今日のコラム・バックナンバー(2000年 2 月分)


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掲載は日付順になっています。


2000.2.1

話しを戻すと、そのSRのミーティングでは
開発設計者に対して出席者からおもしろい質問が出たのだという。
曰く、「SRが好きなようですが、SRに乗っていらっしゃいますか?」

対してこんなことがあったのだという。
「・・・それに対して、ヤマハ側の人たちは、当然のように?口ごもってしまった。
誰もSRなんぞに、自分のものとして今までに乗ってはいないのだ。
私は、さもあろうことは承知していた。しかし、どう答えるか聞きたかった。
だが答えにつまったまま時がすぎた。会場がシラケムードになり、
気まずい思いが皆に浸透しただけだった。」
「モノマガジン400号記念特大号」

小野氏もいろいろ感じ、考えたということだが、
筆者もこのエピソードを読んで、
やはりいろいろ考えずにはいられなかった。

もともと単なる「工業製品」である「ヤマハSR」というバイクの
オーナーズミーティングがあることはもちろん許容できる、、
また、その場にそれを作ってきた開発設計者が
作った人として出席したとしてもそれは別に不思議なことでもなんでもない。

オーナーとしては自分のバイクを創ってくれた開発設計者にも
自ら乗っていてほしかったのだろうが、
しかし、その場の質問として
「SRが好きなようですが、SRに乗っていらっしゃいますか?」
の質問は少し酷だったかもしれない。



2000.2.2

オーナーである質問者の期待と
製作者の持つ思いとは少々ずれがあって当然といえば当然だろう。

開発設計者はSRに乗ってはいないかもしれないが、
かといってSRが嫌いなわけでもないだろう。
製作者として乗っていて欲しい、という気持ちを
オーナーとして持つことももちろんわかるが
でもそれはちょっと無理があるのかもしれない。

といっても、製作者が自分自身でもSRに乗っていて
一人のオーナーとして自分の作る「工業製品」に
思いをいれることができ、
他のオーナーと同じ目線で語りあうことができれば
たしかにそれはそれで理想的なことではあるのじゃないか。





2000.2.3

本来、これはバイクや車の話しだけじゃない。
作り手と使い手が別べつに存在していて
それぞれの思いが互いに伝わらないことは
今のものづくりでは当たり前、の状況ではある。

むしろそれが「当然」とされているから
デジタルカメラや炊飯器や冷蔵庫や、、家電なんかで
作り手に使い手の気持ちが伝わっていく
あるいは、使い手に作り手の気持ちが伝わっていく、、
なんてことは普通気にもしないし、価値にもならない。

こんな気持ちで使ってほしいなあ、とか
こんな気持ちで作ったのだろうなあ、とか
考えながら使ったり作ったりしたなんて
あんまり聞いたこともない。



2000.2.4

でも、、、
もし、本当のところ
その「分断」されていた「作り手」と「使い手」の
気持ちの交流、、
作ってもらったことに対する喜びや感謝や
使ってもらって喜んでもらったことに対する感謝が
本来はあっても良いのだろうと思う。

それが「なくて当然」となっている現状が少々寂しい現状なのであって
本来はそういうものはもっとあっていいはずだと思う。

で、それがあれば決して作り手がバイクに乗っていなくても
作り手が家電を使っていなくても許されることだとは思う。

たしかに作り手も同じものを使っていて
オーナーと同じ目線でいるというのは理想ではあるが、
それがなくてもお互いに対する理解や感謝などを中心とした
「交流」というものは発生するはずだ。

ヤマハの技術者が「SRは好き」だということと
「だけど乗ってはいない」ということは
別にしらけてしまったり責められる話しではないのだと思った。



2000.2.5

こういうことは言えるのだと思う。

これが「好きでもないし、ただ生活のために生きるために作らされている」
んだとしたら、これは本当にしらけてしまうかもしれない。

幸い?なことに家電や普通の工業製品では
使い手と作り手の気持ちをお互いに知る機会はないし方法もない。
(最近はそうでもないが、、、)

使い手は、作り手は使っていなくてもいいから
(できれば使っていることにこしたことなないけれど)
少なくとも自分で作ったものに関して
誇りを持っていて欲しいし、
使い手の気持ちや、できれば感謝を含めた感想?みたいなものが
作り手に伝わって欲しいのだと思う。




