今日のコラム・バックナンバー(2000年 5 月分)


INDUSTRYWEB HOMEへ戻る / 今日のコラムに戻る/ バックナンバーに戻る

掲載は日付順になっています。


2000.5.1

情報技術を使って前代未聞のいろんなこと、、
良いことも、悪いことも、、
が、社会や産業のなかに起きようとしている。
その一方で情報技術を使って自らがそれを変えていくこともできる。
なんとまあ、スゴイ時代ではあるんだろう。

それにしてもこれから起きてくるであろう
強烈でとんでもない変化に
今の日本の国民や政治家や経済人は間にあうんだろうか。


さてさて、
今日のコラムは
連休あけまでお休みです。

筆者はまた夜中を徹して一年一度の
電気自動車のイベントに参加するため遠方まで出かける。
また、その結果はいずれ、、、




2000.5.8

毎年の定例行事になっているのだが
今年もこの連休中に秋田県の大潟村で行われた
電気自動車のレース「ワールドエコノムーブ」に
参加するために
12時間をかけて信州から秋田県まで遠征してきた。

早いもので今年ですでに6回目に開催になる。
例年、多くの参加者を全国から迎え
これだけのイベントを成功裏に終わらせることは
大変な労力を必要とする。
主催者のみなさんのボランタリーな活動には頭が下がる思いだ。

我々諏訪湖電走会の仲間は
このイベントに参加するために
今年も忙しいなかから時間をさいては
車づくりに力を入れてきた。

といっても、今年のレース用の車は
基本的には昨年新調した車の
シャシーや電装関係、モーターの類はそのままに、
ボディーと細かな仕組みの部分を改造することで
昨年を上回る成績を残すことを目標とした。




2000.5.9

今年で6回目ともなると
レースとしての全体のなりたちなんかが
だいたい見えてきているように思える。
そんななかから実は「ものづくり」について
深く考えさせられたことがいくつかあった。

その前にまずはこのレースがどんなレースなのかを
説明した方がいいだろう。

このレースは供給されたイコールコンディションの小型バイク用の
バッテリー4つで2時間の間にどれだけの距離を走ることができるか、
と言うレースだ。

コースは3kmの直線の両端をヘアピンコーナーと大きなRで
結んだ一週6kmあまりのいたってシンプルなものだ。

トップのチームはバッテリー4つで
2時間の間に6kmの往復をはぼ12回繰り返し
70km強あまりを走破する。

距離を稼ぐためにあまりスピードをだすと空力や路面等からの
走行抵抗が増えるし、かといってあまりゆっくり走って
2時間たって電気があまっていてもしょうがない、、。
で、一番いいのは2時間ちょうどでぴったり電気が終わるような
走りかたをすることになる。

ところがこの「できるだけ早いスピードで走り2時間ぴったりで電気が
無くなる」という走りかたが結構難しい、、、






2000.5.10

バッテリーは時間とともに少しづつ力をなくしてくるから
それをみこんでおかなくてはならないし
充電の仕方によっては充電を「余分」にすることもできる。。

走路は往路が少し下っていて復路は若干登っている。
下っているほうは折り返し地点のはるか手前で電源をoffにして
惰性で下る必要もあるし、その地点をどこにするかによっても
結果が大きく変ってくる。

折り返し地点までぎりぎりパワーをかけたまま突っ込んでいって
「回生ブレーキ」を使って制動しながら
一気にキャパシタに電気をためる、、
こんな方法もいよいよ今回はトップチームのいくつかが採用していた。

今年で6回目のレースともなれば
結構優れた技術が登場してくるものだ。





2000.5.11

レースの結果から言うと80台あまりの参加車のなか
我々の車「スピリットオブスワッコ2000」は
距離では昨年の57、2kmから59、7kmと距離を
伸ばすことができた。
順位は総合で15位、一般のオープンクラスでは10位だった。
昨年の65台中総合13位に比べると
若干順位を落としてしまったが
レースの内容からすると昨年以上の闘いができたと思う。
あと300mほどで60kmの大台まで到達することができたのだが
それはまた来年のお楽しみというところだ、、。

