今日のコラム・バックナンバー(2002年 6 月分)


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掲載は日付順になっています。


2002.6.1

ビジョンや価値観に集まっていくという点では
誤解をうける言い方ではあるけれど
やはり「ピラミッド」といっていいかもしれない。
けして「フラット」で「中心がない」、
、というわけではないのだと思う。

いわば
ビジョンに貫かれた「ピラミッド」組織、、
ビジョンが中心(セントリック)の「ピラミッド」組織、、
ビジョンによって統治されガバナンスに優れた組織、、。

そんなかたちが未来の組織なのではないかと思えた。




2002.6.2

ところであまり言われていないし
番組でも触れなかったけれど

こういう「未来の組織形態」にごく近いものは
実は日本にもいくつかあると思える。

やはり最近では企業組織のなかに多く
そういうものはあると思える。

例えばトヨタ自動車も
社員や協力会社のお互いの力を出し合って
多様で競争力のある「価値」を生み出していこうと言う
ビジョンを中心にして組織を成り立たせている点では
ほかの自動車メーカーとかあきらかに異なっている。





2002.6.3

ソニーも遠く企業の成り立ちを探ってみれば
井深大氏が創った「東京通信工業(昔のソニー)」の
設立趣意書にそのビジョンと企業の関係を見ることができる。

来るべき時代にむけて明確なビジョンがそこには書き表されている。

例えば設立趣意書の冒頭の「会社創立の目的」には
「真面目なる技術者の技能を最高度に発揮せしむべき
自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」
と書かれている。

「自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」など
プレステやアイボの開発の秘話、
、、など様々な雑誌や新聞で紹介されている話を
擦り合わせてみればなるほどそのとおりではないか。

50年以上昔の日本にすでに
「未来の組織」の在り方と自らがそれを目指すことを
表明していた企業があったということ自身が
スゴイことでもある。





2002.6.4

しかし、
ソニーもトヨタもピラミッド型の組織であることは
疑いのない事実だ。
ほかの家電メーカーや自動車メーカーもやはり
「ピラミッド」型組織だと言っていいと思う。

およそ、企業や組織がなんらかの出力を
外部に向かって出していくことを目的としているならば
リーダーと組織を構成するメンバーによって
どんな組織もピラミッドのような構造にならざるを得ない。

でも、いったいどこが違うのだろう。

トヨタや自動車メーカーは系列という
「ピラミッド」構造を持っているといわれているが
実はトヨタのそれはただ上意下達の仕組みではなく
お互いにフィードバックする構造や
互恵や相互に利益を生みだしていく構造を
持っていると言われている。




2002.6.5

結局、重要なのは、
形や組織がピラミッドであるかそうでないか、
が本質的な問題なのではないと思う。

そこが、その組織が
どういう「ビジョン」や「共有された価値観」
で貫かれているかどうかが問題なのだ。

企業であればそれは
「企業ドメイン」や「設立趣意書」そのものにほかならない。
もちろん文書になっていれば良い、というものではない。
そこに書かれていたり表現されている
その組織が何のためにあるのか、
なんのために存在しているか、を
組織のメンバーが共有しているし
わかっていることがもっとも重要だということだ。





2002.6.6

ところで
未来の組織は企業ばかりではない、と思う。

我々を含む、「日本の産業集積」には
もともと「互恵」や「互いに支え合う仕組み」
「足りないものを補う仕組み」
「共生の仕組み」を持っていて
これがいまの日本の産業の繁栄や技術を
高めてきたり
より良いものを作ったり進化させてきた、
と言われる根本にあったのだと考えて良いのではないか。

中央集権的に企業が統治されているのではなく
小さな、それでいてそれぞれが自立した企業、が
複雑に絡み関係し合いながら
技術を高め、良いものを素早く形にし
社会に送り出していく、、

