今日のコラム・バックナンバー(2001年 9 月分)


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掲載は日付順になっています。


2001.9.1

ただし、間違ってはならないのは
「少量生産のものに対する需要」と書いたが
お客さんは
大量生産のものではなく少量生産のものを
欲しがっている、わけではない、
ということだ。

あくまで欲しいのは自分にあったもの、、
、、寸法もそうだが、要は自分の価値観や物理的な欲求に
あったものが欲しいということであって
けして少量だから欲しい、というわけではない。
人々の欲求はひとそれぞれだから
結果的にその人の欲しいものを求めていけば
究極的には「一個」になっていくだけの話であって
けして「少量生産品」が欲しい、のではなく
結果的に欲求に応えていけば
供給側が少量になっていくということを
考えておく必要がある。
これは間違ってはいけない。




2001.9.2

さて、こうして考えてくると
新生産システムには工房のようなイメージが生まれてくるが
あるいはもしかして
新時代の工房のようなものが
新生産システムと呼ばれるようなものなのかもしれない
われわれはそこまで柔軟な考え方で
とりくまなければならないはずだ。

時代がかわると
昔行われていたこととか、
昔スタンダードだったことが
新たな装いを持って再登場してくることはままある。






2001.9.3

そういっていたら
金曜日の日経産業新聞に
松下電器産業が国内55個所の完成品工場に
「セル生産方式」を導入することになったのだと
書かれていた。
少量多品種の生産に敵しているので
合理化し、コストを下げて
海外との競争力を高めるということらしい。

新聞によれば生産性は30〜40%ほど
上昇すると考えているらしい。

先に書いた、NHKテレビでの
「ひとりショップ生産や一個流し方式や
屋台方式」を特集した番組でも
大手家電メーカーが導入している状況を
レポートしていたが
たしかに中国などと競争していくには
この日本で
こういった少量多品種の生産をいかに行っていくか、
消費者の多様な要求に応えていくか、
という知恵が問われてくる。



2001.9.4

そういうことは日本のお家芸でもあり
ここらへんにまだまだ日本のやらなければ
ならないことが、、、やればまだ充分に戦える部分が、、
あるように思う。

もちろんその他にも
他の商品や技術やサービスを細かくくみ上げていくという
これも消費者の多様な要求に
応えていくことができる様々な技術の蓄積を持ってもいる。


付加価値が高い製品や商品やサービスなどの
方向を目指すべきだとかいう意見も多いし
実際に、たしかにそうだと思うが、

じゃ、それが一体どんなものなのか
どうやって生み出していくか、という話になると
実際には具体的な話は皆無に近い、、。

そうではなく
実際にわれわれの持つ技術や商売のなかに
その可能性を見つけ出すことはできるはずだ。
今、必要なのはそういうことだと思う。




2001.9.5

ちょっと話が飛ぶけれど、
近頃有名なオークションサイトに行ってみて思うのは
そこで行われている「商売」は
単にBtoBで行われているような
量産品の価格交渉だと思ったらお間違いで
実際には一個しかない、自分と似た嗜好を持つ他人と
価格を交渉し決定していくプロセスだ。

この作業ではケシテ
人と人の豊かなつながりが生まれていくとは思えないし
実際、そうではあるけれど

それでも自分にとってのたった一つの価値をめぐって
価格の攻防、オークションが行われるのを見ていると
価格の決定は市場のメカニズムのなかで
作られていいくものなのだな、と今更ながらに思う。





2001.9.6

ものづくりでも
「付加価値を高める」、、などと
ばくぜんと言っているより
ともかく、人が望んでいるたった一つの価値を聞き出して
ものづくりやサービスを通して
それに応えていく努力をしてみることだろうと思う。

