博愛新聞 平成24年1月号 (第152号)

博 愛 眼 科 の 誓 い

新春を迎え、謹んでお慶びを申し上げます


@  すべての患者さんに対して、お客様ではなく、
    自分の大切な友人や家族と思って接すること

A  患者さんに対して、公平に接すること

B  医療ミスを防ぐシステムを確立すること

C  医療ミスをしたら、公表すること

D  患者さんの言動を、すべて善意に解釈すること


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 つれづれ思うこと                                     院長  多田博行  

 昨年に、大地震・大津波・原発災害が起こり、未曾有の国難となっております。まさに日本国が始まって以来の事態で、永久に日本史(世界史にも)に刻まれる年となりましょう。特に原発災害に対しては、責任ある大人の1人として私自身も、若い世代に深くお詫びします。お金で償えない負担を若い世代に残してしまいました。まさかこんなに早く日本で大事故が起こるとは思いませんでした。隕石に当たるような確率で、一万年以上に一度の確率と言われていましたので、安心してしまいました。では、私が判断を間違えた原因は何であったかと分析してみると、権威ある学者の大多数が「日本の原発は安全である」と言っていたことにあります。いくら政治家が「絶対安全」と言っても、日本原子力学会が「現在の技術レベルでは、原発一基あたり2000年に一度の確率で大事故がおこるので、50基あれば、40年に一度は日本のどこかの原発で大事故がおこる計算となります。」と宣言していれば、国民はこんなに多くの原発(現在54基)を容認しなかったと思います。ちなみに、一基あたり一万年に一度の確率であっても、世界に500基の原発があるだけで、20年に一度は世界のどこかで原発大事故が起こる計算となります。
 もし、今回の原発事故で学者が何も責任を取らないで済んでしまうとしたら、どうなるでしょうか。今回の原発災害の原因を解明し、技術的に克服し、「もう二度と日本では原発大災害は起こらない」と権威ある学者の大多数が宣言しても、その言動に何の責任もないならば、国民がそれを信用するのは難しいのではないでしょうか。時の政府の方針に沿う論文を書いた方が、月並みな表現で“出世”しやすいのも事実でしょう。本人にその自覚がなくても、無意識にそういう方向の論文になってしまうのが人情です。今回の原発事故で学者の刑事的責任がないなら、次回の事故でも責任は問われません。医者は「絶対安全」と言って医療結果が悪かったら刑事的責任を問われますが、学者は「原発は絶対安全」と言って結果が悪くても責任はないのですか?
  ア イ バ ン ク 募 金 あ り が と う ご ざ い ま し た

アイバンクからの依頼で待合室に募金箱を置いています。去年一年で10626円集まりました。