さて、この間のレースの状況をみていると
いろんなことが見え、考えられると思える。





2000.5.12

レースは80台あまりの参加車によって行われた。
トップは70kmあまりを二時間の間に走っている。
我々は約60kmを二時間で走って15位になった。
昨年は65台の参加で
トップは73.8kmを走った。
我々は57.2kmを走り13位だった。

5年前の第一回のレースは
65台ほどの参加があり
トップは63.8kmで
我々は35.2kmを走り13位だった。

これでわかる通り、
トップはこの6回のレースで
63.8kmから73.8kmまで距離を伸ばしている。
我々はこの六回のレースでほぼ同じ順位を取りながら
35.2kmから五回目が57.2km今回が約60kmと
距離を伸ばしてきている。





2000.5.13

実はほかの順位も含めて表とグラフにしたものがあるのだが
(こんど諏訪湖電走会のホームページでグラフと一緒に
示すようにします。請うご期待)これをみれば
特にグラフにしたものをみればこの間のレースの到達距離の
伸びかたの変化がどうだったのか一目瞭然だ。

グラフの横軸にレース年度、右側になるほど最近のレースになる。
縦軸に距離をとる。
その上に1位、3位、6位、10位そして我々の距離を
折れ線グラフにしたものだが

伸び率で言えば当然といえば言えるのだが
下位のほうが伸び率は高いから
グラフで言えば右の上部に向って
すべての折れ線が集中していくまさしく「みごとなグラフ」になる。

つまり、近年のレースになればなるほど
どんどん性能が拮抗してきて
「ダンゴ状態」になってきているということだ。




2000.5.14

今回、レース後に、パドックに並んだレース参加車を
遠目にみて思ったことがある。

自分たちの車も含めてほぼ、そこそこの成績を残した車両は
だいたいこの6回のレースを経過するなかで
似たような「構成」の車両になってきているのだ。


よく言われる言葉として「勝ちパターン」という言葉があるが
まさしくこれらの「勝ちパターン」が行われたよく似たような車が
良い成績を残している。

車体の構成としては三輪で
前の車輪が二つで操舵し、
後輪がモーターとチェーンで結ばれていて一輪駆動、
ボディーは大別して二種類あるが
一体型の砲弾型か
ペンシル型のボディー左右に前輪タイヤを
つけた型、それもタイヤは直接は露出せず
カバーで覆われていて操舵と共に向きを変える仕組みをつけた
ボディーのどちらかだ。
重量は当然軽くなければ勝てないし
タイヤもミシュラン製ノ省エネレース用の特殊なタイヤを
装着する。
ほかにもバッテリーの充電なども暖めて行うなど
みなそれぞれ工夫を凝らしている。




2000.5.15

一面的過ぎるかもしれないが
言い切ってしまうと、それらの「勝ちパターン」を
ともかくも行っていないと、とりあえずの性能、つまりは
ある程度の距離に到達することはできない。

逆に言えばこれらの「勝ちパターン」を真面目にコツコツと
積み上げてきたところやそれを理解して同等のことなりを
行ってきたところはこの6回のレースでみな距離を
伸ばし、つまりはグラフの右上に向って集中してきたのだと
言えると思える。

特に70kmあまりを走る上位トップチームは
これらの「勝ちパターン」を
高度、高精度、高品位、に行い
間違いなく問題なく安定的に
運行を達成できたところ、と言っていいだろう。




2000.5.16

たぶん今後、距離が大幅に突如伸びることはないだろうと思えるのだが
それらの「勝ちパターン」をもっと高度にし、精度を高め
誤差をなくし、人間的な間違いによる突発的なトラブルや
不安定性をなくしていけば
少しづつでも距離は伸びていくだろうと思う。

