今日のコラム・バックナンバー(2006年 7 月分)


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掲載は日付順になっています。


2006.7.1

このなかに
「平時のマネジメント、戦時のリーダーシップ」
という一節がある。

アメリカのコンサルタント会社のバードウィック、
アンド、アソシエイツ、という企業の創設者で社長の
バードウィック氏がまとめた一節だ。

このなかに以下のような内容が書かれており考えさせられる。

日常が整然としており
取り組むべき問題が明らかであり、ほぼ万事順調であるならば
リーダーシップはさして求められもせず、必要でもない。
万事が満足すべき状態にあって、しかも安定的であるならば
人は現状維持を望む。
満足した状態にある人はリーダーや変化を求める心境にはない。



2006.7.2

・・・さらに続ける・・・

そのような状態のとき、人は平時のリーダーシップ、より正確に
言うならば平時のマネジメントを求める。

中略

平時のマネジメントは、激しい変化や、それに伴う真理的動揺とは
無縁であり、漸進的な改善を行なうのみである。
危機感も緊迫感はない。
リーダーも特別の人である必要はなく、人々が意を同じくして
つき従うようにする必要もない。

中略

しかし、今日、平時のマネジメントの成功例は急速に減っている。
もはや平時ではないからである。

中略

世界は変化し、その変化は永久に続く。安穏な世界は、終わりなく
危険が続く世界へと変わった。
静的な状態に安住していた平時のマネジメントももはや変化を好む
戦時のリーダーシップへと変身しなければならなくなった。
戦時のリーダーとは、乱気流のなかに脅威ではなく機会を
見出す人たちのことである。
これまでのやり方を変えられない平時の経営陣は、交代を迫られる。



2006.7.3

いかがであろうか。

今、日本、特にその経済界や産業界は
永く日本を覆っていた
未曾有の不況の霧中を抜け出し
ようやく、経済の好況を享受しているように見える。

この景気は戦後最長のイザナギ景気をも抜き、
最長記録を更新するかもしれないとも言われている。

たしかに一面ではそう見える。

しかし、
遠く世界の状況やそのなかで動きざわめいている
処々のこまかな変化に目を向けてみれば
けして現況は
未来にむけて無条件に安心していて良いと思えるような
状況ではないこともたしかなのだ。



2006.7.4

景気の軟着陸などという言葉がある一方で
本当に軟着陸などということがあったかどうか。

この戦後の50年にしても
常に経済や産業は大きな波と小さなな波の間に
翻弄され揺れ動いてきた。

少なくとも現在は
江戸時代のように200年以上の永い期間にわたって
変化のない「安定した」時代を
享受する時代ではないことはたしかだろう。

いうならばバードウィック氏のいう
「戦時」でもあるのだろうと思える。

「戦時」とは鉄砲の玉が飛びかう戦争だけを意味するのではない。

安定や固定が常態ではなく
変化することが常態である時代、
過去の経験や実績やたとえば成功体験が
使えない・生きない時代が「戦時」なのだ。



2006.7.5

まさに目には見えないゼロ戦や戦闘機が再び飛びかい
戦術を、戦略を、経済を、産業をめぐって
熾烈な戦いを繰り広げる時代なのだと思う。

今我々自身も
これまでの平時のマネジメント、から、
戦時のリーダーシップのための
資質を、人を、育て、配置し、
持たなければならない時代であることは
たぶん間違いない、

ところで
前述のゼロ戦のことを調べて
書棚をのぞいているうちに
過去興味を持って読んだ本に
再び目を触れ
あらためて読み返しているうちに
また違ったことが読み取れて
しばらく本から目が離せなくなってしまうときがある。

最近では
5年ほど前の本だが
「イノベーションのジレンマ」(クレイトン・クリステンセン)
がまた面白かった。



2006.7.6

5年前といえば
まだまだ大手企業なども
永く続く不況からの脱出の方向性がみえなくて
苦しんでいた時期でもあり、
大手企業のトップもこの本を読んでいる、
という話を聞いたことがある。

