今日のコラム・バックナンバー(2005年 11 月分)


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掲載は日付順になっています。


2005.11.1

日本が果たしてそういう方向に向かうかどうかは別にして

少なくとも世界の産業のある一定の部分が
ヨーロッパやイタリアあたりが
たどってきた方向を
模索し始めているのだろうし
たぶん結果的に向き始めているのに対して

最近のイタリアの自転車業界や衣料繊維産業は
それとはあきらかに
異なる方向を目指しているようにも見える。

もともとイタリアが得意とし行なってきた方向を
世界が目指しはじめているのに対して
逆にイタリアが逆行しているようにも見える。

アメリカの市場に引っ張られてしまった結果なのだろうが
興味深く、面白い現象ではある。



2005.11.2

でも、さすがにイタリアの中小企業だ。
すべての企業が大量生産に向かうなどということはない。

なかにはこれまで下位のメーカが
ここぞとばかりに攻勢にうってでているのだが
それは大量生産に向かうのではなく
逆に手薄になった本当の高級自転車の市場を
有名メーカーから奪い取ろうとしている。

アメリカあたりに
中国台湾で作らせた安い自転車やバックに
これまでは世界に通用した自分の高級ブランドをかぶせて
売ろうとするような中小ではあっても
有名なメーカーにたいしこれは良い戦術かもしれない。

こんな企業が登場するあたり
まだまだイタリアの中小企業は健全というか、
さすがというべきなのかもしれない。



2005.11.3

ちょっと遠回りしたが
もう一つ、

日本のIT、遅すぎた海外進出
内向き志向の脱却必要

という記事が
ちょっと前に日経新聞に書かれていた。

前述の話とすこし中身と視点は異なるのだが、
海外に目をむけるべきだという点では同じような内容だ。

ただこちらの話では
大手企業、それもIT企業大手も
よくみれば内需志向である、と言っている。

たしかにIT企業は
内需志向であるというのはあたっているかもしれない。



2005.11.4

家電や自動車のように
「ものづくり」で生まれてきたものは
いまでこそ
内需を支える国内の購買力も上昇しているが
むかしはそもそも購買力も低かったから
もっぱら国内のものづくり系の大手企業が先頭にたって
海外に売りにいくしかなかったのだとも言える。

中堅中小企業は国内でものづくり系の
大手企業の生産を支える、
という分担であったのは
前に書いたとおりだ。



2005.11.5

ある意味ではその分担は
うまく機能していて
中小企業も自ら海外に出ていくリスクを
犯さずともよかった。

しかしものづくり系の大手企業と異なり
この10年ほどで育ってきた国内IT企業は
それに伴うIT市場が
国内でも十分に育ってきたことと
それを支える国内の購買力が
昔と比べたら比類がないほど
、というか世界でもトップクラスの
購買力を持つに至った。



2005.11.6

結果、世界に売りに出るよりも
国内の市場に売っているだけでも
十分に商売になる、
つまり「内需志向」になっているということなのだ。

おかげで携帯電話などのビジネスは
内弁慶というか
国内では最強を誇り空前の利益をあげている一方で
世界に目を転じたときには
世界的なシェアでは
まったく海外にみずを開けられてしまっている、
という状況になってしまった。



2005.11.7

自動車や家電のものづくり系企業も
海外への集中豪雨的輸出が問題になるなかで
消費地を近くに持った海外現地生産を
目指すようになったから

いまや国内でモノを作るというのは
中国などへ素材を輸出するためのものや
海外で生産できないもの、を作る、
という
いわばとても消極的な状況になってしまった、

そしてもう一方の方向は
国内需要にむけて作るもの、というわけだ。

否定するわけではないがしかし、
これで良しとするのもちょっと違う気がする。



2005.11.8

まあ、もう10年以上も昔に
日本の産業は内需を目指した国に
ならないといかん、と
当時の政治家は言っていたのだが
言っていた通りに
結果的にはなったともいえるのだが
はたしてこれでいいのかと
自問する時期に来ていることは間違いない。

