今日のコラム・バックナンバー(2000年 8 月分)


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掲載は日付順になっています。


2000.8.1

筆者は「インターネット本屋」そのものが
駄目だと思っているわけではない。

本によっては、例えば「古本」や「貴重な本」なんかは
インターネット上で探すことができたり
売買ができたりすることができれば
これは便利であることは間違いない。

インターネットならではのデリバリーやサービスを
作ることが出来れば市場に受け入れられる可能性はないとは言えない。

アメリカの例のインターネット本屋さんだって
儲かっていない、いない、、と言われつつも
本の販売の部分では利益が上がりはじめているという話しもある。

まして、日本の場合は再販価格制度というのがあって
本は定価販売することになっているから
価格での違いを表すための「消耗戦」に参加しなくていいし、、
そうなればあとは「デリバリー」や「サービス」のみを
懸命に高めていくことができる、、
、、、それが消費者にとって魅力があることかどうかは別として、、。






2000.8.2

「株主価値」云々ではなく
要はキチンと利益が出ているかどうかが
はっきりとしてくれば
そのインターネット本屋さんに対する
評価も変わってくるとも思うが、

今のところ、赤字になろうとも
様々な分野に資本を投下し
可能性をどんどん拡大するという方針が
結局、投資家の気持ちにそわないのであれば
「いけいけどんどん」はとりあえずやめて
いずれどこかで着陸するしかないのだろうと思う。

ただしその場合でも
どこかで「あきらめて」着陸してしまったことが
魅力の半減につながる可能性もあって
これはどういうことになるのかは正直言ってわからない。






2000.8.3

ところで
最近はアメリカ的インターネット本屋さんばかりが
注目されていて
「既存の本屋さん」の動向が注目されることはすくないが、
案外、日本的な町の本屋さんが
起死回生の策をもって登場してくることだって
これからはありうると思う。

それらの、ある意味では「中間的な姿」として
インターネット本屋さんも倉庫など流通のための
投資なんかをしているし
既存の大きな本屋さんや流通業者も
これまた既存の「流通業者」と
いっしょになって流通のあらたな仕組みなんかを
考えていたり、あるいはコンビニストアを
使った受け渡しの仕組みを考えていたりする。

それやこれやを考えていくと
日本的ないままでの流通の仕組みや商売の形が
インターネットとうまく組み合わさることによって
むしろ日本的な独自なビジネスモデルを
作り出すことの可能性が見えてくると思う。




2000.8.4

そんなことに関係ないと思われるような
田舎の「普通の本屋さん」なんかでも
もうすでに情報化時代には乗り遅れてしまって関係ない、、
などと思っていたらそれは間違いだと思う。
たしかに町のちいさな本屋さんの品揃えなどは
けして優れているわけではないが
欲しいものがあればその場で買えるし
いろいろ立ち読みだってできるではないか。

だから、むしろ筆者なんかは
インターネットで本を買おうなんてまず思わない。
そんなことより地元の本屋さんの
在庫がリアルタイムにわかるほうがよっぽど便利だ。




2000.8.5

本好きな人なら、、、(というよりも
立ち読みが好きな人と言ったほうが良いかもしれないが)
たぶんわかってくれると思うが、
本屋さんにも
それぞれのお店が持つそれぞれ独自の
「雰囲気」「文化的匂い」というものがある。

で、その「雰囲気」「文化的匂い」というのが
案外お店を選ぶ場合に重要な要素であることは
当然ながら結構あって、
情報化時代といいつつもそんな要素が
案外馬鹿にできない。


筆者の住む地域の近くには
有名な本屋チェーンがいくつかあるのと同時に
昔からの地元の本屋がある。

筆者はよっぽどのことがない限り
その昔からの地元の本屋に足を向けてしまう。
その「雰囲気」「文化的匂い」が心地よいからだ。




2000.8.6

明らかにそれらの本屋の持つ
「雰囲気」や「文化的匂い」が違うのだ。
言い方を変えて簡単に言えば
「本が好きな店主がやっている店」と
「本が単なる商品になっている店」の
違いとでも言えばいいか。

本のならべかた一つとっても
あきらかに「ああ、この店の店主は本が好きなんだなあ」と
思わせるものがある店というのは存在する。

一方、「この店は本好きな人がいないんだなあ」と思わされて
しまう本屋さんもあきらかにある。

いくらきれいな本屋さんであっても
雰囲気というか文化が醸し出されていない本屋さんからは
筆者はどうしても足が遠のく。




2000.8.7

で、いい雰囲気を持つ本屋さんは
インターネットなんて関係なくても
結構それなりにお客さんをつかんでいて
しっかりと商売している。

日本中や世界中をお客さんにして
販売できるんだとかいって
最近のテレビコマーシャルのような
「eコマース」がさも万能であるかのような言い方が
注目を浴びている一方で
しっかりと昔からお客をつかんで
商売として成り立っている田舎のお店だってある。