そうすれば価格だって
もっとお互いの評価やできること、や
望む、望まれる価値のなかで
決定されるようにもなるだろう。

同じようなものをならべているだけでは
共通の尺度である価格でしか比べられず
いずれは天秤にかけられるだけだ。

そうはならないように徹底して人と違うことを
求めていかなければならないと思う。



2001.9.7

先日、NHKの番組「プロジェクトX」で
エプソンの水晶腕時計の開発にまつわる
ことを特集していて
これがなかなかよかった。

筆者は実は諏訪地方に住んでいて
時計の生産には小さいころから」
なじみがある。

ごく近いひとにも
時計になんらかの関係のある人が多いし
町中にも
いたるところに時計関連の工場や関連施設があったりする。

番組のなかで紹介され写る
時計関連の施設や地域なども
なじみのある場所ばかりだ。



2001.9.8

NHKの番組「プロジェクトX」は
まだ始って何年もたったわけではないが、
結構人気が出ていて
本なんかも結構売れているようだ。

「プロジェクトX・リーダーたちの言葉」という
単行本も発売されて結構売れていると聞く。

番組の主題歌になっている
中島みゆきの歌も
もともとは何年も前の曲のはずだが
ここで人気が再び出てきているようで
人気曲のカウント番組なんかでも
また登場しはじめた。



2001.9.9

まあ、この番組や、それに関連する本や歌に
人気が出るのも
よくわかるような気はする。


経済や社会やあるいは
日本を支えてきた、と言われ続けてきた「ものづくり」までが
この間の状況のなかで
非常に先の見えない、ところまで追い込まれてしまった。

毎日のように景気は悪いだの
海外に製造拠点を移すだの
国内工場で人員をリストラするだのと
将来が見えない、とてもネガティブな話ばかりだ。



2001.9.10

そんななかで
中島みゆきの歌声はものづくりの現場の人々や
技術者の心に響いてくるのだろう。

「プロジェクトX」の番組は
いままで日本を牽引してきたと自負してきた
多くの製造業の人々や技術者たちの
真面目に真摯にこつこつと行ってきたことを
評価するものだし勇気づけるし、
明日への希望を持たせるものだ。

なかでも筆者はいまから40年近く前に
富士山の頂上に気象観測レーダーを設置するプロジェクトを
成功させた人々を特集した番組や
日本のロケット産業を支えてきた人々を
特集した番組が印象に残っている。




2001.9.11

まだ、その他にも
多くの印象に残る番組があった。

どの番組も

多くの価値づくりやものづくりを行ってきた人々の、
その、過去から現在、そして未来へとつながる
時の流れのなかに
どんな人間の生きざまや人間模様があったのか
を、捉えていて非常に感銘をうける。

けして技術そのものを扱うことが番組のテーマなのではない。

人々の生きざまが多くの人々の共感と感動を生み、
番組とそのテーマ音楽にまで支持が集まるのだろう。

筆者もこの番組を見るたびに
中島みゆきの歌声を聞くたびに
胸が締め付けられる思いがする。



2001.9.12

さて、ところで、
いつもは結構中島みゆきの歌声を聞いただけで
胸がしめつけられるような気がするのに
案外、今回の番組だけは
意外と冷静に見ることができたのが自分でも不思議だった。

身近すぎて感激とかよりも
いま自分たちが持っている課題とあまりに似た状況のなかで
われわれもどうすればいいのか、
という問題意識のほうがが前にでて
むしろ、感激したりするための余裕や距離感を
感じなかったためかもしれないと感じた。




2001.9.13

つまり、人の話、ではなく
「自分たちの番組」だった気がしたのだった。

ところで
何年か前に元時計技術者のかたを囲んで
仲間と飲んだことがある。

その方はテレビでやっていた通り
学校卒業後に時計の製造技術の現場に入り
いくつもの時計を開発設計し世に送り出した人だった。

後日、その人がいよいよ定年退職するということで
仲間とその人との間でメールで話をした。





2001.9.14

以下はその時のメールだ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

だいぶ前になりますが一杯飲み屋で一杯やりながら
自動巻きの時計を作った苦労話なんかを聞かせていただいたこと、
いまだにわくわくするような「ものづくりの話」として記憶しています。

個人が腕時計を持つなんてことは戦後のある時期までは夢だったのでしょう。
でもいまでは世界中の人々が腕に正確に時を知ることのできる道具をはめています。

時を告げることができる「時計」という道具を個人が腕につけることが
できるようになったことによって
20世紀の社会や産業がどれほどの「価値」と「社会の進歩」を
実現できたのでしょう。すばらしいことだと思います。




2001.9.15

我々次代の産業人も、たとえて言うなら「個人が時を告げる」だけではなく
「時を告げる仕組みをつくって社会に供給し
   社会や産業に価値と社会の進歩を実現する」
ことを自らの使命と理念と理想として行かねばならない時代に
今、立っているのだと思います。

