今日のコラム・バックナンバー(2007年 7 月分)


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掲載は日付順になっています。


2007.7.2

やらなかった、というわけではないだろうが
右肩あがりで経済が拡大してきた戦後のこの時代では
市場に出来うる限りの規格大量生産品を
押し込んでいけるものを考えた大企業にむけて
言われた通りにものやサービスを作りさえしてくれば
企業は拡大してきたのだと言えるかもしれない。

やらなかったというよりは
やる必要がなかった、というのが正しいのかもしれない。

だから、技術の習得も
もっぱら個人レベルの内側や
企業内での暗黙の知識や経験の蓄積に
とどまっていたのではないかと思うし、

いわば個人のなかでのマネジメントにとどまっていて
複数の人々の集合体である組織たる
企業のマネジメントにはなっていなかったのではないかと
思える。



2007.7.3

今後、日本でも
アメリカに負けないような
プロジェクトやプログラムのマネジメントが
行なえる人材の育成が
産業界、地域社会、企業、で
そして、国の為政者のレベルでも
最重要な課題となるだろうと思う。

だが、そんな話になると
どこかのキチンとした学校のなかで
イスに座って、座学でマネジメントの勉強をしよう、
カリキュラムを作ろう、
という話におうおうにしてなってしまう。

それはそれで大事なことでもあるのだが
今後はもっぱら、実地での勉強で
実践的に学ぶことが重要なのだと強く思う。



2007.7.4

先日の毎日新聞の連載「時代の風」に
東大の坂村教授(ユビキタスで有名)が
イノベーションを標榜する今の日本では
「技術も大事だがそれと同程度かそれ以上に
その技術を社会につなげるための制度設計が重要」とし、
イノベーションを行なうには
イノベーティブな理工系の人間だけでなく
将来の制度設計のプロである文系の学生を鍛えることが
重要だと言っている。
しかもこのグローバルな時代には
外国の人々と丁丁発止でやりあえる力や
コミニケーションの力が必要だという。

で、このコミニケーションの能力というのは
結局「踏んだ修羅場の数」ではないかと思ったのだという。



2007.7.5

座学も重要ではあろうが
坂村氏のおっしゃる「修羅場の数を踏むこと」が
イノベーションにも
そしてマネジメントにも
(もともとイノベーションとは
知恵や価値をマネジメントすることで
更に高い知恵や価値を生み出す作業そのもののことだと言っていい。)
重要なことだと思う。

そんな日本の、特にアジアや中国や世界のなかで
あまり先の見えてこない製造業のなかで
産業や製造業のなかから世界の市場が必要とする
価値やものやサービスを生み出せる
マネジメントができる人材を育成するには
どうしたらいいのだろう。



2007.7.6

単なる座学ではなく
実地で修羅場を踏むのが一番の機会だとするなら
考えてみれば
今多くの製造業の人々が日々携わっている
「製造業そのもの」
「ものづくりそのもの」
「産業そのもの」
が、一番の機会たる「修羅場」であることに気がつく。

ただ、毎日の仕事を「修羅場」と捉えて
こなしているだけでは残念ながらたぶん
マネジメントのトレーニングにはならない。

毎日の仕事をむしろ積極的に
マネジメントのトレーニングとして捉えて
実地の学習の機会と捉えて
経験と知恵を積み重ねていくような
学習の場にしなくてはならない。



2007.7.9

ただし放っておいても
自動的にそうなっていくとは思えないから
やはり人材の育成にむけて
シナリオを描くことができる立場にたつ人や
問題意識をもった人物が
動き出さなくてはならないだろうと思う。

アメリカでは
高速道路の崩壊を復旧させるという
マイナスの出来事をできるだけマイナスを出さずに
復旧させるという
緊急・重要なやらなければならないプロジェクトとして
始まったし、(とはいっても使命感と問題意識がなければ
やはり従来どうりの復旧作業で終わっていただろう。
日本で同じようなことが起きたとき果たしてどうだったか
興味はつきない。)
テレビ番組の機材製作などは修羅場を踏むには
ちょうどいい機会が偶然生まれただけなのだが、

なにかちょうどいい「ものづくりのプロジェクト」を
見つけ出して地域産業に提起してみるというには
いいと思う。



2007.7.10

高速道路を作り直すとかの大きなプロジェクトや
テレビ番組の機材を作るとかは
タイミングとか規模の問題で
「ものづくりのプロジェクト」にちょうどいいとは思わないが、

リスクもそう高くなく
お金もかからず、
みんなが面白がって参加できて
できたものが形になるような
プロジェクトはたぶん地域産業の中や
地域社会にはたくさんある。

そんなものを探しだしてきて
地域に提起してみる誰か、がいれば
案外プロジェクトマネジャーの人材育成は
うまく動き出すのではないかと最近は思う。



2007.7.11

アップルがアップル製の携帯電話「iPHONE」
なるものを販売しはじめたとかで
テレビ・雑誌などマスコミによって
関連した報道が盛んに行なわれている。

テレビを見る限りでは
なかなかスタイリッシュで
機能もこれまでの携帯電話より
新奇な感じもあり
アメリカでは
行列をしてまで買っていくユーザーの姿を
盛んに報道していたのも
わからないではない。

