今日のコラム・バックナンバー(2003年 3 月分)


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掲載は日付順になっています。


2003.3.1

きっと世の中は広いから
この常態が変化し新しい状態が状態になる時代にむけて
産業や社会を構想しはじめている人々も
いるだろう。
為政者や政治家なんかは
その先頭に走ってもらう人々だと社会は彼らに
たくしていたつもりだが、
どうも残念ながらそうでななく
今の状態を常態にしておくほうが自分のために
なるだろうと考えて
常態を改革するのに抵抗しているようだ。



2003.3.2

いずれ明治維新の志士たちのような
遠くを見通す若者たちが
社会に託されて時代を牽引していくようになるだろうが
まだしばらくは混沌とした時代が続くだろう。

でも明治維新の志士でなくても
少なくとも社会の一員としてや
産業のいったんを支える人間なら
その部分から
新しい時代の構築のために
できること、始められることはあるだろう。

今そんなことが産業人には
求められているのだと思う。



2003.3.3

自動車関係の趣味の雑誌に「ENGINE」という雑誌があって
あまり注意して読むこともなかったのだが
おもしろいコラムを書く人を
見つけて先月から買うようになった。

栗野さんという人で
どうもファッション関係の人らしい。

もともと「ENGINE」という雑誌は
自動車関係の趣味の雑誌であるのにもかかわらず、
ファッション関係の記事や写真が多い雑誌で
ちょっとみるとファッション雑誌かなとも思うような
構成でもある。

そんなわけできっとコラムなんかもファッション関係の人が
書いたりすることになっているのだろう。



2003.3.4

筆者はファッションにはからきし興味も趣味もない人間だから
栗野さんという人がどれほど有名著名なかたなのかはわからないのだが

中味を読む限りなかなか視点が深くてなるほど
と思わされるようなコラムである。
実際、この雑誌を買うきっかけはこのコラムの存在だ。

で、そんななかに書かれている栗野さんのコラムなのだが
例えば先月のコラムは
最近の東京で生まれる
小さなファッションブランド、それも
有名でよく知られたようなブランドではなく

町の裏通りから生まれるような
俗に「ストリートファッション」とでもいうのだろうか、
若者にうけるどちらかといえば
ちょっと「尖がった」ファッションと言えば
創造がつくだろうか、そんなファッションのブランドだ。

それが今東京にたくさん生まれてきていて
それが日本も含め世界のファッションブランドのなかでも
健闘しているのだという。



2003.3.5

もちろん有名でよく知られたブランドとは趣味も嗜好も異なるから
単純に比較することはできないが、
総じてこの「東京発のストリートファッション系」のブランドが
若者を中心に市場に受け入れられ
その企業の業績も伸びていることが明らからしい。

で、この「東京発のストリートファッション系」が
伸びる理由として
「東京発だから」、ということを
栗野さんはあげている。

ちょっと聞くといまさら「東京発だから」もないだろうと
思うのが普通だろうが
いや、この「東京発だから」には案外
深い意味やこれからの日本の産業の注視すべき意味が
あるように思える。



2003.3.6

日本全体としては景気が悪いことは
いまさら書くのもはばかられるくらいだし、
それは東京だって同じことで、
人やものや情報はイナカとは異なり
それらのものがそれなりに活発に動いていることは
間違いないのだが
やはり景気が悪いことは間違いない。

しかし
そんななかでたぶん裏通りから
起きてきた「東京発ストリートファッション」が
ある意味で先端をいっていて
若者、それも海外の若者にも支持されて
有名にもなり
世界に売り上げているなどということはどういうことなのか。



2003.3.7

世界で一番景気の悪い国は
いまのところ日本である、ということは世界中の認めるところで
とはいってもそりゃあ、日本に比べれば
実際「貧しい」国はいくらでもあったりするが
一方で日本より遥かに「裕福な」人々が
たくさんいる国も世界にはやはりたくさんある。

だから
海外の有名なブランドが日本でも世界でも売れる、というのは
わからないでもない。

特に日本でいまだに海外有名ブランドが売れまくっているのは
有名な話しでそれから言っても
「消費者」としての日本はやはり健在なのだ。



2003.3.8

しかし、その一方で「生産者」の立場の
日本のブランドが、、
それもどちらかといえば
大手企業が仕掛けたりするのでもなく
有名でもなければ
どちらかといえば小さくて
けしてびっくりするような
企業がやっているのでもない、
まして日本に入ってくる高価で著名なブランドとは
まったく異なる
「おたくブランド」「零細ブランド」「下町ブランド」とでも
言ったほうがよさそうなブランドが
これほど世界や日本で支持されるようになったのはなぜなのか。




