八ッ場ダム建設中止問題について
(2009.10.4,5,6,12,16,23,27,28,11.5,13,25)
民主党はマニフェスト(政権公約)で、八ッ場ダムの建設中止を明記した。選挙に圧勝して、八ッ場ダム建設中止は国民に承認されたのであるから、前原誠司国交大臣は「建設中止」の結論は変えないとした。その上で、地元の説得をしようとしている。この流れでは解決は無理であろう。筆者は八ッ場ダムについて特に詳しいわけではないが、マスコミ報道やインタネット情報を基に、以下少し論述してみたい。
民主党のマニフェストの中で、八ッ場ダム建設中止に関連する記述は、次のようである。マニフェストの1の「今の仕組みを改め、新しい財源を生み出します」とする最初の項目「➊国の総予算207兆円を徹底的に効率化。ムダづかい、不要不急な事業を根絶する」の最初に、公共事業から平成25年度に7.9兆円捻出するための説明として、「川辺川ダム、八ッ場ダムは中止。時代に合わない国の大型直轄事業は全面的に見直す」としている。
つまり、八ッ場ダムは時代に合わない、不要不急な国の大型直轄事業であり、ムダづかいを根絶して財源を捻出するために建設を中止するとしている。だとすれば、そのように断言できる根拠を具体的に示す義務が民主党や国交大臣にはある。
前原大臣は9月17日の記者会見で、環境への配慮の必要性を述べ、またダムは堆砂で半永久的な支出を強いられるとか、海岸侵食の原因になっているなどと、ダムの持つ一般論的な欠点を指摘するのみであった。しかも、判断基準を示していないが、ダムを全否定していないとも言っている。しかし具体的な八ッ場ダムについて、治水上などにおいて、時代に合わない、不要不急な国の大型直轄事業であって、ムダづかいであるとする科学的な根拠をまったく示していない。一般論を言うのみで、肝心な具体的な理由の説明が欠落している。ダムの持つ一般論的な欠点だけが中止の理由になるなら、ダムを全否定することになるではないか。全否定しないという発言と矛盾する。結局国交大臣の言い分は、一般のマスコミ世論や反対派に阿った感覚的な決め付けであるに過ぎない。このように「先ず強圧的な中止ありき」だけが目立っている。
人間の行為で自然破壊をしないものはない。程度問題である。トータルでどうすべきかを判断しなければならない。人間らしい生活を維持し、安全、安心を確保することが、聊かも自然の破壊をしないでできるわけはない。すべてバランスをどう取るかに掛かっている。一方的にどちらかにすべきではない。これまでのダムなどによる河川整備はある程度必要だったが、もうその必要性はないなどという意見がある。しかし、依然として毎年のように河川災害に見舞われている現実がある。これを軽視してはならい。既にある程度整備された地域の方々はそうでない地域への思いやりの心を持たなければならない。また甚大な被害が予想される場合には、発生確率と被害額の積で評価されるリスクという概念から、要不要などを考えなければならない。したがって計画されているような降雨はこれまでにないから、洪水対策そのものが不要だと短絡的な思考に陥ってはならない。
本当に政府民主党に自信があるのであれば、一時中止にとどめて、客観性のある科学的な根拠と、場合によっては代替案(注参照)を提示して説得に当るべきである。そうでなければ、現実的な解決策は生まれないであろう。もし科学的な根拠や代替案がないことが明らかになれば、建設再開の決断をすべきである。それが責任ある態度である。
反対派が意図的に流す情報が無批判に信じられている。例えば、“治水効果はないと、昨年6月福田内閣時に、国会答弁で国交省側がそれを認めている”というのがある。
群馬県の住民らが八ツ場ダムに関連して群馬県知事と群馬県企業管理者を訴えていた裁判の判決が今年の6月26日に出ている。その判決文の一部を次の《 》に示す。
《本件で問題にすべきは、「カスリーン台風と同程度の規模の台風」が「利根川上流部のいずれかの地域」を通過した場合における八ッ場ダムの治水効果の有無であって、進路等を含めてカスリーン台風と同一の台風が襲来した場合の治水効果を問題としているわけではない(そのような極めて限定的な仮定に基づく議論は、様々なケースを幅広く視野に入れて実施すべき災害対策において、意味が乏しい。)。したがって、カスリーン台風そのものが再来した場合に八ッ場ダムの治水効果がゼロであったとしても、そのことから直ちに八ッ場ダムが治水上不要であることはできない。そして、降雨のパターンによっては、八ッ場ダムに治水効果が認められることが、原告らが引用する…国土交通省の試算によって明らかであり、…》
