今日のコラム・バックナンバー(2002年 12 月分)


INDUSTRYWEB HOMEへ戻る / 今日のコラムに戻る/ バックナンバーに戻る

掲載は日付順になっています。


2002.12.1

為すべきことは、正攻法で
今後の社会や産業やものづくりを
どういう方向にしていくのかを
心ある為政者と国民と様々な登場人物のあいだで
互いにといかけること、考えること。
未来への確信や夢や信頼を取り戻すこと、

そして
「手術中」ではあるが
並行して体力づくりにはげむことだろうと思う。




2002.12.2

ところで日本の国が
こんなふうになってしまった責任の所在を
確認してちゃんと責任をとってもらうべきじゃないか、
ということが最近言われている。

これもいささかtoo  lateだし
なかなか責任まで明確にすることは日本では難しいと思うのだが
たしかにいまからでも良いから
少なくとも責任の所在をあきらかにするべきではある。

この場合なすべきことは
現在の責任者に責任を擦り付けるのではなく
過去にさかのぼって事実を明確にすることだ。

何をやったことで、何が起きて
どうすればよかったはずなのにどうしなかったから
どうなった、と、すべてを明らかにすることだ。



2002.12.3

もちろん
責任の所在をあきらかにするということは
情緒的感情的に責めたりすることではない。
過去にあったことを客観的に、明確に、して
だれからも見えるようにきちんと情報として残すことだ。

アメリカは事前的な行動をするが
日本はなにかにつけて事後的だ、という言われかたを
することが多いが、
残念ながらことこの件に関しては事後的ですらない。

この日本の昏迷・低迷に限らず
過去にあったことがらをきちんと何があったかを
見極め整理しておくことは
少なくともちゃんとした国家なら
しなくてはならない最低限のことだと思う。



2002.12.4

最近は政治の世界も社会もそうだけれど
責任というものに対する意識が
希薄になっていると思う。

若者たちが茶色に髪を染めることを
問題視することや
彼らの行動も厳しく見つめることも
必要な場合もあるし
しなくちゃいけないことももちろんなのだが

その一方で
いったい大人がそれに耐えられるだけのことを
この数年のあいだ、やっているのか、
と思わず考えてしまう。

大人が責任ある行動をとらずして
若者に説教をたれても誰も信用しまい。



2002.12.5

そう言えば
海外、特に中国やアジアに旅行にいったり
留学したり、見学にいったりする学生や若者が
増えているらしい。

中国やアジアの
経済や社会の生きのよさとその激しさを
真近に見た若者や学生は

中国やアジアか
海外へ出ていって自分の能力を試したり
成長させようと思うか
日本に残ってこの状況をなんとかしようと考えるか
あるいはショックで滅入ってしまい
逆に行動力を失ってしまうか、
このどれかになるらしい。



2002.12.6

まあ、二番目の
「日本をなんとかしなくちゃいかん」と考える
若者は限りなく少ないらしいし
三番目の「自信を喪失し行動力を失ってしまう」若者も
そうはいっても少ないだろうけれど

結構中国やアジアを見て刺激されて
やる気を出す学生や若者がいるのだと聞いて
そういう場所を見たり体験するきっかけがあれば
日本の若者もやるもんだな、と安心したりする。



2002.12.7

また、
中国やアジアか
海外へ出ていって自分の能力を試したり
成長させようと思う若者の一方で
アメリカのような国に行くという選択も
当然あるようで
結構最近はいままででいう「一流大学」ではなく
最初からアメリカにいくことを選択する高校生もいるらしい。

なかなかやるもんである。



2002.12.8

このように最近は日本から海外に出ていってしまおう
というわかものが増えてきていることは
けして悪いことでもないしむしろ歓迎すべきことだ。

それはそれで良いことだと思う。
自分の能力をグローバルななかで試したいという
やる気のあるわかものは
野球やサッカーの選手に限らず
技術や知識やビジネスの世界でも
もっと出てきて良いと思う。

