「彼らはこれまで一緒に仕事をした中で、
一番おもしろいバンドだったわ」

ヴェネッタ・フィールズ











2004年3月2日、オーストラリアのラジオ局ABC Coast FMが行ったヴェネッタ・フィールズのインタビューにピンク・フロイドについて語った部分があったので紹介しよう。なぜオーストラリアで? ニューヨーカーの彼女は80年代、オーストラリアが気に入って永住を決めたのだという。


ヴェネッタ・フィールズはゴスペルシンガーでありながら、ダイアナ・ロス、アリサ・フランクリン、フレディ・ハバード、ローリング・ストーンズ、ドアーズ、スティリー・ダン、ニール・ダイアモンドなど様々な分野のレコーディングに参加した、輝かしいセッション歴を持つトップクラスのシンガーである。
あなたはピンク・フロイドの「狂ったダイアモンド」の中でカーリナ・ウィリアムスとともにヴェネッタ・フィールズの声が聴ける。彼女は『狂気』のレコーディングには参加してないが、18カ月間の『狂気』ツアーに参加した後に『炎〜あなたがここにいてほしい』のレコーディングに参加した。
以下の記事にはフィールズがピンク・フロイドと出会ったときの戸惑いと、それからの解放が素直に語られている……。



ABC Coast FMによる記事から

ヴェネッタ・フィールズは、最初にピンク・フロイドを聞いたとき、彼らをミュージシャンとみなさなかった。

「彼らはむしろ技術者のようだった。みな大学学位なんかを持っていたし。本当に彼らは私が知っていたほとんどのミュージシャンと出が違っていたわ」

疑いなくピンク・フロイドは先駆者であった。他の誰もが関心を向けはじめるよりずっと前に最先端の設備を使用したピンク・フロイドを、フィールズは「これまで一緒に仕事をした中で、一番おもしろいバンドだったわ」と言う。

「それは人格さえも含む包括的なもの。彼らは(訳注:ステージで)飛行機もスモークも映画も持っていて。ほんと、絶対それは魅惑的だったもの」。

フィールズによれば、バンドのトレードマークであるギターソロの巨匠デイブ・ギルモアは、約36個の異なったボタンのあるギターボードを持っていた。当時、彼女はそのようなものを見たこともなかった。そして信じがたいことだが、最初にフィールズがバンドと歌うように電話を受けたとき (訳注:『狂気』のツアーのため?)、彼女はピンク・フロイドのことを一度も聞いたことがなかったのだ。

「私たち(訳注:自分とカーリナ・ウィリアムスのこと?)は昔ロビン・フッドの森があったエピングのちょっと小さなモーテルにいたんだけど、そこへデイブ・ギルモアが曲を覚えるためにすっかりテープを持ってきてくれたのよ。歌うべきものを聞いたとき、私たちはちょっと笑ってしまったわ。でもちょっとビジネスの糸口だと考えたの。私たちには糸口がなかったからね。そのテープはいままで歌ったものとはまったく違っていたわ」。

左カーリナ・ウィリアム、右ヴェネッタ・フィールズ
(『炎〜あなたがここにいてほしい』録音当時のスタジオで)

[Venetta & Carlena]

ギルモアはコンサートにフィールズを招待したが、彼女がこのバンドの比類なさを認めるにそう時間がかからなかった。当時彼女はイギリスのバンドであるハンブル・パイとツアーしていて、その差異を信じられなかったという。

「ハンブル・パイはハードロック・バンドだったのよ。彼らの観客は荒れ狂うわ、手を振り回すわ、何やかやで……。ピンク・フロイドとでは客は催眠術をかけられたようになり、とても静かにとても穏やかにコンサートから舞い上がるの。ほんと、恍惚状態なんだから」。

フィールズが『狂気』ツアー(1973年、18カ月間にわたるヨーロッパ〜アメリカのツアー)に加わったとき、彼女はその現象の一部になった。アルバムはマイケル・ジャクソンの『スリラー』に次ぐ古今を通じて2番目に売れたロック・アルバムであり、それはフィールズにとってまったく新しい体験であった。

(以下、4人の第一印象がいかに取っつきにくく、いかに他のバンドとやり方が異なるかを強調しつつ、しかしワインのボトル片手に「サマータイム」を歌いながら酔いつぶれたりして、やがて打ち解けていく様を語る。)

ABC Coast FM(http://www.abc.net.au/goldcoast/stories/s1054127.htm)より/対訳:今井

[venetta fields with floyd]


Humble Pie were a hard rock 'n' roll band.
They had the audiences raging and pumping their hands and everything.
With Pink Floyd you'd be mesmerised
and you'd float out of the concert so quietly and so peacefully.
Definitely entranced.
……ハンブル・パイは客が荒れ狂い手を振り回すハードロック・バンドだったけど、
ピンク・フロイドは催眠術をかけられたように魅惑され、静かに穏やかに浮かんで漂う。
明らかに恍惚とさせられるのよ!!
荒れ狂い手を振り回す「ラン・ライク・ヘル」はハードロックのパロディなのよ。
それがロックの核心だというのもケッコウなご説だが、
ピンク・フロイドはヴェネッタが言うように、
おだやかに舞い上がり、恍惚へと誘う
比類なき音楽なのよ。


  • 「はーい、ヴェネッタ!」と言いながら←をクリックするとこのヴェネッタ・フィールズのインタビューの全貌が聞こえてくるので、下手な訳を目で追いながら雰囲気を味わおう!

  • 「狂ったダイアモンド」の中でヴェネッタ・フィールズとハーモニーを聴かせるカーリナ・ウィリアムスは、デヴィッド・ギルモアの78年のソロ『デヴィッド・ギルモア』にも参加している。そのアルバムにフィールズも参加しているとかウィリアムスは『アバウト・フェイス』にも参加しているとするウェブサイトがあったが、未確認である。

  • ティナ・ターナーのかつて所属したバンド、アイク&ティナ・ターナーにはいつもジ・アイケッツというコーラス兼ダンスの女性3人組がバックにいた。ジ・アイケッツのメンバーは流動的で、P.P.アーノルド(ロジャー・ウォーターズのバッキングボーカル)がかつて在籍していたと聞いたときは驚いたものだが、ヴェネッタ・フィールズもジ・アイケッツの出身らしい。だが二人は同時期に在籍していなかったのではないか。ちなみに、アイク&ティナ・ターナーの74年の来日に今井は“でまち”をしてティナにサインと握手をしてもらったほどのファンだと知ったら“へ〜:50”ぐらい? ジ・アイケッツの一人とも握手したが、誰かはわからない。

  • ジ・アイケッツについて調べたが、メンバーチェンジが“激しい”どころの話ではなく、レコーディングごとに、ツアーごとに、いやステージごとにチェンジしていたらしい。だからP.P.アーノルドとヴェネッタ・フィールズが同時期に在籍していた可能性は薄いかな。