今日のコラム・バックナンバー(2000年 6 月分)


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掲載は日付順になっています。


2000.6.1

「おもちゃのようだけれど高級な機能を持っているおもちゃ」
が、市場に出てくる機会がふえた。
機能としてはなんら遜色ないのだが「価格」が圧倒的に異なる、、、。
で、中味まで「おもちゃ」なのかというとそうではなく
あくまで同じような部品で出来ている。

カメラやデジカメやビデオカメラなどでそんなようなものが
最近よく見受けられるようだ。

こういう製品のようにベンチャーが新たな考え方で
新たな考え方の製品を市場に投入してくれば
既存の力関係がコロッと変わってしまう可能性もあると思う。

すでに「ありふれた製品やサービス」の世界でも
なにか新たな考え方に立って製品やサービスの枠組みを
考えなおし、構築し直すと、いままでの関係が
コロッと変わって新しい市場が出来るなんてのも最近は多い。





2000.6.2

最近、そんな例じゃないかと思ったのは
「ユニクロ」の檄安カジュアルウェア、
「マクドナルド」のハンバーガーの半額セール
「シネマコンプレックス」という英国バージングループの
         新しいコンセプトにもとづく映画館戦略

みんなすでに以前よりあった「業界」「製品」だが
新たなコンセプトでまったく新しいブランドに成長したように思える。

ただ考えてみると
「価格」が圧倒的に安いとか高いとかが評価基準として
話題になってしまうが
はたして本当に価格のみが評価されているだけなのか、、
ここが非常に重要な点だと思う。



2000.6.3

もちろん「価格」も重要なことであることは間違いない。
だがその「価格」の向こうに何があるのか。

価格だけだったら安い食べ物もさがせばあるし
バーゲンセールの着るものセールだってある。
高い映画代を払うのならもっと楽しいことやアミューズメントはあるのに
なぜ今
「ユニクロ」「マクドナルド」「バージンシネマコンプレックス」
なのか、、。


「ユニクロ」「マクドナルド」は本当に価格が安いものを
供給しようとしている「だけ」のか
「バージンシネマコンプレックス」は入場料の高い映画館を作った「だけ」なのか。



2000.6.4

つまり「安い」あるいは「高い」ことだけじゃなくて、
それを通じて「何」を消費者に向って表現しているのか、、。
たしかに消費者は通常よりも安いもの、高いものを買っているのだけれど
その向こうに付加されている「それ以外のものの価値」を
いつのまにか認めているんじゃないのか、、。

明らかにそれらのメーカーやサービスの提供者は
その向こうにある何かを提案しているのだと思える。


安いこと、高いこと、は消費者に向ってなげかけているメッセージの
「いくつかの表現の一つ」に過ぎないのじゃないか、、そんなふうにも思える。

そう考えてくると製品やサービスの価格の「安い」「高い」を
表現の一つとして切り込みながら
その向こうにある本来の企業としての消費者への
提案をしていくやり方、というのが
これからはもっと登場してくるに違いないと思う。



2000.6.5

例えば、飛行機ぎらいな人間というのは案外多いもので
筆者自身も正直言えば飛行機ぎらいだ。

で、考えてみれば
安価な飛行機運賃を誇るベンチャーはいろいろあったが
高価な運賃を誇る航空サービス会社は聞いたことがない。

ともかくも
運行に関して、むちゃくちゃ安全で
パイロットの名前といままでの履歴が見れて
飛行機の整備記録まで公開されていて
また、サービスが超一級で
スチュワーデスの顔写真や
スリーサイズまで公開されていて(失礼、セクハラですよね)
サービスに対する評価までが顧客からよせられていたら
、、そこまで公開されている、
それらをインターネットで公開して同時に
予約まで受け取る。

世界一安全で世界一サービスが良い航空会社、



2000.6.6

そんなとこの飛行機だったら多少高くても
そっちに乗ってみたいと思う。
で、これはたぶん筆者以上に飛行機ぎらいな
人なんかだったら
こういうお客さんを「開拓」しただけで
いままでになかった新しい市場が広がると思うし
価格競争なんかしなくていい。