日本人であってもグローバルな目線で見られる国際人が
そろそろどんどん出てこなくちゃいけない。




2002.12.9

いずれ日本に帰ってきて日本のために能力を発揮して欲しい、
という意見が出てくるだろうけれど
そんなけち臭いこと言わないで
どんどん世界に通用する能力を身につけて
海外で活躍するようになれば良い。
世界のなかで役立つ人物になれば良い。

そんな状況になってくれば
きっと世界における日本や日本人の役割も
今とはまったく変ったものを考えるようになるだろう。

そう言えばノーベル賞をとったノーベル田中氏?も
なかなかひょうひょうとしていていいじゃないか。

特に日本を背負っていくなんてことを言わないところが良いなあ。




2002.12.10

一方で今の日本をどうするか、という問題がある。
海外に出ていく若者はいくらいても良いとは思うが
だからといって今の日本を
放っておいていいというわけにはいかない。

幸いというか、日本をどうにかしないといかん、
という問題意識を持つわかものもいないわけではない。

技術や知恵をそのために使おうとする若者も
いないわけではない。

優秀なわかものは海外に出ていってしまう傾向にあるが
だからといって
国内に能力のあるわかものがいなくなるわけでもないだろう。




2002.12.11

少なくとも
いろんな事情を持っていて
国やふるさとや家業を捨てるわけにはいかない
でも一方の気持ちとして
むずむずしている若者もいないわけではない。
いやけして少なくはないと思う。

本来ならば海外やグローバルな目線を持ち得るはずの
彼らがちょっとしたきっかけで国内の現状のなかに可能性を
見つけたりそんな彼らがこの国をもう一度支える可能性はあるはずだ。

彼らが新たな技術や知恵やビジネスを
自分から生み出そうと努力を始める時、
その時がきっとつぎへの胎動が始まる時だ。




2002.12.12

もちろんそのための
制度や仕組みをうまく作っておく、というのは
為政者のすべき仕事だろうと思う。

為政者がこれほどまでに無力な時代であったり
人々から見放されたような時代ではあっても
政治のなすべき役割はあるべきだと思う。

例えば、創業者支援のしくみとか
第二創業の仕組みとかが
様々に構想されているが、
実際に「使える仕組み」「実効性のある仕組み」に
なっていないものが多い。

茶パツのニイチャンや
エネルギーを昇華させずにくすぶっているけれど
内に秘めたものはある若い経営者とかにも
そのエネルギーを使えるような示制度や仕組みは
必要だろうと思う。



2002.12.13

ところで
ノーベル賞をとった田中さんと小柴さんではある。

ここのところの新聞やテレビの話題は
それと北朝鮮の問題の二つに集約された感がある。

当事者でないとわからないような
気苦労とか気持ちがあって
さぞ頭を悩ましているのだろうと人事ながらに思う。

まあ、こんな閉塞感に覆われた日本だから
どんなに小さくてもいいから
明るい話題の一つも欲しいことは間違いないのだろう。



2002.12.14

それにしてもこれくらいの話題しか(いや充分に明るい話題なのだが)
大きな明るい話題が出てこない日本であることが
むしろ話題にならなくちゃいけないのかもしれない。

それだけ明るい話題や話しを期待している気持ちが
日本人のなかになんとなく生まれてきているという
ことなのかもしれないとも思う。

それと同時に日本人の「明るい話題の消費構造」
とでもいうものが
あきらかに生まれてきていうようにも思う。



2002.12.15

タマちゃんも近頃はどうしているのかも
わからないが、

それにしても
目先の話題がいろいろ出てきては消滅していく。

田中さんの話題ももうしばらくすれば
飽き性の日本人の脳裏から薄れていくに違いない。

次の明るい話題は何なのだろう。
きっとまたマスコミと一緒になって
なにか見つけ出すに違いない。

見事な位、今の日本にはそんな「明るい話題作りシステム」
みたいなものが存在している。




2002.12.16

明るい話題や状況をのぞむのは理解できる一方で

でも、ふと思うのは
たぶんこの景気や社会の閉塞感を変えていくには

一人ひとりが
自らの「明るい話題」を自ら作り出すことを
始めなくてはならないのではないか、ということだ。

しかし残念ながら
今の日本にはそれを始めるきっかけがない。

最近話題ののぼることが多い
「特区構想」や「規制緩和」だって
本当にそれが一人一人の国民にとっての
「明るい行動を始めるため」の「後押し」に
なっていかなくてはならないはずだ。



