今日のコラム・バックナンバー(2006年 12月分)


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掲載は日付順になっています。


2006.12.3

たぶんなんとかしないと
いくらたっても日本は世界のなかで
「生産をして世界に役にたち、なおかつ
お金を提供してくれるきとくな国」で推移する。

日本はそれでいいではないかとかいう人もいるし
アメリカにつながっていれば
それでなんとか食えるではないか、という人もいる。

しかし、今回のアメリカの中間選挙の共和党の敗北で
それがいかに脆弱な基盤と予想のもとに乗っていて
危ないものなのかは
いずれごく近いうちに思い知らされることになる。

もともと巨大なばくち場の上にのりつつある
世界経済でアメリカについていればなんとかなる、
というのではそれ自身がばくちに近いではないか。

五十数番目の州になるとか
毛髪を茶色に染めればいい、とか
冗談で言っているうちはいいが、
本当にそうでもしないといけない時代にくるかもしれない。



2006.12.4

で、冗談はともかくとして
どうするべきか、ということなのだが

偶然、前述の雑誌に
ホンダのF1レース参戦のリーダーだった人物の
インタビューが載っている。

その人物の奮闘によって
ホンダはF1レースの世界で世界の頂点に上りつめるのだが
しかし、その人物はその世界のなかで戦ったなかで
やはり日本の置かれている位置を思い知らされたようなのだ。

いくら日本と日本のチームや企業が
F1レースでチャンピオンになったりレースに勝ったりしても
彼等は彼等の仕組みのなかや上で
とりあえず日本のチームが
勝ったという結果を得た・与えた・に過ぎないわけで
やはり彼等の仕組みの上や中で結果をだしたに過ぎない。

手の平のうえで踊っていたといったら言い過ぎだろうか。



2006.12.5

そこでホンダのその人物は
いわば「F1の興行主」側にならなければ意味はない、と考え
画策したようなのだが
当然、そうは簡単にはいかなかっただろう。
事実、日本の企業や人物が興行主の側にたったという話は
きいたことがない。

それこそが「彼等」の儲かる仕組みと、
よってたつ文化そのものであるからなのだから。

ホンダの創始者である本田宗一郎氏はずっと昔から
技術に国境はない、と言っておられたが
その記事の中でその人物氏は
ある意味でその言葉こそがホンダ、あるいは日本の企業の
限界性だろうといっている。

なんとなくわかるような気がする。



2006.12.6

戦後の日本のものづくりの企業は
世界に誇れるものづくりを目指して邁進してきた。
実際そうなった。

日本の生み出した技術が世界のスタンダードにもなった。

しかし結局はそこで生み出したお金も価値も
仕組みを作って運用する人々、
その仕組みを持っている人々に
持っていかれてしまう、そんな現状がある。

日本はものづくりを大事にしていくべき、
日本のもてる大事なところや得意な部分はそこである。
世界に誇れる、というのは
たぶんそうだろうと思う。

しかしそこでとどまっていていいのかどうか。

ものづくりという言葉の雰囲気も
日本人は大好きだ。
しかしそれでいいのかどうか。



2006.12.7

そういえば先日のテレビ東京の番組
「ワールドビジネスサテライト」で
元ソニーの社長の出井さんと
日経新聞の論説委員のS氏が出ていて
NGN(ニュウ・ジェネレーション・ネットワーク)
について議論していた。

そのなかで
日本の携帯電話ビジネスについて議論する場面があった。

ご存知のように日本は
欧米とは異なる日本独自の携帯電話サービスを
展開してきて
そこで行なわれているサービスの豊富さは
たしかに世界でもトップクラスというか
追随を許さないものなのだが
一方、では日本の携帯が世界の市場で
大きな位置をしめているのかというとどうやらそうでもなく
特にドコモやauやソフトバンクに
携帯電話そのものを供給している携帯電話メーカの
市場占有率でいうと
世界的にはノキアや韓国のメーカーが
ほぼ独占しており日本のメーカーは下位に低迷している。



2006.12.10

極端にいえば
日本を含む世界全体の携帯電話の10台のうちの
1.6台が日本メーカー製で
あとの8台以上は外国製だ。

海外だけの市場でいえば
更に減って日本メーカー製は1台に満たない。

その1台をおよそ10社ばかりの
国内携帯電話製造メーカーが分け合っている、という構図だ。

だから日本の各有名メーカーの携帯電話も
世界全体でいえば1〜2%くらいのシェアしかない。

世界一位の座をしめようとする
トヨタなど自動車産業のことを思い比べれば
日本製携帯電話が世界市場における
地位はにわかには信じられないほどの
低市場占有率だ。

日本のものづくりは世界のなかでも先頭をいくはずで、
高い競争力をもっている、といわれていたはずなのに、、。



2006.12.11

優れたサービスや機器なのに
占有率でいったら世界の下位である。
なぜそうなったのか、
どうやら携帯電話のメーカーというよりも
ドコモが自分たちの利益を確保するために
日本独自の規格にこだわった
ということが発端だったらしい。