内容をごくごく簡単に書くと

イノベーションには効率的な効果を生み出すような
持続的漸進的なものと
過去の継続ではなくむしろ過去の継続の成果を破壊してしまうような
破壊的なものとがある。

持続的漸進的なイノベーションは
様々な資源を持つ大手企業などは
進めていくことができるしその成果を享受することができる。
しかし破壊的イノベーションは
むしろ自身のビジネスを破壊する可能性もあることから
そのイノベーションを進めていくことができない。



2006.7.7

この破壊的イノベーションを進めていくのは
むしろ小さな組織が小さなマーケットの構築をしながら
進めていくことが多い。
大きな企業はそれができない。
しかしそのような小さなビジネスが
巨大なマーケットを構築することがある。

その時には先にビジネスをはじめていた小さな企業が
圧倒的なシェアを獲得してしまい後から参入した企業は
享受することができないことが多い。

こんな感じの内容だ。



2006.7.8

じゃあ、実績のある大手企業は
破壊的イノベーションができずに
更なる成長を自ら獲得することができないじゃないか、
ということになるのだが、

しかし、実績のある企業でもこの障害を
乗り越えることはできる、というのがこの本の主な趣旨だ。

この直前に書いた話、

現代は
平時のマネジメント、から、戦時のリーダーシップ
を必要とする時代であるのではないか、という話、
は、以上にも附合する。




2006.7.9

実績のある企業は
自らの成果や実績や資源に縛られて
その上で着実に成果をあげていくことを
求められているが、

変化を常態とする戦時の時代には

自ら自身の築いてきた資源や成果から
1歩先に進み、場合によっては
自らその成果さえも廃棄したり
破壊しなければならないこともあるだろう。

そんな戦時のリーダーシップは
平時のマネジメントとは
明らかに異なる資質が求められる。



2006.7.10

イノベーションのジレンマを抜け出す資質、
平時から戦時へのリーダーシップの変化
これらはたぶん同義語だ。

はたして今の日本に
これらの資質を持つリーダといわれる人々が
どれくらいいるのだろうか。

これは政治家のことではない、
あるいは地域産業界のトップのことでもない。

たぶんそれはこれから生まれてくる。

ところで
先週の新聞広告で
雑誌の宣伝を見ていて
「白洲次郎」の文字が目に入った。



2006.7.11

最近
「白洲次郎」氏が注目をあびつつある。
たしかちょっと前にはテレビでも取り上げられたと思うし
昨年8月には
結構分厚い「白洲次郎  占領を背負った男」という
単行本が発刊された。(北康利著講談社)

先週は歴史を特集する雑誌でも「白洲次郎」氏が
特集されていて
「白洲次郎」という人物の名前に
新聞での宣伝で目にふれた人も多いと思うし、
はじめて「白洲次郎」氏の名を知った人も
あるいは多いとも思う。

戦後、占領軍のマッカーサーが
日本の戦後統治を進める方針に対して
唯一正々堂々と反対し自説を曲げなかった日本人として
その行動や言論がここのところ
再び注目を浴びている、
吉田茂首相の側近としても実は有名な
「白洲次郎」氏だ。



2006.7.12

白洲次郎氏は戦後、吉田首相の命をうけ
占領軍GHQとの交渉を行なう
終戦連絡事務局というセクションの参与となった。

「戦争には負けたけれども奴隷になったわけではない」と
当時戦争に負けアメリカに占領され
卑屈になっていた日本人のなかで
敢然とアメリカに立ち向かった。

戦後日本の新たな旅立ちのスタートに際し
奮闘した白洲次郎氏だが

実はもう一つ、その行動で
これまで日本人のなかで知られていなかったのが不思議なほど
今の日本にとって重大な影響をもつ
出来事を白洲次郎氏牽引してきていることに
いまさらながらに驚かされる。