つまり、カスリーン台風そのものが再来した場合に八ッ場ダムの治水効果がゼロであるが、実際に起こり得る様々なケースを幅広く視野に入れると治水効果は認められるのである。尤も、昨年の政府答弁書の説明が必ずしもこれほど明確でなかったきらいはある。しかし裁判で明確に指摘されたのであるから、未だに “治水効果はないと、国会答弁で国交省側がそれを認めている”とするのは、為にする言掛かりである。
もちろん裁判で真実がすべて明らかになるとは筆者も思っていない。だが少なくともことほど左様に、流布されている情報は意図的に曲げられているのである。冷静に、客観的に判断しなければならない。
さて、根本的な問題点を二つ指摘しておく。
一つは民主党がマニフェストで取上げた趣旨が通らなくなっている。上述で紹介したように、そもそも八ッ場ダム建設中止は、“新しい財源を生み出すために”取上げられたのである。ところが、中止しても関連事業は継続する上に、関係者への配慮は十分行う、つまりそれに伴う支出はするとしている。しかも短期的にはそれほど節約にならなくても、中止したほうが長期的に見れば安上がりだと説明している。仮にそうだとしても(筆者は必ずしもそうとは思わないが)、マニフェストにある、平成21年度予算で7.9兆円捻出するための一部だという説明に、八ッ場ダムの中止があることと、まったく矛盾する。同じ記者会見で、前原大臣は、“八ッ場ダム一つの得か損かというので考える問題ではない”と発言している。自らの党のマニフェストの謳い文句である“新しい財源を生み出すために”と矛盾したことを言っている。“損”をしたら、財源にならないではないか。ご都合主義も極まれりである。この点だけでも、民主党の主張は杜撰極まりないものである。
もう一つは“八ッ場ダム建設中止は国民に承認された”と言うが、当該選挙区では、民主党は候補を立てていないのであるから、少なくとも地元の選挙民から承認されたとは言えない。一部で言われているように、政敵に打撃を与えるための狙い撃ちだ、民主党関係者の絡むダムは中止の対象になっていないという批判も、強ち故なしとは言えないように思う。またこの問題に限らず、民主党のマニフェストの個々の施策について、白紙委任状を選挙民は与えてはいない。改めて個々の施策について賛否を問えば、すべてが賛成多数とはならないであろう。そもそもマニフェストを読んでいない選挙民も多いだろうし、読んでいても、中には反対という施策もあるのが普通である。事実、高速道路無料化についての選挙後の世論調査では、圧倒的に反対が多い。
最後に再び言う。政権公約に建設中止を記載したことを理由に挙げて、「国民との約束だから、やり切る責任がある」とするためには、そもそもその前提になるべき具体的な根拠が明示されなければならない。それを欠いた中止ありきの姿勢では、事態の収拾は不可能である。反対派の主張の中には、筆者の言う「具体的な根拠」があるとされる方がおられるかもしれない。もしそれを民主党もしくは前原国交大臣も支持しているのであれば、それを示して客観的に容認される根拠になり得るかどうかを議論すればよいではないか。何故そうしないのか理解に苦しむ。「脱ダム」のムードに乗って押し切ろうとしているだけとしか思えない。それでは失敗するであろう。
注
できるだけコンクリートのダムによらないほうが良いのは、「脱ダム宣言」の元祖(?)田中康夫氏に言われるまでもない。上記の記者会見で前原大臣も言っているように、改正河川法では河川環境への配慮が謳われている。
ところで、その田中氏が長野県知事時代に、河道をコンクリートの壁で堰きとめるダムそのものを「河道内遊水地」と言葉だけで誤魔化したような代替案になるということもあるのである。言葉だけでなく、本当に代替案があるなら、それを先ず示して議論するのが筋である。世間には例えば、“堤防の嵩上げ”という代替案があるという意見もあるようである。こうした案を政府が取り上げるなら、費用対効果や完成までに要する期間の観点や下記「補足」にある問題点があるから、果たして妥当かの議論も必要となってくる。
補足
@堤防は昔から土で出来ているので、常に破堤の危険性がある。近年新潟県の刈谷田川などはその例である。