価格の「安い高い」には限りがあるが
サービスの量と質、御客さんにたいしての
提案のアイディアの数は無限にある。

金額だけで評価されてしまうなんて
「うちは他の航空会社と同じサービスか
それ以下のサービスです。」と
言っているようなものじゃないか。

安いけれどその先にこんなことがあるんだ、とか
高いんだけれどこんなことができるんだ、とか
そんなことがなくちゃお客さんも喜ばないんじゃないだろうか。



2000.6.7

そういえばホテルの予約もインターネットで
できるようになってきた。

筆者もちょっと出かける機会があって
インターネットで予約をとってみた。

知っている人も多いと思うが、
最近はインターネットでホテルの予約を取ると
宿泊費用が一割以上安くなるところがある。

もちろん安くなることはありがたいのではあるけれど
でも、そのホテルのサービスや主張がなんであるのかは
まったくといっていいほどホームページからは伝わってこない。
付加価値が表現されているホームページなんてのは皆無だ。

まあ、過去に行ったことがあるホテルで
以前はなかなかよかったからもう一度行ってみよう、
、、で、予約はインターネットで、、というのならわかる。

また、はじめていくホテルで単に安くなればいいや、
、という予約の取り方であれば
そういうやり方が通用して双方にメリットがあるのは
ビジネスマン向けのビジネスホテルくらいだろう。
安く泊まれるのであればどこでもいいし、インターネットで
予約がとれれば簡単でいい、というのであれば、、。




2000.6.8

ただ、観光地なんかのしっかりとしたホテルで
インターネット予約はたしかに有効な手段ではあると思うが、
かといって宿泊費用を安くすればそれでいいのかといえば
どんなもんだろうか。
たしかに安くなればその時はお客さんもありがたいとは思うだろうが

それ以上に「ホテルとしてのサービスや価値」
、がしっかりしているのかが一番の問題であって
それがしっかりしていなければ
二度とそのホテルには宿泊しないだろうと思う。

また、ホテルのサービスや価値だが
どんな観光地やあるいはどんな街のビジネスホテルでも
言えることだと思うが
ホテルの価値というのは
そのホテルだけでなりたっているものではない。



2000.6.9

よくよく考えてみれば
いくらインターネットの上にホームページを置こうと、
実際のホテルそのものは
実際の「地面の上」にたっていて
その「立地の条件」がそのホテルの
少なからぬ「存在理由」になっている。

観光地のホテルでもビジネスホテルでも
そのホテル内で食事を取っておわり、
あとは寝るだけ、、ということはたぶんない。

ビジネスマンなら食事とお酒を観光地のホテルなら
まわりに何もないホテルでホテル内サービス完結型なら別にして
その近くの繁華街に名物の食べ物を
食べにいく、、というのが普通のパターンだ。



2000.6.10

筆者らは毎年、秋田県まで電気自動車のレースがあって
何人かで出かけていく。

今年は大潟村の中で宿泊したので
ホテルや宿泊場所から出る機会がなかったが
以前は秋田市のなかで宿泊していたため
夜は街に繰り出して名物を食べることが楽しめた。

しかしこれとても
安心してウマイものが食べられることが
絶対可能かというと結構難しい。
こういう場合の「情報発信と受信」ができるところといえば
これはホテル以外にない。

実際、昨年は秋田市内の飲み屋街にメンバーで食事に出かけたが
たいしてウマイとも思われない食事兼飲み屋で
しっかりと費用が発生して青くなった。



2000.6.11

そういう意味ではその地域のなかで
詳しい情報や安心できる情報が
外部から来た人々にとって
なんらかのかたちでもたらされることが
必要となることは実際、非常に多い。

ところがその地域の外から来ているはずの
観光客やビジネスマンに対して、
そういった情報の供給というのは思ったよりも貧弱だ。
まさか交番や普通のお店や商店でそんなことを聞くわけにも
いかないからやはり宿泊しているホテルの持っている
情報を聞くのが一番だと思うのだが、
それとてもしっかりお客さんにもたらされることはまずない。

せいぜいが、ホテルのフロントマンに
近くにウマくて安い店、安心して飲める店はないかと聞くと
自分の知っている範囲のなかで教えてくれるに過ぎない。



2000.6.12

こういう状況を改善してホテルのサービスとして
近くの飲み屋さんや食事ができるところなんかを
全部調べきちっとした情報として持っていて
御客さんの必要に応じてすぐ教えてあげられるような、、
、、できれば、金額面なんかでも
ホテルと飲み屋さんで
提携してくれてあればこれほどありがたい話しはない。

