博愛新聞 平成24年 10月号 (第161号)
薬よりも危ないコンタクトレンズ
コンタクトを使用している人なら、1年に2~3回は、コンタクトによる充血や眼痛や視力障害を体験していると思います。一方で、一般的なお薬を飲んで副作用がでる可能性は、軽微なものを含めても、せいぜい2~3年に一度くらいではないでしょうか。実に、コンタクトレンズは薬よりも副作用の発生率が高いものなのです。残念ながら、多くの人は、コンタクトが薬より危ないなんて思っておりません。そのため、トラブルが発生しても、受診が遅れがちになります。治療が遅れると、いくら治療しても角膜混濁が残り、永久的な視力障害となってしまうことがあります。重篤になれば、角膜移植しか救う手段がなくなります。
そのため、厚生労働省も、法律で医師の管理によるコンタクトの処方を義務づけています。また、コンタクトは高度管理医療機器(用具)に指定されております。
義足、義手、義眼と同じ扱いです。原則として、コンタクトを処方した医師が、高度管理医療機器であるコンタクトを間接的に管理し指導します。医師が、そのコンタクトによる副作用(合併症)の責任を負うシステムです。それゆえ、安全にコンタクトが装用できないと判断すれば、装用中止を指導します。また、その責任を果たすためには、コンタクトの副作用(結膜炎、角膜炎など)のチェックのため、定期検査も不可欠となります。
どんなに注意しても、コンタクトの合併症をゼロにすることはできませんが、次のことを守れば、失明を限りなくゼロにすることができます。充血、痛み、カスミなど、少しでも以前と違う場合は、直ちにコンタクトを中止し、眼科を受診してください。自覚症状がなくても、慢性合併症を起こしている場合がありますので、必ず、医師の指導に従って、定期検査を受けてください。
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数年前、「生病老死」という言葉を聞きました。これは、仏教用語で「四苦八苦」の四苦にあたるもので、人間として誰もが避けて通ることのできない生涯のプロセスでもあります。この言葉を聞いた時は、言葉とおりの意味にしか捉えることができませんでした。
結婚出産し、自分も含めて年を重ねていく親の通院に付き添い、死ということを感じた時、この言葉を思い出しました。
今年の夏、友人が30代半ばという若さでこの世を去りました。突然の出来事で、訃報を聞いてただ驚くばかりでした。遺族にかける言葉も見つからず、葬儀の後、悲しみの中、普段と変わらぬ生活を送っている様子に、同じ年齢の子供をもつ親としてとても胸が痛みました。生と死がとても近いものに感じられました。
しかし、悲しく苦しい時でもやさしく声をかけ、笑顔でむかえてくれる家族や両親、励ましてくれる友人がいることで心の中にやすらぎや感謝を感じることができます。
人は皆、支えられ生かされています。生きるということは、また誰かを支えていくことでもあります。誰かを支え、誰かに支えられて生きていくことなのだと思います。看護も、「生病老死」に寄り添っていくものであり、初心を忘れることなく互いに支え合うことができたらと思います。
| 院長のひとこと |
一見、支えられるだけの人生であっても、色々な意味で、支える人に幸福を与えているのですね。そういう社会であれば、みんなが幸せになれますね。 |