今日のコラム・バックナンバー(2003年 9 月分)


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掲載は日付順になっています。


2003.9.1

いずれにしても
これをすべて中国で自製することになれば
新幹線の製造だけではなく
その運営やら素材やら開発や運行、運営で
蓄積してきた
様々なノウハウが
中国に渡ってしまうだろうことが
予想され、
これを問題にしている識者もいるらしい。

たしかにそれは問題になってくるだろう。

他国が新幹線そのものを買い
その製造から運営まで
すべて自前で行うことができれば
模倣どころの話しではない。




2003.9.2

新聞などの論調では
新幹線という優秀な技術とサービスと製品の集合体による
巨大なビジネスが
欧米と競うなかで対中国と行われることに
経済効果の可能性から
期待すべきことと考える識者もいる一方で、

このビジネスが進むことによって
日本の国際競争力まで失っていくことになるのではないかと
否定的に主張している識者も多い。

多分、どちらかの論調に立つ識者がいる、というのではなく
新幹線を輸出することを経済的には期待する一方で
それが技術の対外流出にもなっていくことを「危惧」する、という
両方の可能性を持つ「悩ましい問題」と
捉えている識者が多いように思える。



2003.9.3

何度も書くが
これは新幹線に限った話しではない。

家電製品や自動車やここ最近アジアや中国へ
生産がシフトしていく様々な生産物と
それに伴う生産技術やシステムや様々な
ノウハウなどが
流出してしまっていることも
同じ問題として考えていかなければならない。

新幹線の問題に限らず
日本の製造業の技術移転や流出を
どう考えていくのかという
今日的な深く緊急な問題の提起として
見る視点も必要なのだ。




2003.9.4

で、結果的に、、
あくまで近視眼的に見るならば

労働賃金に圧倒的な差があるだけでなく
技術まで平準化することでも
日本の国際競争力は失われていくことになるだろう。

しかし、それは今の日本が
これ以上技術の進化を押しとどめてしまった場合である、

いままでやあるいはいままで以上のスピードで
技術進化を行うことができれば
たとえ現有の技術が海外へ流れていっても
それ以上の価値が国内から生み出すことができれば
問題はない、ということでもある。
これは
空洞化の議論や
誘致の議論に似ている。




2003.9.5

仕事が海外に流れていってしまうから
空洞化してしまうから
それを埋めるには企業を誘致するしかない。
こんな議論がここ数年、
地域において当たり前のように交わされている。

たしかに何もしなければ
何も生み出さなければ
風船に穴があいたように
その地域の中から
空気のように
仕事も企業も
海外に流出してしまって
いずれは空洞になってしまうわけだから
それを防ぐために企業の誘致、を目指すのも
わからないわけではない。




2003.9.6

空洞化の議論のなかで
空洞化を解決する方法としては

前述の「企業誘致」と

「企業」や「仕事」の海外への流出をとめることと

あとは
流出する仕事や企業の量以上の
仕事と企業を
その地域のなかから
生み出していく方法の三つ以外にはないと言っていい。



2003.9.7

このうち
「企業」や「仕事」の海外への流出をとめることは
今や不可能と言って良い。

これほどアジアや中国の製造業の
国際競争力、特に労働賃金による
競争力の差はいかんともしがたい。

もしかしたら
最近話題にのぼる元の切り上げ、などということが起きて
相対的な競争力の変化も起きる可能性も
ないではないだろうが
しばらくは考えてみることもないだろう。




2003.9.8

では「企業誘致」はどうなのだろうか。
最近は首都圏や中部地方から遠くの
東北地方とか九州とか
いままでの産業集積地域から
ちょっと外れたところにある県とかで
企業を誘致しようとしているところが多い。

もともとその地域に誘致企業の拠点らしきものが
あった場合はわりと説得力もあるようにも思えるが、

多くの場合、とにもかくにも
そこそこの雇用や仕事量が見込めそうな有名企業を
地元へ誘致してこようとする動きは
前述のように全国でよく見られる。



2003.9.9

しかし、企業の側からすればその多くが
労働賃金の差を魅力とするものである場合
しばらくすれば
誘致した企業はまたより安価にものが作れる地域
特には中国やアジアなのだが、
そっちに「誘致されていって」しまう。