世界を相手にして商売すれば
大きな商売になっていくこともあるかもしれないが、
田舎の本屋さんだってそれなりにお客を掴んで
商売にしていることも確かだ。




2000.8.8

たしかにインターネットで
リアルタイムに在庫や商品の取り寄せが
できたりすればこれは便利だ。
既存の本屋さんがうまく情報技術を
使いこなせばメリットは確かにある。

結局、既存の商売と
インターネットや情報技術をうまく組み合わせることで
むしろお客さんにとっては
便利で役にたってよろこんでもらえる商売も
成立するはずだ。

さもインターネット上にお店を作らないと時代遅れだ、
みたいな話しに乗ってホームページをつくるのも
必要なことではあるんだろうけれど
自分の商売の状況を見て
そこにインターネットを使ってでも
いままでのお客さんにも
もっともっとよろこんでもらえるやり方はないだろうかと
知恵を使って考えることが
本来、重要じゃないかと思えるし
そんななかにはまだまだ商売の種はあるんだと思う。





2000.8.9


最近、おもちゃ屋さんに興味があって
近くの町に変ったおもちゃ屋さんがあると聞くと
出かけて行ってみる。

以前も書いたことがあるが
おもちゃだからと言って
ばかにしてはいけない。

その気になれば大人が仕事に使えると思えるほど
機能の高いおもちゃはたくさん存在する。

産業用ロボットとして使おうと思えば
使えると思えるほどの
「おもちゃの局座標タイプのアームロボット」
も存在している。
これなんかは10000円だせばお釣がくるほど安価である。

郊外レストランのレジのところにある
子供用おもちゃを売っているブースにも
、また、高速道路のサービスエリアの
売店のお土産売り場で売られるおもちゃのなかにも
お土産やおもちゃと言ってばかにはできない
機能を持ったものが多い。




2000.8.10

そりゃそうだ。
産業用の動くものにしてもソフトにしても
おもちゃの動く仕組みも
仕組みそのものが変わっているわけではない。

モーターやギアやそれらの組み合わせや
あるいは電装部分やそのなかに組み込まれている
電子部品は基本的には
同じようなものの組み合わせで出来ている。

材質や作り込みが違うくらいで、
そんなに違いがあるわけではない。
前述の「ロボット」なんかは
そのまま仕事にも使え得る.

音や映像を扱ったおもちゃなんかはもっとそれが進んでいる。
マイクロチップ、や、デバイスなんかは
産業用もおもちゃ用もそんなに違いがないように見える。
その気になればそのまま仕事に使えそうなおもちゃもある。
さすがデザインだけは同じというわけにはいかないが。

案外、おもちゃの産業用資材への転用なんてのも真面目に
考えられるかもしれない。




さて、今日のコラムはお盆すぎまでお休みです。
みなさん、良いお盆休みを、では。






2000.8.17

お盆の休みも終わって
仕事にもどってきたものの
いまいち暑さと休みぼけで
力が入らなくて困っている人も多いでしょうが
まあ、暑さももう少しすれば終わるでしょうから
がんばりましょう。


、、というわけで
筆者はこのお盆休みに
恒例の長距離ドライブというか、小旅行に行ってきた。

車の運転はそんなに苦にはならないほうだから
長距離のドライブもむしろたのしみではある。

いままでも12時間くらいの長距離ドライブであれば
年に二回はこなしている。
距離にして片道600キロから700キロという距離だ。
往復で約1500キロ近い旅行をこなすことに
なるのだがそんなに苦ではない。

お盆や正月でも夜中にドライブするように時間配分すれば
よほどのことがない限り渋滞に巻き込まれることもない。
いままでもちょっとした渋滞くらいは覚悟の上で
乗り切ってきたし12時間に対し2時間くらいの渋滞はありえた、、が

ところが今年はいささか勝手が違った。




2000.8.18

ちょっとスタートする時間が遅れたせいだろうか、
あるいは事故が偶然に多かったせいだろうか、
今回は強烈な渋滞に巻き込まれた。

通常12時間で行くところを
今回は19時間である。
いささか今回は参った。


そういえば思いあたるふしはある。
高速道路に乗った時から
やけに車の交通量が多い気がしたのだった。

景気が少し回復してきているという話しも
ここのところ話題になっているから
きっとこんなところにも
影響しているんだろうと思ってもみたが
、、たぶんそうだったんだろう。




