今日のコラム・バックナンバー(2001年 10 月分)


INDUSTRYWEB HOMEへ戻る / 今日のコラムに戻る/ バックナンバーに戻る

掲載は日付順になっています。


2001.10.1

でも
ITを使って
新しい商売を考え出そうとか
既存の商売にITを役立ててみようとか
そういう動きは
これからむしろますます盛んになるだろし
この間のマスコミなんかの報道で
そんな動きが否定されたとは思えないし
実際、そのなかで懸命にビジネスを
創出しようとしているたぶん若者たちは
あの騒ぎでITの未来が否定されたなんて
だれも思ってなんかいない。



2001.10.2

ITに限らず新しい時代の芽は
こんな時代のなかでも
着実に芽生えてきているんだ、と
考えている人達やその行動は

こんな時代でも間違いなくあって、

むしろこんな状況ならばこそ
そこにある、通常であればマイナスだと
思うような要因でも
うまくプラスに使ってしまおう、くらいな
したたかでたくましい「起業家」だって
たくさん生まれてきていて
こういう人々の確信的な行動は
必ずや近い時代に実を結ぶだろうと思う。




2001.10.3

ITの産業はもうだめなんだ、とか
ITの産業はもう過ぎて
これからはナノ技術だとかバイオ技術だとか、
いった話までもが頻繁に新聞やテレビなんかに出てくるが

むしろこれからは
もちろんナノ技術もあり、バイオ技術もあり
いままで斜陽だと言われた産業だって
ITとくっついて再びの復活もあり、
と、つまりはなんでもありということだ。

そしてIT産業の再びの昂揚ももちろんある。

エネルギー産業や情報技術産業なんかは
むしろ社会や産業全体の
基本的な「基盤」になっていくのであり、
たしかに今は短期的な?踊り場かもしれないが、
次の時代には再び主要な課題になっていくことは
間違いのないことだろう。

虎視耽々と次の時代を睨んで進んでいく、というのは
まさに今、(特に日本にとって)必要なことじゃないのか。




2001.10.4

景気が悪いとか、
ものが売れない時代だとか、
これからはもっと悪くなるとか、
あまり良い話を聞かない。

たしかに様々な指標を見ても
良い数字や指標ではない。

一時の下落にくらべて少しは
株価も持ち直してきたようだが
基本的な気分が変ったわけではない。

そりゃそうだ、
これから景気はむしろ悪くなることを
覚悟してもらわにゃあかん、
だから痛みも覚悟してね、、、
みたいなことを言われていたら
誰だって財布の紐は固くするし、
開放的な気分にもなれない。




2001.10.5

「痛いけど我慢してね、」
といわれ続ける限りはいつまでたっても
しかめっ面して耐えようと身構えるから
のんびりした気分や顔つきになるのは
無理な話だ。

景気や株価が「良くなる材料」は
贔屓目に見ようとしても
まだまだ無いように見える。

だからこその「構造改革」だというのだろうが
このままの「緊縮財政」ともいうようなやり方で
本当に
痛みを乗り越えて「構造改革」ができるのだろうか。





2001.10.6

もともと、
「痛いけれど我慢してね」、というのは
国の運営を任された人達が
国民に向って言ってはいけない言葉なんじゃないか、
って思う。

希望や夢が語られてこそ
痛みにも耐えることができるのではないのか。

そう言えばテレビで
あの「上杉擁山」の藩政の改革について
やっていたのを見たことがある。






2001.10.7

藩財政が大赤字に悩んでいながら
藩の偉い人達が
人々の生活の貧窮をかえりみない
むちゃくちゃな財政を進めていたことから
「上杉擁山」がこれじゃいかん、と
「武士の経済」「藩経済」の改革を進めた
あの有名な話だ。

どこかの首相が「米100俵」の話をしていたが
この「上杉擁山」の話もそれ以上に有名な話だ。




2001.10.8

「上杉擁山」の藩政改革の話
どんな内容だったか
ちょっと不確かだがまとめてみる。

藩の財政を正常化しようと
「上杉擁山」は立ち上がったのだが
当初は主に財政の緊縮をうたったために
当然のごとく藩のなかで旧勢力から
強烈な抵抗にあう。

都合、2回もの挫折があり
自身の隠遁生活まで追込まれてしまう。




2001.10.9

テレビに解説として出ていた識者によれば、
「上杉擁山」の藩政改革が当初、挫折してしまった原因は

・改革が観念的に過ぎること、
・性急過ぎること、
・コアグループや派閥中心で動いていたこと
・役所中心の改革であること
そして、リサーチ不足不足だったこと、
だという。