2000.2.6

本来、作り手と使い手の間には
もっと「密接な関係」というものがあるはずなのだと思う。

ところが「大量生産」「大量消費」の時代になって
その関係が分断されてしまった。

もちろん、それを知る必要もなかった時代なのだとも言える。

人々の生活や産業や家庭・個人が必要とする
「もの」が圧倒的に不足していた時代には
一人ひとりの使い手の気持ちが伝わらずとも
ともかくも価格の低廉な、標準的な、安定した「もの」を
ただひたすら多くの人々に供給することが正しいことであったし
時代がそれを求めていたのだとも言える。

市場にむけてただひたすら「もの」を大量に供給することを
事業の使命としている企業が正しい企業の姿でもあったのだと思う。

しかし、今はよく言われるように
生活に必要な最低限のものや標準的なものは
この日本ではあふれるほどになってきてもいる。
「大量生産」されたものを「大量消費」する分野もないではないが、
もうそれは充分すぎるほどに安価に安定的に手に入る時代になった。




2000.2.7

これからはいったいどんなものづくりの価値観が
一般的になっていくのだろう。

すでに少なくとも最低限必要なものはあふれるほどの状況に
なってきているのならば
それとは異なる「もの」、、、
日ごろ、なくてもいいがあれば生活を
豊かにしてくれるもの、、、
以前から言っている言い方であれば
「もの」から「こと」になっていくのは違いないだろうとは思う。

その「もの」でいったい自分の生活や仕事や家庭が
どう変わったり豊かになっていくかの可能性を
垣間見せ、提案してくれる、、そんなことを
期待していくのじゃないかと思える。




2000.2.8

で、考えてみれば
そういう「どんな生活をしたいか」を一番知っているのは
生活者自身だということは
考えてみれば当たり前のことだ。
だから本来、使い手が必要とするものを
作ることができることが一番の理想といえば言える。

欲しい人が自分で欲しいものやサービスを自分で作る、、ことが
一番理想に近いことではある。

なにをしたいのかを一番知っているのは
生活し存在してるひとその人自身、
生活や社会や産業と
一番むきあっているのは
その人自身だからだ。





2000.2.9

しかし、それはクラフトや自己完結できるようなものであれば
不可能ではないし
あるいは「もの」だけで完結できるものであれば
不可能でもない。

でも、今の時代に可能性がある、例えば「ネットワーク家電」や
「ネットワークに対応したもの」
「ものにコンテンツや情報を付加しなければ使えないようなもの」
それと「個人の力ではどうしてもできないようなもの」は
個人で作ることは難しいことではある。
いわば組織やネットワークで作ったり
ネットワークで使うようなものは
ネットワークや組織が必要になっていく。

使い手のことを理解して作れる「作り手たち」が必要になっていくのだと思う。

これからは使い手と作り手たちがいっしょになって
ものや必要とするサービスを作り上げていく時代になっていくのは
間違いないのではないかと思う。





2000.2.10

7日の夜10時から4夜連続で
NHK教育テレビ「ETV特集」において
日本の職人のものづくりについての特集が放送された。
見たかたも多かったのではないかと思う。

7日は
「職人列伝1、人ができなきゃ俺が作る・プレス加工」年商6億の技

第二夜は
「職人列伝2、天文の技がハイテクを制す・光学機器」宇宙観測

第三夜は
「職人列伝3、技を機械に写しとる・金属材料製造」伝統と先端技術

第四夜は
「職人列伝4、逆境こそが知恵を生む・織物業」ハイテク機械の秘術

それぞれの企業はまったく違った「業界」ではあるし
企業の規模もそれぞれにまったく異なる規模である。

唯一といっていいかもしれないが、共通だったところは
親の代からその仕事や、あるいはその仕事に関連した仕事を
していたというくらいだ。





2000.2.11

それともちろん、もう一つ、共通点をあげるとすれば
今回の番組の「テーマ」であったはずの
ものづくりに対する真摯な姿勢とそのなかから
「学んできたこと」そのものだった。

さすがにそれぞれの道で極めていこうとしている人達ではある、
こんなコラムでその姿勢や到達点を軽々と見極めるなんてことは
それこそ恐ろしくてできるようなことではないが、

先輩がたが長い時間と、そのなかで
たぶんあったであろう試行錯誤のなかから
学んだのであろうことを
番組ではうまく聞き出し、まとめてくれていたように思えた。

ずばり言うことを許していただければ
基本的には
常に時代が必要とするものを見通しながらそのなかに
必要となる「オンリーワン技術」の技術を
極めてきたということなんだろう。