「日本の産業集積」もまた未来の組織であると思う。



2002.6.7

「未来の組織」ともいうべき形が
日本の産業集積のなかには
すでに昔から埋め込まれていたのではないかと思う。

だが、残念なことに
その優れた未来の組織の形態が
埋め込まれている日本の産業集積を
評価する人や機関はあまりに少ない。

日本のものづくりや技術、製品、社会を
高度なものにしてきた産業集積の
意味を深く考えようとしたことは更にない。




2002.6.8

何年か前のどこかの国の
産業政策のなかでは
ネットワーク社会が進むなかで
産業集積の持つ意味は失われていく、
とかいう論調まであったように思う。

まあ、最近ではうって変わって
「クラスター」や「特区」という言い方で
再び産業集積を評価しようという動きがあるようだが、、、
これも本当にそう考えているのか、、とても怪しい。




2002.6.9

クラスターって言い方だって
何年か前のどこか外国の経済学者が言っていた
「クラスターという今様の単語」を
目新しく標語化しているに過ぎないのが
なにをかいわんや、、だ。

クラスターっていうような目先が新しい単語を使って
やろうとしていることを新しく見せようとすること自身が
そもそもおかしい。

なぜみんなにわかりやすく、
産業集積をもう一度評価する、とか
「新型産業集積」や「新時代の産業集積を構築する」、
と言わないのだろう。




2002.6.10

話を戻して、、そう言えば
先日、NHKでやっている「ビジネス塾」で
イタリアの中小企業連携や産業の集積によって
経済や産業が活性化している、という特集を組んで
内容はたしかになかなかおもしろかった。

だが、
この中で司会者が言っていた
「日本の中小企業は大手依存で
系列によって動いていて価格競争を行っている。」
というのはマスコミに限らず
中小企業を研究している人たちの中でも
日本の産業構造を表現した言い方として
盛んに使われるのだがこれには疑問を感じる。




2002.6.11

そういう見かたは
非常に一面的な見かた、判断なのではないか。

たしかに
日本の産業構造のなかでは多くの中小企業は
大手企業に「依存」し、もっぱら
調達納入価格の面での競争を
行っているようにも見えるのだが

実は日本の産業構造のなか、、、
特に中小企業を取り巻く状況の中にも
いくつかの優れた面があって
これはいままでも、そしてこれからも
日本のこれからの産業や社会の発展にとって
重要な役割をはたしていくと思う。

むしろその点を積極的に評価し直すことで
これからの日本の製造業の生きる道、、も
見出されていくのではないかと思う。




2002.6.12

国や様々な「有名調査機関」などが発表する
いろんな意見や研究や調査などが
日本の、それも特には戦後の
「ものづくり」や「製造業」を語る時、
20世紀の製造業の到達点を
「全面否定」するような傾向があるように思える。

自分たちの発表する提案?を新規なものに
見せるために否定してしまうものなのかもしれない。

しかし、否定するべきこともある一面
今後更に発展させ進化させていくべきことも
非常に多い。

本来我々や我々の先輩たちが
地道に積み上げてきたことを
我々自身はもっと評価すべきなのだ。




2002.6.13

それは、
例えば技術の進化であり
優れたものづくりであり
優れた生産技術であり
少量のものであっても素早く現実化する力であったり、、

現代にあってはコスト競争に苦労するのはやむを得ないが
しかし、これらの能力はいまだ世界の先端を
走っていることは間違いない。

そして、これらの世界に誇るべき力は
もともと産業集積や系列や企業グループなど、
あるいはものづくりの文脈のなかで養われた人々のなかで
脈々と受け継がれ、培われたきたものだ。

これをひとりよがりではなく
冷静に評価することはいまとても重要なことだろうと思う。




2002.6.14

たしかに集積や企業グループがもつ問題もないわけではない。
比較的小さな企業がどうしても
大手企業や親企業に依存する体質だとか
もっぱら、
どろどろした個人的、人間的なウェットな関係や
裏表のある関係で取引きが行われていたり