まだそうはいっても
日本のものづくり系の企業は
今後も海外展開を目指す一方で
国内での生産も「海外」との関係を考えながら
奮闘していくに違いない。



2005.11.9

しかし
日経新聞に書かれていた
「日本のIT、遅すぎた海外進出」
「内向き志向の脱却必要」
という記事のように

日本のIT系企業が国内需要で十分で
海外の出ていく必然性もなければ必要もない、とするなら
それはちょっと寂しい話ではある。

最近の新聞に書かれることが多い
アメリカのIT企業「グーグル」のことと
比べてみるとその違いに慄然とする。



2005.11.10

その「グーグル」だが、
マイクロソフトさえ
その存在の前に存在感が薄れはじめているようにも思える。

よく考えてみればあたりまえなのだが
マイクロソフトもふくめ
既存のIT企業や
あるいはものづくりを主眼としている企業と比べてみたら
まったくビジネスモデルが異なっている。

グーグル自身でさえ
この先どういう方向に向かっていくか
たぶん理解できていないのではないかと思えるほどだ。



2005.11.11

言ってはなんだが
いくらIT企業といえ
要は通販ビジネスのインターネット版を広めているのは
夜中のテレビで毎晩繰り広げられる
通販ビジネスとそう変わっているわけではない。

通販ビジネスがしょぼい、というわけではない。
インターネット版通販ビジネスも
深夜テレビの通販ビジネスも
今後猛烈な勢いで
成長していくことは間違いない。



2005.11.12

ついでに言うなら
むしろ
通販ビジネスの本当の成長はこれからだ。

特にインターネットを利用した通販ビジネスの
可能性は今後さらに広がっていくと見て良い。

いまはまだインターネットの上に置かれた
製品やサービスをインターネットで購入するという

テレビとなんら変わりないビジネスを展開しているだけだ。
特にインターネット版通販ビジネスは
今後もっとその双方向性、(ちょっと古い言葉だが
ことの本質はいまだにここにある)
を利用したとんでもないビジネスが
生まれてくるだろう。



2005.11.13

ソフトを売るだとか
インターネット上で情報サービスを行なうとかの
マイクロソフトのようなビジネスは
すでにITビジネスとしてはあたりまえというか
新規でもなんでもないとして

一方最近やたらに威勢の良い
「グーグル」のビジネス、例えば
世界に存在する書物や情報をすべてデジタル化するとか
立体的世界地図(というより地球そのもの)をデジタル化し
既存の情報とリンクするなどという
とんでもない「ビジネス」は
まだ未知のものとはいえ
その影響力や可能性は計り知れないものがある。



2005.11.14

グーグルのこういった「コンテンツ」は
いずれ広告モデルとつなげていくことを
考えていくことを想定しているのではないか、という
最近の新聞の識者の話は
たぶん間違っていないとはいえ

NASAや国会図書館?と提携していくような
普通に考えていたら「わけのわからない」戦略をとるグーグルは
今後もっと「わけのわからない」ことを
はじめるに違いない。
当然「通販ビジネス」みたいなものの
「販売行為そのもの」ではない
そのもっと根本のところにあるものに
たぶんすでに目をつけているだろうと思う。



2005.11.15

残念ながら
日本のITベンチャーと呼ばれる企業に
そんな「わけのわからない」ところに目をつけて
チャレンジしようとする企業は
少ないように思える。

どこかの企業を買うだとか野球チームを手に入れるだとか
それも結構だが
ほんとのところは
そんなとんでもないことをやろうとするアメリカの
ITベンチャーに負けないくらい
面白いことを日本のやって欲しいと思うのは
筆者だけではないはずだ。

アメリカのベンチャーなら良し、というわけでは
もちろんないけれど
でもグーグルの躍進を見るかぎり
なんだかそんな違いに日本とアメリカの
産業観の基本的な違いがあるように見えて
ちょっと気が重くなる。



2005.11.16

だいぶ前の話で恐縮だが
先日テレビ番組で所ジョージ氏が司会をするところの

「笑ってコラえて!の吹奏楽の旅・一球入魂スペシャルが
ギャラクシー賞をとっちゃいましたスペシャル!!」

という番組を偶然みた。

新聞のテレビ欄をそのまま書いたほうがどんな番組か
わかると思うので書く。いわく

吹奏楽の甲子園、普門館全国コンクールを目指して・・・
炎と燃える高校生達に密着8ヶ月・あの感動をもう一度
今夜限りの完全保存版」

要は吹奏楽における野球の甲子園のような場である
普門館全国コンクールというコンクールがあって
そこに全国の高校生たちが
懸命になって吹奏楽の練習を積みかさねていき
試行錯誤や壁にぶちあたりながら
レベルを高め、先生や友人たちとの関係を
深めながら前に向かった進んでいく、