・・さんや我々の先輩がたが築いてこられた「日本のものづくり」、
ものづくりを通しての社会や産業や国に対する進歩への貢献の志を
我々も引継ぎ発展させて行かねばならないと、思いを新たにしています。

・・さんや先輩がたからはまだまだ、我々が深く学ばせていただかなくては
ならないことがたくさんあります。
またいずれ「ものづくり」について語りあいたいですね。

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2001.9.16

つい先日の、9月5日
40年あまりに渡って
日本の気象観測の砦として日本を守ってきた
富士山頂気象観測レーダードームが
その任務を終え、撤去された

当時、気象庁の担当課長で
後に作家として名をなした故新田次郎が
その建設プロジェクトの
先頭にたって尽力したことは
良く知られている。

NHKの「プロジェクトX」でも取上げられた。
故石原裕次郎の映画「富士山頂」にもなった。
筆者もまだ小さいころに
この映画を見て感激したことを覚えている。




2001.9.17

そう言えば
故石原裕次郎の映画のなかには
黒部ダムを建設する巨大プロジェクトを扱った「黒部の太陽」、
日産のブルーバードが国際的なイベントであるサファリラリーに
挑戦する姿を扱った「栄光への5000キロ」、
そして
富士山レーダーを扱った「富士山頂」など
日本が戦後の荒廃のなかからたちあがり
成長と進歩を遂げていく姿を捉えたものも多かった。

これから日本の産業や社会が
いままでと同じような道を歩んでいくとは思えないし、
そうはならないだろうことは誰もが考えてもいるのだろうが

しかし、ビジョンと使命感を持ち
それに向って奮闘する人々の姿は
いつの時代も人々の胸をうつ、共感を覚える。

われわれもその先人の志を忘れてはならない、と強く思う。




2001.9.18

いや、それにしても
「ネットオークション」ってスゴイと思った。
これには結構はまってしまう。

最近よく新聞なんかで扱われる
一般消費者むけの「ネットオークション」は

よくBtoBで扱われるような
日用品やありきたりのものを
バーゲニングにかけていくようなものではなく

まさに世界に一つしかないもの、、
中古や新品であっても限りなく一つに近いもの、、
の価値や評価が買い手と売り手の間で動的に動く。

特に中古品は間違いなく世界に一つしかない。
中古品はいくつもあっても
中古の程度は千差万別だからだ。




2001.9.19

なにも新しければ評価が高いとか良い、
というものではないのだ。

古くても、古いから、
その程度や、他にもつ様々な付加価値で
その評価はまさにそのもの一つひとつで
様々に異なる。

ありきたりのものを載せておくだけじゃなく
人とできるだけ異なるものにするために
いかに付加価値をアピールしたり醸し出すか、、

これがオークションの醍醐味だし
落札するほうもその付加価値と価格との間で
価格が動く、うごく。。

考えてみれば、ある意味で至極まっとうな
商売がここでは行われているのだと思う。




2001.9.20

そう言えば、、このまえ、高知に旅行に行ってきて、
その時に桂浜を歩いてきれいな小石を
いくつも拾ってきた。

これを見て、「足裏健康器具」を
つくればいいのじゃないかと
いう話はこの前の今日のアイディアに書いたが、

そこまでいかずとも、なにかおもしろいことできないか、
この拾ってきた石を友人へのプレゼントにできないものか
と考えた。

ちょっとみれば良い箸置きになると思えたので
日ごろいろいろ世話になっている
「先輩」や「先生」に
高知の有名な酒と、高知のかの有名な「おちょこ」
、、「そらきゅう」というのだが
これとの三点セットにして
後日贈り物として届けた。





2001.9.21

高知の有名な酒、
高知のかの有名なそらきゅうという「おちょこ」、
桂浜で拾った石の箸置き、、

結構贈り物としては
良い取り合わせじゃないかと自分ながら思った。
送らせていただいた先輩先生からは
後日「おまえらしい」と
おほめの言葉?をいただくことができたが、

