今日のコラム・バックナンバー(2002年 2 月分)


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掲載は日付順になっています。


2002.2.1

先日、テレビを見ていたら
中谷巌氏が出てきたニュースの解説をしている
番組があった。
このなかでも言われていたし
新聞なんかでも盛んに報道もされているが

あるハンバーガーチェーンが平日65円で販売していた
ハンバーグをここで価格改正し80円にするのだとか。

フリースで有名になった衣料チェーン店もそうだし
牛丼チェーン店もそうだし
広い意味では100円ショップもそうだが
デフレ蔓延の最前線として
こういった「デフレビジネス」とでもいうような業態?が
ここ数年、もてはやされてきた。




2002.2.2

しかし、円安に振れてきたことや
同じようなビジネスモデルや業態を取る企業が増えてきたことから
以前のような騒ぎは沈静化し
逆に
表層的なことしか言わない気楽なビジネス評論家は
一気にそのようなモデルはだめだ、とかいいはじめている。

まあ、彼らビジネス評論家の身の軽さについて
ここではいろいろ言わないが、
それにしても
こういったビジネスがこれからどうなっていくのかについては
これからまたしばらくいろんな意見にさらされるのだろう。

しかし思うのだが
彼らはべつにその時その時に
一番ベストな業態やお客さんに豊かなものやサービスを
提供しようとする限りにおいては
これからも支持を得ながら商売を進めていくのだろうと思う。





2002.2.3

問題は次のビジネスモデルの提起や豊かさの提案が
できなくなった時にどうするかであって
それができる限りはいろいろ表面的に
評価はされるのだろうが問題はないのだろうと思う。

そういう意味で
いずれデフレビジネスみたいなものは
どこかで方向を変えて行かざる得ないと思うけれど
問題は次のビジネスモデルをいち早く考案し
構築できるかどうか、にかかっているということだろう。

フリースにしても100円ショップにしても
牛丼にしてもハンバーガーにしても
いずれ同じようなビジネスモデルはいっぱいでてくるし
今でもすでにたくさんでてきてもいる。

これはそういうものだけに限らず
ものづくりやサービス全般の話でもある。





2002.2.4

考えてみれば日本の戦後の製造業そのものも
人と同じことをやることが大命題になっていたが
いまでは国内のみならずアジアを始め世界中に
同じようなビジネスを行っている国がたくさん出てきた。

今になって空洞化に慌てるのではなく
いままでの自分たちのモデルを
自ら否定し新たなモデルを
考え出し構築していかなかればならないはずだ。


ところで話はかわるが
前述の中谷巌氏が出てきたニュースの解説だが

そういう「デフレの進むような現在の状況」に対して
付加価値を生むことを
企業は目指し模索していかなくてはならない、
というようなことを言っていた。

それはそのとおりだ。
まさに
いままでの自分たちのモデルを自ら否定し新たなモデルを
考え出し構築していかなかればならない、ということだ。




2002.2.5

しかし、それにしてもわからないのは
キャスターの
「流れはかわるのか」という問いに対し
「変わらない」と答えていたことだ。

どういうことを指して
「流れはかわるのか?」
と聞いたキャスターの言う意味もわからなければ
何を指して「変わらない」と中谷巌氏は応えたのか
、、、いまだによくわからない。

デフレから一転価格が上がるというようなことを指して
流れが変る、変わらない、と言ったのか。
付加価値を生み出す企業の方向へ変る、変わらない、
といいたいのか、
それがあの番組のなかではわからない。

最近、キャスターも質問や評論家の応えも
「芸能人なみ」になってきて
感性で応えることを旨としているらしい、、。
それがカッコウ良い評論家やキャスターのスタイルだと
思っているんだろう。

テレビ時代に合わせたような
パフォーマンスだけが得意な底の浅い政治家が
評価される時代だから
それを冷厳に見つめるべきマスコミや評論家も
テレビ時代用に底が浅くなってきたんだろう。

政治家がワイドショー内閣などと揶揄されて久しいが
ニュース番組までもワイドショー化しているようだ。



2002.2.6

空洞化、という言葉と同じように
あまり深く意味を考えずに使っている言葉として
「誘致」という言葉がある。

企業誘致とか
大規模店舗の誘致とか
いうのがいままではよく行われてきた。

最近では
ワールドカップのサッカーチームの誘致とかで
全国の自治体が海外から来るサッカーチームの
キャンプを誘致する、なんてことが
懸命に行われている。
テレビでもやっていたが
自治体の担当者はトップからの厳命もあるのだろう
涙ぐましい努力で誘致活動をやっているようだ。