特に最後の「リサーチ不足」というのは
せっかく「ローソク製造産業」を作るというような
殖産の考えを持っていたにもかかわらず
他の藩の革新的技術開発によって自藩のローソク産業が
すぐにだめになった、ということなどに
現れている。




2001.10.10

その後、紆余曲折などがあり
「上杉擁山」は再び改革の先頭に立ち
改革が進んでいくことになるのだが

ここではいままで失敗に終わっていた改革にはない
いくつかの特徴があったという。

例えば
いままでのように役所やコアグループや派閥中心で行うのではなく
改革の反対していた人々のなかにも様々な
アイディアや可能性のある事業計画を持っているから
それに耳を傾け積極的に藩の再建計画に取り入れた、ということがある。

桑の木を150万本育て
生糸を作り織物産業を起すという
アイディアを持っていた抵抗勢力の
考えも採用し、殖産につなげていく。


「米沢織り」や
透けたような斬新な織物「すきや」
などを生み出し
これらはやがて藩経済の立て直しの原動力になっていく。





2001.10.11

「経済」「産業」「実体経済」での創意工夫を重要に考え
リストラもせず、「倹約」でもなく
生産性を高め、
新たな価値を生み出し、
社会や人々が必要とするものを
創造することによって藩経済を立て直していく、

今様の言い方ならば「攻めの経営」によって
藩経済を立て直していく、

また、
性急な改革をやめ、ゆっくりと着実に
人々の実際の生活の足元を見ながら
改革を進めていった。

(ウーン、ちょっとどこかとは違うぞ。)



2001.10.12

観念的で性急であったいままでの改革とは
異なる改革の手法がとられたのだという。

結果的には藩政改革を33年かけていた。

33年をかけずとも
できれば一刻でも早く
改革を成就させたいのはやまやまであっただろうが、

産業を建て直し、
生産性を高め
アイディアを実行して実らせていくにはゆっくりと
着実に行っていく以外になかったのだろう。


こうして着実に藩政の改革は進行し
成功していくのだ。




2001.10.13

これを見ていて

重要なのは
改革の理念や目標が
当事者にとって
簡単でわかりやすいこと

けして経済は
「理念」だけでは動かない。
ビジョンや合理性がないと動かないこと。

あせってはならないこと。

そして「構造改革」は
社会全体が新しい価値を作る作業によってのみ
達成されるのではないか、
と筆者には思えた。




2001.10.14

まあ、最後もほうのことに関してはあとで考えるとして
とりあえず、

・改革が観念的に過ぎること、
・性急過ぎること、
・コアグループや派閥中心で動いていたこと
・役所中心の改革であること
・リサーチ不足だったこと、という
「上杉擁山」の改革の第一段階で
先行して行われようとした「問題点」は

今、まさに行われようとしている
「平成の構造改革」にも
充分に当てはまることではないかと
思われてならないのだが、、



2001.10.15

もともと
NHKのこの番組を偶然見る前は
どうせ今、行われようとしている
最近の「構造改革議論」をバックアップし
支援する番組内容なんじゃないかと思っていた、

が、どうやらそうではなかったようだ。

むしろ「上杉擁山」の藩政改革から
得られる、学ぶべき、教訓は
今回の「平成の構造改革」にも
十分に生かすことができるし
そうあるべきだと思う。




2001.10.16

とくに
「創意工夫」と「攻めの経営」によって
リストラもせず、価値を創造し、
生産性を高めることによって立て直していく、
というやり方は
「デフレ」だとか「ものが売れない時代」だとか
「生産活動の海外への移動」だとかが
実態の経済に深く深刻な影響を示す、そんな
この時代にはもっとも重要なことだと思う。

最近言われるような「産業創造」や「ITの高度利用」も
その「創意工夫」と「攻めの経営」の
範疇に入るのだろうが、
であればなおさら、いま新聞やテレビなんかで喧伝されて
いるような「もんぎりがた」のアピールではなく
もっと創造的でなおかつ実質的で具体的な
工夫やアイディアが必要になる。





