今日のコラム・バックナンバー(2004年 3 月分)


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掲載は日付順になっています。


2004.3.1

トヨタ生産方式がその部分を
無視しているはずもないのだが
たしかに今トヨタ生産方式といえば
効率化とコストダウンばかりの方式のように
誤解されている部分がある。

効率化とコストダウンも含めながら
いずれ日本の生産様式は
いかに付加価値が高く市場が望んでいる「ものや価値」を
生み出す「方法論の構築」と「実際の構築」へ
むかわなくてはならないはずだ。



2004.3.2

そのいう点では
効率化とコストダウンばかりで
「日本企業の構造改革」を実現できると考えているのであれば
それは「歪み」といって言えなくはない。

「「トヨタ方式」ブームに見る日本企業の構造改革の歪み」
という雑誌「中央公論」の題名の付けかたも
そういう方向に警鐘を鳴らしているのであれば
間違いではないと思う。

話しは変わるが松原氏のいう
「消費者に認知を図るなどして、変貌を遂げつつある消費者の
要求にまでつなげる「プロデューサー」的な機能、」
というのは前述の藤本氏も著作などで言っていて
なかなか興味深い話しではある。



2004.3.3

最近では1月12日日経新聞の経済教室に
藤本氏がそんなようなことを書いている。
最近いろんな文献に書かれているように
はやりの「モジュールの組み合わせ」ではなく
「擦り合わせ」によって競争力の高い製品づくりを
行っていくべきだ、というのが藤本氏の主張である。

しかし、すべて擦り合わせが良いのかといえばそうでもなく
擦り合わせが「きめ細かい擦り合わせで
過剰品質少量生産ゆえに儲からない」ところから
「擦り合わせ型モジュール」に上手に切り分け、つなぎ直し、
儲かるビジネスの仕掛けを創造する「プロデューサー機能」を持つ
「組み合わせ屋」が活躍してこそ
その仕掛けに参加する「擦り合わせ屋」も儲かる、と言う。



2004.3.4

「きめ細かい擦り合わせで過剰品質少量生産ゆえに儲からない」
という議論はちょっと一面的にすぎると思うのだが、
まあ、上記の議論は基本的にはその通りだと思う。

もっとわかりやすく言えば

「擦り合わせ屋」というのは日本の企業内に多い
技術者や生産現場の技術技能者のことを指す。

この「擦り合わせ屋」は日本の企業には
大手、中小、限らず多い。
ある意味で日本の製品化や技術進化を実現してきた
基本的な力の一つはこの「擦り合わせ屋」によるところが大きい。



2004.3.5

言葉も文化も同じようなものを持つ日本であればこそできた
「擦り合わせ」なのだ。

しかし、逆に
「プロデューサー機能」を持つ「組み合わせ屋」は
日本には少ない。

大手企業のなかにマーケティングなど含め
自社の資源の「プロデューサー機能」はあったのかもしれないが、
残念ながら
市場や需要や自社以外のさまざまな資源を含めた分野を
縦横につなぎ合わせることができる
「プロデューサー機能」を持つ「組み合わせ屋」は
めったにいない。



2004.3.6

多分、今後の日本の産業界では
製品や商品だけでなく
需要が必要とするものや技術や価値全般を
「プロデューサー機能」を持つ「組み合わせ屋」
が編み出せることが重要になるだろう。

やはりこういう話しでは良くでてくる
国領二郎氏なども同じような論を展開する。
国領氏の著作には
「パッケージャー」「購買代理」という言葉が出てくる。

「プロデューサー機能」を持つ「組み合わせ屋」という言い方は
あるいは
作り手側に重きをおけば「パッケージャー」とかでも良いだろうし
ちょっと需要側に比重を重くしてついていれば
「購買代理」、ということばでも良いだろう。



2004.3.7

両方を合わせていえば「プロデューサー」か
中間業者ならぬ「ニューミドルマン」でもいい

あるいは「情報を知恵や知識に昇華できる能力」とか
「情報を編集し価値を編み出せる能力」でも良い。

いずれにしてもそういう能力が必要となってきたということだ。

で、日本においては
それができる人材に社会全般の資源、特に「お金」が
集まっていったり、投下されていかない。

いままでであれば
プロデュースできた結果、物財に転化することができて
それを流通させることができるところへ
資源やお金がむいていくのが一般的だった。
いわば産業資本主義の時代だったからだ。