これは当然のことだろう。

もし国内の地域間で誘致合戦とやったところで
いずれ中国あたりに
再び誘致されてしまうのであれば
果たして誘致してきたメリットはあったといえるかどうか。

現実に東北などでは
せっかく誘致した企業が中国などに移転してしまうことも
良くあるようだ。



2003.9.10

やはり結論的に言うなら

流出する仕事や企業の量以上の
仕事と企業を
その地域のなかから生み出していく
「方法を見つけること」を
選択すべきだろうと筆者は思う。

まったく否定するわけではないが
しかし
空洞化の議論と企業誘致の議論をする以前に
もっと遠い未来を見据えて
地域から新たな産業や雇用や仕事や企業を
生み出していくべきだと筆者は思う。

そしてこれは
ずっと前に書いた
「技術」についても同じことが言えると思う。




2003.9.11

巨大な新幹線ビジネスを
日本の先端的な技術が流出するからといって
とめるわけにはいかない、と思う。
もしそうであるなら
発注先がドイツやフランスにとって替わられるだけの
ことだろう。

でも技術はたしかに流出してしまうことになる。
それが日本の産業や社会の豊かさにとって
困ることであるなら
ビジネスをしないことによって技術の流出を防ぐのではなく
それ以上に高度で精緻な日本ならではの技術を
世界にさきがけて新たに開発していく以外に
道はないのだろうと思う。



2003.9.12

今後、こんな議論は
ますます盛んになるに違いない。

そして、いずれにしても
日本から海外へ技術や製品のより高度なものが
輸出されることになっていくだろう。

海外から「それなりのもの」「安いもの」を
輸入しているだけではなく
海外から見て魅力のあるものが存在したり
継続的に海外に売ったり輸出して
外貨が稼げるものがなければ
いずれ日本の経済にとって問題になるのは誰でもわかる。

輸出するものも「それなりのもの」ではいずれ
海外で作れてしまうしそれが日本にむかって
逆に輸出されてもくる。




2003.9.13

また、たとえ輸出することを嫌っても
海外のどこかの国がかわりに行ってしまうことに
なるだろう。

いろんなナイーブな問題から輸出規制などがある以外
基本的には海外や国内のまっとうな競争が
正規に行われている限りは
だれかが、どこかが輸出して
結果的には技術も移転してしまうし
流出させてしまうことになるだろう。

安全保証上の問題から輸出規制があるのと同じで
産業面から国家の安全保証として
輸出規制があっても間違いではないと思うが、

それをいい始めれば
どんなものでも輸出規制の対象となりうる。



2003.9.14

目の先の利益と
国家の長期的な利得や競争力の維持などと天秤にかけて
どちらが得かを考えていけば
ものによっては
輸出はしないほうが良い、という結論は
たしかに出てくる。

ただしよほどのもので無い限り
だれもが静かにしていても
いすれは技術を進化させ
相対的に自らの技術のっ競争力は
低下していかざるを得ないと思う。

ものにしても技術にしてもサービスにしても
自分たちの力で「新たなもの」を生み出す以外に
日本の産業が生きていく道はないと思える。




2003.9.15

「海外では真似のできないものやサービス」
というのは簡単なフレーズではあるのは
百も承知だし
言い尽くされた言葉であることもわかる。
最近は食傷気味でさえある。

でもあえて
それをうみださなくてはならない日本の状況である、
ということなのだ。

もしそれが「先端技術」と言われるものでも
先端は常に先に進んでいかねばならないはずで
そこにとどまっているような
進化をしない技術はもはや先端ではない。

そんな技術は早晩、どこかから
追いつかれ追い越されていってしまう。




2003.9.16

時に先端技術を
流出から守ることも必要になる場面も
あるだろう。

しかし、常に進化していくことを
目指すことを忘れたなかで
流出から守るだのという話しは
むしろ国の競争力を失わせていくものだ。

日本には農業やら建築土木やらにそんな話しが多い。

まっとうな競争のなかで技術や製品を
進化させたり価値を生み出すことをせず
既得の立場を守ることで
利益を守ってきたような業界や仕事には
そんな話しが多い。



2003.9.17

新幹線に限らず
日本が培ってきた技術や製品力を
もういちど「メイドインジャパン」として
再興しようと考えるなら
それはけして技術の流出を恐れたりするなかで
行えるものではないと思う。