飲み屋さんや食事するところに限らず
その町のなかの情報ですぐにでも知りたい情報や
外から来たひとたちにとって有効な情報が
ホテルで系統的に聞き出す、引き出す、ことができれば
これは便利だと思う。

もちろんインターネットでそういう情報が
ホテルから発信されていてもこれはこれで便利だ。




2000.6.13

でも、よくよく考えてみると
もともとこんなことはインターネット予約なんかする
以前の問題、ホテルや旅館のそもそもの在り方として
考えていかなくちゃいけない問題なんじゃないかと思うが
そういうことを考えずに
インターネット予約にすればとりあえず、、なんて
考えているようなことが多いのが最近の風潮だ。
でもこれはちょっとなんか違うんじゃないか、、、

で、こういうことは今、ホテルに限らず
いろんなところで起きているようにも思える。
お客さんにとって本当に必要なことは何なのか
そのことを考えずに
ただインターネットを利用することが流行っているからと
安易に考えることは
むしろ本当の自分たちの「コア」を見失っていくことに
つながっていく、、そう思える。




2000.6.14

そう言えば
今月の文芸春秋7月号に
神奈川大学教授の吉川元忠氏がお書きになった

「IT革命賛歌」に警鐘を鳴らす
ネットがもたらす「デジタル・デフレ」の脅威

という文章が載っていた.

簡単にいえば
インターネットを使った企業間取引きが
製品や技術の価格の調整、引き下げに使われ
過度の競争の場となってしまえば
結果的に経済全体として「デジタルデフレ」になっていく。
という話しだ。
たしかに筆者もこういう懸念はあると思う。





2000.6.15

情報技術の社会や産業界への浸透によって
情報の非対称性が崩壊する、といわれているが
そういうことはたしかにあって
いままでであれば
知ることがありえなかった情報が
世界的な規模と
非常に早いスピードで
当事者間やあるいはいままでの「ゲーム」に
関係ないとされていた人々や企業まで取り込んだ状態で
オープンにやり取りされてしまうことは
これはもう最近ははっきりしている。
止めようもないこともあきらかである。





2000.6.16

一方で「認知の限界」ということも言われているように
人間には認識の限界があって
すべての情報を取り込んでしまうわけにはいかないことも
はっきりしているのだが

それでもいままで簡単にはたどり着けなかった情報に
たどり着こうと思えばたどりついてしまうことは
可能にはなった。

その情報が同じものであったり
同じようなものであったり、
同じようなこと、であれば
インターネットというのはその「比較」を
世界的な規模で行ってしまうことを
可能にもする。





2000.6.17

そしてその対象物が「金額で判断されるようなもの」であって
物理的に、機能的に同じものであれば
あとは「金額の高いか安いか」で判断され
評価されてしまうことになるのは
当然だろう。

eコマースと言われるようなインターネットを使って
売り買いをすることを目的としているのであれば
そんな仕組みのなかでものを売るには
人よりも「安く」ものを売るしかない。

いや、本当はもう一つ、方法はある。
「人と違ったものやサービス」を販売することだ。
同じものであればそこにもう一つ
おまけや様々な魅力をつける、、
金額だけで判断されたくなかったら
そうするしかない。



2000.6.18

インターネットでは
同じもの、でしかなく、違いが表現できなければ
ほかのもので見ようとしても
そこに書かれていること、実現されていること、で
判断するしかない。
、、なければ「金額」で判断される。

そして逆にその「違い」が本当にあれば
それが相手にきちんと伝わるようになっていれば
こんどはその違いは広く情報を知ろうとしていた
人、みんなにすばやくわかってもらえる。

ところがこういう情報の在り方、持ち方を
しようとしている企業などはあまりに少ない。

これでは値引き合戦に参加しバーゲニングの対称になるがために
インターネットにホームページをつくっているようなものだ。




2000.6.19

神奈川大学教授の吉川元忠氏が
「IT革命賛歌」に警鐘を鳴らすように
ネットが「デジタル・デフレ」の脅威をもたらす
可能性はある。

インターネットを使った企業間取引きが
製品や技術の価格の調整、引き下げに使われ
過度の競争の場となってしまえば
結果的に経済全体として「デジタルデフレ」
ともいうべきものになっていく可能性はあると言える。

