博愛新聞 平成13年 1月号

21世紀の誓い

新年、明けましておめでとうございます

21世紀にあたり、博愛眼科クリニックは、五つの誓いを立てました。

@ すべての患者さんに対して、自分の親類や友人と思って接すること

A 患者さんに対して、公平に接すること

B 医療ミスを防ぐシステムを確立すること

C 医療ミスをしたら、公表すること

D 患者さんの言動を、すべて善意に解釈すること


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  つれづれ思うこと

                           院長  多田 博行  

能力のある人が正当に評価される社会が、能力があっても評価されるとは限らない社会より、優れていることに誰も異論は挟めません。しかし、そこに大きな落とし穴がないでしょうか。

アメリカ社会は、機会は均等で、能力と努力によって、人は誰でも社会的に成功すると信じられています。しかし、それが強くなりすぎると、社会的に不幸な人は怠けた結果だ、社会的に成功した人は能力があって努力した結果だという逆の論理が成り立ってきます。そのような社会では、勝者が非常に高額な報酬を得ても批判が出ません。それどころか、社会的に不幸な人を優遇することこそ不平等であり、まず、自助努力をすべきであると考えます。貧富の差が大きく、いまだに医療の国民皆保険がないのはそのためではないでしょうか。

 日本では、地位の高い人は能力があって努力した人だとは、必ずしも思われていません。たまたま、運が良かっただけなのだ、もっと優秀な人が沢山いると多くの人が思っています。社会的に不幸な人が怠けた結果だとは必ずしも思っていません。努力したけれど、天の運がなく、結果が出ないだけなのだという考えの人が多いのです。だから、そのような人達を優遇することは社会の務めであるという自然の感情が人々の心に宿ります。そのため、日本で、社会保障、福祉、医療の国民皆保険が整備されたのではないでしょうか。

人生は、運が2分の1、努力が4分の1、能力が4分の1だと思います。努力や能力が評価される社会であってほしいですが、天の大きな力(巡り合わせ=縁、病気、怪我、災害など)には無力です。成功しないからと自分を責めることもないのです。今、規制緩和、自由競争、能力主義、真の平等、グローバルスタンダードが善であると言われておりますが、それが社会的に不幸な人の切り捨てにならないことを祈ってやみません。