2003.3.9

そう考えれば
とりあえず生産すること
それもアジアや中国で生産することがすべてではなく
あえて
「東京発」で生産することが
競争力になっているとするなら
それは今までになかった現象ではないか。

「いいもの」や「美しいもの」は
きれいな水や澄んだ空気があるところから
発想され生み出される、、
みたいなことを言う人が多い。

たしかにきれいな水や澄んだ空気のなかに
身を置くことは癒しにもなるし
ストレスを解消するのには
たぶん一番良いことであるだろうとも思う。




2003.3.10

しかし
「いいもの」や「美しいもの」が
そんな美しく清純なものや環境、の
なかから生まれるのだとしたら
たぶんそれは間違いだろうと思う。

ましておもしろいものとか変ったものとか
人を知的にあるいは痴的に刺激するようなものは
たぶんそんななかからは生まれて来ないと思う。

むしろそういうものは
混沌や猥雑や混乱などなどのなかから
生まれてくるのではないか、
と思う。

あるいは
いろいろなもの、ことなったもの、の
つながりやお互いへの影響や反発や
組み合わせのなかからではないか。



2003.3.11

平坦であったり
平準化されたり
みなが同じような志向や考え方ばかりのなかからは
刺激的なものなんかは生まれてこないだろうし
たぶん「進化」もない。

進化なんかは
それまでの当たり前にもたらされてきた
環境や仕組みが変わってきたことで
自ら進化しなければ生き残れないという
どうしようもない止むにやまれぬ必要のなかから
変わらざるを得なかったなかで起きてきたはずだ。




2003.3.12

進化は様々な様相を積み重ねてきた。
いくつもの選択肢のなかから自ら進むべき道を選んできた。

そのなかで生き残れたものもいるし
生き残れなかったものもいる。
生き残れたものは自らの優れた資質を子孫に
受け継いでいった。
環境に適応した「優れた資質」を得たものが
次の時代に進化して生き残ってきた。

こうした進化の道筋のなかでは
混沌や混乱やどろどろとした暗闘とでもいうものが
際限なく繰り返されたのだろう。

けしてキレイゴトでは進化はできなかったはずだ。

むしろこの混乱したように見える状況のなかにこそ
次代へ向かうためのヒントが隠されているのではないか。

今の社会に置き換えてみるならば
我々が為すべきことはいたずらに現状を悲観することではなく
この混乱のなかから進化の糸口を見つけ出すことだろう。




2003.3.13

テレビを見ていてなるほどと思った。

最近成長が著しい有名な(りつつある)家具屋さんがある。
中国で作った家具を日本で売って
成長しているのだという。

家具、という言い方ではなく
ハウスファッションとよぶのだそうで
扱っているのも家具だけではなく
家のなかのインテリア全般を扱っているらしい。

価格もさすがに中国に作らせているだけあって
驚くほど安価である。

日本だったら10万円はしそうなソファでも
3〜4万位だったと思う。

いままでの流通とか生産の方法からまったく
新しい方法に切り替えたから
半値以下になった、と言っていたが
本当にそうだ。




2003.3.14

番組は最近、「椅子」が注目を浴びている、、
という特集だったから
他の高級家具や手作りの椅子を作っている工房も
紹介されたが、やはりこの「大衆向け安価家具」
のインパクトは強い。

出てきた社長さんも
うちはお金持ちは相手にしない、
うちは大衆を相手にするのだ、と、なんともうれしいこと?を
言ってくれていた。

見ていて思い出したのは
やはり
ユニクロ、100円ショップ、吉野屋、マクドナルド、
だ。



2003.3.15

ほかにも似たような「ビジネスモデル」はいろいろあって
最近で言えば中国生産で圧倒的な廉価販売をするようになった
眼鏡屋さん業界だ。

お客が喜ぶことをするのだ、という言葉をどの商売を
展開する企業のトップが言うこともなぜか符合する。

前述の安価な家具屋さんだが
近いうちに国内に300店舗を作るのだと言っていた。
それ自身は否定しない。
そういう商売があってもいいし
それはそれでたしかに世の役にたつ。




