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[kubrick pinkfloyd]

[Kubrick]

追記1★ウォーターズとキューブリックについて 1999.10.1
追記2★新々エピソード 1999.11.29
追記3★ウォーターズのキューブリックとヴェラへの思い 2000.6.18
追記4★メーリングリストからの興味深い意見 2000.6.18
追記5★キューブリックの後悔はフロイドを起用しなかったことだった 2004.8.15
サブテキスト★「エコーズ」と『2001年宇宙の旅』のシンクロニシティ

●追記が多くなったけど、重要なものはあまりないかな。この問題を資料をもとにここまで扱った
 サイトは世界的にもないだろうから、推測の域ばかりとはいえデータとして載せておきます。


 ピンク・フロイドの歴史において、重要な存在であったかも知れない人物を忘れるわけにいかない。現実には全く無縁の人物ではあったのが……。映画監督のスタンリー・キューブリックである。

[2001: A SPACE ODYSSEY]

 映画界でも『2001年宇宙の旅』がいまだ古さを感じさせない金字塔といわれている。その『2001年…』のサウンドトラックをフロイドに依頼する計画があったという。

『2001年宇宙の旅』
サウンドトラック
 
[2001]

 実際のサントラは「ツァラトゥストラはかく語りき」など既製のクラシック音楽が使われたが、キューブリックはアレックス・ノース(クラシック兼映画音楽の作曲家、1960年にキューブリックの『スパルタカス』のサントラ)にもスコアを発注し、完成直前にキャンセルしている。ウォーターズはサントラを担当しなかったことを「最大の後悔」と語っているらしいが、フロイド自身が放棄したか、キューブリックが嫌ったのかは不明である。
 キューブリックがノースを裏切ってまで「ツァラトゥストラはかく語りき」を採用した理由は、シュトラウスの「音楽という手段により、人類の発展の観念を、その起源からその発展の種々の様相をへてニーチェの超人の観念にいたるまで伝えようと意図した」という言葉から想像できる。それがキューブリックの狙いだったからだろう。また彼の「SF物語であるよりは神話物語。命題は“神"。この神は擬人化された従来の神性とはちがう」(『ザ・スタンリー・キューブリック』キネマ旬報社編より)という言葉にも凝縮されている。
 イントロのハム音、スキャットによる女性の合唱、英雄的で重厚なファンファーレという3つの特徴は、ノースのテーマ曲、「ツァラトゥストラ…」、そして「原子心母」に共通する。「原子心母」は当初、「Theme from an Imaginary Western/架空の西部劇のテーマ」(今井訳)という仮題がつけられていた。そしてフロイドはロン・ギーシンにオーケストラと合唱隊のためのスコアを「壮大な、神々しい合唱やファンファーレ」という注文を付けて依頼している。これには「『ツァラトゥストラ…』のような……」という枕詞があったと大胆に勘ぐったとき、ある仮説が立つ。「原子心母」は映画『2001年宇宙の旅』のフロイドによるオマージュであり、音楽という方法による解釈・批評、同時に批判であった、と。



「時計じかけのオレンジン」
 
[clockwork_orangGENDARY ORIGINAL SCORE]

 いずれ、キューブリックとフロイドの軋轢のなかで“だったらクラシックの作曲家に頼めば?”とすねる若きフロイドの顔が見えそうだ。またキューブリックは次作『時計じかけのオレンジ』のサントラに「原子心母」を使用することを申し出たが、フロイド側で拒否したというエピソードさえある。ちなみにキューブリックの『博士の異常な愛情』にはヴェラ・リンの歌う「また会いましょう」が使われた。ヴェラとは『ザ・ウォール』のなかの「ヴィーラ」それである。キューブリックvs.フロイド、完全主義者の一筋縄ではいかない組み合わせではないか。

『ALEX NORTH'S 2001 -
THE LEGENDARY ORIGINAL SCORE/
2001年〜デストロイド・
ヴァージョン〜』
 
[ALEX NORTH'S 2001 - THE LEGENDARY ORIGINAL SCORE]