たしかに徹底的に高度なサービスとコンテンツで
優れたものにはなったが
世界的な標準からは外れているから
今になって海外とは異なる携帯電話の仕組みができてしまった。

一方、先に世界標準で進めていたノキアや韓国メーカーは
一気に世界の携帯メーカーの標準を握ってしまった、
ということらしい。

その結果といってもいいのか、
いまだにドコモやauやソフトバンクは
大きな利益をあげているが
携帯電話そのものを作るメーカーは
過度な開発競争で儲けるどころではないらしい。



2006.12.13

これらの状況は
最近までの「第二世代携帯電話」のビジネスモデルで
決定的になってしまったようだ。

今、携帯電話は世界的に「第三世代」を目指していて
すくなくとも日本は「第三世代携帯電話」では
世界のトップを走っているようだが、
しかし、いまだ世界市場における地位はまだ低迷したままだ。

で、その番組のなかで
日経新聞のS氏は
そういう状況ではあっても
日本の携帯電話は優れたコンテンツとサービスを誇っているのだから
いずれまた世界標準になっていくことができるし
そうなればシェアも広がるだろうとおっしゃる。

それはテレビやマスコミで識者が主張するよく聞く話だ。
製造業や日本の産業界もその手の主張は
聞かされればうれしいしみんなが喜ぶ。



2006.12.14

しかし番組ではソニーの出井さんの
以下のような一言で締めくくられた。

世界標準を握らないで技術がすばらしいとかでは世界の市場は握れない。

この話は前に書いたホンダとF1レースの話に似てはいないだろうか。

本田宗一郎氏は技術の世界に国境はない、といわれていたが
しかし実際には技術が優れていても
世界の標準をにぎり市場を握れるわけではない。

ある意味、負け惜しみ的に言うのなら
悪貨が良貨を駆逐する、ということでもあるかもしれない。

どんなに優れた技術であっても
それで世界の市場が握れるわけではない。

もし仮に握ったように見えても
たぶんそれは握っているように見えているだけで
実際の商売や利益や富は
それをふくめた大きな構造のなかで回っていて
小さな世界で儲ければ儲けるほど
どこかに富が流出する、ということでもあるかもしれない。



2006.12.17

どうやってこういう構造を変えていくか

技術がちゃんと評価され
頑張った分だけあおれを進めてきた側に
儲けが回ってくる仕組みは
日本ではできないのだろうか。

前述のように
正面から戦うようなことをせず
それをあきらめてしまうことも一つの方向ではある。
あくまで地道にものを作り、
なんとか評価を高めるように画策し
ゲリラ戦で儲けを増やしていく方法だ。

たしかに物理的な世界は
一方でものを作り、一方にそれが供給されて
それを使われずには成り立たない。

マネーゲームだけでは世の中は回らない。
これは事実だ。



2006.12.18

ものがうまく作れる日本は
世界の中ではなくてはならない国と人々である、
ということも
まったくその通りだから
たぶん今後、いつになってもその役割は終わらないと思えるし、
世界中から重宝がられることも間違いない。

であれば儲けをもっと増やせるように
もっとものづくりの価値を認めてもらう方法だ。

しかし、これはたぶんそれなりに儲けは
受け取ることができても
よほど頑張らないと正当な評価は与えられない。

日本の大手企業が日本の中小企業を
コスト競争の矢面にたてて
中小企業にはなかなか儲けが流れていかないような状況が
ずっと続いているが
それと同じようなことを
今度は日本全体が世界のなかでやられてしまう。



2006.12.19

もう一つは
日本も仕組みや競争のやり方を覚えるということだろう。

ものづくりで儲けるのではなく
仕組みで儲けるやり方を学ぶということだ。

しかしこれはもっと困難なことではある。

もともとここまで書いてきた仕組みで儲けるというやり方は
その国や民族の歴史や文化に依存することが大きい。

前に書いてきたたとえで言えば
まじめにこつこつと働くことを美学にしてきた
町の商工業者が
やくざの運営するばくち場に出ていって
ひと稼ぎするに等しい、
いや、自分でばくち場を始めるということに近いのだから
なおのこと難しいことかもしれない。



2006.12.20

そういう商売を始めると
あまり世界から評価や尊敬も受けないだろうから
水戸黄門や暴れん坊将軍がでてきて
助けてくれることもないだろうし
むしろ自分達自身で飛び道具や権力や
いちゃモンを付けられた場合にそれに対峙できるだけの
迫力と力をつけないといけないことになるだろう。

もともと回りにはばくちで商売している
やくざな国というか資本も多いし
そんな連中に
ものづくり日本というかまじめな商工業者も
安全面やら安全保障やらで助けてもらっていたから
自分でそんな商売を始めたら
そんな庇護も期待できなくなるかもしれない。