2000.2.12

ただ、さすがにそれだけではないところが今回の話しの
面白かったところだ。

今回番組に登場したほぼすべての先輩のみなさんは

けっして自分の作り上げてきた、現在持っている、
技術の到達点を固定的なものとは見ていない。

当たり前の話しではあるが
「オンリーワン技術」の技術であっても
常に「高み」を目指していかなくては
ならないのだと言っている。
いや、むしろ、オンリーワン技術の技術として生まれた時から
それはすでに過去の技術として乗り越えられるべきものとしての
存在に変わっていくのだということだ。

特許や著作権で守るべきものは守っていかなくては
ならないことももちろんなのだろうが
むしろ過去のそれらを守ることによって
自分の未来をも守ろうとしているのではないことが
筆者には鮮烈に写った。

また、オンリーワン技術の技術もこれからは
仲間やネットワークのなかでの知恵の重ねあわせのなかで
より高まっていくのだということも
ほぼすべてのみなさんが言っていたのも印象的だった。




2000.2.13

なによりも
この特集のなかでいくつもの山と谷をくぐり抜けてきた
先輩たちの話しを聞いていて
一番感動したのは、

自分たちを取り巻く時代や社会や、あるいは産業や
家庭や個人や、、そういったまわりとの関係のなかで
自らの仕事、技術、知識、をしっかりと位置づけ、捉えていることだった。

けして自分たちの仕事を
単なる目先の仕事とは捉えていない。

時代や社会がどう変わっていくのか、
そのなかで自らの仕事や技術や知識が
どういう貢献が必要とされ、どう変化していかなくてはならないのか、、。





2000.2.14

そういう真剣なまなざしと問題意識が
時代が必要とするものを生み、育ててきたのだろうと
強く思った。


コラムの最初の方に、今回の番組に登場した企業は
「それぞれの企業はまったく違った「業界」ではあるし
企業の規模もそれぞれにまったく異なる規模である。
唯一といっていいかもしれないが、共通だったところは
親の代からその仕事や、あるいはその仕事に関連した仕事を
していたというくらいだ。」

と書いたが
その時代認識とそのなかに自らを位置させることが
できているのもあながち偶然ではないと思える。





2000.2.15

これから情報化社会の加速のなかで、
グローバル化と言われる、世界的な平準化競争のなかで
世界的、国際的な基盤のうえでの
猛烈な「競争」が起きてくるだろう。

同じことをやったり作ったりすることが増えて
今後どんどん「違い」が見えなくなってくる時代には
「見出される差異の部分」でしか評価されない可能性さえある。

その「見出される差異の部分」とはたぶん「価格」になっていくだろう。
「価格」が同じであれば「質」やや「時間」が問題になってくるが
標準化やモジュール化のなかでそれは安定していくだろうから
最終的には「価格」という軸の上で評価されえる。

国際競争のなかで情報化の進展とともに
ますます激烈な競争が始っていくことはほぼ間違いない。




2000.2.16

オンリーワンの技術であっても競争は避けられない。
常にそれを凌駕しようとする技術は
当然生まれてくるであろうし、またそうでなくてはならない。
もちろん、急激な基盤となる技術やインフラの変化によって
一夜にしてオンリーワンの技術が陳腐化して
しまう可能性も高い。

なにを作ってもなにをやっても、なかなか安定した未来が見えづらい。
そういう時代認識のなかで
我々「ものづくり」に携わるものは
いったい、なにを基準に
「ものづくり」に関わっていけばいいのか、、。

そうそう簡単に答えは出るはずもないと思いながら
でも、なんとか答えを見出さねばならないところに
すでに我々は立っている。



2000.2.17

今後も様々な手法や解を見つけるべく指向錯誤が続くだろうが
少なくとも
最近の上滑りな金融界産業界の話しや
安易なベンチャー育成の話しの延長上にはきっとない。


今回のテレビ番組に出た先輩から我々は学ぶべきこと、、、
それはいったいなんだろう。

冷静で正確な時代認識、、
自らの持ち得べき、知識
社会と自分との距離感と位置、使命と貢献を判断できる力。
とでも言えばいいか、。

少なくとも
「現実との連関」と「過去からの時間軸」
そして「価値を生み出すこと」から離れてはありえない

そうそう答えは簡単には出ない、と思いつつ、
今回のテレビの特集を通じ
先輩がたの仕事とその姿勢をみるなかから
そんなことだけはいえるのではないかと思えた。




2000.2.18

先日、週刊現代の現代ライブラリーという書評欄に
「始祖鳥記」(飯嶋和一著  小学館  \1700  2月20日発行)
という本のことが書かれていた。

「リリエンタールの100年以上も前に空を飛んだ日本人の破天荒な冒険物語」
、、ということだから早速出たばかりのその本を買って読んだ。

たしかに一般的には世界の航空史では
最初に空を飛んだのはドイツのオットー・リリエンタールで、1891年に飛んだ、、
ということになっている。
これはエンジンなしのグライダーによるもので
エンジン付きの航空機によるものは
ご存知、ライト兄弟の「フライヤー1号」による1903年の飛行が
最初の飛行になる。