 アレックス・ノースの『2001年宇宙の旅』のスコアがジェリー・ゴールドスミスの手で録音されCD化したのは1993年になってからで、すでにノースは故人であった。この『ALEX NORTH'S 2001 - THE LEGENDARY ORIGINAL SCORE/2001年〜デストロイド・ヴァージョン〜[左の画像] とタイトルされたCDのジャケット・デザインは“入れ子”である (画像をクリックすると拡大する)


●以上は『幻燈の中の迷宮』の他の記述と接点がないので著書から落とされた文章。だがその後いくつかの情報を得たので、追記として載せていくことにした。追記の方が多いけれど……。

 

追記1★ウォーターズとキューブリックについて 1999.10.1

 上記に「フロイドとキューブリックは、現実には縁がなかった」と書いたが、この話にはまだまだ続きがある……。

  1. ロジャー・ウォーターズは1992年のソロアルバム『死滅遊戯』に『2001年宇宙の旅』の「人類の夜明け」のシーンを歌っている。

  2. The Kubrick-Floyd Site(閉鎖された模様)には、『死滅遊戯』の「ウォッチング・TV」ではキューブリックの『フルメタルジャケット』から「どうもサンプルをしたらしい」とある。見本にしたのか音をサンプリングしたのか不明。

  3. 同サイトによれば、『死滅遊戯』に『2001年宇宙の旅』の効果音使用の申請をしたが、キューブリックは拒否したとか。

  4. 1999年のウォーターズのツアーにおいて、ステージの四角いスクリーンにキューブリックの『突撃』と『2001年宇宙の旅』が映し出された。

 新たなエピソードが加わったものの、なんだ、やはり実際の提携はなかったのか……。キューブリックは「原子心母」のサントラ使用を申請し、フロイドは拒否した。ウォーターズは『2001年宇宙の旅』の効果音使用を申請し、キューブリックは拒否した。いったいこの連中は誇り高きライバルなのか、敵対視しているのか、わからないな。しかし言えることはただひとつ、キューブリック亡き今、夢の新たな提携は永遠にありえないということ。
 「その果たさなかった関係」というタイトル、修正の必要はないようだ……。

 

追記2★新々エピソード 1999.11.29

 1999年のウォーターズのツアー中、「完全真理パート1」のイントロで『2001年宇宙の旅』の効果音が使用されていた! 正確には効果音ではなく、コンピュータHALの声である。「怖いんだ、デイヴ……止めてくれ」というHALが狂う、いや回路が切断される直前の声だ。となると『死滅遊戯』の同じ箇所のテープ逆回転の声もたぶんHALだろう。これによって『死滅遊戯』の猿と『2001年…』の冒頭の猿、またヒトとコンピュータ、そしてダーク・サイド・オブ・ザ・ムーンとコズミック・エンブリオ、そこからは「進化」というキーワードを得て、新たなフロイド&キューブリック神話が生まれる。そのとき「フロイド:キューブリック ― その関係」は果たされるだろう。


 月の見えない裏側は、20世紀の神秘主義にとっての象徴的なテーマだった。キューブリックが月の裏側にモノリスを置いて発信させたのは、われわれ一人ひとりの意識に潜んでいる月の裏側に関係している。


(松岡正剛/「2001年宇宙の旅」フォーラム・全記録〈http://www.ne.jp/asahi/21st/web/forum.htm〉より)


追記3★ウォーターズのキューブリックとヴェラへの思い 2000.6.18

 ところで私は上にこう書いた。

ちなみにキューブリックの『博士の異常な愛情』にはヴェラ・リンの歌う「また会いましょう」が使われた。ヴェラとは『ザ・ウォール』のなかの「ヴィーラ」それである。
「博士の異常な愛情」
 
[博士の異常な愛情]