オークションで扱われる様々なもの、、といっしょで
価値の作られかた、作り方、
て本当に多様であり、いろいろあっていい、と思うのだ。




2001.9.22

だって
石なんて家の軒先にでも行けば
いくらでも同じような石がおちている。

比較的きれいで変った格好の石を拾ってきて
洗ってちょっと磨いて
桂浜から拾ってきた石のとなりにおけば
その時点では
すでにどちらがどの石かはわからない。



2001.9.23

でも、筆者が
石でできたこの箸置きをプレゼントさせていただいた
先輩・先生は
それが桂浜で筆者が一つひとつ見つけながら選んだ石で
高知から持ち帰ってきた石で
あることは疑わないだろうし(事実そうなんだが)

お酒とそらきゅうと石の箸置きのセットで
おくられてきたことを「喜んで」もくれている。



2001.9.24

さすがに軒先の拾った石に比べれば
桂浜で拾った石には「間接経費」が
かかっていることは間違いないが

それでもキーホルダーやお土産よりも
はるかに金額はかかっていない。

でもたぶん、筆者とプレゼントされた側、との間に
豊かな交流(自分で書くのもなんか恥ずかしいが)
、、、交流といっても「もの」が介在しながら
人と人の間に生まれていく関係の総体、とでも
言えばいいのだろうか、、、、
、、ができたのは間違いなく三点セット、、だっただろうと思う。



2001.9.25

価値の作り方や、作られかたは
千差万別、いろいろな形やプロセスがあっていい。

安さだけがその製品や商品の価値を決めると思ったら
大間違いで、たしかに同じようなものだったら
価格が重要であることも確かだが、

でも、ものやサービスにに投射された
様々な関係や歴史や気持ちや心持ちが
想像もできないような価値を生み出すことがある。

それはもしかしたら
当人同士、
送った側と送られた側、
作った側とつくってもらった側、、
その間でのみ通用することなのかもしれないが、
それになんのおかしいことがあるだろうか



2001.9.26

みんなが同じようなものを手にいれて
同じようにしか喜べない、
そんな関係が豊かで良い関係だとは思えない。

相手のひとり一人の生活や環境や、そして
顔や姿と贈ろうとするものがダブったなかで
その関係が、、、
こころ豊かになるような姿が
見えてきてようやく人と人の関係に
ものが介在できるのだと思う。

そんなことを
もしかして捨ててきてしまったこの時代に
もしかしたら「オークション」は
風穴をあけるんじゃないかとさえ思えてきた。



2001.9.27

なんだか、こんなことを奨励していると
「中古至上主義」や「中古経済」というか
中古のものがはばを効かせて
中古市場が新品の市場を
ドンドン侵食していくようにも思えてくる。

実際、スワップミートやフリーマーケットみたいな
ことがインターネット上で
大規模にすばやく行われてくると
相当な「新品」市場が食われていくように思える。

価格も含めて動的に評価が形成される
このオークションの上では
それはそれは、思ったよりも
競争力のある製品や商品が流通をはじめている。

しょせん中古は中古さ、という人もいるだろうが
その中古に、魅力のうえで太刀打ちできない製品が
いかに多いことか、

まごまごしていれば
大手メーカーが作る新品が中古にとって変わられる日も
そう遠くないかもしれない。





2001.9.28

最近アメリカでの
株価の低迷や
例の事件なんかがあって

ちょっと前まであの騒ぎだった
ITビジネスの喧騒も
一気に静かになってしまった。

問題だと思うのは
このITビジネスの低迷で
ITビジネスそのものが
もうだめなんだとか
そもそもITビジネスなんて可能性が
なかったのだ、みたいな話になってしまっていることだ。




2001.9.29

たしかに
昨年の前半までの
ITに関連したビジネスなら何でも良い、みたいな
話はさすがに
あれはバブルだったんだな、とみんなが思っているんだろうけれど、


あの馬鹿騒ぎの一方で
もっと地道に、まじめに
真摯に
ビジネスを考え、
そのなかにITをどうつなげていくか、

という行為やそれの中にビジネスを
作り上げていこうとする動きまで
否定されてしまうような動きがある。



2001.9.30

ITビジネスといっても
ITに関連するための
備品や装置や設備を作っているような
ビジネスや
インフラといえるような分野は
たしかに
あまりに その過剰な期待や見通しから
その結果、過剰に設備されてしまったり
投資が過剰にされてしまったりして
不況色を強めているのは
いなめないだろう。

しばらくこの状況が
続くのは残念ながら
覚悟しなければならないだろう。


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