2001.10.17

そしてなにより
この「上杉擁山」の藩政改革から学ぶべきもの
「上杉擁山」の藩政改革の原動力になったものは

実は
「「上杉擁山」の藩政改革」なのではなく

「上杉擁山」がリーダーシップを取りながら
産業の復活や生産性の上昇や殖産の試みや
なによりそういったものを
地道に育てていった人々の
知識や試みや、真摯で真面目で行動そのものに
他ならない。




2001.10.18

成功の要因は
「「上杉擁山」の藩政改革」なのではなく
「「上杉擁山」がリーダーとなり
人々が実行していった藩政改革」
だったことを
肝に銘じておかなければならないだろう。

だから今、日本で行わなければならないことは
小泉さんによる改革、なのではなく
日本の人々、ひとり一人による改革で
なければならないはずだと強く思う。

少なくとも、
もう、「人頼み」の時代ではないことは
たしかだと思う。





2001.10.19

いつも情緒的なことを書いているのを承知で
もう一回り情緒的なことを書く。

あまりこういうことを書いてはいたくないが
最近の状況をみて書いておかなければと思った。

最近の政治や社会全体を覆う景気の悪さや
そこから生まれてくる
なにかすっきりしない、
わだかまりや人と人・人と社会の間に出てきてしまう
ぎくしゃく感とでもいえばいいのか、
そんなものが日本中を跋扈しているように思えてならない。






2001.10.20

ところでいつも仕事の帰りごろに通りかかる道に
ちょうどひっかかって止まる信号があって
車を止めて信号がかわるのを待っていると
その交差点横に小さな食堂があって
5時を過ぎると仕事が終わったのだろうか
作業服のおじさんたちが何人かで
食事をしている光景を見る。
時にはビールなんかも机に並んでいて
テレビなんかを店主なんかと観ながら
話をしているようだ。




2001.10.21

こういうおやじさんたちや
自分らのまわりにいる多くの人々が
毎日黙々と仕事をこなしてきて
今の日本があることは誰もが認める
間違いないことなんだけれど

残念なことに、こういうなんの不思議もない光景のその裏で
いままでになかったような
経済の状況、や社会の危機的な厳しい状況が生まれてきていたり
流れていて
この先のことを考えたら
ちょっとやそっとでは心根は明るくならないくらい
そんな大変な状況ではある。





2001.10.22

この先、いったい日本はどこにいくのか
日本はどうなるのか、大丈夫なのか、
そんな風に考えるとちょっとやそっとで
答えは出てこないくらい、八方ふさがりだ。

いちばんの、心持ちの底のところには
ところがどっこい、人間ていうのは
結構うたれ強くて頑張っていくさ、
、、という人間性に対する信頼というか
妙な安心感みたいなものはある。

ちょうど、以前ここに書いたように
啓蒙思想家のジャンジャックルソーのように
人間性に対する信頼みたいなものや骨の太さみたいなものは
きっと、今後も世の中の根底の部分で
あるんだと思っているが、

でも最近頻繁に起る、いろんな状況を見ていると
ちょっとそれも揺らいでしまうような
暗澹たる気持ちになってしまう。

日本は大丈夫なんだろうか。




2001.10.23

現在のような状況を
あくまで自分たちの居る世界のなかで語ろうとすると
「平和ボケ」とか「危機感がない」とか
「グローバルでない」とかなんとか言う人達がいたりするが
むしろそういう状況を揶揄する気持ちが
筆者にはわからない。

社会に対する価値観の在り方もスタンスも
多様であっていい。
自分の職場や家庭のなかから
世界をみようとする意識があって悪いことがあろうか。

いままで頑張って社会や家庭を真面目に支え守ってきた
人々の未来がこんな不安な状況に落とし込まれてしまって
それが当然とされたり、問題はないとされるほど
日本は酷い国だったんだろうか。




2001.10.24

いくら大変な状況であっても
真面目に仕事をしてきて
社会を支えてきたたくさんの人々が
なにやら知らず知らずのうちに簡単に
切り捨てられようとしている
そんな今のような状況にたいして
やるべきこと、なすべきことをしなくちゃいけないのに
国や社会やそして政治は
もっと有効な手だてが打てないのか。

そうは言ってももうここまで来てしまったのだから、と
反論もありそうだけれど
だったらこうなる前になんとかならなかったのか。
そうできなかった責任はどこにあるのか。
民間の側にだって問題がなかったとは言わないが、
やはりリーダーの責任は重大だと思う。




