晶テレビにするまで
徹底的な垂直統合が図られている。

以前から言われていたことだが
シャープの液晶工場は
技術がブラックボックス化されていて
製造技術やノウハウは
競争相手に伝わらないように
徹底されているのだという。



2007.9.25

さて、一方で、かのアップルのiPODは
製品のコンセプトや設計は自分で手がけるが
生産はEMS、製造受託企業に任せる。

EMSについてはこのコラムで
なんども書いてきた。

携帯電話やパソコンやプリンタなど
電子機器を中心とした製造受託企業のことだ。
有名なところではソレクトロン社や
フレクトロニクス社などがある。
電子機器を構成する部品も外部企業から
EMSが大量に調達したりする。

実は世界中で売買される電子機器は
ほぼすべて
EMSで製造したものが流れているといって
言い過ぎではない。



2007.9.26

有名な電子や情報の機器メーカーそのものは
コンセプトや設計や開発に特化していて
製造部分はほぼEMSに委託してしまうのが
あたりまえになっている。
最近は設計開発までEMSに委託することも
行なわれている。

EMSは製造受託企業だから
同じ工場内に異なるメーカの同じ分類の製品が
同時に流れていることも
あたりまえに行なわれている。

パソコンや携帯電話の電子部品など中身は
同じようなものが使われているから
EMSは共通となる部品を
大量に仕入れてコストメリットを出すのだ。

こういう生産モデルを
シャープなどの「垂直統合モデル」というのにくらべて
「水平分業モデル」という。
このあたりについてもここで何度も書いてきた。



2007.9.27

昔のアメリカの自動車メーカーは
垂直統合モデルと言われた。
クルマに使われるガラスからライトから
なにからなにまでほぼすべて
自社の関連企業で作ってあつめて組み立てる、というのだ。

一方日本の自動車メーカーは
系列企業といわれながら
基本的には巨大な産業企業群のなかで品質を戦わせ
競争力を高めてきた。

ただし重要な技術などに関しては
自社や回りの強い関係で結ばれた系列企業と
共同開発などしている。

つまり日本の自動車メーカー、特にトヨタ自動車などは
垂直統合と水平分業を
うまく使いわけているということだ。

この違いが日本の自動車メーカーとアメリカのそれとの
違いとなってきたのだ、というのがここのところの
世界の自動車メーカーの競争力のついての分析だ。



2007.9.28

で、話は戻るがアップルのiPODや
デルコンピュータなど
電子部品の組み立てが重要な作業となる生産メーカーは
まさに水平分業モデルを進めているわけだ。

シャープが液晶テレビを生産するにあたり
すべての工程をブラックボックスにしているか、
すべて垂直統合モデルなのか、という
疑問もあるが
少なくとも液晶パネルの生産工程を
ブラックボックス化するというのは
大事な、というか選択せざるを得ない方法だとは思う。
付加価値が高く競争力の源泉となる
基幹的な部品や技術は
社内にできるだけとどめる、というわけだ。


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