朝日新聞 1999年10月16日
ひとミュージアム 池田町立美術館 主張するベンチ
山の中腹に、池田町立美術館はある。前庭から北アルプスと安曇野の田園風景のパノラマが広がる。
入り口から左側に、洋画家奥田郁太郎の常設展示室がある。東京の川端画学校に学び、安井曾太郎に師事した奥田は、安曇野を描き続けた。松本市に転居した後も、1994年に亡くなるまで、過去のデッサンをもとに幾つかの作品を完成させた。
奥田の絵画のほかに、陶芸家篠田義一氏の金彩の作品、洋画家山下大五郎の山岳画がある。館内にも山と田園があふれる。
美術館のロビーに、どっしりとした、漆塗りのベンチが四脚並んでいる。町に住む家具職人服部守弘さんが作った。背もたれには左右対称の曲線が刻まれている。「仏様の顔」だという。「神社の狛犬のように、美術館にも訪問者を歓待するものがあっていいと思いました」
服部さんは、松本市から池田町に引っ越して十年になる。この町を終の棲家に選んだのは「風景と人情が気にいった」からだ。美術館の仕事も町おこしに一役買おうと請け負った。
関西の港で働いていた服部さんと信州との出会いは、二十年以上前にさかのぼる。神戸市内のデパートでたまたま見かけた家具の展示即売会がきっかけだった。職人の細やかな仕事ぶりが伝わってきた。「何か手に職を」と考えていた服部さんは、家具を作った松本市内の店に弟子入りすることを決めた。
「空間の中でも存在感があり、安らぎも与える家具を作りたい」。採算を度外視して都内や神戸で個展を開き、腕を磨く。
美術館にある服部さんの「作品」は、ベンチのほかに、ラウンジのテーブルやイス、展示ケースなど約二十点。すべて完成させるまで半年を費やした。素材にもこだわった結果、収支は赤字だった。
優れた美術品の中にあっても、服部さんの家具も主張をやめない。
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