戦略的に技術を囲い込むことや
優位性を保つことと
技術の流出をいたずらに恐れることは
まったく別のことだろうと思う。




2003.9.18

以前、紹介したかもしれないが、
「LOOP」という雑誌がわりと
最近になって発行されている。

ちかごろ、本屋で重なるようにして
置かれているビジネス雑誌とはちょっとことなっていて
少し技術者よりの中味、
どちらかと言えば
以前日刊工業新聞社から出版されていた
「トリガー」という雑誌に近いか、、。

あるいは
「ポピュラーサイエンス」をもうちょっと
ビジネス寄りにしたといえばいいか、
そんな感じの雑誌だ。
まだ発行されて半年くらいのものだったと思う。




2003.9.19

ところで
ビジネス雑誌が本屋の棚を埋め尽くしているのは
まあ、こういう時勢だから
わかるとして

エンジニアリング系の雑誌が
そのわりに少ないようには思う。

昔に比べれば
機械加工や精密加工分野や
金型プレス分野の雑誌などは
輪をかけて少なくなってきた。

最近では本屋で探すことさえ難しいくらいだ。



2003.9.20

そんななかで
「トリガー」がなかなか技術系の雑誌としては
加工分野ではないが
先端技術の動向などについて
比較的突っ込んだ取材をしていて
読み応えがあったのだが
ビジュアル的にちょっと不足していることも
あったのだろう、あまり購読者が
増えなかったとみえて廃刊になってしまった。

昔は科学系のニュートンだとか
自然科学系のおもしろい雑誌が出てきて
ブームになったこともあったのだが
いつのまにかみかけなくなってしまった。
こういう内容は
あまり一般的な雑誌にはなりきれないのかもしれない。



2003.9.21

そんななかで健闘しているように見えるのが
「ポピュラーサイエンス」で、
もともとはアメリカの科学技術雑誌のようだが
日本でも数年前に発行されるようになって
これがまた写真や話題が
ちょっと軟派なほどおもしろく構成してあって
多分それなりに購読者を獲得しているようだ。

最近発行された「LOOP」は
日本のオリジナルな雑誌だから
当然日本の話題が多い。



2003.9.22

なかでも創刊からいまでも
ずっと特集されている「ゲノム敗北の教訓」などという内容は
対欧米とのゲノム解読競争の顛末を
詳しく書いてあって
これはさすが「ポピュラーサイエンス」では読めないような
内容といっていいだろう。

「ゲノム敗北の教訓」については
なかなかおもしろい内容だし
これからの日本の産業政策や
競争政策にもおおいに関わってくる話しだから
ぜひ読んでもらいたいと思うし
いずれここでも取上げてみたいと思うが
今回はちょっとおもしろい話しが載っていたので
それについて書こうと思う。




2003.9.23

今月の特集は
「サヨナラ東京」というもので
何のことかと思ったら
副題が「地域発新産業創造に挑戦」という。
つまりは
地域から新産業の種が生まれてきているから
もう産業創造については「さよなら東京」というわけだ。

内容は
文部科学省が推し進めている「知的クラスター事業」や
経済産業省が推し進めている「産業クラスター事業」が
全国でどんな状況で進められているかという
レポートだ。

我が長野県も知的クラスター事業で
ナノテクノロジーを進めていこうとしているが、
それもレポートされている。



2003.9.24

昨年ノーベル賞を取るのではと言われて注目を浴びた
遠藤信州大学教授もインタビューに応えたり
田中知事もインタビューに応えたりしている。

他にも九州福岡のデバイス開発産業や
関西の医療、北海道のバイオとIT、
名古屋のナノテク、山形の有機EL、
多摩の製造業、横須賀の無線、などが
取上げられている。

意外だったのは
「医療と工学を結び付けること」を目標に
掲げてきていた浜松と岐阜の大垣が
浜松が知的クラスターに「受かった」一方、
大垣が「補欠の身(記事のまま)」としての扱いに
とどまってしまった、ということだ。