 たぶん皆さんの頭の中は混乱していると思う。キューブリックがヴェラ・リンの歌を使い、ウォーターズがヴェラ・リンについて歌ったからといって、キューブリックとウォーターズの関係を証明したことにはならない。ここではあくまでも接点を考察しているにすぎないのだから。だが、この両者の接点はまだまだ続く……。
 『ラジオK.A.O.S.』『風が吹くとき』『死滅遊戯』などのラストと『博士の…』のラストにはある共通点がある。それは原爆による地球の滅亡なのだ。

ヴェラ・リン
「また会いましょう」
 
[ヴェラ・リン]

 『博士の…』の終章、晴れた大空がピカッと光って白いきのこ雲がムクムクと空を覆う。そこへヴェラの甘い歌声が流れる――“またいつか会いましょう”と。“青空が輝いて、黒い雲が払うまで、お元気でね……”と。滅んだ地球で誰が元気なものか。なんと痛烈で強烈な皮肉か。この歌詞には“青空と黒い雲”が対比されているが、フロイド・ファンのあなたはその光景に見覚えないだろうか。映画『ザ・ウォール』の「Goobye Blue Sky」のアニメで、青空に羽ばたく白いハトが曇り空でタカに変身するシーンは、『博士の…』のラストシーンかヴェラの歌詞をヒントにしたのではないだろうか。

 さらに、映画『ザ・ウォール』の冒頭、ホテルの掃除婦のシーンに流れる歌「The Little Boy Santa Claus Forgot」はヴェラ・リンである。また、『ザ・ウォール・ライブ アールズ・コート1980/1981』の冒頭、MCの前に会場に流れている歌こそがヴェラ・リンの「また会いましょう」である。
 これらはウォーターズのキューブリックへの敬意〜ライバル視か、ヴェラ・リンへの敬慕か……。


 
追記4★メーリングリストからの興味深い意見 2000.6.18

 メーリングリストでの面白いポスト。これはスレッドの中の一つのレスポンスなので、『2001年宇宙の旅』のスコアをキューブリックがフロイドに依頼した件(あたかも天国での結婚とはそのこと)が省かれている。
 リゲティとも軋轢があったのは初耳だが、この文脈で“メアリー・ホワイトハウス”の名を拝めるとは面白い。つまり、もしキューブリックが『原子心母』を切り刻んで編集していたら、ウォーターズは映画の撤収運動に加担し、あのメアリー“pig”ホワイトハウスと共闘していたかも知れないというハナシ……。

Kubrick and Pink Floyd

Tore Aune Fjellstad

[前略]

 バンドのかなめのメンバーの離脱後、自分らの音楽的インテグリティーを見つけ出すよう奮闘しているバンド、ピンク・フロイドは、ハリウッドで最も刺激的な監督の一人と仕事する(または少なくとも音楽を譲り渡す)好機を与えられました。[注:これは『時計じかけのオレンジ』と『原子心母』の関係の意味]

 フロイドは、そのほんの1年前に月面着陸のBBCラジオの生放送のための音楽を作って、彼らの“スペース・ロック”は広く認められていました。その2年早い1968年、キューブリックは彼の画期的な映画作品、SF映画の新しい基準になった『2001年宇宙の旅』を発表しました。これはあたかも天国での結婚のようでした。だけど結局はそれはうまくいかなかったのです。そして、私はウォーターズとキューブリックのエゴが衝突し合っているのを想像することができるので(いやむしろ、したくないけれど)、ことによるとフロイドには良かったかも知れません。両者はともにまったく仕事“し難い”ことで知られています。

 ところで、『2001…』への音楽は多くの内輪もめの場でもありました。キューブリックはアメリカの作曲家アレックス・ノースと、改良点を提案したり映画のための最も良いアプローチをすべく論議して、綿密に取り組んでいました。実際に映画で使用された「ツァラトゥストラはかく語りき」や「美しき青きドナウ」や他の曲に固執するようにキューブリックが決意し、アレックス・ノースとの提携が終焉する前までは、ノースは彼の要求に応えるために40数分の音楽を作曲・録音して1968年のはじめに忙殺的な1カ月間猛烈に努力していたのです。