2002.2.7

海外のサッカーチームを「誘致」してくるのにも
彼ら選手の日本での滞在費を負担するなど
結構な金額をこちらで用意することが必要になるとかで
どこかの自治体なんかは
県に結構な額の補助金をお願いして
県知事からあまり良い返事がもらえなかった、、とかいう
ニュースも最近新聞に出ていた。

脱ダム宣言をした県知事のことだから
正直いって「効果」の疑わしい
ワールドカップの海外サッカーチームの誘致に
県民の血税を投入する、などと言う話は
たしかにそう簡単にうなずける話ではない。




2002.2.8

で、その「誘致」という「行為」だが、
三井物産戦略研究所の寺島実郎氏がよく言われている
「引き付けること」と
どう違うのだろうか。

寺島氏が言われる「アメリカには空洞化、という議論はない」
と「引き付けること」ということの意味は

「出て行ってしまうことを放っておく」のではなく
逆に「外から引き付けてくること」が
アメリカではいろんな分野で行われているから
よって
アメリカには空洞化という議論はない、ということだ。




2002.2.9

では「誘致」も「空洞化を防ぐ引き付ける行為」なのか。

筆者にはそうは思えない。

ワールドカップの海外サッカーチームの誘致も含め、
全国の自治体などで行われている
企業誘致や大規模店舗の誘致などなど、、が
空洞化を防ぐ「引き付ける行為」だとは思えない。

ま、サッカーチームは大会がすめば
海外にもどっていってしまうから
もともと空洞化云々、、という議論にははまらないかもれないが、

企業誘致の誘致や大規模店舗の誘致は
はたして空洞化を防ぐ「引き付けること」なのだろうか。




2002.2.10

「引き付ける」には魅力がなければならない。
しかしいろんな誘致の状況を聞いてみれば
魅力があって誘致をしているようには見えない。
むしろ
魅力がない、なにも生み出せない自治体だから
誘致をしてくるように思える。

引き付ける力がないから誘致する、といってもいい。

それではだめだろう。

誘致したことで魅力のある街にして
活性化させるのだという話もあるが
実際そうなったという話は聞いたことがない。

誘致したところで
そこにはメリットも生まれてこなければ
魅力も生まれてきていない。



2002.2.11

たしかに
誘致した企業や店舗が
以前からあった魅力と複合されて
ますます魅力を高めていく、
そんなことができれば一番魅力なのだが、、。

そういう誘致ができればそれはたしかに良いとは思う。
しかし現実はそうではない。

今ある魅力を高めること、
じぶんの街や産業のなかから
なにかを生み出すことができなければ
引き付けることもできないだろうし
たとえ誘致したところで
魅力ある産業や街にはならない。




2002.2.12

まして
誘致に応じた企業や大規模店舗も
誘致されたことによって
なんらかのメリットが生まれなければ
誘致に応えた意味を見出さないだろうし
もともと今の状況のなかでは
どんどん経営環境も深刻な状況に変わってきていて
誘致に応じるメリットが見出せなくなってきている。

むしろ大きな企業や大規模店舗も
自分自身のコアやアイデンティティーを失って
やみくもに
アジアに進出したりリストラしていくくらいの
ことしか考えられないような企業も多いから

そんな企業や店舗を誘致したところで
魅力ある地域や街になるとも思えないし
逆に、魅力ある街がそんな企業を誘致するわけもない。





2002.2.13

へたにそんな企業を「誘致」して
簡単に撤退でもされたぶんには目も当てられない。

今いたるところの
商店街や工業集積地域で起きている
誘致企業や誘致大規模店舗の撤退は
そういう安易な考え方から出てきたものではないのか。

自分の町や産業から
新しいことやものを生み出さずに
あるいは魅力を作り出し
引き付ける力をつけようとすることなしに
誘致がその町や産業の活性化のための
良い手段だなんて考えていることに
根深い問題があったように思う。





2002.2.14

公共事業だって同じことだ。
公的な目的のために
税金を使って建物や道路や設備を
充実していくことはケシテ悪いことではないし
むしろ
本当に必要とされているものや設備を
将来を見越しながら充実していくことは
その地域の産業や社会の未来や将来や
あるいは教育にとっても
とても大事なものではあるはずだ。

公共のために、という概念や行動が
本当に豊かに蓄積され、なされていくことは
市民社会が成熟していく過程そのものだ。


でも、
少なからず公共事業がその本来の目的を忘れ
利権や一部の悪質な政治家の得票と議席のための
温床になってしまう、そんな状況があった。
公共事業を請け負う事業者とその利権をめぐって
戦後、多くの不正が行われてきたことも枚挙にいとまがない。

