龍の子太郎をはじめたくさんの伝説が残っている塩田平の奥屏風。空海がこの山の名付け親である。この山のふもとに広がる塩田平は信州の鎌倉といわれ、鎌倉時代に塩田北条氏が塩田城と鎌倉幕府を結んだ「鎌倉街道」が上田から別所までの道のりとなる。名所、旧跡、史跡、が今なお残り、鎌倉時代、経済文化の中心地であったことを物語っている。