 とは言うものの、不機嫌にされた作曲家がアレックス・ノースただ一人だったわけではありません。キューブリックは、ハンガリーの現代音楽の作曲家、ゲオルギー・リゲティによって作曲された数曲を使用しました。そして、彼は映画のラスト近くのシーンにとりわけ不満でした。ここでキューブリックは、音を“よりたっぷり”いっそう混沌とさせんがために彼の音楽の別のパートをミックスしました。リゲティは彼の作品のキューブリックの“割礼”に対する彼の不快さを表明し、それが彼の芸術的インテグリティーへの攻撃であったと主張しました。

 結局、思うに、もしキューブリックが『時計じかけのオレンジ』に『原子心母』の音楽を使用したら、まるで『2001…』でリゲティの音楽に行われたように、彼がそれを大規模に編集したという確実な可能性があるのではないかということです。そして、フロイド(特にウォーターズ)が何ら行動をとらずにそれが起こるのを許したと私は思いません。それでたぶん、それがよい結果にならなかったのは好都合だったでしょうね。何といっても、『時計じかけのオレンジ』はフロイドの音楽の援助なしで素晴らしい映画になりましたからね。>_^)

 また、もしフロイドの『時計じかけのオレンジ』との抜き差しならぬ関係がより大きかったら(つまり少しでも)、最終的に25年間イギリスで公的上映が撤収〜禁止されているという結果に至った映画の発表に次いで、ウォーターズはイギリスでの大論争で非常に声高に話す一人になっていたことでしょう。我らのおなじみのお方、メアリー・ホワイトハウス夫人は、その映画の撤収を力説している連中の一人だったのでした……。


(『echoes Digest V9 #301』2000年6月13日号より/翻訳:今井)

●キューブリックの映画『時計じかけのオレンジ』への『原子心母』使用要請が、アルバム『原子心母』全曲だったのか単独の曲「原子心母」だったのかは不明。


 
追記5★キューブリックの後悔はフロイドを起用しなかったことだった 2004.8.16

 『2001宇宙の旅』のサウンドトラックをピンク・フロイドが担当しなかった件に、ロジャー・ウォーターズが「最大の後悔」と語っていたものの、キューブリック自身の言葉は見当たらなかった。そのため、実際に折衝があったかどうかすら疑問視する声もある。キューブリックはアレックス・ノースに発注しキャンセルした経過があり、その逸話はノース没後にも詳細に伝えられている。
 だが、キューブリック本にピンク・フロイドという単語をやっと見つけた。2000年に発刊されたジェームズ・ハワード著の『The Stanley Kubrick Companion』──かなり否定的だが。

 映画『2001年』にふさわしい音楽の選択は、今ではもう映画製作のキューブリック流儀における重要な要因になった。初期の映画は概してベーシックでかなり目立たないスコアに頼ってきたが、アレックス・ノースの『スパルタカス』の音楽はまだハリウッド伝統の主流の中とはいえ正当に高く評価されていた…。「たいてい映画音楽というのはオリジナリティが不足する傾向がある」という意見のキューブリックは、間もなく公開される宇宙の叙事詩に対して当初「未来映画というのは、一流作曲家による印象的なスコアの理想的な場になるかもしれない」と考えた。そして監督は「変わっていて独特なのだが、取り乱すほど異常には聞こえないようなもの」を探しながら、広範囲にわたるコンテンポラリー録音(電子音楽を含む)を聴くことに長い時間を費やした。最近とある情報筋は、ある時点でピンク・フロイドの起用が検討されていたと主張したが、それはまったくまゆつばものだ。つまりキューブリックが『2001年』を1968年まで撮影している間、ピンク・フロイドはまだ最初のシングルさえリリースしていないし、メインのライターであるシド・バレットを首にしたばかりで、『狂気』によってその5年後に得たような名声と尊敬をまだ達成していなかったのだから。アレックス・ノースが『2001宇宙の旅』をスコアを書くために呼ばれたのは1967年12月のことだったのだ。