2006.12.21

結論的に言ってしまえば
それらの中庸をいくしかないのではないか、と思える。
ケースバイケースでいくということだ。

別に世界の覇権を握るとは言っていないわけで
少しちょっと「ばくち」も覚えてみたり
もともと得意なものづくりを
もっと世界中から評価させて
もっと儲かるようにしたいというだけなのだから
細かくお金を儲けられるように条件を整える

幸いというか最近の日本にも
バクチ好きな人たちというか、は
出てきたように思う。

が残念ながら
あまりお行儀の良い振る舞いではないので
そこらじゅうに敵を作って
あいついで頭を叩かれてしまった。



2006.12.24

はたからみていても
あまり回りに味方が生まれるような
振る舞いでもなかったように思う。

事実回りや仲間のなかにも
敵ばかり作ってしまったようだが、、、

残念なのはあくまでバクチで終わってしまっていることだ。

博才というのだろうか
バクチの上手いやつが
ものづくりをうまく外国に売り込み
日本の製造業の価値を評価を今以上に
高める、そんなことができたら
たとえバクチ好きだといわれようと
まじめな製造業者や国民は応援したのではないか。

まあ、そういうのは博才とは言わず
交渉術というのだろうが
そういうテクニックは日本のなかに
もっとあって良いと思わずにいられない。



2006.12.25

そういっているなかで
松坂投手がアメリカのダイリーグに移籍することが決まった。

総額で120億円もの大型投資だが

考えてみれば
企業のビジネスとしてみた場合にはそう大きな投資額でもない。

個人の1人の投手を移籍させるのに必要な金額として
捉えればたしかに膨大な金額だとは思うが
あくまで企業のビジネスとしては
けして膨大な金額ではない。

たぶん向こうの球団だって

松坂投手を獲得することによって
地元産業や町が儲かることが可能になるビジネスモデルを提起して
いろんなところからお金をあつめてきて
可能としていこうとしているはずだ。



2006.12.26

一方、日本では
日本の野球選手の能力が高いからだとか
それをアメリカ大リーグが
欲しがっているからだとかいう議論が目立つ。

けしてそれらの論評は間違いではないだろうし
そう言いたい気持ちはしょうがないとは思うが

でももっと大事な視点というか
が、あまり議論にのぼらないのは拍子ぬけするくらいだ。

やはりアメリカの大リーグの
日本やアメリカでのビジネスの戦略性を
認識する必要があると思うし高く認めるべきだろう。

こう考えてくると
産業界にしてもプロ野球にしても
戦略とビジョン(と意思)が欠落しているように思えるし
本当に心もとない気がする。。



2006.12.27

早いもので
もう2007年が終わろうとしている。
新年を迎えたのはつい昨日のことだったように思える。

産業界としてはこの10年にわたって
景気の低迷に苦しんできたのだが
この一年は比較的穏やかだったのが
産業界の人々のほぼ共通した感想なのではないかと思う。

とはいっても、多くの中小零細企業にとっては
すべて安泰に推移している、という状況ではない。

相変わらず、仕事量はそう豊富、というわけではないし、
すでに今年の夏には仕事の受注量のピークは
過ぎているのがたぶん標準的な認識だ。

さらにつぎを考えれば
液晶だプラズマだのといっても薄型テレビ関連は
どう考えても価格競争の末期的な状況を迎えているように思えるし
絶好調だと思える自動車産業も
実は国内自動車販売を見ればけして好調というわけでもない。



2006.12.28

やはり景気も産業も一本調子であがっていくわけではなく
どこかで転回点を迎えてはいるはずだ。

で、いつの時代も
わりを食うのは中小零細企業、というわけだが

しかし、大手企業と真っ向から勝負して
勝てるわけがないのだから
そろそろ戦い方を変えてみてもいいのじゃないかと
最近は強く思うのだ。

なんといっても中小企業の強みは
小さいことだ、と思う。
強さや大きさで競ったら勝てるわけがないが
小ささで競えばあたりまえだが大手に勝てる。

小さいということは小回りが効く、ということでもある。
変化もしやすい。

ダーウィンが言ったことばだというが

「変化するものが生き残る 強いものでも賢いものでもない」

はそのまま中小企業にあてはまるように思う。




2006.12.29

ただ、変化するのは大変だし怖い、と多くの人は言う。

たしかにそれも本当だ。
これまでどうりでいければそれにこしたことはない
自分を変えずにすめばそれに越したことはない。

しかし冷静に考えてみれば
回りが変わっているのだ。
自分が変わっていかなくて回りが変わっていくのであれば
むしろそのほうが怖いことだ。

自分を取り巻く環境に合っていないのだから。

今年亡くなった経営学者のP・F・ドラッカー氏は
次のように言っている。

大きな変化がおきたときに、最も危険なことは、
変化そのものではなく
今までと同じ方法で行動することである。
 (P・F・ドラッカー)

変化を恐れず
自分自身を変化させることも恐れず
2007年にむかっていきたいと思う。



今年も御世話になりました。

来年もよろしくお願いいたします。


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