2001.10.25

安易に
また公共事業に投資するべきだとか
赤字ではあっても国債を発行すれば良い
とかいうことを言っているのではない。

まちがった仕組みややり方をいくら繰り返しても
よくはならない。

やらなければならないことやなすべきこと、、
発想しなければならないことがもっともっとあるはずだ。

それを生み出す一番の特効薬は
正確な時代認識と危機感、だろうと思う。

たとえ使命感があったとしても
それだけでは
「上杉ようざんの藩政改革の第一段階」と一緒だ。

地方の町の不気味な静けさや危機的な状況を
為政者は一刻も早く深く認識して欲しいと思う。
政治がなすべきことはたくさんある。




2001.10.26

どこかの県の、どこかの町で
町長選挙があって
8000人ほどの町民が二つに分裂して
選挙を戦っているというニュースを聞いた。

双方がにらみ合っていて
一触即発の状態になっていて
機動隊まで動員されているのだという。
テレビニュースを見ているだけでは
どこかのアジア諸国の選挙の話かと思えた。

なぜそんな状態にあるのかを聞いて驚いた。





2001.10.27

国からつく20億円ほどの
公共事業の配分が
町長の声ひとつで分配先が決るのだという。
ということで、選挙の結果によっては
事業を担う企業を抱える
二つの陣営の間で公共事業費の行方が決る。
事業を担う企業ということは
小さいまちのことだから町民もどちらかの陣営に
入っていて利得が偏る、、、ということだ。

もちろん負けたほうの陣営についた町民や企業には
なんと、町長の判断で配分されないことになる。






2001.10.28

どっちかの町長がテレビで言っていた。

 「勝ったほうには配分されるが
   一方のほうにはそうはいかないことは
   この間のいきさつからありえることだ。」

テレビを見ていて
これが現代の日本で起きている話だろうか、と
空いた口がふさがらなかった。

それぞれの陣営がそれぞれの候補を押し立てて
機動隊まででてきて「整理」をしなければ
ならないほどに争うこの前代未聞の「変った選挙」は

しかしいったい、どこに
こんなことが生まれてくる遠因や
問題があったのだろう。
小さな町で起きた特異な出来事と
笑ってはいられない。




2001.10.29

町長が町長なら町民も町民だ、
という意見もあるだろうが
こういうレベルまで
自らを辱めてしまったしまったことには
やはり日本の政治や経済政策の貧困があると思う。

こんなことを恥ずかしいと思わない町長や町民は
これから国と国民、町と町民、そして為政者の
あるべき姿について
きっと高い代償を払ってでも
学んでいかねばならないのだと思うが、

そういう「代償」や「つけ」を国民、町民に
払わせてしまうことになった最後のところの責任は
やはり為政者のリーダーシップにあると思う。

だが、それにしてもこういう「作業」を
いつまでやっていくつもりでいるのだろう。
いつか誰かが町全体とその未来を
救ってくれると思っているんだろうか。




2001.10.30

月曜日の日経産業新聞のコラム欄というのか
「SANGYOメール」という欄があって
ちょうど目を通していたら
なにやらおもしろい、というか
なんというか、興味深い、というか
そんな文があった。

  「あの発言はひどい。あんなことを社長に言われたら、
    社員はたまらない」。
と、ある電機メーカーのミドルが憤慨している、、
なにに対して憤慨しているのかというと
日本を代表する大手電気メーカーのトップが
週刊経済誌のインタビューに答え、
業績不振に対する経営責任を問われて
「くだらない質問だ。従業員が働かないからいけない」
と答えたことに対してだ、という。




2001.10.31

事の真意はどうだったのか、
正しくインタビューの内容が伝わっているのか、

本当だとすればたしかに
ちょっと衝撃的な言葉ではあるし
たぶん文脈としては
他のことを伝えようとしていたに違いないと思うのだが、

それにしても
それほどに昨今の経済情勢は
そんなことばが一人歩きしても
許されてしまったり、しょうがないなあ、、
と思われてしまうようなところまでは来ている。

いままで一流と言われていたような企業でさえ
そうそう簡単な話ではなくなってきてしまった。


INDUSTRYWEB HOMEへ戻る / 今日のコラムに戻る/ バックナンバーに戻る