2003.3.16

それにしても
前述した商売
ユニクロ、100円ショップ、吉野屋、マクドナルド、
眼鏡屋さん業界、家具屋さん、
それらはよく似ている。

そのどれもが
多数の店舗を短期間のうちに展開し
短期間のうちに驚くほどの売り上げをあげていったことも
同じである。

しかし、マクドナルドが最近有名になったように
安価な価格設定のあげくが最近のような
大量生産大量安価販売の業界の迷走に
つながっているのだとしたら
いこの家具屋さんも他のビジネスも
いったいこの先どうなるのだろう。




2003.3.17

いや、それも自由競争のなかで
競ったあげくに過当競争になったり
安易で無意味な投げ売りや価格設定をするようになったことも

それはそれでしょうがないことで
今の資本主義社会はそこまで折り込み済みなのだ。

大量生産大量安価販売の業界の迷走、も
それはその人達が競争のあげくにたどり着いた結論であって
べつに不思議でもなければ
そんなやり方はだめだ、とか言われる筋合いはまったくない。

少なくともその時その時は消費者は喜んでくれたのだし
無闇に価格を下げた結果としても
それで市場を制圧することを
目標として掲げて戦ってきたのだとすれば
それ自身はなんら問題のある行動ではない。



2003.3.18

最近になると
無責任なマスコミあたりが
そんなやり方はいけなかったのじゃないか、みたいな
言い方をすることが多いが、そんなことはないのだと思う。

結果的にそれが社会に受け入れられずに事業が失敗
ないしは受け入れられなくても
それは問題ではない、
ビジネスならば失敗もあるのだから
それ自身をいろいろ言ってもしかたのないことだ。

しかしそれより
そんな商売を取上げて
すごいすごいとはやし立て、
問題が見えると一気に地に落とすようなマスコミに
むしろちょっと違和感を持つのだ。



2003.3.19

話しは戻るけれど
番組では
少量の高品位な椅子を作る工房も紹介されていて
ものづくりにはいろんな方向があるのだと紹介されていたことは
幸いだと思ったが

問題はそういう「様々な消費」が生まれているこの日本は
いったいどういう状況なのか、
日本の消費や生産はどういうことが
起きているのかを分析するべきだと思うのだ。

例えば
大衆に安く椅子や家具を売るということが
とりあえず受け入れられている。
これは間違いないことだ。
ほかにも
ユニクロ、100円ショップ、吉野屋、マクドナルド、
最近で言えば中国生産で圧倒的な廉価販売をするようになった
眼鏡屋さん業界も
消費者から支持を得て急速に企業が成長している。



2003.3.20

どれも安価な労働力を背景にした
中国での生産によって
圧倒的な日本市場においての価格競争力をもっている。

彼らは日本の「大衆」に向かって安価で信頼のおける
ものを売り喜んでもらう、ということばを
必ず発信することでもほぼ一致している。

「中国生産+大衆歓迎=日本市場席捲ビジネス」
とでも言えばいいか、そんなビジネスが
この数年で日本に多く見られるようになってきた。




2003.3.21

だがいずれ同じようなビジネスはたくさん起きてくる。

ものによっては
同じ分野のものではなく
異なったもの同志でありながら価格の競争が始まる。
ハンバーグの敵はハンバーグ、、ではなく
吉野屋のギュウドンであったり
ユニクロの競争あいては
100円ショップのなんらかの製品になったりする。

そういう点ではやはり過当競争に
いずれはなっていくと思って間違いないと考えられる。

なんども言うがそれはそれで良い。



2003.3.22

研究者や評論家はこの新たなビジネスモデルの将来を
予言したり評価しようとするだろうし、
素人目にも興味深いビジネスの形態ではある。

特に、そういうビジネスモデルを
一見、歓迎している消費者を将来に渡って
どうみるか、という点では
いろいろな見かたがあって
どういう見かたが良いのかを
考えてみることは無駄なことではないし
むしろ重要なことだと思う。