2000.2.19

しかし、どれほど飛んだのかは明らかにされていないのだが
そのオットー・リリエンタールが1891年に飛んだ、
そのまだ100年も前の1804年、
岡山出身の表具屋「備前屋幸吉」が
グライダーのような滑空機を製作して空を飛んだというのだ。
「始祖鳥記」はその「備前屋幸吉」の「破天荒な冒険物語」である。

なお、これは「始祖鳥記」とは関係ないが
あまり知られていないことなのであえて書く。
実はライト兄弟の1903年の初飛行に先立つ1893年に
日本人の二宮忠八がゴム動力で翼幅2メートルの実験機を製作して
実際に飛ばしている。




2000.2.20

これは軍の許可が降りず製作にかかれずにいたら
そのうちにライト兄弟に先を超されてしまった。。
軍がその発明の先進性と重要性に気がつき
その実験の後押しをしていたならば
たぶん航空史が変わっていたことはもちろん、
現在の航空機産業の状況まで変わっていたのではないかと
おおいに悔やまれる。

今更書くまでもないが、
こういった先駆者の苦労や先進的な試みの価値は
なかなか理解されないことが多いことは
昨今のベンチャービジネスや新産業の育成でも
同じ事が言えるようだ。もしかしたら
100年以上も前から状況はあまり変わっていないのかもしれない。
残念なことではある。




2000.2.21

最近でも「青色発色ダイオード」や「青色半導体レーザー」の
世界に先駆けた発明で有名になった日本の研究技術者が
より良い研究開発環境を求めて
アメリカの大学の教授として渡米したことが話題になった。
まさしく「創造性のある人材を活用できない日本の研究環境」が
優秀な頭脳の国外への流出を進めてしまっているようだ。

「青色発色ダイオード」や「青色半導体レーザー」は
DVDなどこれからコンピューターなどの記憶容量を
飛躍的に拡大する重要な技術だ。

世界的にし烈な競争が行われていたなかで
日本の研究者が世界に先駆けてものにしたことは
すばらしいことであったのだが
なんと、理由はいろいろ言えるだろうが、結果的には
その研究者がアメリカから引き抜かれてしまった、、
ということなのだ。





2000.2.22

話しがだいぶ飛んでしまった。

その「始祖鳥記」では
子供のころから表具屋で腕を磨き、
また凧作りと凧上げがうまかった備前屋幸吉が
青年時代に一人乗りのグライダーを作って
岡山城下を飛ぶということから様々なエピソードを
加えながら進んでいく。

すでに江戸時代ははつらつとした時代を過ぎ
腐敗と停滞の時代を迎えつつある。

岡山城下でも時の為政者に対する人々の
不満や批判が膨れつつある。

そんななかで自らの知恵と「やりたいこと」に対する純粋な気持ちから
備前屋幸吉は自ら考案したグライダーにのって
苦労のすえ岡山城下を短時間ながら滑空することに成功する。




2000.2.23

しかし、その幸吉の純粋な気持ちとは別に
岡山城下の人々のなかでは
時の為政者にたいする批判者としての化身「ぬえ」として
祭り上げられ自らの思うこと以上に話しが大きくなっていってしまう。
結局、幸吉は、岡山城を下に「ぬえ」として
怪しいものを作り飛行し
「イツマデ、イツマデ」といいながら
為政者を批判している人々をたぶらかすけしからん奴、、、、、、、
というわけで捉えられ、財産を没収されたうえ
岡山から放り出されてしまう。

その後、いろいろ紆余曲折があるのだが
最後はなんとかまた晩年に移り住んだ静岡県で
考案したグライダーにのって
長時間の飛行を成功させるのだ。





2000.2.24

あとは是非買って読んでいただきたいのだが

その、岡山から放り出されてから
晩年の静岡での飛行にいたるまでのエピソードが
岡山城下で飛行し捕まるまでの話し以上に面白い。

いや、面白いというよりは
目先の利害に汲々とする人々にくらべ
自らの「やりたいこと」「なすべきこと」に
まっすぐに突き進む幸吉の
その純粋な生き方がやがて多くの人々を感動させ
その人々の生き方までも変えていく、、
そこの部分が感動的ですらある。