それは「通産省」の創設だ。



2006.7.13

今から5年ほど前に「通産省」は
「経済産業省」の名前に衣替えしたが
戦後日本の産業政策や通商政策、貿易政策などは
文字通り「通産省」がになってきた。

奇跡的とも言われている戦後の経済復興の
シナリオ作りは「通産省」が牽引してきたものであり、
これに学んだアジア諸国も多いといわれている。

先週発売された白洲次郎氏特集した雑誌によれば
戦後、「通産省」は外貨割り当て権限を使って
自動車産業の育成をもくろんだらしい。

外国の技術の導入を奨励する一方で
業界の過当競争を防ぎ、
国際競争力を高めるために
外貨の割り当てをトヨタと日産の二系列に集中したのだという。



2006.7.14

しかしこの方針に対して
なぜニ系統でなければならないのだと
猛然と反対したのが、かの本田宗一郎氏だという。

こうした民と官のぶつかり合いで活力が生まれ
戦後の日本経済の驚異的な復興は成し遂げられたのだ、というのは
そのコメントをその雑誌で対談のなかで披露した
経済産業省の官僚氏の意見で、
それにはちょっと簡単には同意できかねるが

たしかに当時の「通産省」が
戦後経済の復興になんらかの役割を果たしたことは
間違いないこととして評価しても良いだろうとは思う。



2006.7.15

その「通産省」を創設した人物として
白洲次郎氏は今また評価されているというわけだ。

戦争という重大な転機、
それも敗戦という結末を迎え
占領という憂き目にあった当時の日本にとっては
これまで培ってきた持続的な経済・産業の資源やその流れを
一旦断ち切らなければならない状態に立ち至ったわけだ。

いわば、破壊的なイノベーションを
無理やりにでもおこなわなければならない事態に
追い込まれたともいえる。



2006.7.16

その「通産省」を創設した人物として
白洲次郎氏は今また評価されているというわけだ。

戦争という重大な転機、
それも敗戦という結末を迎え
占領という憂き目にあった当時の日本にとっては
これまで培ってきた持続的な経済・産業の資源やその流れを
一旦断ち切らなければならない状態に立ち至ったわけだ。

いわば、破壊的なイノベーションを
無理やりにでもおこなわなければならない事態に
追い込まれたともいえる。



2006.7.17

であれば
その破壊的なイノベーションを行なっていく
仕組みや方向などを
通産省という仕組み・機関を新たに
創造することでイノベーションを
進展させたともいえるのではないか。

今の日本で
果たして経済産業省が
産業界を牽引できる破壊的なイノベーションや
持続的イノベーションを
創出できるだけの構想力があるとは思えないのだが

たぶん占領下の日本で
それを構想できる傑物がおり
それを実施し成果を生み出すことができるその仕組みを
構築できた、ということなのだろう。



2006.7.18

前述の官僚氏が
対談のなかで

「市場原理だけで産業の競争力が向上し、経済が発展するとは思いません。
人口減少という逆風を克服して日本経済が発展してゆくための
新しい成長戦略を策定中ですが、民間企業の活力を引き出すための
環境整備は政府の仕事です。白洲次郎氏の志を受け継いで、今後も
「官」のあり方を考えていきたいと思います。」

とまとめているが
本当に「官」のあり方を考えてもらいたいものだと筆者も思う。

近年、企業や資本にとっては国境とその距離が
果てしなく低く近いものになりつつある。
より効率的な自己増殖を求めて
企業や資本は自国にとどまることなく世界中を飛び回る。
しかし、一方でそんな企業や資本の振る舞いが
逆に様々な国や人々の生活を低め富さを浪費する
可能性さえも高まっている時代でもある。



2006.7.19

官僚氏が
「市場原理だけで産業の競争力が向上し、
経済が発展するとは思いません。」
というのはその通りでもある。

しかし、一方で
そんな企業や資本の、
あるときは暴力的とでも言ってもいいほどの振る舞いを
官のみの力で押しとどめることができるのか。

もちろん民のみの自己作用によって
可能になるとも到底思われないのだが
かといって官のみが可能にするとも思えない。

また、そのきっかけも
自己を起点にすることもなかなかできない。
前述の話であれば「敗戦」がそれにあたるだろうし
あるいは最近であれば「外圧」がそれにあたる。
残念ながらではあるがそんなきっかけがないと
変化が始まらないのが今の日本でもあるように思える。