そんな状況を長時間にわたって取材しまとめて番組にした
なかなか好感の持てる良い番組だった。



2005.11.17

紋きり型のコメントになってしまうが
最近の高校生たちの
無軌道ぶりや常識のなさや
深刻な問題を抱える状況にくらべ
まだ日本にもこんなことをしている
高校生たちもいるのだ、と思い、ある意味
感動を覚えた。

特に
担当の先生の奮闘ぶりや
高校生たちのまじめさは
いまどきの話にはにわかには思えないほどだったし
(もちろん良い意味で)
他にもいろいろ感じることは
数多かったのだが
これはまた再放送とかを見ていただき
いろいろ考えていただくとして、

実はこのなかで
なるほど今の高校生たちにも
こういうことができるのだなあ、と思う部分があった。



2005.11.18

優秀な成績を取るどこの高校も同じような仕組みに
なっているようなのだが

ある楽器を担当したい何人もの新入生がいる。
しかしここには競争があって
このうち何人かはレギュラーから外れてしまう。

中学とかから例えばフルートを習っている新入生も
全国トップクラスの高校ともなれば
必ずレギュラーでフルートを担当するわけにはいかない。

はずされてしまえば
当然その高校生は落ち込むのだが
これに対しどういうフォローの仕組みになっているか。



2005.11.19

実はリーダーシップのある三年生が
個別にちゃんとフォローをすることになっている。
みんなで立派な演奏をするために
それぞれが自分の力を高め
結集し優れた演奏にしていくのだ。

だからたとえフルートがふけなくとも
自分ができる分野や楽器を、学んでいこうではないか、と
そんな内容で新入生に力を与える。

新入生の立場になってみなければ
本当のところはわからないが、
たぶん先生や同級生に言ってもらうより
上級生に自分の体験を踏まえて
話をしてもらうほうが
たぶん理解もでき「次にむかって」いくことも
できるのだろうと思える。



2005.11.20

実はこの光景を見てある本の記述を思いだした。

「シリコンヴァレー物語  ---受けつがれる起業家精神---」
枝川公一著  中公新書

のなかに書かれていることだ。

すでに今では
ある意味でその名がなんらかのムーブメントを
あらわす意味をになってしまっている
「シリコンヴァレー」だが

1970年代のシリコンヴァレーには
そのムーブメントを起こしていく前の段階、
つまりなんらかの「出来事」が
おき始めていた「場所」があっただけだ。



2005.11.21

そして「シリコンヴァレー」という場所に
おき始めていた出来事の一つ、、、
最終的に「シリコンヴァレーという場所ではなく意味」を
形作っていくいろいろな出来事の一つに

「オープン・スペース・スクール」という
社会実験(学校実験」があった。

そこでは子供達の「自主性」に主眼を置いて
学校教育がなされているいる、ということで、
枝川氏が当時、その
「オープン・スペース・スクール」を取材した内容が
書かれている。

まさに「シリコンバレー」が生まれていく裏側?の
人材の育成、学校教育の現場で
何が起きていたのかをレポートしている。



2005.11.22

  「仲間達から「最低」と見られた子も、つぎの年には、
  新しくはいった子を導き、教えられるようになる。
  だから、いつまでもビリの悲哀を味わわなくても済む。
  それに、子どもにとっては、自分が学んだことを
  他人に話すことが、最高の学習法なのだ。
  なによりもたいせつなのは、大人から学ぶよりも、
  少し年長の子どもからのほうが、学習に熱が
  はいることが多いという点だろう。」

  「子どもたち同士のコミュニケーションのなかから、
  集団意識に根ざした、新しい価値を生むチャンスを
  与えることが狙いである。



2005.11.23

なるほどテレビで見た上級生が新入生に
楽器の使い方を教えたり、
そもそも吹奏楽というもののありかたを教えたり、
そんな風景はこの「オープン・スペース・スクール」に
重なってみえる。


実は「オープン・スペース・スクール」というのは
上記のような学習に対するあり方を目指しているのは
もちろんなのだが
実際、物理的にも「オープン・スペース・スクール」
であるらしい。

人間関係から入ろうとするのではなく
物理的に「オープン・スペース」を作ることで

  「人間が自由に他者を関係し、あるいは、その関係を
  断つことができ、しかも、肉体も精神も束縛をうけずに
  動ける環境がつくられることが必要だ。」(枝川氏)