A嵩上げは破堤の危険性が増すと共に、万一破堤した場合の被害が甚大になる。
追加 保坂展人前衆議院議員の間違った情報の紹介について(2009.10.5)
保坂展人前衆議院議員は多くの人に影響を与える活動をしている。筆者も活動の一部については評価している。だが八ツ場ダムに関しては、まったく評価していない。そのこと自体について、敢えて直接保坂氏を批判するつもりはない。しかし、治水効果に関する悪質な間違った情報を、自身のブログで紹介しているのは見逃せないので、以下具体的にその事実を指摘する。
保坂氏の9月27日のブログ(http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/6ee0c635ca5cff41da1a5bdc01bb6cdf)に、「八ツ場ダムの7不思議 (転載)」というタイトルの記述がある。その一部を次の〈 〉内に紹介する。なお、文中の何箇所かの国会議事録へのリンクについては省略してある。
〈以前からよく知っているジャーナリストのまさのあつこさんが、7不思議を書いてくれた。八ッ場ダム中止の報道に疑問を持っている人には必読の指摘、ここに再録させていただく。
(中略)
7.カスリーン台風への効果はゼロ:1947年のカスリーン台風被害が発端の計画だが、同台風が再来しても効果はゼロであることが国会で暴露された。
上記7については「本当か?」と信じがたいと思う人もいると思うので、国会議事録へのリンクと政府答弁を張り付けておきます。その下に、この官僚答弁の読み方解説★もつけておきます。
衆議院予算委員会第八分科会 平成17年02月25日
○国土交通省河川局長清治真人
八ツ場ダムにつきましては、吾妻川という支川に建設されるダムでございますが、その流域にたくさんの雨が降る場合とそうでない場合とがあるわけでございまして、カスリン台風のときのような雨の降り方においては、八ツ場ダムの効果というのは、八斗島地点について大きいものは期待できないというふうに計算結果も出ております。★実は「大きいものは期待できない」どころか、ゼロだったのが暴露されたのが以下。
○塩川鉄也議員の突っ込み
カスリン台風洪水に対応しての八ツ場ダムの洪水調節効果はゼロなんですよね○反論できない国土交通省河川局長清治真人
今御指摘のありましたようなダムの効果でありますとか、それから、これからダムがどのくらい必要になるのか、こういうようなこともあわせて検討してまいる所存でございます。★反論できないとき、官僚は認めずに、話をまるめて、逸らして、ゴックンと飲み込んで分からなくしてしまう。〉
さて平成17年02月25日の衆議院予算委員会第八分科会における、関連部分の発言の全文を示すと、次の〔 〕内のようである。なお、発言全文の内、まさのあつこ氏が上記にあるように紹介した部分については下線が付してある。〔○塩川分科員 (前段省略)この八ツ場ダムについてですけれども、カスリン台風洪水に関する国土交通省の計算で、八斗島地点における八ツ場ダムの洪水調節効果、資料もいただきましたけれども、三十一の過去の洪水ということで出ている。カスリン台風洪水に対応するときの八ツ場ダムの洪水調節効果というのはどの程度あるのか、お答えいただけますか。
○清治政府参考人 八ツ場ダムにつきましては、吾妻川という支川に建設されるダムでございますが、その流域にたくさんの雨が降る場合とそうでない場合とがあるわけでございまして、カスリン台風のときのような雨の降り方においては、八ツ場ダムの効果というのは、八斗島地点について大きいものは期待できないというふうに計算結果も出ております。
ただし、利根川水系のような非常に流域の大きい川になってきますと、いろいろな雨の降り方があるわけでございまして、そういうものを幾つも検討した結果では、平均的には、八斗島地点で六百トンぐらいの調節効果が、大きいものでは千五百トンとか、そういう効果が見られますけれども、御指摘のカスリン台風の形のものについては、大きい効果は見込めないという結果になっております。
○塩川分科員 もともと八ツ場ダムをつくる理由の一つとして、治水の問題についてはカスリン台風の話がさんざん言われてきたわけですよ。ですから、カスリン台風みたいなものが来れば八ツ場ダムが大きな役割を果たすんだと言われていたのが、実際、国土交通省からいただいた資料を見れば、カスリン台風洪水に対応しての八ツ場ダムの洪水調節効果はゼロなんですよね。私、そういう点では、今までのそういう論拠というのは何だったのか、理由は何だったのかということがそもそも疑われるわけであります。
