今日のコラム・バックナンバー(2007年4 月分)


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掲載は日付順になっています。


2007.4.2

昨年の秋までは
10年以上におよぶ
景気の低迷を抜け出して
景気の回復をかんじるという経営者が
多かったようなのだが
ここに来て
若干景気の再びの低迷を感じるという
経営者、特に中小企業の経営者は多い。

地域経済の活性化をそれなりに
考え動いてきた筆者だとは思っているのだが
こんななかで
経済の動きと
そのなかで経営者がどんなマインドを
持っているのかとか、変化するのかとか
いろいろなことを感じる場面は多い。

生き物のように変化する経済ではあるのだから
そこにある人の考え方とかマインドとかは
どんどん変化していて当然なのだとは思うのだが。



2007.4.3

どんな経営者でも
自らの経営を成り立たせようと
毎日の仕事を懸命に成り立たせていくマインドは
持っているのは当然だ。

当然その延長上には長期の視点で
遠くを見ながら経営を考えるマインドもある。

景気がよくなると
こんなときだからこそ
今日の仕事を目一杯行なう、というひともいる。

一方、景気がよくなって
若干フトコロが温まってくるとその余裕で
今日ではなく明日やあさっての仕事のために
時間とお金と余裕を使う、という人も出てくる。

どちらのマインドも回りにいる
経営者のなかには等しく見られるマインドだとは思う。



2007.4.4

一方、
景気が悪くなってくると
こんなときだからこそ
明日のことなど言っている余裕はない、
今日の仕事を目一杯やらねばならないと
いう人もいる一方
今のビジネスや仕事では景気が悪いのだから
明日のためにいろいろ考えて
次のことを始める、という人もいる。

これも
どちらのマインドも
回りにいる経営者のなかには
等しく見られるマインドだとは思う。

これらがどう組み合わさるのかは
いろいろだ。

景気が悪くなると
今日の仕事を行ない
よくなると
明日の仕事を行なうという人もいれば

景気が悪くなると
明日の仕事を行ない
良くなると今日のしごとを行なうひともいる。



2007.4.5

景気が悪くなっても良くなっても
明日の仕事をする人もいれば

景気が悪くなっても良くなっても
今日の仕事を行なうひともいる。

結局、景気がよくても悪くても
今日の仕事を行なうのか
明日の仕事を行なうのかは
まったく関係がないと言えるかもしれない。

ところで
低成長の時代の産業集積は
みんながいっしょに成長するのは無理なのだから
いける人から先にいって成長し
その他地域の中小企業を引っ張ってもらう。

というのがよく言われることだ。

しかし現実的には
低成長の時代だから余計、
一部の企業に富と仕事と利益が集中する傾向にあり
その他の地域の中小零細企業を
引っ張ってくれるというのはありえないのではないか。



2007.4.6

近代は
他方に富めるものと
他方に貧困とを生み出してしまったことは
残念ながらほぼ間違いない。

一方の勝ち組、
一方の負け組、
というやつだ。

こういう対比は
勝ち組みと負け組みの話だけでなく
大手と中小企業の話
中堅企業と零細企業の話
中央と地方の話

みんな類似の話だ。

こういう時代には
例えば低成長の時代の産業集積は
みんながいっしょに成長するのは無理なのだから
いける人から先にいって成長し
その他地域の中小企業を引っ張ってもらう。
というのがよく産業政策などのなかで
言われる。



2007.4.9

中国などでも
豊かになれる人から豊かになっていけば良い。
豊かになれる人が先に豊かになっていけば
全体も豊かになっていくだろうし
貧しい人々も豊かになっていくだろう、
みたいなことを改革開放政策のなかで
ずっと言ってきていて
たしかに豊かなひとも生まれるし
経済全体としては豊かにはなっているのだろうが
だがしかし、
一方で貧困はきわまっているように思えるし
貧富の差は拡大しているように思える。



2007.4.10

企業、資本、が
ことあらば利益を最大化しようとするのは
誰も止めることはできない。

先に豊かになった企業や個人が
利益が充分蓄えられたからといって
次の順番を待つ人々に
利益を回し始めることなど
まず考えられない。

利益が出たら出たなりの利益を
さらに最大化するために
懸命に取り込もうとするのが
とりあえず現在の企業や資本の論理だ。

ただし、アメリカなどには
寄付行為を是とする文化や価値観があるし
ドネーションは豊かになったものの
ある意味で社会的努めではあるから
寄付・ドネーションという
別回路で社会に還元しようとする。



