今日のコラム・バックナンバー(2004年 12 月分)


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掲載は日付順になっています。


2004.12.1

これはなぜなのか

その本の著者は
アメリカの知的財産を生み出す力は
各州に平均化されている一方
日本では
大都市圏に集中しているからだと見ている。

大都市圏に集中している
知的財産を生み出す力といえば
大企業とそれを取り巻くお金と
大学だろう。

実際、冷静になって考えてみれば
地方には大学や大手企業はあまりない。

筆者の住む県でも
大手企業や大学はないことはないが
数でいえば東京に比べるべくもない。



2004.12.2

人口が異なるからという言い方もあるだろう。
たしかに東京、名古屋、大阪で
全人口の2割以上を占めているのだから、
大企業も大学もその多くを
三つの都市で占めていておかしくはない。
が、これはまだ調べてはないが
人口比に比べても大企業や大学の数は
大都市圏はたぶん多くを抱えている。

人口の集中するところに
大学や大企業のような資源や資産は
集中するのだし
もともと大都市にむかって
人口も集中していく傾向にある。

クラスターやコロニーや集積というか、
そういうものは
経済や政治や社会システムなどの
効率などをめぐって
ある一定の大きさにむかって
膨張するものなのかもしれない。



2004.12.3

アメリカだって同じように
ニューヨークやワシントンやサンフランシスコに
もっと集中することだって
考えられるが
実際はそうはならず
各州に分散している。
これは国土が大きいということもあるだろう。

あるいは政治的な・戦略的な「成果」として
目指して行われてきたのかもしれない。

どっちにしても日本とアメリカの違いは
現実に大企業や大学や知的財産やそれを取り巻くお金に
集まり方に違いがある、ということなのだ。



2004.12.4

こういう前提をながながと書いてきたが単純に
「日本はこれではまずいのではないか」
という議論をするために書いてきたのではない。

問題は
大企業や大学やそれを取り巻くお金が集中する地域と
そうはいっても大学も大手企業も
それを取り巻くお金もない地方では
産業政策や活性化の方針や、は必然的に
異なっていなければならないのではないか、
ということなのだ。

もっとありていに書けば
東京や名古屋・大阪の地域の産業政策や活性化の方針と
地方の産業政策や活性化の方針は
異なっていなければならないはずではないか
ということだ。



2004.12.5

いままで、特に国が目指してきた
産業政策の柱は

大企業が大規模で先駆的なプロジェクトを
牽引してきて
そこに大学の知見がつながり
産業がおきていけば
自然と中小企業をふくめ
日本国内の産業全体が栄えていくだろうというものだ。

一昔前のテクノポリス構想などは
あきらかにそういう方向が見て取れる。

そしてこれは主には東京名古屋大阪など大都市圏を
想定したもののように思われる。

明記したわけではないだろうが
結果としてそうなっているのではないか。



2004.12.6

大学とくんだ大手企業の
先端的な研究テーマに
大きなお金が国からついて
研究や産業化を進める。
そんなシナリオだ。

しかし残念ながらそれが
大企業のためにはあっても
中小企業、それも地方の
中小企業にむけて役にたったか、
実績として成果が上がってきたか、といえば
正直言って「はてな」マークがつくだろう。。

もともと中小企業が先端的テーマを
ビジネスにしていこうなどという目的ではないからだ。



2004.12.7

そういうシナリオがまずい、というのではない。
巨大なお金と知識とビジネスの可能性が
目的とされた先端的なチャレンジも
当然あっていいし
それがなければ10年20年先の
日本の産業や経済を牽引する力は
生まれてこない。

しかし地方の産業を含めた産業政策が
たったそれだけの単純なモデルだけでも困る。

あるいは中小企業が集積する地方都市が
積極的に自らの存在意義を示せる
産業モデルの提起がなければ本来おかしい。



2004.12.8

たしかに過去の日本の産業政策のなかで
自動車や家電やITや情報ツールのようなものや
あるいはデバイスや先端素材のようなものが
大手を中心として開発がすすめられて
産業化に結びついた時には