ただ、二時間の間に距離をどれだか走れるか、という
単一の評価軸のなかでは
ますます車体の構成は標準化していくだろうし
「勝ちパターン」も標準化していくだろうと思える。
技術もまだいろいろ提案されてもいくだろうが
しばらくすれば均一化していくだろう。
それでも新たな技術の提案はされていくだろうが
距離の伸びはそう著しいものではなくなっていくだろう。



2000.5.17

筆者はこれらをみるなかで
日本の技術革新と技術に対する評価の軸、
そしてなによりも経済発展との関係を思わず考えさせられた。

大量生産の製品を安く作り多くの消費者に供給する。
こういう評価の基軸のなかでは
「勝ちパターン」は一定でいい。

ある一定の目的に向って
「勝ちパターン」が見えていて
それを高度に高精度、高品位することを命題にし
誤差をなくし不安定性をなくしながら進めていけば
一定の「成績」は得られる。

日本のものづくりはたぶんこうだったのじゃないかと思える。




2000.5.18

しかし単一の評価の軸のなかでは
技術革新のわりには思ったほどの「成績」の伸びは得られない。
いずれ技術革新はスピードをゆるめる。

つまり「成績」を評価するのが例えば距離だけとか、単一の軸の上では
技術革新や技術の多様な発展のスピードは相対的に下降するのではないか。

たしかに電気自動車のレースだったら
たとえ1メートルでも前に進みたいという気持ちはあるし
それを「成績」として評価する「軸」はあくまで残っているのだから
それはそれで良い。

言わば、高度化していくことや最適化していくこと、は
まだまだ有効ではあるし大事な手段であると思う。

しかしことが電気自動車による距離のレースではない
社会や産業でのこととなると少し話しは変ると思う。





2000.5.19

たしかにこれまでは製造業も電気自動車の距離のように
単一の評価の軸の上で駆動されてもきたが

今後はそれだけではすまされない。

単一の評価の軸ではなく
多様で様々な評価の軸があっていいのだろうと思う。
そうでなければ
技術の革新や様々な革新的な試みも
ドライブされていかない。

電気自動車で言えば距離だけでなく
加速性であるとか静粛性であるとか
いろんな評価軸はあるはずだ。



2000.5.20

社会や産業の上でも
大量生産によって製品を安く作り多くの消費者に供給する、、
という評価軸以外に
もっと様々な評価の軸があっていい。
それがあって初めて技術や革新も駆動されていく。

今、まさに日本の社会や産業の上に
必要なことはそれではないのか。

様々な評価軸を自ら創り変化させ
それとの関係で技術やものづくりそのものも
相対的に変化していく、、。
技術やものづくりが変化することで
評価の軸そのものも変化していくことが必要となる。

評価の軸はどうやって変化させていけばいいのだろうか。

たぶんこれこそネットワーク社会の重要な点だろうと思う。



2000.5.21

ところで、もちろん
評価の軸も多様な価値観も
たくさん生まれてくる事が重要なのだが
かといって
いままで日本のものづくりが行ってきた
「技術や擦り合わせの積み重ね」、、
そしてこれによって得られる
少しづつではあっても
前へと進展していくものの作り方、
を捨ててしまっていいのかというとそんなことはない。

日本が作り上げてきた
きめ細やかで微細で綿密なものづくりは今後も
少しづつではあっても着実に進めていくべきだ。




2000.5.22

ところがどうも最近、日本のものづくりは
アメリカのやり方にならって?
「最適化」の方法を捨て
あるいは「最適化」と「最大化」の融合も目指さず
単に「最大化」に向っているようにも思える。

アメリカはその「最大化」の最たる国だと思うが
そのアメリカでさえ
最適化の優れたところをものづくりに
取り入れ、あるいはそれらの融合を目指そうとしているのに、だ。