2004.3.8

それはそれで時代の使命をになってきた。

ものや形あるものに転化したほうがお金にしやすい時代ではあったし
それによって企業も国も
世界中から外貨、資源をあつめてきた。

しかし「ポスト産業資本主義」は
ものや形あるものへ転化することも重要だが
知識や知恵や編集能力やプロデュース能力そのものが
評価され資源やお金が向いていく時代であるし
そうなっていかないと
たぶん日本には未来がない、。




2004.3.9

「ポスト産業資本主義」という言葉を書いたが
最近こんな話しを聞いてちょっと考えたことがある。
経済を学んだ人たちなら
なにを今更というかもしれないが、
まあちょっとまとめてみる。

昔むかしの商業資本主義の時代は
ある場所と異なるある場所との間に
財を流通させることで
その財の持つ価値の違いを
生み出したという。

名産である地域の産物を
その産物が採れない地域に運ぶことによって
価値を生み出し、
商業を中心として資本家にお金が残った。
これは最も初歩的な商いの基本型といっても良い。



2004.3.10

やがて訪れた産業資本主義の時代には
労働力の価格と労働生産物の価格の差から
価値の差を生み出すようになったという。

工場を建て、
多くの労働者を雇い、
彼らがより良く働くことによって
生産物との差が大きくなればなるほど
工場を持つ資本家は儲かった。
それを流通させる商業者も儲かった。


どちらも人と自分の差異を造り出すことで
儲かる構造になっている。

逆に言えば「差」が生み出せなければ
資本主義社会は儲けがでてこない、ということでもある。




2004.3.11

では産業資本主義の次に続く
「ポスト産業資本主義社会」は
いったい何から差異を造り出すのか。

ある先生は、
それは「現在の価値体系」と「未来の価値体系」の
差から生れると言った。
ウーム、あまりよくわからない。

あるいは多くの学者先生はそれを「知識」だという。

かのPFドラッカー氏も
日本で有名な野中郁次郎氏も
「知識」だという。

野中郁次郎氏はその多くの著作で
これからの企業は
ナレッジクリエーションカンパニー、、、知識創造企業、
に変わっていかなければならない、と
強く主張している。



2004.3.12

知識による差異で存在を示す必要がある、ということだろう。
そのための具体的な形も提案しているのだが、

実のところ
ナレッジクリエーションカンパニー、、、知識創造企業が
少なくとも多くの日本の中小企業や
中小企業が集まる産業集積地域で
それがどうやったら出現するのか、できるのか、
シナリオは残念ながら書けてもいないし
そうそう簡単には書けそうもない。

文部科学省や経済産業省が
なんとかクラスター政策とかいっているのも
そのための一連の作業なのだろうが

果実が実るのはまだだいぶ時間もかかるだろう。




2004.3.13

個々の企業が
場所と場所の間に財を流通させて差を生み出した時代から
労働力と生産物の違いに差を生み出して儲けた時代から
今度は価値体系の差で、あるいは知識で差を生み出す、と言われても
たぶんそうなんだろうけれど
それをどうやればいいのかはあまりよくわからない。

とりあえずは、「価値体系の差」や「知識」によって
場所と場所の間に財を流通させて差を「もっと」生み出すか
労働力と生産物の違いに差を「もっと」生み出すことが
重要になるのだろうとは思う。



2004.3.14

いや、もしかしたら差が豊かさを生み出すというのなら
場所や財の生産や流通に「迂回」させずとも
「知識」の差そのものや
「価値体系」の差そのものを
豊かさに直接つなげる方法が見つかるかもしれない。

個人的には
たぶんその両方を組みあわせながら
試行錯誤しながら進んでいくのだろうと思ってはいるのだが
相対的には
知識と価値体系が直接豊かさや富につながる「新たな出来事」が
徐々に増えていくのではないかと思える。



2004.3.15

「ポスト資本主義社会」とも言える状況は
それくらいになってからの話しだと思えるのだが
まあ、それはさておき

国がやっている産業クラスター政策というのも
知識が(たぶん)集積して
個々の企業や地域が
直接にしろ間接にしろ
豊かさや競争力をつけていくための
シナリオを書く作業のはずなのだが、
はたしてそれがうまくいっているのかどうかが問題で、
日本中いたるところで奮闘中というところだろう。。




2004.3.16

ところで
「商業資本主義」と
「産業資本主義」と
「ポスト(産業)資本主義」の違いを
考えてきたときに
先日面白い「地図」を偶然見ることができた。
といっても別段変わった地図でもなんでもない。

日本海側にある比較的大きな地方都市の地図なのだが
この町の
明治中ごろの地図と
昭和初期の地図と
昭和30年代の地図と
1990年ころの地図の4つの地図を
同縮尺で同じ大きさで区切った地図だ。