シリコンやHDDのオーディオ「iPOD」で
あれほど成長を加速させたアップルの
新分野参入だから
ユーザーやマスコミが
強い興味や同意を示すのも
わからないわけではない。



2007.7.12

しかし、一方で
これほど日本の携帯電話が
機能が高くサービスも高度だと
いわれているにも関わらず
世界的にみたら市場は全く低い
、、、(たしか日本製の携帯電話の
世界に占める市場占有率は
9%くらいだったと思う。)
のはなぜなのかと思う。

たぶんアップルに機能の面では負けないだけのものを
日本の製造業は作ることはできるはずなのだが
ここ10年あまりの状況を見ていると
日本から世界の市場を席巻したり
牽引するものを生み出せたことは
残念ながらあまり見ないように思う。

「市場の牽引」もそうだが
「文化の牽引」や「独創性」でいったらなおさらだ。



2007.7.13

いまさらよく言われていることを
くり返すのはどうかとも思うが
あのウォークマンが
独創的な製品として世界中から評価されたような
30年以上も前の経験に並ぶようなものは
残念ながらここ10年間はあまり聞いたことがない。

いや、ウォークマンに限っていえば
iPODに先行するものは
日本のなかや例えばソニーから
シリコンオーディオなどの形で
市場にいち早く出ていったのだが
結果を見ればどこかで逆転をされてしまった。

平面テレビだって
液晶テレビにしても市場に先行するものを
投入するのは日本のメーカだが
いつのまにかアジアの競合に
抜かれてしまっている。



2007.7.17

たぶんすでに独創的な商品群ではない
例えば自家用車などの分野でも
今アジアの自動車メーカの追撃は
急速に進んでいる。

シリコンオーディオや
情報家電やビジュアルやオーディオ関連機材や
クルマなどやそれ以外の
世界中のいろんな分野の市場を見ていても
欧米のメーカーの製品や
アジア・中国・韓国のメーカーの製品が市場を席巻し
日本のメーカーの苦戦が伝えられることが多い。

主に中国や韓国の製品にくらべて
価格面での競争力が相対的に低下しているので
いくら品質が良い、と日本製のアピールをしたところで
先進国の市場であっても開発途上国の市場であっても
どちらも結局は
中国や韓国の製品が市場をとっていってしまう。



2007.7.18

そうはいってもそんな製品の中に使われている
中身の半導体や精密で精緻な部品は
いろいろいっても日本製である、という意見も
必ず前述のような悲観的な状況に対する反論として
聞かれるのだが

必要であることは間違いないながらも
残念ながらなかなか儲からない分野でもある
部品供給の分野を日本がいまだに担っているともいえるし

それさえも最近はアジアなどに追撃されつつあるというのが
実際の状況でもある。

価格については
現地や中国などで生産するのは
自国内で作って自国内で消費したり
輸出したりする中国はともかく
韓国も日本もすでにほぼ同じ条件なのだろうが
一気に投資し大量生産の規模を拡大し
市場を大量生産のメリットで
占有してしまう戦略においては
韓国のほうが日本にくらべて優位にたつ。



2007.7.19

日本のメーカーでもそんな戦略を取れないことも
本来はないはずだと思うのだが
ほかにもいろいろなことを
やっていかなくてはならない
課題満載の日本企業は
いまだキャッチアップの途上である韓国企業のような
思い切った戦略は取れないのが本音だろう。

そんなことをテレビで特集していた番組の言葉を
ちょっと自己流に解釈すれば
やる気でやっている韓国中国の企業や
やる気でやればやるほど儲けることができる韓国中国の企業と

頑張っても頑張っても儲からない日本の企業や
もともとこの先何にむかって頑張れば
いいのかわからない日本の企業では
なかなか同じ土俵で戦うのは難しいと思う。

要は日本の背中を追い上げてくる
アジア中国韓国は
何をやれば日本においつけ追い越せるかは
自明であろうし
背中を見せて走るしかない日本は
追いつけないように頑張るにも
もう限界がある。



2007.7.20

一方
欧米の企業は
日本やアジア中国に比べれば
煎じつまった状況が
だいぶ前から起きていたこともあるから
そのぶん
何にむかっていけばいいのかは
よく考えていて
ものだけではなくサービスとの連携だの
これまでなかったイノベーティブなものだの
方向の模索は一日早くはじまった分だけ
さすがに一日の長があるように思える。

本来、日本は
現在のアジア中国韓国が日本の担ってきた分野において
追いつき追い越そうとしているように
日本の先をいくアメリカや欧米の
背中を追えば良いのだが

これまでの日本のものづくりや産業のあり方からすると
単純に欧米の背中を模倣すれば
良いのかというとどうやらそうでもなさそうだ。



2007.7.23

最近欧米やアメリカなどで
新しい産業といわれるもの、
あるいは今後も成長があると言われている産業分野には
航空宇宙やバイオや情報技術、あるいは
サービス産業がある、といわれている。
たぶんに日本もこれらの産業に参入しようと
しているように見える。