治水効果があるといっても、水位で見れば全体の中でわずかなものですし、もともと吾妻渓谷そのものが天然のダムとなるような渓谷の地形をなしていますから、洪水調節作用を果たすわけで、私、思うのは、ダムにこだわることがかえって河川改修などをおくらせることになっているんじゃないか、このことを思わざるを得ません。
そういう点でも、私、こういう問題について、洪水調節効果についても再検討する必要があるんじゃないか、このことを改めて思うわけであります。再検討が必要ではないかなと思っておりますけれども、改めて、いかがでしょうか。○清治政府参考人 委員、冒頭でお話しされました河川整備の基本方針それから整備計画の検討、こういう手続の中で、今御指摘のありましたようなダムの効果でありますとか、それから、これからダムがどのくらい必要になるのか、こういうようなこともあわせて検討してまいる所存でございます。〕
ご覧のように、まさのあつこ氏が取り上げた清治政府参考人の最初の発言では、後段の部分はカットされている。清治政府参考人は前段で、“カスリン台風のときのような雨の降り方においては、八ツ場ダムの効果というのは、…大きいものは期待できない”と言っているが、後段では、“利根川水系のような非常に流域の大きい川になってきますと、いろいろな雨の降り方があるわけでございまして、そういうものを幾つも検討した結果では、…調節効果が…見られますけれども、御指摘のカスリン台風の形のものについては、大きい効果は見込めないという結果になっております。”と言っているのである。上記本文で紹介した判決文と同じように、カスリーン台風そのものが再来した場合に八ッ場ダムの治水効果がゼロであるが、起こり得る様々なケースを幅広く視野に入れて検討すると治水効果が認められるとしているのである。後段をカットするとまったく意味は違ってくる。
まさのあつこ氏は意図的に後段をカットしていて、悪質である。もし後段の部分が理解できなくてカットしたとしても、無責任である。“★反論できないとき、官僚は認めずに、話をまるめて、逸らして、ゴックンと飲み込んで分からなくしてしまう”などと「読み方解説」までしている。勝手に感情移入している。いい気なものである。
このまさのあつこ氏は、長野市の淺川の穴あきダムについても、呆れるようなことをかつて指摘している。ダム反対のためなら、事実を曲げたり、あり得ないことを無思慮に取り上げる癖のある、感情的な政治活動家のようである。保坂氏も公表されている記録を確認しないで、“八ッ場ダム中止の報道に疑問を持っている人には必読の指摘”だとしている。こんな軽率な行為をするようでは、保坂氏の信用も落ちるであろう。
追加2 週刊朝日の記事について(2009.10.6)
本6日発売された週刊朝日10/16号に、保坂展人前衆議院議員執筆の「八ッ場ダムの隠された真実」というタイトルの記事が掲載された。この中でも、
“昨年6月には民主党・石関貴史議員の質問趣意書に対する政府答弁書で、カスリーン台風と同規模の台風が到来した場合、下流の観測ポイントで計測されるピーク流量は、八ッ場ダムの有無によって違いはないと国交省自らが認めている”
という記述がある。これが悪質な詭弁であることは既に指摘した。こんなデマがある種の権威があると一般に思われている「週刊朝日」で流布されると、世間はそれが事実だと信じてしまうであろう。恐ろしいことである。週刊朝日にも、事実確認をしないで掲載した責任があるので、訂正依頼をするつもりである。
さて、平成17年2月の衆議院予算委員会第八分科会や昨年6月の国会答弁で国交省側が答弁していることと、これを元に反対派が言っていることを比喩で分り易く説明すると、次のようになる。
ある地域で関東大震災級の大地震を想定して、ある対策工事を計画した。この地域では関東大震災時にはそれほど大きな揺れはなかったではないかと聞かれた計画担当者はその通りだと答えた。その上で、確かにこの地域に関東大震災級の大地震はこれまでなかったが、専門家の話では、今後発生する可能性はあるとのことなので、対策工事を企画したと説明した。だが反対者は後半の部分をカットして、前半の答弁だけを宣伝して、対策工事は不要だと世間に訴えた。