でもその4枚の地図をみつめていて
いろいろなことが見えてくる。




2004.3.17

明治のころからいまにいたるまで
4枚の地図を見ても
どこも変わっていないことがある。

日本海側にある町で
そこに流れ込む川の河口から
ちょっと内陸に存在する町である、という地理的な条件だ。

これは昔もいまも変わっていない。
飛行機ができても高速道路ができても
地理的な現実はなんら変わったわけではない。

しかし、地図の上での違いはなくても
明治の時代といまの時代では
海の近くに立地した町の「意味」や「価値」は
まったく異なっている。



2004.3.18

もともとその町は
江戸時代にそれぞれの町が持つ地場の生産物を
他の町の生産物と海運・流通させることができるように
日本海にそそぐ川の河口の近くにできた町だ。

いわば「商業資本」が生み出した
形態の町と言えるのではないか、と思える。

たぶん日本海側をはじめとして日本の海沿いには
そんな場所にある町が結構多く存在する。

町の成りたちが地図のなかに明確に現れている。

もう一つ、
明治から現在にいたるなかで変わってきたことが
その地図に明確に現れているものがある。

町の大きさだ。



2004.3.19

当然日本の人口が増えるにしたがい
地方都市の人口も増えていくことは間違いないことなのだが

特に興味深いのは
明治時代から昭和30年代まで
そうは変化してはいない町の大きさやたてものの数が
昭和30年代から現在、
少なくとも90年代初期の間に
その地図に現れている
町の大きさや建築物の数が加速度的に
多く、大きくなっていることだ。

単純に国の人口が線形に増えていく、という
感じではなく一気に町が大きくなっていく。




2004.3.20

なぜ町が突然大きくなりはじめたのか、
あるいは町が拡大をはじめたのにどんな意味があるのか
を考えてみるのだがそれはたぶん
産業立地の上昇に比例した労働力・労働人口の増加と
その労働人口が消費・利用するための町の機能の増大、だろうと思える。
つまり産業資本主義の増大と移行、ということではないか。

時を同じくするように
たぶん地場産品を海運流通で移動させる
「商業流通ビジネス」が相対的に減り
日本海側の海沿いに立地する意味は低下してきたのだろう。

地図のなかに示す「立地場所」が意味を示さなくなり、
逆に「町の大きさ」が意味を示しだした、ともいえる。




2004.3.21

日本海に接する地方都市の
4枚の地図を眺めているだけで
商業資本から産業資本の時代への変遷を
目で見てたどることができるように思える。。

で、前述のように
もし「ポスト産業資本主義」が
産業資本主義の次にやってくるのなら

それはたぶんやってくるのだろうし
すでにやってきているのかもしれないが

問題は
我々産業人はこの地図の上の
少なくとも数十年後の姿、
「ポスト産業資本主義」時代のその町のありうべき姿を
描かなくてはならない、ということなのだ。



2004.3.22

それがはたしてどのような姿、地図、なのかは
まだ誰もわからない。

物理的にみても
まったく異なる町の姿に変容しているかもしれない。
立地も町の大きさも働く人々の数も内容も、、

逆にその町の立地を再び生かしてたとえば
日本海の近くに接しているということを
なんらかの形で利用しているのかもしれない。
あるいは
町の大きさも労働力の大きさも
現在そのままであるのかもしれない。

しかし、もしいままでと同じような
立地や町の姿、地図であったとしても
それとは異なるなんらかの「違い」が
その上に描けていなければならないはずだ。



2004.3.23

もし「ポスト産業資本主義」時代が
場所による価値の違いを見い出した商業資本のように
あるいは
労働力と生産物の差に違いを見出した産業資本のように

「知識・価値」や「情報」に違いを見い出す時代だという
これまでの話にそって話しを進めるならば

これまでの地図の上に
「知識・価値」や「情報」などで
他の町との違いを生み出すための
「仕組み」が付加されていかなければならないだろう。

それがどんな「仕組み」であり
どんな「町」になるのかはまだ具体的には描けない。
しかし誰かは描き始めないといかんのだろうと思う。




2004.3.24

ところで「知識」というと本のなかや
紙と机と頭のなかだけでやりくりするものだ
という感じがどうしてもするけれど

たぶん、地域や産業集積の中に
知識を集積していくというのなら
たとえば
本や図書館がその町にはたくさんあるとか
なにかのデータが蓄積されているか、とか
そんなことをもって
「蓄積されている」ということには
ならないのだろうとは思う。