2007.4.11

資本主義が
生み出した勝ち組みと負け組みの存在と
そこから生まれる様々な問題や課題を回避するために
近代の経済学やそれを基本にした政治や
あるいは文化や価値観や
あるいは宗教観は
様々な手法や回避方法を生み出したのだが
例えば解決する方法の一つとして考えられたのは
ドネーション・寄付や施しなのだろう。

逆にいえば
もともとその勝ち組負け組が生まれること自身を
否定はしていない。

幸か不幸か、アメリカのようなドネーションの文化や
再配分のための別回路を
日本は持たない。

逆にいえば世の中に勝ち組負け組が生まれることを
もともと想定していなかったのかもしれない。



2007.4.12

アメリカもそうだし
日本ももちろんそうなのだと思うのだが
そんな勝ち組み負け組みが
ますます明確になっていくような時代には
それを回避したり問題を解決するための
新しい仕組みが必要になってきているのだろう。

たぶんそこに必要になってくるのが
「情報技術」と
最近なにかと話題に出る
「社会的企業」の役割なんだろうと思える。

アメリカのようなドネーションの文化や
再配分のための別回路を
持たない日本では特にそうだと思う。

アメリカの国民の多くが
利益を最大化する仕事に従事するのとは別に
NPOによる再分配や社会的事業に
従事していることは知られているが、
それとは異なる仕組みが日本には
たぶん必要なのだろうとも思う。



2007.4.13

で、ところで、
勝ち組みや負け組みの話や
地方と都市の差のこと
中小企業と大手企業のこと、
みんな底の部分では同じ話だと思っているのだけれど

最近、このそれぞれの立場を巡っての
戦いがあったのだろうな、と思ってみていたのが
東京都知事選挙だ。

東京都知事はご存知のように
石原さんが選挙民に選ばれた。

前宮城県知事の浅野さんは
事前にわりとブームに近いくらい
話題にはなったのだが
思ったよりは得票が伸びず落選した。

今度の東京都知事選挙は
いったい何だったのだろうと思う。



2007.4.15

あえて刺激的なことを書くが、

東京都と
それ以外の地方や地方都市全体を
日本を構成する同じ基礎自治体と
ひとまとめにして捉えることに
筆者は違和感がある。

1000万人が住む東京都と
他の一億人以上が住む
東京都以外に住む人々の街と
日本は二つの種類の町がある。

一方は勝ち組みの地域であり
一方は負け組みの地域である。

一方は富と豊かさと人とお金と情報と
決定権が集まっている場所であり
もう一方はそれらが持たされていない土地である。



2007.4.16

たしかに東京も
いろいろと深刻な問題、
その一つとして「貧困と格差」を
東京自身も抱えている、というのは論を待たない。

しかしやはり一方で
富と豊かさと
人とお金と情報と決定権が
集中的に集まっている場所でもある。

そんな勝ち組みの町に住む人々は
いろいろいっても
その延長で政治や経済が進んでいくことを
望み選択するのだろうと思う。

東京は豊か、そこに住む人々は
豊かな東京を肯定し
地方の状況は
目線のなかにははいってはいても
問題意識にはなっていない。



2007.4.17

それを揶揄するつもりはない。

いくら家人や家人に近い人でも
その人自身の怪我や病気の痛みや悩みは
同情したり心配はしても
そのものは感じることはできないからだ。

あえて仮定として書くのだが

もし東京都の知事を
東京都以外の選挙民が選ぶことができるのなら
浅野氏は勝てたのかもしれない。

ありえない話ではあるのだが
ことの本質は結局そういうことなのだろうと思う。

逆に今、東京以外の町では
負け組み(になってしまった)の町や県から
いかにして脱却するかを望んでいるし
それを解決してくれそうな為政者が出てくれば
そういう人を応援することになる。



2007.4.18

ありえない話だが
東京以外は
(あくまで東京と比べればという意味で)
ほぼ負け組みとなってしまっている
全国の市民県民が
勝ち組みである東京都知事を
選択できるとなれば
東京の1人勝ちの状況を
進路変更する為政者が現れたら
その人物を応援することにもなるだろうと思う。