それが中小企業をふくめた
日本全体の産業全体を牽引する力になった、と
いえないこともないが

しかし、先端産業が中小企業の仕事を
生んで養ったというよりは、
むしろ中小企業の多様な技術が
大手企業が先端技術を市場化するときの
量産化や試作生産などの支えになったのだといった
ほうがたぶん正解だ。



2004.12.9

これについては
もう一言書いておきたい。

上記に書いたように
大手企業が先端的な技術を開発したり
製品を開発していく場合、
そこから派生する多くの仕事が中小企業に
下請けにだされているのは事実だろう。

それを大手企業の先端的産業への
チャレンジが中小企業を「牽引」してきた
と、むりやり言えば言えるのだし、
産業政策もそのシナリオを進めてきているように思える。

が、中小企業の目線から言えば
逆に中小企業が大手企業の
技術開発や製品開発を支えてきた
と言ったほうがあたっている。



2004.12.10

で、この10数年ほどの景気低迷により
中小企業が廃業したり
事業を継続しなくなったりすることが
頻発することになって
いよいよ大手企業や国から

よく聞かれるフレーズとして
「先端的産業や研究開発を支えるためにも
中小企業などのもつ基礎的な技術も重要なのだ」
とか
「先端産業や研究開発を守るためにも
中小企業を重要視しなければならない」
という言葉が流れてくるようになってきた。
ここ10年ほどのことだ。



2004.12.11

いっけん、中小企業の立場を理解した言葉のように
聞こえるが、実はこれもおかしい。

端的に言ってしまえば
大手企業などの先端技術開発や研究開発や
事業化を守っていくために
中小企業も守っていかなければならない
という議論であって

ここには中小企業自身そのものを重視した
視点がない

悪い表現でいえば
「大手企業のために中小企業の存在意義はある」とも
「先端技術開発のための基礎的技術の存在意義はある」とも
聞こえるではないか。



2004.12.12

結果的に
「中小企業やその基礎的技術が存在していることで
大手企業も先端的事業などの事業化も可能になる」
ということであればそれはそれでいいのだが

大企業や先端産業のために中小企業の
存在意義があるかのような議論が
一時期闊歩していたこと自身には
いまだ違和感を覚える。

こういう議論からは
中小企業が
自らの存在意義を自ら持って
時代を切り拓く姿勢は
たぶん生まれてはこない。




2004.12.13

結果的に
中小企業のもつ技術や事業が
大手企業の技術開発を支えていくことも「含めて」

中小企業がもっと積極的に存在意義を
示すことが重要であるだろうし

産業政策としても
大手企業や先端技術を支えるといった
存在意義だけではなく
中小企業でなければ見出せない
社会全般にむかっての存在意義を
積極的に明確にしていくべきではないかと思う。



2004.12.14

もちろん
中小企業のもつ技術や製品やサービスや
力が積極的に中小企業の存在意義として
明確になっていくなかで
結果的に得られた技術やノウハウや製品などが
大手企業などの製品化や事業化を
支えるものになっていくことや
社会全般にむかって形となって供給されていくのは
喜ばしいことではあるが、

大手や先端産業を支えるための基盤としてのみ
中小企業の存在意義しか語られないようなことは

世界中のグローバルな競争に伍して
中小企業も含めた国内産業が戦い生き残っていくには
はなはだ理由として弱い。



2004.12.15

最初の話に戻るが
大都市圏に集中する大手企業と大学と資本の
組み合わせによって今後の数十年を担う
日本の牽引力ともなりうべき
先端技術も生まれてくるだろう。

しかしそうではない、
お金も資本も大手企業も大学も
大都市には比べるべくもないような
地方の産業界では
それとは異なる方向を
自ら見出していかなければならないはずだ。