2003.3.23

大衆をあいてにする、という。
たしかに「一般大衆」というマスは存在するが
しかし実際にはすべてが大衆である、というわけではない。

日本には大衆ばかりではなくお金持ちも居る、という意味でもない。

言ってみれば日本には大衆でありお金持ちである
いろんな人がたくさんいる。
ということなのではないか。

安い食事で充分であはあるけれど
一方で高級カバンや眼鏡や時計を欲しがっている人もいる。

一方でそんなものには目もくれず
趣味や旅行にお金を使う人達もいる。

いや、そんなものには興味はなく
高級な食事だとか勉強だとか
形に残らないものでも喜んで消費する人もいる。

いや、そうではなく消費物資はひたすら安価なもので間に合わせ
あまったお金はひたすら貯蓄にまわす、という人もいる。

消費やお金の使い方は千差万別なのだ。



2003.3.24

家具で言えば
安価な家具で良いという人もいれば
高級家具や注文家具でなければいやだ、という人もいる。

でも安価な家具で良い、という人は
実は高級な時計やカバンが好きで
安価で低廉な中国製品はいやだったりする。

高級な家具が良いという人も
実は食事は外食やジャンクフードで充分だ、という人もいる。

消費の形は千差万別なのだ。

安価な家具で大衆の味方であってくれるのも
ありがたい話しではあるが
一方でその大衆は
高価なものや
ニッチで誰も知らない、、でも知る人ぞ知る
「もの」を買おうとする「おたく」だったりする。




2003.3.25

で結局
日本では
安価なものばかりに目がいって
高級なオタク市場向けのものがいまいち育っていない。

海外製の高級ブランドのバックや靴や時計が
これほど売れているのに
日本製の高級ブランドというものが
いまいち育っていない。

実際には少量の国産ブランド、
なかには海外でも高く評価されているような
ものもあるのだから
けして育たないわけでもないだろう。

ここにこそ次の時代の
ヒントがありはしないか。




2003.3.26

のっけから禅問答みたいで申しわけないけれど、
「事実」というのは一つしかないのだと思う。
様々な事象や出来事があったとしても
現実におきた「事実」はたった一つしかない。

歴史や時間の流れはそんな事実が
次々に関連しながらつながっていくに過ぎない。

膨大な事象の連結や原因と結果とのつながりのなかで
この世界は動いているのだろう。

そんな様々な事実の集積だが
起きていることはたった一個に過ぎないとしても

それをどう解釈するか、それををどう捉えて
どう動くか、行動するかは
一人ひとりの考え方にかかっていて
それはそれこそ人の数だけ存在している。



2003.3.27

今回の戦争をどうみるかはここでは判断しない。

だけどこれだけは言えるのだと思うのは
少なくともこの数十年の、
あるいは数千年に及ぶ世界史のうえで
起きてきたことはただ一つの事実の積み重ねしかない。

二つのものごとが同時に起きていたわけではない。

起きていたことはたくさんの事象だが
それぞれが一つの事実しか積み重ねていない。
起きたことは一つしかない。

ただし、それをどう見るかは
人の数ほどある、国の数ほどある、ということだ。
事実は一つだがそれをどう見るか、どう解釈するか、
何に価値を認めるか、は
人ぞれぞれ、国それぞれ、ということだ。




2003.3.28

イラクもアメリカも
予防のための戦争だというのも
侵略のための戦争だというのも
あるいは
聖戦なのか独裁政治の侵略なのかの
解釈の違いはあっても
起きた事実はたった一つの事実だ。

であるならば
どちらが正しくどちらが間違いであるかを
証明するには
お互いに頭をつかって事実を分析し
お互いを説得するしかない。



2003.3.29

それぞれの解釈や認識が正しいかどうかということと
力が強いかどうかはこの際
一切関係がない。

見え方が違うのは当然で、
それをこう見るべきだ、と
力づくで変えさせようとしても
それは無理というものだ。

認識の違いをお互いに認めることから
近代の国家間は成立する。

それをちからずくで変えようとしたら
それは滅びの道でしかない。

力の強いものだけが残ると思ったらそれも大間違いだ。




2003.3.30

まして宗教や国の成り立ちが異なる立場であるのなら
なおさらそれを力ずくで変えさせるのは
無理がある。

であるなら
それを冷静になってお互いに解釈を
擦り合わせするしかない。

いままでのねじれから
そうそう簡単な作業ではないことは
重々承知ではあるけれど
だからこそ、今、そんな冷静な作業をこそ
行わなければならないはずだ。

でないと、今後ますます悲壮的な方向へと
拡大することだろう。



2003.3.31

にしても
今回驚いたのは
マスコミ、特に新聞記事の
いわば時代の解釈の違いが
これほど明確にあるということだ。

だが、それもそれぞれの立場が異なるのだから
しょうがないといえば言える。

本当であれば
事実の積み上げだけで記事が済んでいれば良いと思うのだが
やはりそうではなく
新聞にもそれぞれに「色」がついている。

でも、それはそれで良いのだとも思う。

しかし、表層でしか捉えていない議論や
あまりに情緒的に流れているような議論については
やはり指摘しなければならないと思う。

特に新聞のコラムの内容には
首を傾げたくなるものも多い。


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