「誘致」だから「公共事業」だから
間違いのない正当な事業だと
警戒感や緊張感もなく進めていったらろくなことはない。




2002.2.15

全国で行われている
様々な公共事業や
大学の誘致だって
本来その町は地域社会やさんぎょうにとって
どういう意味があるかを徹底的に地域の
人々によって議論がなされるべきだろうと
思うのだが

大学が誘致されればアパートや商店街の活性化に役立つ、、
公共事業が始まれば雇用や産業に良い影響がある、、
なんて議論だけで進んでいくのだとしたら
それは本末転倒もいいとこだ。

そんな話に限って甘い話と一緒にやってくる。
でもそれはいずれ自分の魅力や体力を落していくことに
他ならない。




2002.2.16

以前、ここで取上げたことがあるが
昨年、ある島で行われた村長選挙なんかは
島の人口がまっぷたつに別れて
候補を押す、そんな騒ぎだった。

人口の多くが公共事業によって生計をたてていて
負けたら公共事業のおすそ分けにあずかれなくなる。
必死に自分利益を代表する候補を押す。

自分たちの島を豊な島にしていくために
何をしたらいいのか、、
自分はなにをすればいいのか、すべきなのか、、
、、を真剣に考えることなしに
国中から集まってきた税金で
食べていこうとする。
これははたして健全な市民や国民の姿だろうか。





2002.2.17

そんなこと言ってもそうそう簡単なものじゃない、
と言うだろうが、
せっかくの「税金で食べていく時間が与えられた」のだから
次の選挙の前までには
なにか自分たちの頭を使って
意味のあることをやろうと考えないのだろうか。
価値を生み出そうと考えないのだろうか。

「誘致」と同じように
ある種の公共事業も(すべてではないのだが)
自らなんらかの価値を生み出すことなしに
なにかに寄りかかろうなんていうのは
将来に渡ってその国やその国に住む人々にとって
けして良い結果は出ては来ない。





2002.2.18

そう言えば
最近有名な政治家が
政治基盤である北海道に
国費から1300億円のお金を引っ張ってこれるのは
私しかいないと
講演会で豪語していた場面が
テレビで放送されていた。

北海道の人々がみんながみんな
わが町の活性化のために税金を引っ張ってくる
代議士を大切で重要で必要な「先生」と
思っているわけではないのだろうが

でも「税金ありき」、の状況に危機感を持ち、
自分たちの町や国から
自分たちで価値や豊かさを生みだしていこうと
考えないのだろうか。

もちろんたくさんいるとは思うのだが、、。




2002.2.19

どこかの誰かがテレビ番組で
    みんな懸命に働いているのに
      財政は大赤字だし、景気は悪いし、
       なんでだろう、、
と言っていたが、
大部分の、真面目な国民の、
偽らざる正直な気持ちだろう。

公共事業に多大なお金を投入し
景気を浮揚させるという
いままでのマクロな経済政策は
たしかに効果を発揮した時代もあった。

たとえ、それが、結果的にあまり社会の
役に立たない、意味のない、公共性のない、
、、ような仕事であっても
うまくやれば景気全般が浮揚する、
ということもたしかにあった。




2002.2.20

そんなことから
この10年間はじゃぶじゃぶとそういうところに
税金を投入してきたのだが
残念ながら今回は思うような結果は出なかった。

むしろ国の借金と公共事業に
国民や地方の財政が
よりいっそう深く寄りかかってしまう構造さえ
生まれてきてしまい、
あげく、700兆円にも迫ろうとする天文学的な
膨大な数字の国の赤字を生み出すことになってしまった。

構造改革の基本はそういう構造を変えないといかん、
ということなんだろうが
たしかにそういう構造に寄りかかってしまった
国と国民が
その仕組みから抜け出ようとすれば
当然、大きな痛みに襲われる。




2002.2.21

国民はみんな懸命に働いているし
公共事業に関わっている人だって
実際は懸命に働いている。
でもいまでは
国民みんなに痛みが出てくるようになってしまった。
懸命に真面目に仕事をやってきた人々にさえ
この痛みは容赦なく襲ってきている。

こうなる前に、
痛みが増す前に、
まだ力が残っているうちに、
社会に豊かさを創っていくことができる
自分の「力」と「自立」を身につけるための努力を
国民も企業も真剣に行っておかねば
ならなかったのではないか
、とは今更ながらに思うのだが、、、
こうしたことを引き起こした為政者の責任は重い。

そう言えば「川辺川ダム問題」も
今、急速に全国的に注目を集める問題になってきている

ダムを作るのに2千数百億円ものお金が投入されるのだという。

地元では、ダムはいらない、という気持ちと
でもそれだけのお金が投入されることとの間で
思いは揺れているのだという。

そこで一歩踏みとどまって
なにか前向きな行動を始めていくことができるかどうか、、
「川辺川ダム」に限らず、今いたるところで
新たな時代への意識と行動が試されているのだと思う。