当然その方向は
中小企業がもっと積極的に存在意義を
示すことと同じものとなるはずだ。

それをこそ見つけ出す作業が
今必要とされている。



2004.12.16

今日の新聞各紙に載っているし
テレビは昨晩盛んに放送していたから
知っている人も多いだろうが
いよいよホンダの二足歩行ロボット
「アシモ」が走り始めた。

それまでなかば不可能と
みんな思いこんでいた
二足歩行ロボットが実現して
ほぼ10年。

次は走ることだと言われてはいたが
実際には歩く以上に難しいだろうと
言われていた走ることが
いとも簡単に(見える)実現した。



2004.12.17

昨晩のテレビニュースで
アシモがにわかに走りはじめる姿を見て
技術進化に驚かされるとともに
あまりに人間然として走るアシモには
思わず笑ってしまう。

それにしても見事だと思う。

ソニーのSDR3Xも二足歩行ロボットで
走ることを実現しているが
人間の大きさとほぼ一緒の大きさで
歩く、走る、ということを
実現することは並大抵の話ではない。

重量や大きさがちょっと大きくなるだけで
それを動かすために必要なエネルギーや技術は
加速度的に難しくなるであろうことは
容易に想像できる。



2004.12.18

今度のアシモは歩くスピードも
だいぶ早くなっているようだが
そのあるく姿も肩をゆすったり
体も振り込んでいく姿は
まさに人間そのものだ。

ここまでくるには
そうとうの人と時間とお金が掛かったのだろうが
それでこそホンダであって
ロボットやジェット機を作って夢を
1歩1歩実現する姿勢は
多くの消費者は歓迎するだろうし
それは回りまわって、ホンダの本業である
自動車製造販売のビジネスにもいい影響を
もつであろうことはたぶん間違いない。



2004.12.19

そうこうしているうちに
ソニーのほうも
より人間に近い歩き方を行ったり
ゴルフをすることができる
二足歩行ロボット「キュリオ」を
より進化させてきた。

これもなかなか見事だし、
犬型ロボット「アイボ」を
およそ市場にはならないといわれていたなかで
癒し系ロボットというジャンルで
市場に投入し
こういった製品の可能性を
拓いたソニーとしては
今後もキュリオをより進化させていくことに
なるだろう。



2004.12.20

最近、いろいろとやかく言われるソニーだが
こういったものへ挑戦は
まだまだソニーに対する期待をもたせてくれる。

ところでそのソニーと
どうしても比較されることの多い
松下電器だが

社内の古い体質を改革するのだと
中村社長になって数年がたった。

はじめはこれもとやかく言われていた
改革路線だが、
ここに来て一定の成果も出てきたようだ。

先日まで日経新聞に
「松下電器、どこまで強いか」という
連載の特集が組まれていて
興味深く読んだ。
最終日は中村社長自身へのインタビューだ。

氏は言う。

「他社のやっていないことをやるのが戦略の第一歩。
かつては「マネシタ電機」と言われたが完全に
卒業した。デジタル家電時代に二番手商法は通用しない」



2004.12.21

まるで一時のソニーのような言葉だ。

同時に、3年ほどでかつての苦境から脱した企業を牽引してきた
トップならではの自信にあふれたひとことだと思う。

今後のことに関してこう言っている。

「人々の身近にあり、安心・安全、簡単・便利、夢・愛着に
つながる分野に集中する。」

「泥臭いかもしれないが松下は生活に密着したメーカー。
例えばでんぐり返しするロボットは他社に任せ、
荷物を運んだり患者を支えたりするロボットを作れと言っている」

「国家の責任は国民の安全を保障することだが、
我々は人々に身近で日常的な「生活安全保障」の担い手になる」

「「生活安全保障」の担い手」、、
なかなか良いフレーズだと思わずうなった。



2004.12.22

戦後、家電メーカーとして
トップを走ってきてはみたけれど
いつのまにか特徴のない「二番手商法メーカー」の
レッテルが貼られてしまった同社だが
その同じメーカーとは思えないほど挑戦的な言葉だ。

かといって
「でんぐり返しするロボット」を作るとか
まさに「二番手」は目指さない。

今なら「でんぐり返しするロボット」や
「走るロボット」や「ゴルフをするロボット」を
市場に見せることが
大手メーカーの「心意気」や「ポテンシャル」
を示すことになるような雰囲気が産業界にはある。