2003.9.25

岐阜の大垣はすでに9年ほど前から
情報技術を中心に据えて
地域の活性化を目指してきていたから
その意味でいえば
全国の先駆けとして頑張ってきたと言っても
いいはずなのだが
そこが「補欠の身(記事のまま)」としての扱いだとは
ちょっと意外な気がした。

その地域の歴史的な産業の蓄積や資産の積み上げと
この10年あまりの経済の混乱に対する一早い対応と
ここ最近急激に行われている「クラスター事業」への取り組みと
この三つのそれぞれの関係が
いろんな評価を動的生み出しているために
多分こんな思いもかけぬ結果が
出てきているのだろうと思えるのだが、、、




2003.9.26

それほどここ数年の「クラスター事業」の動きは
大規模、かつ急激で
既存の地域の産業政策にも
少なからず影響を与えているといっても良い。
というよりも影響を与えるための施策とも言えるわけだが、、、。

で、その結果も多分前述の大垣のように、
プラスもあればマイナスもあり、
悲喜こもごも、といったところだろう。

ところで新聞や雑誌はもちろん
その発信もとである経済産業省や文部科学省から
クラスター云々と騒がれて言葉は伝わってはくるのだが

そもそも一体「クラスター」とは何なのか、



2003.9.27

だいぶ以前にこのことについては書いたことがある。

クラスターという単語はよく言われるように
(ぶどうの)房やかたまりや群れのような形状を指すのだが、

もともと産業での「クラスター」という言葉を
日本に持ち込んだのは
マイケルEポーター教授という
ハーバードの有名な経済学の先生だ、と思う。

競争戦略論とかなかなか有名な著作を出していて
内容もなかなかうなずけるものだから
筆者も一時は仲間とクラスター云々を
盛んに話しをしたものだった。



2003.9.28

クラスターは基本的には産業集積を意味しているから
疲弊していく日本の産業集積の
現状を分析したり
もう一度活性化していくための知識を得たり
勉強になる書籍だ。

で、しばらくして国の政策のほうから
クラスター云々という言葉が盛んに出てくるようになった。
これはこの本の影響なんだなあ、と思えた。
実際そういうところから「影響を受けた」ことは
間違いないようだ。

しかし以前も批判したのだが
なぜこういう言葉、外来語、を使うのだろうかと不思議ではある。
日本にはクラスターを示す近い言葉で「産業集積」という
誰もが学生時代に勉強した、少なくとも
覚えた言葉がある。



2003.9.29

「産業集積」の実体そのものが
世界に誇れる産業の仕組みであるのだから
逆の言えば「産業集積」という言葉が
世界の標準語になっても良いくらいだ。

細かく言えば産業集積とクラスターの機能は違うとはいっても
もし日本中の産業地域の人々に
「クラスターへの意識をもってもらい」
「クラスターを構築していこう」というのなら
もっとわかりやすい言葉で
「21世紀に合わせた産業集積をつくろう」でよいはずだ。

少なくとも今産業の一線にたったり
これからしばらくは産業を引っ張っていかなければならない人達は
学生時代に産業集積という言葉とその意味と
それがどんなところにあるのかを勉強しているはずだ。




2003.9.30

また、
「クラスター事業」を標榜する地域であっても実際には

「その地域の長期にわたる産業の蓄積や資産の積み上げ」と
「この10年あまりの経済の低迷や混乱に対する対応」と
「最近になって行われている「クラスター事業」への取り組み」との

この三つの時間の尺度とそのなかで行ってきたことがあるはずだ。

歴史的な蓄積も背景もない、砂漠から生まれたような
そんな地域は「クラスター」とでも呼んでいれば良いかもしれない。

だけど日本の多くの「クラスター」は
過去の産業集積やあるいはもっと昔からの
産業や資源の蓄積を行ってきていたり
あるいは
この基本的には20年に及ぶ経済の混乱のなかで
自ら地域の産業を活性化させていこうといてきた
地元産業界の自律的な動きもあるはずで

そんなものがあったればこその「集積」であるはずだ。


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