2000.8.19

しかし、この渋滞は不経済このうえない。

30キロメートル以上に渡って
二つの車線が車で埋め尽くされているのだ。

この間に消費されるガソリンの量と
人的な労力の消費は
経済的な損失として考えれば
膨大なものになるだろうと思う。

たぶん、この10年に渡った経済不況で
少しは社会のシステムや価値観も変わってもきたのかと
思ってみたこともあったが

いやいや、そんなに簡単なものでもなさそうだ。

たぶん昔からの渋滞の騒ぎは
これから先も繰りかえされるんだろうと思う。





2000.8.20

ところで、ところで、、
こういう渋滞にはまっていたりすると
とんでもないことをいろいろ思ってもみたりする。

いままでいろんなアイディアとかが出てくるのは
トイレか車の運転中だ。
発想を広げていくには渋滞とかドライブとかも
結構いいかものしれない。

特に灼熱地獄の高速道路上の渋滞のせいだろう、
「仮想旅行」はできないものだろうか、、、と本気で考えた。

荒唐無稽の話しのようではあるが
「良いアイディア」かどうかは別として
少なくとも「仮想現実」と「実際の活動」の
違いやどういうシナリオや現実にそういう事態!が
起きてくるかを考えさせられるきっかけにはなる。

何度もいうが、人間社会にとって、あるいは人間にとって
「良いこと」なのか「悪いこと」なのかここでは考えない、が、
これはいずれきっと社会全体が考えていかなくてはならない
問題になるだろうとは思う、、。




2000.8.21

少し以前の話しだが、
映画でアーノルドシュワルツネッガー(ええい打ち難い!)
が主演の近未来のSF映画があった。

時の為政者に捉えられた反政府活動を行っている主人公は
頭のなかにチップ、というか文字通りの記憶素子、を埋め込まれて
政府に仕立てられた新たな普通の生活を送ることになるのだが
この生活そのものが「仮想の市民生活」なのだ。

ああ、確かにそんなことも遠い将来にはあるかもなあ、と
思っていたものだ。

この映画だけじゃなくてほかのSF映画にも
こんな「仮想生活」を扱ったものが結構存在している。

そう言えば、
最近ビデオで見た「ゼイラム」という国産SF映画も
美人の女主人公と凶悪なサイボーグの敵が闘うのは
現実社会ではなく現実をそっくりにコピーした仮想空間で闘う、
というモチーフでできてこれがなかなか面白かった。




2000.8.22

で、これが、荒唐無稽のSFの話しだと笑っているうちに
その「はしり」というか、、そんなようなものは
すでに登場しはじめていることに気が付く。

パソコンやテレビゲームの「シュミレータゲームソフト」だ。
有名なところでは
マイクロソフトの「フライトシュミレータ」であり
また最近では「電車でgo」である。

若干説明すると

「フライトシュミレータ」は
仮想にできた空間上、仮想といっても
現実の地理的な空間を仮想のなかに作ったものなのだが
(簡単に言ってしまっているが
  もともとこれ自身がすでにすごいことなんだと思う)
このなかで「ゲーム」をやる人は
自分の操縦する飛行機を操って
自由に飛ぶことができ、着陸したりすることもできる。

「電車でgo」も
現実の地理的な空間を仮想のなかに作った電車の路線
(これがまた本物そっくりにできている)
を運転手になった「ゲーム」をやる人が
自由に電車を操作し
まあ、この場合には左右上下に電車を動かすわけではないが
ブレーキをかける位置とかスピードとかを
調整することができ、仮想空間での操作を
楽しむことができる、というわけだ。



2000.8.23

「電車でgo」のソフトベンダーの名前は忘れたが(失礼)
近いうちにはマイクロソフトも同様の電車操縦ゲームを
投入するらしい。

「シュミレーションゲーム」がなぜ売れるのかを
深く考えたことはないが
結果的は結構売れているらしい。

ほかにも俗に「シュミレーションゲーム」というのは
いろいろと登場しているが
それが「現実に存在している地理的な空間情報」から
基礎情報を得ているものがだいぶ出てきているし、
臨場感を増し現実感を増すためにも
今後のゲーム開発は
ますます、そうなっていくだろうことはきっと間違いない。



2000.8.24

ところで「シュミレーション」としては
ゲームソフトが一番の最先端をいっていると思いがちだが
本当はもっとスゴイものがあると思う。
GPS用のソフトだ。

あれでもっと集積されている情報量が画期的に上がって
その地域の情報がもっと緻密に詳しく、載ってくれば
、、これはいずれ仮想空間のシュミレーションそのものに
なっていくように思えないだろうか。

そんなことはまだまだ先の話し、、などと思っているうちに
きっと、現実の話しになってくる。




2000.8.25

例えば二次元の写真から三次元のデータを作る技術や
現実のものから非接触で三次元のデータを作る技術なんかは
実際に登場してきてもいるから
観光地の町並みを写真からプロットしたり
非接触でプロットしたりして
立体空間のデジタルデータを作ったりすることは
もうそんなに難しい話しじゃない。