企業間だけでなく
消費者と企業の間でもそれは起きてくる。
消費者にとっては一面ではありがたいことかもしれないが、
それが長い目で見たときにははたしてよかったといえるのかどうか。





2000.6.20

そう言えば昨日の日経新聞の「経済教室」に
西村東大教授が「日本型ネット経済、IDが核」という
興味深い論文を書かれていた。
ちょっと長くなるが有益な文だと思うので書く。

  IT−インターネット経済の議論が白熱している。
  誇大妄想的な予測すら過少評価に見えるほど
  急速に進む米国経済のIT−インターネット化に比べると、
  後進国日本の姿があぶり出され、日本の取るべき道は一見、
  米国型IT−インターネット経済以外ないように見える。
  だが昨今のインターネット経済論には気になる視点の欠如がある。

  そもそもデジタル技術・経済が究極的に「価値」を創造するには、
  「モノ」に体化され、それが「ヒト」に消化されなければならない。
  ヒトは究極のアナログである。このアナログの視点の欠如は、将来日本の
  IT−インターネット経済を予測する際に大きなゆがみを生む可能性がある。





2000.6.21

昨日の続き、
、、、
こうして米国では「モノ」としての差別化の程度が実は低く
日用品化している財や、付随サービスの水準も低く規格化
されている分野でインターネット取引が急成長している。
財、サービスへの質への消費者の期待は低く、第三者による
客観情報が流通しやすい。

実はこうした特徴は、消費者市場(BtoC)に限らず、
生産財市場(BtoB)でも色濃く見られる。
つまり米国でインターネット市場が発達したのは、
モノ、サービスというアナログで個別性の強いものが、事実上
無個性化していたことによる。

  日本経済新聞「経済教室」
  「日本型ネット経済、IDが核」西村東大教授






2000.6.22

昨日の続き、
、、、
だが無個性化は重大な影響を及ぼす。
消費者が日用品と思うもので差別化を進めるのは難しい。
差別化できないなら、付加価値は創造できず、
薄利多売の古典的戦略をとるか、
価格差別化の新しい手法を取る必要がある。
消費者に価格付けをさせる「逆オークション」など
インターネットで可能になった新しい取引手法は、
新しい価格差別化の手法と考えられる。

薄利多売は一部の巨大企業のみが生き残れる競争形態で、
新しい取引手法にも限界がある。
最近の米国でのインターネット小売業の株価下落もこうした
現実がようやく市場に認識されてきたことの証拠である。
同じ論理は企業間取引きでも貫徹されるはずである。

    日本経済新聞「経済教室」
       「日本型ネット経済、IDが核」西村東大教授






2000.6.23

少し引用が長くなってしまったが
筆者も同じような問題意識を持っている。
たしかに先生がおっしゃるように
インターネットによる経済や産業への影響や関係が
様々な議論や仮説のうえに語られ白熱している。
まさに
「日本の取るべき道は一見、  米国型IT−インターネット経済
以外ないように見える。」そんな様相だ。

なかにはわりと最近まで
「日本にはものづくりの技術があるから大丈夫だ」という
安易な日本産業楽観論を披露していた先生まで
インターネットやITとの関係を語らずには
世のなかに遅れると思ったのか
そんな議論にも参加するような状況になってきて
おやおや、、、である。




2000.6.24

「日本には技術があるから大丈夫」なんて安易な楽観論を
言っている状況ではないことはもうはっきりしていて
ここでも何度も取上げさせてもらっているから
いまさらここでは書かないが、

逆に、インターネットや情報技術の一面的で表層的な
議論と、あるいはそれを既存の社会の仕組みや産業の仕組みと
むりやりこじつけ、合わせていくような議論が、
ある種の、あせりや思惑に煽動されていくような状況も
見えてくるにつれて、

おいおい大丈夫なんかなあ、、
と思わず考えさせられてしまう。





2000.6.25

西村東大教授のお話のなかにも書かれているが
基本的に最近のインターネットや情報技術と
日本の産業や経済との関連を考えるうえで
決定的に不足、というか、なされていないのが