2002.2.22

日本の国債の評価が例のアメリカの
民間評価会社によって下げられようとしている。

これほどみんなが懸命に働いているのに
なんで国債のランクが先進国最低だの
ボツワナ共和国と一緒だとか
一方的に言われないといかんのだろう、とまあ、
これが国民の持っている正直な感想であるだろう。

誰だって、じぶんちのことを
隣の住人からとやかく言われたくないし
まして町内会のなかで
あんたのうちは○番目に下がったよ、なんて言われたら
頭に血が登ってくる。




2002.2.23

でも、そうは言っても残念ながら
たしかに日本の政治や経済の状況は
あまり芳しくない。

そもそも国際社会での信頼に足りるようなことを
少なくともこの10数年、
「三流」の政治はもちろんやっていなかったし
本来「一流」だったはずの経済だって
誉められたようなことをこの間、
やっていなかったことは
誰の目から見ても明らかだ。

それでも自分の国のことをとやかく言われれば
あまり良い気持ちはしないし、
いいかげんにしてくれ、と言いたくなる気持ちになる。




2002.2.24

まして
「一流の経済」を支えていたはずの
「ものづくり」だってこのところ力を失ってきていて
中国やアジアにものづくりが移転していったりして
国内の製造業が青色吐息の状況であること、
下手をすると製造業はこの先
ますます力を失っていく可能性があること、
すでに一時の力は失いはじめていること、
、、は国民や製造業が一番感じてはいるから

国債の評価が下がるなんて言われたら
真面目に製造業に携わっていた人から見たら
一体なぜそんなことになってしまったのかと思うと同時に
一体なぜそんなことを言われなければいけないのか、
と、怒りと似た気持ちを持つと同時に切ない気持ちにもなってくる。




2002.2.25

もともと、日本の国債の評価が
先進国のなかで一番低いとか
ボツワナ共和国の国債の評価が一緒になったということ
(新聞だかに書かれていたがアフリカのボツワナ共和国の国債の
評価とどうも同じレベルになったらしい)を
どう考えればいいのだろうか、と思う。

それは当然
評価会社として各国の国債を評価する
評価の方法や基準があってのことで
そこから見ると総合的にみて
日本の国債の評価、
、、、それは日本という国の借金の証文の信頼性、、
が先進国中最低だ、
ボツワナ共和国と同じレベルだ、
ということなんだろうが

冷静に考えれば
たしかに厳然として各国の間に評価の差があって当然だし
日本の借金の天文学的数字を考えれば
評価が低いと言われても確かにそうなのだ。




2002.2.26

一生懸命にやってはいる、ということと
それが外との関係で評価、つまり国際社会のなかで
評価できることをやっているのかどうか、
ということとは当然異なっている。

「真面目に」悩んでいるのだから
評価されてしかるべきと思っていても
まわりからは評価されていない、
ということでもある。

本当に悔しいけれど
言われていることはたしかにそのとおり、なのだ。
そんなことを言われる筋合いではない、と
情緒的に反論もしたくはなるけれど
残念ながらみとめなければならない部分も
あるのではないかと最近は思う。



2002.2.27

前置きがだいぶ長くなったが、
で、問題はここからで、
日本の国債の評価が下がったことは認めるとして
じゃ、それからどうするか、ということを
考えていかなければならない。

下がったままでそのままにしておくのでは
文字どおり日本沈没であり
いずれ日本の様々な資産はばらばらにされ
どんどん切り売りされてしまうかもしれない。

いまだって
日本の企業や資産は海外に買われたり、
吸収されたりもしているが
今後それがもっと加速する可能性はおおいにある。
あらゆる「日本売り」がこれからすさまじい勢いで
起きていく可能性もある。

頑張ってきたはずの日本の製造業さえ
その対象になっていく可能性は高い。



2002.2.28

こういう議論や状況から脱するには
「評価や議論の軸」を意図的にずらした議論に
持ち込むというやり方がある。
価値観が違う、とか他国はよく見ていないとか、、
そういうレベルに持ち込むやり方だ。

でもこれはどっかの国の偉い人が
「国外の民間の評価会社なんかに評価される筋合いはないし
日本を良く見ていないのじゃないか」、と
会見やらでやらかして
市場の評価を過少評価しているのじゃないか、とヒンシュクをかった。
たしかにこういう議論は
身内の自己満足の議論でしかない。

いっとき国内の有権者は
満足する気持ちになったりもするだろうが
これでは基本的なことはなにも解決しない。



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