2002.12.17

別段大きなプロジェクトや
公共事業でなくて良い。

むしろ一人一人の単位で
始められる小さなプロジェクトや
明るい話題づくりや事おこしが必要なのだろうと
強く思う。

将来になれば
そんななかからきっと
世界を動かすような、あるいは「ノーベル賞」級の
おおきな可能性を持つものも
出てくるかもしれない。
でもきっとそれは今はまだつぼみや
小さな試みでしかないのが、普通だろう。



2002.12.18

もっと言えば、
いままでだって
時代を変える大きな出来事も
はじめは一人一人の小さな思いや行動から
始まったものが多い、と思う。

大きく評価されたのは
それがある一定の時日を経てから
そうなったのであって
実際にことが起きた時はとても
小さなことから始まったほうが、たぶん多い。

逆に
国や為政者のトクイワザは
それ自身が自己目的化していたり
体面ばかりを気にして
形ばかりを大きくしようとするから
ろくなことが起きない。




2002.12.19

目の前をみれば
経済だと株価だの戦争の可能性だの、と
心がふさがっていくようなことばかりが続くが、
こんな状況のなかでも
確実に着実に
次の時代へ向った動きは始っているのだろう。

なかなかはっきりと見えては来ないのだが
実は案外身近なところにそんな動きはある。

為政者や政治にあえて期待したり考えて欲しいと
思うことがあるとすれば
そんな小さな動きを育てていくにはどうしたら良いかを
考えて欲しい、ということだ。

まあ、そんな遠く高く見通せる賢い政治家がいたら
今の状況ももうちょっと変わっていただろうとも思うし、
だから、
少なくとも邪魔と混乱だけは持ち込まないで欲しい、とは思う。





2002.12.20

国債発行枠が
36兆円を大きく超えるのだそうで

昨年の30兆円の枠にあれほどこだわったのに
このあまりのあっけなさに

いったいこの国には
経済政策を本当に進めていくことができる
人材がいるのかと疑いたくなる。

我々国民はそんな彼らに国の大まかな運営を
任せてきたのだから
結局そのつけと責任をとらなければならないのは
我々、国民自身ということなのだろうが、
、にしてもこれほど担当能力の無力な人々に
運営を任せてしまうこちらもこちらだが
あちらもあちらだ、といいたくもなる。




2002.12.21

そのわりに
担当者に対する国民の側の支持率は
低くないのがなんとも不思議なのだが
これはそれに対抗する勢力や
国民が納得するような妥当なビジョンや政策提言を
提起出来るようなすぐれた政治家や
為政者がいないだけ、の話しであって

ケシテ今の状況を積極的に認めているわけではなくて
消去法で消していくと現状の為政者たちしか
残らない、ということなのだろう。




2002.12.22

数多い「経済評論家」も
こんな状況を反映して
テレビや新聞で言っていることは混乱を来しているように見える。

さすがに最近は時のリーダーを
手放しで誉めるようなことはなくなったが、
一時期はこのリーダーを誉めるに誉めていたではないか。
最近は政治家や為政者同志が
お互いをコケおろしたりする。