2004.12.23

しかし、そうではなく
「生活安全保障」の担い手になるのだという言葉に
市場に対する自負や姿勢、役割の自覚、
自らのドメインの明確化が見て取れる。

デジタル家電などの好調に助けられて
一見、順調そうに見える国内大手家電メーカーだが
実際今後、どうなっていくかはわからない。

アジア中国の家電やデバイス生産には
どんどん追い詰められているし
すでに追い越されている分野も多い。

こういうなかで
「でんぐり返しするロボット」を
開発することも大事ではあるが
自らのドメイン再び明確にし
市場に問うことも重要なのだろう。



2004.12.24

そういう意味で
「生活安全保障」の担い手、という言葉に
筆者は久しぶりに
松下という家電メーカに対する信頼や夢を感じた。

松下だって、二足歩行ロボットのようなことを
やっていないことはないだろうが

たぶんそんなような分野のもので
改めて市場に問うときには
社会や家庭や多くの人々が
「ぽん!」と手を打って
こんなものが必要だったのだ、と
言わせるような状況を目指しているだろう。



2004.12.25

松下に限らず、日本の牽引力ともなってきた
大手家電メーカーや自動車メーカーには
ますますそういう姿勢が必要になっていくはずだ。

「でんぐり返しするロボット」や
「走るロボット」や「ゴルフをするロボット」の
その向こうに
どんな社会や産業や家庭や個人生活の
未来の可能性を見せてくれるのか、

それはロボットや高級製品や高級自家用車に限らず
安価なパーソナルオーディオでもゲーム機でも、
テレビでもいい。
自転車や車やトラックやバイクでもいい。



2004.12.26

ところで
安いこと、安価なこと、中国やアジアで作ったこと、と
そのものがもつ夢や可能性は比例しない。

そのあたりに今、日本の産業や、ものづくりには
誤解があるように思う。

いくら高級で手間が掛かっていようと
夢もなく社会や家庭を豊かにしたり影響を与えることが
できないものはたくさんある。

一方、たとえ安価であったり簡単なものであっても
社会や家庭や人々に大きな影響や可能性や豊かさを
与えてくれるものもある。



2004.12.27

中国アジアでものを作れば
基本的には安価にできてしまう、という事実はあるだろう。

だから日本は高級で付加価値のあるものを
作らねばならない、という議論も
一面当たっている部分もあるが多分に誤解もある。

結局は
高級で付加価値のあるもの、という
作り手の目線で語るものではなく

家庭や社会を豊かにし
市場が喜んでくれる価値のあるものを
提供しなければならない、ということなのだろう。

それは高級だとか低級だとか複雑だとか単純だとか、、
そういうくくりで捉えるべきものではたぶんない。



2004.12.28

二足歩行ロボットの夢や可能性は否定するべきものではない。

科学技術の発展と進化が
社会の夢と可能性を切り開く一番近道の
道具であることは間違いない。
が、しかし、技術と夢の関係は
本来もっと広く捉えるべきだろうと思う。

技術が高級であったり複雑ではなくても
人々の暮らしや夢を豊かにしていく方法は
いくらでもある。

環境問題しかり、ゴミ問題やエネルギー問題しかり、
近所や会社の人間関係しかり、教育問題しかり。

そう考えて
「生活安全保障」の担い手、という言葉の意味を
もう一度トレースしてみるとさらに深い気がするではないか。




2004.12.29

激動の一年、という年末恒例の枕詞もいささか陳腐だが
でもやはり激動ではあった一年が終わろうとしている。

景気の好転に支えられながら
なんとか日本の中小企業も生き延びてきた一年だったが
しかし来年はどうなるか、実際のところまったく読めない。

半導体やデジタル家電の景気はちょっと下向きではあるようだし
日本経済に多大な影響を与える国際的な政治経済の状況も
一体どうなるかはまったくといっていいほど見えてはいない。

日本の国家財政の厳しい状況はいまだ好転の気配すらない。

しかし、確実なことは一つあって
時代を支える産業人、企業家、起業家たちの挑戦は
こんな時代にあってもけしてへこたれずに
進んでいくことは間違いない。

筆者の周りを見ても今年一年でいくつものチャレンジが行われた。
新しいビジネスを起業した人、新たな事業分野を開拓した人、
地域に新たな動きを生み出そうと奮闘している人、

みんながんばっている。

来年は更にその動きが広まり深まっていくことを期待したい。

今日のコラムは本年は今日までです。
来年もよろしくお願いします。


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