2006.7.20

たぶんは
白洲次郎氏のような
あるいは明治維新の原動力になった
多くの志士のような
きらめくほど
志と気概にあふれた当大一流の人物達が
自らきっかけとなることを認識し
この作業を始め、進めることになるだろう。

それは民のなかや官のなか、
たぶんこの日本のいたるところにうもれながら
次の時代にむけて登場のために準備をしていることだろう。
それを期待したい。

偶然、昨晩、テレビを見ていたら
白洲次郎氏を特集したテレビ番組が放送されていた。
見るほどに知るほどにますます白洲次郎氏に惹かれる。
今後ますます白洲次郎氏について注目が集まるだろうと思う。

あまりブームのようになるのも考え物だとは思うが
こんな人やその生き様もあるのだということは
この時代の人々ももっと知っていていいはずだ。



2006.7.27

(ちょっと間があいてしまいました。)

そういえば
ちょっと前の日曜日の朝の討論番組で
最近話題になり問題にもなった某ファンドの
影の立役者といわれている某リース会社のトップについて
数人の識者の間でそのトップの人的評価をめぐって
議論を繰り広げていた。

番組では
国の規制緩和を牽引した人物であり
それはそれで大事なことであったのだし、
官や大学の先生など
現場を知らない人たちでは
まともな規制緩和にはならないだろうから
現場を知っている民間のトップに
規制緩和のリーダーを担うことは
大切なことだ、という意見と

現場を知っているということであれば
そのトップ以外にも
知っている人は
たくさんいるのであって
そもそも
民のトップが
規制緩和のリーダーになれば
我田引水になるのはあたりまえであり
それは正しいことなのか、という意見が出て
真っ向から意見が対立した。



2006.7.28

ある意味あたりまえの意見の対立なのだが

果たして
官や大学の先生だけで
規制緩和をふくめ
国の施策や例えば制度設計などが
できるのかといえば
たぶんあやしい。
しかし
民間のトップ、それも
その関連した業界で占有率が上位を占める
企業のトップや
影響力が強い企業のトップが
その規制緩和や制度設計に携わることは
当然ながら
自身の業界や自身の企業に
得になるものにならざるをえないのは
あたりまえといえば言える。



2006.7.29

もともとのことを考えれば
企業の目指すべき方向と
社会全体の富や豊かさを実現する方向と
一致すべく
企業やそのビジョンが
始まるべきなのだろうが

規制緩和や制度設計が
自身の保身を目指すことになると

あまりよくない結果になることは
過去の様々な出来事を振り返れば残念ながら多い。

まじめな競争によって
市場に淘汰されたり進化していくはずなのに
これにことなった力が加わってしまう。

本来すばらしいビジョンに従って
生まれた企業であったはずなのに、である。



2006.7.30

だから前述の件で言えば
識者として規制緩和の施策をリードする立場にたつよりは
社会や業界を代表した意見や情報の提出などに
とどめておくべきだったのではないかと筆者は思う。

しかし、一方、
民に規制緩和や制度設計ができないのかといえば
それはうそだ。

世のシンクタンクが
すべてそうだとはいわないし
質と志の低いシンクタンクも多いが
そもそもシンクタンクだって
民間であるのに制度設計に関わる。



2006.7.31

かの某リース会社の場合には
それ以上に
自身のビジネスに直接的に
利益誘導できることになるはずだから
ここではやはり社会や業界を代表した
意見や情報を提供したり述べる立場に
徹するべきであった、と思うのだが、

いずれにしても
民であっても社会の変容や変化を
誘導することはできるし
あながちそれが間違いであると筆者は思わない。

国によっては
その業界を代表して利益をもとめていく
ロビイストだっているわけだし

もともと政党政治そのものや
政党はある特定の人々の経済的な利益を
守るために存在するといって良い。


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