(『The Stanley Kubrick Companion』James Howard 著/Atlasbooks Dist Servより/訳今井)

 フロイド起用のプランはまったく“まゆつば”だとさえ言われてしまったぞ。だがこれすら推測にすぎない。私もかつてはずっとその話に懐疑的だった。折衝があったとすれば、1967年中頃〜後半のはず。バレットの穴埋めとしてギルモアが呼ばれたのが1968年1月なので、バンドが一番不安定な時期なのは事実だろう。
 しかし、公式リリースされ今も入手できる作品の陰には、意外な曲が潜んでいるものだ。究極の謎は『モア』サントラ(1969年7月)よりも前に関わった最初のサントラ『The Committee』(1968年5月)である。ポップス路線の「シー・エミリー・プレイ」を基準に考えてはいけないのではないか。
 ところで、いままでキューブリック本人のコメントが見当たらなかったが、ついに見つけることができた。

 ピンク・フロイドのロジャー・ウォーターズは、『2001』のサウンドトラックを作曲しなかったことが“最大の後悔”だと言いました。『2001』の監督スタンリー・キューブリックは、ピンク・フロイドにサウンドトラックをやってもらっていなかったことが映画の主な後悔だと言いました。ですが、たぶんウォーターズは『2001』のサウンドトラックを作曲したのでしょう。

(Dave Kopel/雑誌『Relix』より/1997年/http://davekopel.com/Misc/Mags/DarkSideoftheRainbow.htm/訳今井)

 この作家デイヴ・コペルの話が真実であれば、ジェームズ・ハワードの“まゆつば”は間違いだということになる。では、事実はどうなのか (只今、コペル氏への照会の返答待ち)
 ひょっとして、キューブリックの作品の傾向から、彼はクラシック音楽が好きという偏見が根強いのではないか。彼が『2001』の音楽にたいしてどのような構想を抱いていたか──ジェームズ・ハワードによれば、キューブリックは「変わっていて独特だが、取り乱すほど異常には聞こえない、エレクトロニック系」を聴きあさっていた。既製の曲を使ったのは苦肉の策であって、本当はオリジナルのものを欲してやまなかったのだ。それを求めて延々時間を費やしたのだから、ロンドンのアンダーグラウンドをも探ったと思われるし、そこでまだマイナーだがアングラ界では知られたフロイドを見つけるのはそう難しくないだろう──ローラン・プティがフロイドを見つけたように。

 フロイドがサントラ候補だったというのは時期的に“まゆつば”な話だが、1980年私は仮にそれが事実だという設定でファンジンPink Fanに「『2001』『ボディ』そして『原子心母』が一直線にならぶとき」というショート短編小説を載せた。「『……この映画は感覚的体験を基本に置き、とりわけ美術と音楽の面では綿密に決定しよう』という2人の志向は一致した。前衛音楽とジャズに造詣の深いキューブリックと、もっぱら音楽はバッハというクラークの2人の白羽の矢が立ったのは、当時ごくマニアの間でのみ人気があったピンク・フロイドで、2人は4人のメンバーに会見を求めた。……」と書いた。
 この小説の方がジェームズ・ハワードの話より事実に近かったりして……。

 “まゆつば”説を支配しているのは初期フロイドへの過小評価である。だが、キューブリックも計画の破棄を悔やんでいたのであれば、彼は初期フロイドの才能を見抜いていたことになる。そして、このことが一番重要なのだが、キューブリックとウォーターズは互いの虚無を嗅ぎ当てていたのではないか……。

参考資料:The Kubrick FAQ


●ちまたには『2001年宇宙の旅』を見ながら「エコーズ」を流すと見事にシンクロするという噂が世界的に囁かれているが、それがキューブリックとフロイドの関係を証明するものではないのであえてここでは外したが、サブテキストとして独立ページを作ってみた。

[シンクロニシティ]「エコーズ」と『2001年宇宙の旅』のシンクロニシティ

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