そういうものが
逆に技術進化を押しとどめたり
良いものを創っていかなければならないこの時代に
進化や発展を止めてしまうような
役割をしてしまうこともたたあった。





2002.6.15

また、
主には顔と顔をつなげて成立しているコミュニティーだから
情報共有の範囲も狭いしスピードも遅いし
「つながること」に無駄な苦労をあえてすることさえ
美徳と言われるような風潮さえあったとも思う。

しかし、そうであっても
日本の産業集積や企業グループなどの仕組みが
日本の産業、ものづくり、あるいは技術進化の上で
はたしてきた役割はもっと評価されて良い、と思う。

系列そのものだって
ある意味では非常に重要な役割をはたしていると思える。




2002.6.16

欧米の企業も
日本の企業の競争力の源泉としての「系列」の優位性を認め
一時は、あるいはいまだって
日本の「系列」を学び自分たちの企業の
優位性や競争力に結びつけていったのは
よく知られている事実だ。

いまでもトヨタの「系列」グループの管理手法は
研究対象にされ盛んに調査研究されている。

結局、
企業グループだから、
産業集積だから
系列だから、「悪い」のではないし
ピラミッドだから「悪い」とかでもない、と思う。



2002.6.17

重要なのは
その企業なり企業グループが
何を目指し何のために存在し何をなすべきかが、
みんなに共有されていることだろう。

もっと簡単?に言えば
そこに貫かれている「文脈」「理念」「ビジョン」が
重要な役割をはたしているのだ、ということだと思う。

未来の組織、とはたぶんはそういう
組織構造を示しているのだと思う。

冷静になって考えれば
単なる酒飲みグループや懇親会などでもない限り
およそ目的を持って作られた組織や企業やグループであれば
「ビジョン」を持たないことなど
ありえないはずだ。



2002.6.18

まあ、
「ビジョン」を持たず、ガバナンスを失い、
求心力を失った組織をあげれば
最近ではまいきょにいとまがない。

最近の日本では何のために何をするかが
明確にならないまま迷走している
そうした企業や組織があまりに多いのが残念だが、


それはともかく、、

ただし「産業集積」が未来の組織そのものかと言えば
そうでもない。

これまでの「産業集積」の仕組みは
それがそのままの状態で
これからの時代においても優位でいられるか、と言えば
非常に問題も抱えている、と思う。




2002.6.19

例えば情報が交換や共有されてはいても
非常に狭い範囲で固定されている、とか、
共通の目標に向けたプロジェクトや
それを推進するグループが機動的に組めない、とか、
プロデューサーやリーダーがいない
(NHKのその番組で扱っていた、
未来組織を表しているとされているオーケストラで
あっても実際は優れたリーダーが複数いるはず)、とか

改善するべきことや
進化させていくべきことや
あるいは
情報技術等を利用して情報共有や進行を早く進めること。
などなど
まだ「産業集積」の仕組みを改善したり
より高度な「産業集積」にするために
行うべきことなどがたくさんあるはずだ。




2002.6.20

それらを行い、
新たな「産業集積」の形に変えることによって
ようやく「産業集積」が未来の組織として
機能しはじめると思う。

結論的にいうならば
日本の産業集積を生かしながら
うまく情報技術を利用し
リーダーを養成し
社会の必要とする様々なものや技術、価値を
素早く生み出していけるための「プロジェクト」を
機動的に生み出し、
それを進めていける「ビジョン」と「仕組み」を作ること、
が必要だと思える。



2002.6.21

間違えてはならないのは
組織やネットワークそのものに
あらかじめビジョンが備わっているわけではない
、ということだ、と思う。

ビジョンがなくても
組織や企業やグループ、あるいはネットワークが
存続してしまうものであるのは
この間の企業や組織の「不祥事」が証明している。

ネットワークにビジョンは最初から備わっているものではないし
正しいビジョンであるかどうかも
常に試されていかなければならないものなのだろうと思う。



2002.6.22

組織や企業や企業グループが
正しい時代認識を
持ってこそビジョンが生まれるのだろうし
それを生み出そうとする意志がなければ
ビジョンも生まれてこない。

もともとそのビジョンで括られた組織やネットワークを
創ろうとする最初のいいだしっぺ、
、としてリーダーの役割はあるのだろう。

時代を認識しどう変わっていくかを見通す力も
もちろんリーダーの力として必要になる。



2002.6.23

優れたビジョンを提起するリーダー達と
ビジョンによって結びついた
個々の自律・自立した個人や企業が
課題に向かってプロジェクトを生み出し実現していく、
そんな未来の組織の一つとして、