一方、東京の人々はもっと東京らしくあることを
望みそれを遂行してくれる人を望む。

東京都民は
これまでの勝ち組み東京を延長させる施策を行なう
「延長上の石原氏」を選択するのは
ある意味で当然のことであったのだろうと筆者は思う。



2007.4.19

最近刊行された 「遠距離交際と近所づきあい」
という本の文中に出てくる
「スモールワールド・ネット ワーク理論」
というのはとても面白い話で、

人は知り合いのネットワークを「6人」たどっていけば
世界中の人とつながることができる、ので
世界は思ったよりも小さな世界なのだ。という仮説だ。

アメリカあたりでは
もうだいぶ前から
ソーシャルネットワークというか
社会やネットワークの仕組みや成り立ちを
研究する学問が結構熱心に進められている。

「スモールワールド・ネット ワーク理論」も
そんな中で議論になっている「理論」だ。

感覚的にはなんとなく理解できる。



2007.4.20

1人の人が相互に
顔でつながっている仲間や知り合いは
ほぼ100人と考えて
その知りあい100人のうちの
1人にはまた100人の知り合いがいて、、

と100人づつ掛けをしていけば
100の6乗で
1000000000000となる。
実際には5乗でも充分で
60億人の世界の人々には
6人を介してすべてつながってしまうことになる。

実際にはそんな簡単な話ではないのだが
感覚的にはそんな話で、
その繋がっていきかた、ネットワークの出来方も
いろいろ現象が見られるというわけで
こういう社会の成り立ちを
研究する学問がいろいろとあって
「スモールワールド・ネットワーク理論」とか
「スケールフリーネットワーク理論」とか
いろいろに研究されているのだ。



2007.4.23

「スモールワールド・ネットワーク理論」は
結構世の中の人々はどこかで
思ったよりもあまり間に人を介さずに
つながっていて世界は小さいんだよ、という話なのだが

たしかに日々生活していると
結構どこかで人と人は身近につながっていて
びっくりすることがある。

そう強いつながりではなく弱くて細く、
だけどなんとなくどこかで繋がっているような
そんな関係だ。

で、よくちまたにはある
ごく小さく内向きの強く固定的な人的つながりよりも
むしろ同級生ネットワークや地域のつながりのような
弱いつながりでたどっていったり出来ている
そういうネットワークが
社会インフラのように存在していると
その社会や組織は打たれ強く、壊れにくく
いろんな人やチャンス・機会・刺激とつながり、
いろんな進化や可能性が生まれ、発揮できる
組織ではないだろうか、というのが
「遠距離交際と近所づきあい」の主題だ。



2007.4.24

人とのつながりでうまれる
ちょっとしたアイディアや刺激を生んだり、
アイディアや刺激を実現したり、
あるいは就職口を探したり、
なんらかの仕事を取ってきたり
ということを実現するのに
そういう弱いつながりがむしろ案外強く機能するのだ、と
最近の研究では言われている。

双方向性と個別的であることを
実現したインターネットなんかは
まさに多様に人々を結びつけるのための
道具であるといえるわけで
ここ数年流行になった
「ソーシャルネットワークサービス」などは
まさにそのつながりを生み出すための
可能性がある道具として脚光を浴びている。



2007.4.25

ただし、まだ「ソーシャルネットワークサービス」を
その可能性を
目一杯うまく使っている人々は多くはなく
あるいはその可能性について
深く理解はしていないように思える。

たぶんもっと時間がたてば
「ソーシャルネットワークサービス」を使って
社会の様々な問題解決や課題の解決のための
ネットワークインフラになっていくだろうと思う。

最近はやりの「ウィキぺディア」のような
ネットのうえに様々な知恵が参加者自身の参加によって
蓄積されていく現象も
インターネットのもともと持つ可能性や
特性の一つではあるのだが
今度の「ソーシャルネットワークサービス」も
それ以上に社会や産業に大きな影響と可能性がある。



2007.4.26

もともとインターネットが「個」を
個別に相互につなげることができたことによって
ネット上に総合知や
個人のつながりができるようになったわけで

今後もインターネットが可能にする
その特性から実現できるサービスや可能性や
ビジネスはまだまだ出てはくるのだろうと思う。

特に現実の世界とつなげたビジネスやサービスの
可能性はむしろこれから開けてくると思われる。

現実のビジネス
物財を関係させるようなビジネスは
いま始まったばかりなのだ。

ネットのうえで完結するビジネスも
すでにいろいろ出てきているように思えるが実は
コストや費用負担などのことを考えると
まだ今の状況は始まったばかりだ。


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