来年と言われている選挙が頭にあるからなのだろうが
まったくもって
今の政治や経済政策やそれをとりまく
評論や議論のありかたは
「液状化」の有り様だ。



2002.12.23

いったい今起きていることはどういうことなのか、
まったく見えて来ない。

緊縮財政はしかたない、とは思うし、
わけのわからないような公共投資は
小さくするのは当然だと思うし、
財政再建や不良債権処理は
なさなくてはならないとは思う。

しかし、少なくとも
そればかりに向かっていれば
経済は縮小し豊かさは失われ景気は低迷していく。

株価は際限なく下がり
中小企業は新たな投資をせず仕事も減り収益も利益も出ない。
この間に起きたことはその証左だ。



2002.12.24

国の経済担当者は
例えば公共投資であっても
いままでのような土木国家ではなく
新たな産業の創生や
創造性や生産性の向上に向けた
投資に向かうべきだと言ってきたが、
これはその通りではある。

しかし、実際には具体性に欠け
いまだに効果的に
新産業の創生も創造性や生産性の向上も
成し遂げていない。



2002.12.25

一方で、
企業や研究者や、あるいは地域によっては
この景気とこの閉塞状況のなかででも
一人、利益をあげ、経済に相応の効果をあげ、
雇用を創出し、社会に貢献している人達がいる。

そんな経験のなかから薬となる成分を抽出し
様々な分野に処方できることこそ
為政者や経済の担当者たちの為すべき仕事だろう。

けして効果のある薬がないわけではないはずだ。

ちょっとした制度的なひねりをくわえることで
大きな成果を生み出すこともあるはずだ。



2002.12.26

すでに「なすべきこと」の
「キーワード」となるべき言葉は
多すぎるくらいに出ている。
出尽くしていると言っても良い。

そこを整理して
大事なキーワードに絞り
自分たちの行動に取り入れるくらいのことは
頭の良い「リーダー」達ならできないことはないだろう。

まあ、この状況のなかでも
政治家は新党結成だのと自分たちの身の振り方に
汲々としているし、
官僚たちも来年度の予算の折衝で
きっといろんな板挟みに汲々としているのだろう。

そんなことに気が回らないのかもしれないが、
できればまともな人達が一刻もはやく
次のステップに向かい始めることを
願わずにはいられない。



2002.12.27

なにはともあれ
2002年もくれようとしている。

いろいろ言っても
最後に自らの道を切り拓いていくのは
自分自身でしかない。

行動のためのキーワードは
国の為政者に向けて投げかけられているのはもちろんだけれど
自分自身に投げかけられてもいる。

ビジョンも語っているだけではだめだ。
悲しいかな、今の日本はそのビジョンさえ
語ることがされていないのだが

早々にビジョンを踏まえて
次の行動を始めなければならない。



2002.12.28

海にむかうのでも良い。
山に向かうのでも良い。
あるいは
月に向かうのでも良い
あるいは遠く宇宙を目指すのでも良い。

我々は社会や産業をどこに向けていくのかを
考えなければならない。

だが、目標となる地を提起しているだけではだめだ。

そのために何が必要なのか、何を準備すべきなのか、
自分自身が何を為すべきなのかを
考え、行動を始めなくてはならない。




2002.12.29

月に向かうのならそれで良い。
ならば
ロケットを作るのか、
あるいはそのために材料を用意するのか
乗り組み員の教育と育成を始めるのか。
何を準備しどう任務分担をするのかを考えなくてはならない。

そして
少なくも、自分がその事業に参画しようと思う人々に
自分の仕事や能力と、その必要とする道具立てを
イメージよく結びあわせ夢を持ち
実際に行動が始まること必要になる。

当然、これらのことを提起できるには優れたリーダーが必要だ。

これらは国がやるのではない。
自らが自らのために始めなければならない作業だ。

月に向かおう。
月に向かうために何が必要なのかを考えよう。
その準備にために自分は何ができるのかを考えよう。

来年は様々な面で今年以上の激動の年となるだろう。

しかし、そのなかからも次の時代に向けた
スタートの年としたい。



インダストリーウェブにアクセスしていただいたみなさん、
今年も御世話になりました。
それでは良い年をお迎えください。



INDUSTRYWEB HOMEへ戻る / 今日のコラムに戻る/ バックナンバーに戻る