経済や産業のなかで当たり前のように作られ流通し消費されている
当たり前に重要な要素である「もの」や「ものづくり」をめぐる議論だ。

その部分での深い議論がない、なされていない、状況で
表層的に「インターネットや情報技術」との関係を
考えても身になった議論が生まれてこないのは当然だ。





2000.6.26

まあ、たしかに「普通の企業」であれば
最近、日本中がフィーバーしている(古い!)
情報技術やインターネットを
なんとか仕事に結び付けていきたいところだろうが
同時に、「ものづくり」そのものにたいする
もっと深い議論もあっていいと思う。


この何年かを見ていても
1年ごとに目新しい基幹業務システムがベンダーから提案されて
なんとか導入していかなくちゃいならないと
右往左往している姿はもう珍しくもない。

最近の缶コーヒーのテレビコマーシャルでもそんな場面を
冷ややかにとりあげているものなんかがあったりして
内心、そうだそうだ、と溜飲をさげている人達も多いだろうが、、


、、長期的な視野や戦略を持たず、
、、ものづくりそのものに対する深い洞察を持たず、
情報技術だ、インターネットだと、焦ってみても
それで自分の企業に何がもたらされるのか、、




2000.6.27

いずれにしても
早晩、底の浅い話しはすたれていくだろうと思う。
米国経済のインターネット化、情報技術化による
経済や産業の活性化の議論、に翻弄されて
浮き足だったような日本経済情報化論みたいなものも
どこかで落ち着いてくるだろうと思うし
むしろそんななかで「自分の足元」に
気がつき目を向ける状況にもなっていくだろうと思うのだが

気をつけなくちゃならないだろうと思うのは
そこに至る経緯のなかででも
着実なものづくりや技術の進化を絶対に
止めてはならないということだろう。

インターネットや情報技術によって
それが加速されて行く部分もあるのだが、
そこに向わない状況も一方にある。
浮き足だっている間にいつのまにか足をすくわれてしまった、
なんてことになりかねない。

日本のものづくりが持っていた歴史や到達点を見失ってはならない。
その部分は今後注意深く見ていかなくてはならないと思う。



2000.6.28

正直言って、いままでのような話し、、、
「情報技術の激しい流れ」のなかで
なんだか産業や社会や家庭やが、
やみくもに翻弄されてしまっているような
そんな状況に見えて
浮き足だっているような、危なっかしいような、感じがする
、、のは少数派で、
そのほうがむしろ浮いちゃうかなあ、と
ちょっと思ったりするんだけれど

今日の読売新聞のなかの「マルチメディアのページ」に
サイバートークという欄があって
ソニーの土井常務(デジタルクリーチャーズラボラトリー所長)
が「ネット激変で忘れ去られたもの」という
コラムを書かれていた。

「現代社会の最大の問題は一人一人の心が
ちゃんと地球に根を張っていないことのように思われる。
だから、「ドック・イヤー」に躍らされ、隕石に
おびえてしまうのだ。」




2000.6.29

たしか土井さんというかたは
もう4年か5年ほど前から同じ読売の紙面で
そのサイバートークというコラムを
ずっと書かれている。

4年ほど前の話しだが
偶然、なにかものを包んであった新聞に
土井さんの「サイバートーク」が載っていて
おもしろそうだから新聞をちぎって読んだ。
たしかどこかにいまでもファイルしている。

その時の土井さんの「サイバートーク」は
そのころ話題になってきていた「インターネット」が
将来、どんなものになっていくかを早くも予言していて
とても面白かった。
すでにインターネットが社会のなかで
どういうものになっていくかを言い当てていた。



2000.6.30

そんな土井さんの危惧だからこれはちょっと
心して聞かねばなるまい。

まあ、隕石、、、の話しはたしかソニーの出井さんが
もともと言っていることで、

太古の昔、地球 に落ちた隕石が
地球の生態系を根本から変えてしまった。
インターネットは今後、同じように
人類にとっての隕石になるかもしれない、という話しだ。

だから土井さんが
「ちゃんと地球に根を張っていないと
隕石におびえることになる。」
というのは
おやおや、話しとしては「完結」しているではないか、、、。


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