しかし
航空宇宙やバイオや情報技術、サービス産業にしても
肝心なところで
一番儲けるのはあくまでアメリカ欧米なのであって
残念ながらアメリカ欧米になり代わって
日本がリーダーシップを握れるとは思えない。

いままでも自動車だの家電だの半導体だのの分野のように
世界をリードし日本に豊かさと富をもたらした産業は
あったのだと思うが、
これらも肝心なところは
欧米やアメリカに特許や肝心なところで
大事なところを握られていたようには思う。



2007.7.24

がしかし同時に
これまでの自動車だの家電だの半導体だのの
分野の産業においては
肝心なところを握っているはずの
アメリカ欧米に負けないくらい
豊かさを日本にもたらした。

肝心なところは握られていても
それ以外のところでも
十分に儲けるやりかたを
日本はうまくすすめてきたのだと思う。

が、航空宇宙やバイオや情報技術、あるいは
サービス産業の分野で
果たして世界のリーダー的存在になるかは
たぶん難しいように思われるし
たとえリーダーになることを望まず、部品供給や
アメリカや欧米を支える役回りに徹したとしても
これまでのような自動車や家電や半導体のように
国内に利益を持ってこれるとは残念ながら思えない。



2007.7.25

これまで以上に欧米アメリカに
利益の元となる重要なところはしっかりと
握られていて
この分野では
日本はいつまでたっても「国際的分業」の
名に隠れた「内職」や「下請け」に甘んずることに
なりそうだからだ。

自動車や家電などと比べて
産業の裾野もそう広いわけではないから
波及効果も期待するほどではない。

また、情報技術やサービス産業の分野は
お客や市場と物理的に近いことが必要であるとか、
あるいは
その場で供給した価値が消費されていく性格を持っているとか
あるいは、
リアルタイムな処理をする必要がある産業だからとか
そんな認識からこうした産業は
日本国内によって日本国内に供給されていくはずだとか
言う議論もあるが
情報技術やロジスティックスの分野の発達で
物理的な距離や処理や時間などは
問題なく乗り越えてしまう時代になっていくだろう。



2007.7.26

基本的な仕組みや中心や
ビジネスの根幹や儲けの種などは
欧米やアメリカにいつまでたっても
握られてしまっていることも充分に考えられる。

前門の虎、後門の狼 ならぬ
前門の欧米アメリカ、後門の中国韓国アジア、
なのだ。

ここのところ景気が良いとされていて
なんだかこの10年以上におよぶ
日本の経済問題は解決したような雰囲気だが
どっこい、実際は
地方の産業集積の工業出荷や付加価値生産は
20%も30%も低下しているのが実態なのだ。

一方、製造業に従事する人口がアメリカも例えばイギリスも
この10年でどんどん低下しているという。
でもちゃんとそれで国全体は儲けていたりするわけで
一体どうなっているのか、解けないパズルのようだ。



2007.7.27

なるほどと思ったのだが
隣の国、韓国でも
格差社会や競争社会のなかで
落ちこぼれた若者やニートになる若者は多いのだという。

ニートとは言わず
働かないので手が汚れず
手がきれい、手が白い、ということで
「白手」とよぶのだそうだ。

しかし、日本と同じように、というのは
そうだろうかと反問せざるを得ない。

ここまで考えてきたように
韓国と日本の社会の成り立ちや局面や少なくとも
産業や製造業の局面は大きく異なる。
簡単に言えば
産業社会がある程度飽和し
煎じつまってしまったように見える日本と
そんな日本をいまだ追撃し国全体として
まだ成長段階にある韓国との違いだ。

当然、そんな違いにたいして
そこに働く人々の状況も
あるいはそこに働く人々に要求される資質なども
異なっていてあたりまえだ。



2007.7.30

韓国であれば
以前の日本のように
若く均質でまじめで手先の器用な人々が
圧倒的に多く必要とされているし
一部には産業社会のトップに位置するはずの
エリートというか優秀な知識知恵能力を持つ人々が
必要とされているのだろう。

大学の入試も日本以上に過酷な韓国と有名だが
日本や韓国に限らずこういった産業社会の一定の
局面では人材に対しては
同じ様な傾向の要求にならざるを得ないはずだ。

だからちょっと昔の日本と今の韓国の状況が
同じようなことになっているのだ、という予測は成り立つ。

がしかし、今の日本の「ニート」と
今の韓国の「白手」が同じ意味を持つものかといえば
たぶん異なるはずだ。



2007.7.31

ちょっと前に日本にはあった「学歴社会」と
それに乗れないいわゆる「落ちこぼれ」と
言われる若者や人々の問題は
今の日本にはなくなったのかといえばそうではない。
いまだ学歴社会は存在しているし、
落ちこぼれてしまう人々や若者はいる。
だから今の日本に「白手」はいるのだとは思う。

もちろん韓国は日本以上の「学歴社会」と
「落ちこぼれ」「白手」の社会なのだろう。

しかし逆に
韓国に「ニート」はいるのかというと疑問が残る。

「ニート」はもしかしたら
新しい産業が芽生える直前に必ず登場するであろう
新しい能力を持つ新しい人材の姿を
予告している姿かもしれないからだ。


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