2000.2.25

「始祖鳥記」の中に登場する
下総行徳で塩の問屋を商っている巴屋伊兵衛は
為政者と結託し不当な利益をあげている一部の特権的な塩の販売業者が
自分たちの業界やあるいはそれが消費者にとっても
いずれは倒し塩の流通の仕組みを変えていかなくては
ならないものなのだとわかっている。
いずれこの仕組みをなんとか変えていかねばと孤軍奮闘するのだが
なかなか、仲間の無理解や状況がそうはさせてくれない。

また、そのなかで知り合う船の輸送を営む福部屋源太郎は
自由な仕事のやり方と市場を求めて
既得権益で縛られた業界のなかから自らの力を頼りに
新たな商売の領域へ出ていくことを目指すのだが
それは沿海を航海するいままでの輸送形態から
危険ではあっても外海に出て時間を短縮することが可能な
新たな航路を開拓することを意味する。

彼らはそういうリスクを背負い込み、悶々としながら、
自らの新たなる「道」を模索していくのだが
そのきっかけになり彼らを勇気つけるのが
空を飛ぼうと為政者までを敵にまわし財産を没収され
生まれた町を追われてまでも
目的に向って進み続け空を飛ぶことを目指した備前屋幸吉のその生き方だった。





2000.2.26

一人の生き方がまた一人の生き方を目覚めさせ
また新たな人々の生き方に共鳴していく、、
時代を変えていく、

これは今の時代にも必要なこととして
そのまま言えることなんじゃないか。

その本の帯に書かれていたことがよくわかる言い方だ。
「空前の凶作、貧困で、
人心が絶望に打ちひしがれた暗黒の天明期、
大空を飛ぶことにおのれのすべてを賭けた男がいた。
その”鳥人”幸吉の生きざまに人々は奮い立ち、
腐りきった公儀幕府の悪政に敢然と立ち向かった。」

この本こそぜひ「ベンチャー企業」に読んでもらいたいと思った。

ちなみにこの「備前屋幸吉」について興味のある人は
ここを
前述の「二宮忠八」については
ここを見て欲しい。





2000.2.27

今年の「キーワード」は「共生」だと前に書いた。
様々な新聞や雑誌で
「共生」の2文字が多く見られるように思う。

自分だけでそう思っているだけのような気もしないわけじゃないし、
そう思っているから余計に目についているのかもしれないが、、

この前もある大学の先生と話していたら
「共生」のこと出てきたからそんなに間違った認識でもないと
思っている。

で、一方で前から浸透している「キーワード」に
「競争」という言葉もある。

特にここ最近の「規制緩和」ということが
叫ばれるようになってきてから出てきたように思う。

「規制緩和」によって不当に守られてきた業界などが
正当で当たり前の「競争」に参加していくことで
グローバルな時代に適応できる力を持つことがはじめてできるのだ、、
、、という具合の話しだ。




2000.2.28

金融業界の前時代的な仕組みや体質も
グローバルな時代に適応するべきであって
護送船団や規制によって守られているのは
けしからん、、という話しもあって
これはこれでおおいに結構な話しではある。

ついこの前の、どこかの金融関連団体の長が
変えるべき業界の体質や利益を守るような話しをして
自任に追い込まれた、、という話しは
たしかに困った話しであって
古く、破棄すべき、妥協や不具合があって、
人々の利益を損ねたり、それを不当に守ろうとする
仕組みややり方や、あるいはそんなことをする人々は
やはり変わっていってもらわないといかん、と思う。



2000.2.29

しかし、その「不当な仕組み」を廃して
自由な競争を促進していくべきだ、と
単純に言っていてもいいのだろうか、、とも最近思う。

先日、テレビを見ていてはじめて知ったのだが
町の酒屋さんは、人口とか隣の酒屋さんとの距離などで
出店の条件が細かく規制されている、らしい。

で、この規制が今後数年で撤廃されて行く予定だとも言っていた。

もしそれが本当ならば
これから先に、
町のなかに酒屋さんが並んで開業していることもありうるだろうし
既存の町の酒屋さんの隣に
有利な立地展開を求めて大規模な安売り酒マーケットが並ぶことにもなる。

、、、たしかに価格やサービスや付加価値の競争が行われて
消費者に都合のよいお店があれば
それはそれでいいような気もする。



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