なお昨5日夜に、保坂氏に次の[ ]内の要請文を送った。
[ 突然コメントを差し上げます失礼をお赦し願います。
私は10年半前に信州大学工学部を停年退職した者であります。専門は土木工学で、主に構造設計学であります。また、社会・経済・政治問題につきましても、現職時代から提言をしてきています。
さて、貴方様のご活躍の一部につきましては、大変評価させていただいています。ただし、八ッ場ダムなどに関しましては、大いに異論があります。そのこと自体につきましては貴方様と議論をするつもりはありません。しかし、治水効果に関する悪質な間違った情報を、貴方様の9月27日のブログ「八ツ場ダムの7不思議 (転載)」で紹介されているのは見逃せません。拙文「八ッ場ダム建設中止問題について」http://www.avis.ne.jp/~cho/yach.htmlの「追加」を是非お読みいただき、ご批判・反論を頂戴したく存じます。
宜しくお願いいたします。]
返事があり次第ここに載せるつもりである。
追加3 週刊朝日への訂正依頼について(2009.10.12)
10月6日と11日に、下記のメールを週刊朝日編集部に送ったが、本12日午後現在、何の返事もない。
10月6日送付文
本日発売の貴誌10/16号の、保坂展人前衆議院議員執筆記事「八ッ場ダムの隠された真実」の中に、
“昨年6月には民主党・石関貴史議員の質問趣意書に対する政府答弁書で、カスリーン台風と同規模の台風が到来した場合、下流の観測ポイントで計測されるピーク流量は、八ッ場ダムの有無によって違いはないと国交省自らが認めている”
とありますが、これは事実誤認であります。ご訂正願います。
正確には、カスリーン台風とコースも降り方も同じである台風が到来した場合には、ピーク流量は、八ッ場ダムの有無によって違いはないが、吾妻川流域にカスリーン台風と同規模の台風が到来した場合には効果があると、国交省は答弁しているのであります。
なお、詳しくは拙文「八ッ場ダム建設中止問題について」http://www.avis.ne.jp/~cho/yach.htmlの「追加2」他をお読みください。
10月11日送付文
6日に、貴誌10/16号の、保坂展人前衆議院議員執筆記事「八ッ場ダムの隠された真実」の中に、事実誤認がありましたので、訂正依頼メールを差し上げました。貴誌本日発売号の「編集後記」では、“この(八ッ場ダム)問題に対する関心の高さを改めて思い知りました”とあるだけで、事実誤認には触れてありませんでした。事実誤認はなかったとのご判断だと思います。そうであるならば、その根拠をお示しいただく義務があるはずであります。
是非ご返事をお願いいたします。
追伸
既にご存知かもしれませんが、貴誌10/16号発売の前日に、保坂氏には次の“ ”内を趣旨としたコメントを送っています。
“治水効果に関する悪質な間違った情報を、貴方様の9月27日のブログ「八ツ場ダムの7不思議 (転載)」で紹介されているのは見逃せません”
その後も二度ほど返事を催促しましたが、まだ何の応答もありません。
有名な政治家や貴誌の無責任な姿勢が今後も続きますようでしたら、誠に遺憾であります。
追加4 週刊朝日とのその後のやり取りについて(2009.10.16)
昨10月15日の夕方、週刊朝日編集長山口一臣氏 から、次のような返事を頂戴した。
10月6日付のご質問いただきました。10月11日付の再質問もいただいております。毎週、週刊誌を作っており、なかなか時間がないうえ、多忙の筆者である保坂展人氏との調整などもあり、回答がおそくなったこと、ご理解いただければと思います。
ご質問の件、本誌10月16日号の記事で、
〈昨年6月には民主党・石関貴史議員の質問主意書に対する政府答弁書で、カスリーン台風と同規模の台風が到来した場合、下流の観測ポイントで計測されるピーク流量は、八ッ場ダムの有無によって違いはないと国交省自らが認めている〉
としたのは、昨年6月6日の民主党・石関貴史議員の質問主意書(同5月27日提出)に対する政府答弁書で、
「(カスリーン台風の)洪水時と同程度の降雨量及び同洪水時の降雨パターンを基に、利根川の八斗島地点における流水計算を行った結果によれば、八斗島地点上流にダムがない場合の洪水のピーク流量は毎秒二万二千百七十立方メートル、既設の六ダム(相俣ダム、藤原ダム、奈良俣ダム、矢木沢ダム、薗原ダム、下久保ダム)はあるが八ッ場ダムがない場合の洪水のピーク流量は毎秒二万四百二十一立方メートル、既設の六ダムに加えて八ッ場ダムがある場合の洪水のピーク流量は毎秒二万四百二十一立方メートルである」