たぶん、その地域の産業人や企業や技術者や
あるいはもっと広範囲な人々の間の
内部に知恵が固定的に詰まっている状態ではなく

そんな知恵や知識同士が擦れ合ったり刺激しあったり
そんななかからまた新しい知識だと知恵だのが生まれてくる、
その「状態」をいうのだろうと思う。




2004.3.25

実際たとえば製造業で考えれば
他社やアジア中国と戦うためにコストの安価なものを作るとか
品質や精度の高いものをすばやく作るとか、
そんなことも
実際には「ものづくり」に形を変えた「知識や価値の集積」が
可能にしているのだろうし
逆に見ればそういう技術を進歩させていくような状態が
知識の集積を行っているのだともいえるのだと思う。

そういう点では「諏訪や日本はものづくりが大切なのだ」というよりは
実際にはすでに日本は「知識や価値創出」で戦っているわけなのだろう。

もっと違う言い方をすれば
自然界のものになんらかの力を与えることで
有用なものへと変化させるのが製造業の役割だとすれば
その変化させるための知識がなにより重要なものではないか。
という言い方でもいいのかもしれない。




2004.3.26

問題はどうやったら知識が地域に集積し活性化するか、
ということなのだと思う。

こういう話になると簡単な結論として
大学や研究機関を集積・構築する、というのが出てくる。
たしかにそれも一つだと思うけれど

たとえばアメリカなどのある地域では
大手企業の研究所や優秀な大学があっても
その地域全体としてみたら産業集積が活性化することに
つながっていない地域があるという話も聞く。

一方、同じように研究機関や大学などもあるし、
産業地域全体としても豊かになって活性化している
地域もあると聞く。



2004.3.27

大学や研究機関がありさえすれば
その地域に知識が集積し
産業が活性化したりすることに
そう簡単には問屋は卸さない、ということでもある。

成功しているアメリカの高度な知識集積地を
研究した本などの中でよく言われるのは
「異質なつながりを作る「仕組み」が必要だ」という意見だ。

知識が情報と同じように
単独で人に付随して存在しているというのは
たしかにそうなのだろうが、
しかし、そこで固定されとどまっていては
新たな知識や進化した知識は
生まれてこない。




2004.3.28

情報と知識や、知識と知識や
知識を持つ人や人がぶつかって
新しい知識やより深い知識に
進化していくためには
たぶん、知識と人と情報がそれぞれに
簡単に「つながる仕組み」が
必要なのだろうと思う。

そのために、地域の企業や研究者や
大学や個人が縦横につながるように
それぞれの間で信頼や信用や評価や基礎的情報や
軽やかにつながるための「基礎的な仕組み」を
作っておかなければならないのではないか。




2004.3.29

いくら大学や大手企業や研究所の知識が
その地域にあっても
何の接触もなしにその場にあるだけではきっとだめで
外部や地域の様々な人々や組織と
「簡単」につながることが「キチン」と
保証されている環境が
整備されていないといけないのではないか。

「保証」というのは別段難しい意味を言うのではない。
誰かが思いつきや分担が変わったりすることで
それまでできていたことができなくなってりまったり
難しくなってしまうようではまずいわけで
どんな企業や大学や個人であっても
ちゃんとつながることができる、そんなシステムとしての環境を
整備する必要があるのではないか、と思う。



2004.3.30

一方には
つながることで新しい価値や知識を生み出すことに対する
期待と夢をもったたくさんの企業や大学や個人が
「つながることができる環境」に置かれていることが必要で、

もう一方には
それからどれとどれをつなげたら価値と知識を生み出すことが
できるかを感性ゆたかに見つけ出して実際につむぎだすことができる
高度なコーディネーションとプロデュースの機能を持った
機関が必要だと思う。

たぶんこの二つが必要でそれぞれが絡まりながら
つながりができていくのではないかと思う。




2004.3.31

最近、当たり前のように言われる
「企業の水平連携」や「ビジネスマッチング」の必然性も
「企業が持つ知識をつなげて価値を生み出す」という
理解をすればわかりやすいと思う。

このような機能が構築された「場」が
野中郁次郎氏なんかがおっしゃる
「価値創造のための場」「価値創造プラットフォーム」
だと思うのだけれど

最近日本中で「価値創造のための場」「価値創造プラットフォーム」を
構築しようという動きが起きている。

東京の多摩地域もそうだし
最近国が力を入れている産業クラスター政策も
知的クラスター政策も
そういうことを考えているはずだ。


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