前後するが最近
「最適化」とならべることばで良く聞くことばは「最大化」だ。

今回の電気自動車のレースが最適化の例だと考えれば
逆に最大化の例として思えたのは
「タミヤのミニ四駆」だと思える。




2000.5.23

標準部品を購入しそれの組み合わせで想定された性能を引き出し
それから出てきた「性能」のなかでレースを行う。

「自動車のレース」と言う点では両方とも
同じようなものだが実際はまったく異なると思う。

同じようなものとして比べたら怒られるかもしれないが
ヨーロッパで主に行われている「フォーミュラ1レース」と
アメリカで主に行われている「CARTレース」の
違いといってもいいかもしれない。

どちらも同じような車体構成の自動車
(ご存知のように葉巻型というか唐辛子のような形というか
そんな形の車体の四隅に大きなタイヤを配置した例の
形である)とう点では非常に似通っているし
当然のように「レギュレーション」にのっとって作られ
レースそのものも成り立つという点では同じだが
レースの成り立ちというか技術開発と評価、(ここでは
当然「速さ」なのだが、、)では
まったく天と地ほども異なる考え方をしていると言っていい。




2000.5.24

先日の日経新聞の「経済教室」に東大の藤本教授が書かれていて
なるほどと思った。
日本は擦り合わせの文化でアメリカは組み合わせの文化
、、なんだそうだ。

やはり同じころの新聞に書かれていたそうだが
トヨタの相談役が日本は「育てる文化」であり
アメリカは「選ぶ文化」、、なんだそうだ。
これも同じことだと思う。

まさしく我々が行っている電気自動車のレースは
「擦り合わせし」「技術を育て」ながら行ってきたレースだ。

一方タミヤのミニ四駆レースは「組み合わせの文化」、「選ぶ文化」だ。
ラジコンレースの自動車レースもそうかもしれない。
若干自分たちで創りこんでいくことはあるにしても
基本的にはそう見える。

ヨーロッパで主に行われている「フォーミュラ1レース」は
前者の考え方だと思うし
アメリカで主に行われている「CARTレース」は
後者だと思う。




2000.5.25

しかし、ことは車のレースの話しではない。

最大化によって「創造性」が発揮されるとか
いう話しがあるがこれはどういうことだろう。

たしかに共通するインターフェイスを持ちながら
異なる価値観や考え方で支えられたものや技術を
組み合わせることによって
想像もできなかったような新しい発想が生まれるということは
ある。

特に評価軸が様々にある場合は
想像を超えた様々な組み合わせの部品や技術が
持ち込まれ組み合わされる必要があり
それがまた評価の軸を進化させ全体として
新しい発想が生まれてもいく。


ただ、だからといって
日本の行ってきたようなやり方が悪いとか
言うつもりもない。

つまりは最適化と最大化の良いところを
組み合わせる必要がありはしないかと筆者には思える。





2000.5.26

モーターの巻きかたを細かく工夫してみたり
いろんなところに様々な工夫を行ってみる。

一方で
標準化されたりモジュール化された部品や技術を
持ち込み様々に組み合わせ可能性を広げる。

同時に評価の軸もそれと共に変え進化させていく。
こういうやり方が今後は重要ではないのか。

日本には日本の、アメリカにはアメリカの
産業や社会の進化の仕方があるのだろうが
日本は高度な「擦り合わせの文化」
「育てる文化」をなくしてはならないと思うし
同時に多様性を実現するやり方も
とり入れていかなくてはならないとも思う。




2000.5.27

最近の車の作られかたを見ていても
最新のパソコンの作られかたを見ていても
そういう作り方をしっかりちゃっかりやっている
メーカーというのはあるもので

標準部品やモジュール化された部品のかたまりのような
パソコン、特にノート型のパソコンでさえ
先端メーカーのものはちゃんと競争メーカーの
先を行くような「ここはちょっと違う」というものが
ちゃんと組み込まれていて
そのメーカーのブランドともあいまって
最終的に他社との差異化に成功している。