GPSソフトのなかに
現実の町並みが存在し
そこで自由に人間の行き来ができるようになる、
これはもうそんなに荒唐無稽の話しではないと思えてくるではないか。



2000.8.26

たしかに現実のもの情報量を仮想現実のなかに落としこんでいくには
情報の収集やそれを蓄積する方法とかでまだまだ難問が
蓄積しているだろうが
きっとそれを解決する方法はきっとどんどん登場してくるだろうと思う。

そして、こうした「地理的シュミレーション」を目的とした
ソフトやゲームが
いずれ「仮想旅行」にもなっていくことは
おおいに考えられると思える。

今の現状ではまだまだ夢の話しかもしれないし
ま、そのくらいだったら
テレビの紀行番組をみていたほうがいいようにも思える。





2000.8.27

いずれそういうテレビ番組のライブラリーやアーカイブだって
完備されていくだろうから
テレビ(それも双方向のデジタル放送で)で
全国や世界の旅行気分を自由に楽しめるということは
これは、、たしかにありえる。

そのほうがパソコン上の単なる仮想現実よりは
実際のテレビの旅行番組のほうが現実的だし
今のところ魅力的にも思えるが

だからといって「仮想旅行」がありえない、とは言えない

実際には「仮想現実」の上ではテレビとは
まったく違うことが可能になってくる。
というよりも、けっきょくそれらが渾然一体となって
新たな「仮想旅行」という形態を実現するかもしない。
それは「仮想と現実のリンク」と「インタラクティブ」だろう。





2000.8.28

「仮想旅行」というものを想像してみると
現実の空間と仮想空間は別々になっていて
あくまで仮想空間は現実の一方的「コピー」であるのだが
こういうことはしばらくたてば
相互に「リンク」され、あるいは「インタラクティブ」になって
いくことは容易に想像できる。

とりあえずは仮想的な行為として
GPS!シュミレーションソフトの画面上に出てきた
駅の改札で切符を買ったり(この場合運転手ではないが、、)
GPS!シュミレーションソフトの画面上に出てきた
駅の売店でお土産や駅弁を買ったり、
そんなことは容易にできるようになるだろう。

当然、次の段階では
その行為が現実の行為とリンクされていて
実際に切符が買えたりお土産が買えたりすることは
当然できるようになるだろう。





2000.8.29

またリアルタイムに、複数の人が
現実から仮想の中に向って参加することも可能になる。

ネットワークによって
仮想旅行になかにいろんな旅行者が登場し
出合い、交流し、出あいが出合いを広げていく、
そんなことだって起きてくる。

結局、そこには複数の、自分以外の人間が登場する
「仮想的な社会」が形成される。


きっと、この「旅行」の話しは、
社会そのものの話しに他ならないのだろう。

将来、GPSシュミレーションソフトなどの空間上に
現実社会を投影した仮想社会が登場して
ついにはそれが互いにリンクされ相互に影響を及ぼしあう。
また「シュミレーション」は現実のコピーではなく
現実とはまったく別の空間や社会として存在することも
もちろん可能になる。




2000.8.30

ところで、そんな可能性の話しをしていると
「いったいそれが何の役にたつの?」と
言われることになるだろう。
しかし、問題はそういうことなのではない。
現実にそういう状況が生まれる可能性がある中で
我々はそこから生まれる現実と影響を
今から想定しておかなくてはならないのではないか、
ということなのだ。

近い将来、
若者らが携帯電話などを通じて
仮想に作られた「空間」の上に
仲間や社会をつくってそこに集まる時代が来るだろう。
たぶんごく近いうちにそんな状況は生まれてくるように思う。

まずは現実社会の交通渋滞から「逃避」するかように
現実から仮想空間への社会的な移動が行われてもくる。

同時にそれは「逆の流れ」も作り出し
現実社会へ大きな影響も与えはじめるに違いない。





2000.8.31

現実とだぶった、
あるいはそのものをコピーしたり
逆にまったくの仮想であったりする
「仮想現実」が現れて、そこでの現象が実社会にも
影響を与えはじめる。
渋滞を避けるための仮想旅行の可能性から始めたとはいえ、
やはりなにやら不気味な話しではある。

しかしこんな現象をうまく使えば
これは社会における大きな可能性も
我々に与えてくれるはずだ。

仮想と現実の間に
どんな相互の作用と現象が現れてくるのか、

まだ、誰も踏み込んだことのない領域に
まさに今我々はその一歩を踏み出そうとしていることは
間違いないのだろう。



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