世界に誇るべき日本の産業集積を
より優れたものに変容させる必要があると思うし
今まさに、その時期に来ているのだという認識が
必要だと思う。



2002.6.24

そう言えば最近

「センターオブエクセレンス」ではなく
「ネットワークオブエクセレンス」、、、

という言葉をよく聞く。

中央集権の「センター」に優位性や競争力があるのではなく
ネットワークのなかそのものに優位性や競争力の
源泉はあるのだ、というネットワーク時代を捉えたことばだ。

これ自体は否定するものではない。

しかしネットワークだから中心がない、という意味ではない
やはりビジョンを中心にした組織構造はある。




2002.6.25

ビジョンを共有するためのツールが
まさにネットワークそのものなのだ、
、ということなのだろうと思う。

もう7年も前にIBMの社長(当時はたしかガースナー氏?)が
これからの時代はネットワークセントリックの時代だ、と
言っていたことを思いだす。

つまり、これからの企業組織は
ネットワークを中心にして組織を再編成するのだ、
というようなことを言っていた。

今になれば
ネットワークセントリックの次に考えるべきは
ビジョンセントリック、だと思う。
そしてネットワークは
ビジョンを共有してくための道具
、、ということなんだろう。



2002.6.26

ワールドカップの決勝がいよいよ近づいてきた。

相手のゴールにボールを蹴り入れることによって
勝敗が決る、という点で
サッカーもわかりやすいスポーツではある

それぞれのメンバーは
それぞれの課題や役割ももちながら
点を入れるために連携し奮闘する。

オープンスペースをつくりボールをつないでいく

最後にゴール前の混沌とした状況を作り
一瞬の均衡が破られた時にゴールにボールを蹴りいれる。

他のスポーツにはないスピード感がサッカーにはある。

たぶんこんどのワールドカップを見て
サッカーファンになった人も多いだろう。




2002.6.27

よくよく考えてみれば
プレーヤーが実際にボールを持つ時間は
一時間半のなかでもごくわずかな時間だ。

たぶん長いプレーヤーで数分
選手によっては数秒くらいで終わっている人も
いるに違いない。

ボールに触っている以外の時間は
いかにオープンスペースを作ったり
そこ走りこんで優位にボールをうけとって
次に受けわたすかに使われている。


野球もボールに触れている時間が短いということでは
サッカー以上ではあるが

一人ひとりの連携や行動の選択肢の多さや
求められる判断の素早さや多さは
やはりサッカーのほうがダントツで多いだろう。





2002.6.28

かといって
サッカーが個人プレーだけでなりたっているわけでもない。
個人プレーだけですべてが済ませられるという仮定も
可能性としてはありえるが
いくら個人技が優れていても
一人だけでゴールにたどり着き、
ボールを蹴りいれるわけには実際にはいかない。
仲間と連携しパスをつなぎ
ゴールにボールを運ばなくてはならない。



2002.6.29

今日のコラムの今日付けはお休みです。

いままでの仕組みとは異なる機構を考えた
ベンチャー企業の御手伝いで
今週末は
信州で行われた自転車レース「ツールド美ヶ原」に
行ってきます。

その顛末はいかに、、。

では来週、、。



2002.6.30

今日のコラムの今日付けはお休みです。

いままでの仕組みとは異なる機構を考えた
ベンチャー企業の御手伝いで
今週末は
信州で行われた自転車レース「ツールド美ヶ原」に
行ってきます。

その顛末はいかに、、。

では来週、、。



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