2000.5.28

雑誌の宣伝なんかで消費者が喜んでいるような
カタログスペックだけみていても
あまりそういうのは見えてこないだろうが、
そういう明日につなげる技術というのは
メーカーもちゃんとわかっているからしっかり培っていて
なぜか他社とは基本的なところで性能が違っていて
それも例えばCPUみたいな購入部品以外のところで
その違いが出てきている。
消費者にその違いがなぜ出てくるのか詳しく説明しないでも
それは「○○○○」というブランドメーカーだからにほかならない、、、
で充分納得しブランドイメージは充分に高まっていってしまう。





2000.5.29

「組み合わせの文化」、「選ぶ文化」によって
いろんな商品の形態は出てくるし
その組み合わせの量の可能性も非常に高まる。
だけどそのもうちょっと先に進ませる力は
やはり最後は「擦り合わせ」や「創り込み」の力だ。
「擦り合わせし」「技術を育て」ながら
少しづつでも先に進んでいく必要があるし
最後の差異はここから生まれてくると思える。

何度も書くが
こういうのは日本の得意としてきたやり方ではなかったか。
わかっている人は充分にわかってもいるんだろうが
最近はどうもそういう日本の優位な部分が
捨て去られていくように見えて
これはちょっと問題じゃないかと思うのだ。






2000.5.30

若者の技術の習得、、というか、若者と大人たちの「関係」について
テレビで見たシーンをふりかえりながらちょっとこの間考えた。

ある有名はすし屋さんでは月に一度「感謝デー」を開催、
何人もの新米の板前さんがこの日はお客さんに向ってすしを握る、、
一皿で格安200円だ。
カウンターに座ったお客さんの言葉が新鮮だった。
「この板前さんがはじめて店に出た時にはじめてついた客です。
どんな板前さんになっていくのか見守っていきたい。
たのしみじゃないですか」
新米の板前さんもお客さんに胸を借りて技術を習得しようとしている。

ある平面研削盤のメーカーでは
世界に誇れる高精度高品位の機械を創り出すことを使命としている。
ここではキサゲなどそれを実現するための技術を企業のなかで
若手技術者のなかに蓄積し、育てることを体系的に行っている。
ここの機械の製造組み立ては一人の責任者にまかされており
出荷時には責任者の名前が記載されたプレートを機械に貼る。
修理やサービスも責任者が行い受け持つ。
自分が作ったものを社会や必要としてくれる人々に向って送り出す。
、彼らの誇りはそこにあるのだろう。





2000.5.31

昨年から最近まで盛り上がりを見せた
世界的なヨットレース「アメリカズカップ」、
日本艇の奮闘ぶりと優勝の可能性が伝えられたが実際は予選で敗退。
予選で圧倒的な強さを誇り決勝に進んだ
イタリアからの挑戦艇「ルナロッサ」も
ニュージーランドの防衛艇「ブラックマジック」に
まったく刃が立たず敗退してしまった。

理由はもちろんいくつもあるだろう。
ある識者は決勝レースの合間に見たある出来事をその伏線とみる。

レース海面近くでレース観戦を行っていた子供達のヨットから
子供達をニュージーランドの防衛艇「ブラックマジック」に乗せ
一緒にヨットを操作し楽しんでいたという。

ニュージーランドのヨット文化のふところの深さや
子供達と大人たちの関係がこのシーンだけで見えてくるような気がする。

たぶん、、、間違いなく数年後のアメリカズカップにおける
ニュージーランドチームの推進力は彼ら子供達が担うことになるだろう。

次代を担う若者や子供たちと、それを育て次の時代の担い手として
育んでいこうとする大人たちの、
明確で強固な意志と志、そして夢がここにはあると思う。





INDUSTRYWEB HOMEへ戻る / 今日のコラムに戻る/ バックナンバーに戻る