2005.11.24

テレビ番組のなかでも吹奏楽部という
学年を超え他者と関係し深めていけ
「物理的な場」があることで
上記のような
「オープン・スペース」である物理的な場が
出来上がっていたことも重なって見える。


今回は引用が長くて申し訳ないが、
興味のある人は
ぜひこの本を買って読んでほしいと思う。

もしテレビ番組も再放送とか
最新版の放送もあると思うからぜひ見て欲しいと思う。

最後にこの本からもう一節、引用する。



2005.11.25

「ワシントン校にとっては、バークレー全体が教室に
なろうとしている。
のちに会うことができたウォン校長は
「子ども達が、これほど興奮して、遊び場づくりに参加
したのには、私たちのほうが驚き、私たちも興奮した」と
言っていたが、この興奮は、子どもたちが、自らの
イニシアティブで自由に行動できたからであり、
一方の大人たちにしてみれば、
見知らぬ方向に導かれていったからにちがいない」

「何をするかは子どもに教える必要もなければ、
教えられもしない。
いかに行動するかを、子どもに加わって模索する以外に、
プレフィギュラティブな未来への可能性は開けないと、
ぼくにもはっきりしてきた。

(プレフィギュラティブという用語は
文化人類学者のマーガレットミードの用語で
「未来をあらかじめ指し示す」といった意味、)



2005.11.26

10月初旬、
新聞にアメリカの自動車会社GMの
富士重工の株売却の話題が
盛んに掲載されていた。

いわく「連邦経営の終焉」
「緩やかな提携機能せず」
である。

これまで大手企業の企業の合併・買収は
過半数の株を取得して
相手の経営権をすべて手中にするというものだった。

これは最近の日本国内でも
盛んに行なわれていて
敵対的買収だの敵対的M&Aだのという名詞は
国民の間で珍しくもない言葉になっているほどだ。



2005.11.27

しかし、GMはこのような
敵対的買収だの敵対的M&Aによる
企業の買収や合併ではなく
マイナー(小規模)な出資による
やさしいM&A、やさしい買収を標榜してきた。

新聞などでは
この、やさしいM&A、やさしい買収を重ねてきた
世界最大の自動車メーカーのGMが
富士重工を手放すことを迫られたことで

やさしいM&A、やさしい買収の正しさが
問われている、という評論が多い。



2005.11.28

ついで
GMから富士重工の株を買ったトヨタは
同じようにマイナー(小規模)な出資による
やさしいM&A、やさしい買収になるのか
あるいは別の経営を目指すのか、
そこがトヨタの今後の課題であろう
と言っている記事が多い。

GMのことも、あるいはトヨタの今後も
果たして本当に
「連邦経営の終焉」
「緩やかな提携機能せず」
になっていくのか、、

興味深い話ではあるのだが

実はこれに関して面白い記述がされている本があった。
かの経営学者P・F・ドラッカー氏が書いた
「ネクスト ソサエティ」だ。



2005.11.29

話は変わるが
新聞などでも報道されていたから
ご存知のかたも多いだろうが
先日、P・F・ドラッカー氏が亡くなった。

氏の旺盛な好奇心とそこから生み出された
多くの研究と著作は
多くの経営者や経営学を志すものたちにとって
はげみと刺激にあふれていた。

特に氏は明治以降の日本型の経営システムについても
深く洞察されていてその可能性についても
ある程度高い評価を与えていたように思う。

特になにかの本の前書きに書かれていた一言は
いまでも印象に残っている。



2005.11.30

世界史に残る近代経営と近代商社の成立のスタートは
日本の三菱から始まった、というのだ。

いまでこそなにかと取りざたされる三菱ではあるが
その成り立ちが
幕末の明治維新のリーダーの1人、坂本龍馬が
起こした海援隊と亀山社中が
コンパニーを結成し近代商社の成立を目指したことから
発生してきたことを思えば

明治維新をその一方の源として
龍馬たち維新を牽引し近代史を書き上げてきた
幕末の志士たちをまた一方の源として

世界史に残る近代経営と近代商社の成立が
成し遂げられたことは注目に値すると思うし
それをかのように論評した
P・F・ドラッカー氏には
限りない信頼と感謝を送りたいと思う。



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