とした政府見解を紹介したものです。
長様のご指摘のように、この答弁書では続けて、同程度の降水量でも降雨パターンによっては「八ッ場ダムは洪水のピーク流量に対する調整効果を有している」としていますが、小誌としては、あくまでも政府が答弁書で「効果ゼロ」を自ら認めた事実を重く見ております。しかしながら、記事上で、こうした政府見解についても触れた方がより的確だったというご意見は、小誌としても深く拝聴し、今後の参考とさせていただきます。
秋も深まりめっきり寒くなりましたが、どうぞご自愛下さい。
これに対して、本10月16日夕方、次のような、再訂正記事依頼メールを同氏に送付した。
昨日ご発信のメールを拝見しました。
折角ですが、私の指摘しましたことへの真面目なご回答になっていません。
“小誌としては、あくまでも政府が答弁書で「効果ゼロ」を自ら認めた事実を重く見ております”とのことですが、重く見ること自体が、為にする曲解であると、私は指摘しているのであります。
私のHPで、次の比喩を述べました。
“ある地域で関東大震災級の大地震を想定して、対策工事を計画した。この地域では関東大震災時には、それほど大きな揺れはなかったではないかと聞かれた計画担当者はその通りだと答えた。その上で、確かにこの地域に関東大震災級の大地震はこれまでなかったが、専門家の話では、今後発生する可能性はあるとのことなので、対策工事を企画したと説明した。だが反対者は肝心の後半の部分をカットして、前半の答弁だけを取上げて、計画者自身が関東大震災級の大きな揺れはないと認めていると宣伝して、対策工事は不要だと世間に訴えている。”
この比喩での対策工事の要・不要を判断するには、後半のことがメインであります。前半は、聞かれたから答えただけのことであります。それだけを捉えて論うのは、為にする言い掛かりで、フェアーではありませんし、事実に反していて、意味が逆になります。
“「効果ゼロ」を自ら認めた事実を重く見ております”とのことですが、八ッ場ダムの治水“「効果ゼロ」を自ら認めた”ことになっていないのであります。このことは、裁判の判決で明確に指摘されているとも、私のHPで紹介しています。“自ら認めた事実”として、重く見るのは間違っています。
また“より的確だったというご意見”とありますが、私は“より的確”にとは言っていません。“より的確”というのは、間違ってはいないが、不十分だという際に、言える表現であります。不十分どころか、肝心な部分を伏せて、まるで反対のことを記述していて、事実誤認だから、訂正すべきだと言っているのであります。「週刊朝日」の編集長であるお方が、こんな自分勝手な言い方をされるとは、驚く他はありません。
事実確認を怠っていたことについて、貴方様自身も内心では気付かれていると思います。見苦しい弁解だと、誰にでも分るような言い訳はお止めください。事実でないことを、恰も事実のごとく記述して、世間に間違った情報を流して、世論誘導をしておられます。ジャーナリズムとして、最もしてはならないことではないでしょうか。責任を感じられるべきであります。そうでないならば、天下の「週刊朝日」の権威・信用は失墜すると思います。
重ねて訂正依頼をさせていただきます。
追伸
今回のご返事とこの重ねての訂正依頼、さらに今後のやり取りは、単なる私信ではなく、公的な性格が強いものですので、私のHPで紹介させていただきます。悪しからずご了承願います。
なお、先便で申し上げましたように、保坂氏に再三催促しましたが、何のご返事もありません。山口様は“多忙の筆者である保坂展人氏との調整などもあり”とあり、私の指摘について連絡されているようですので、今回の私のメールについてもお話いただき、私に返事をするように、お伝えいただければ、幸甚に存じます。
追加5 週刊朝日と保坂氏とのその後のやり取りについて(2009.10.23)
本10月23日の夕方、週刊朝日編集長山口一臣氏に、次のようなメールを送信した。
再訂正依頼のメールを差し上げましてから、丁度一週間経ちます。お忙しいでしょうが、何らかのご返事をお願いいたします。
また、未だに保坂氏から何の返事もないので、保坂事務所に電話をした。
保坂氏が直接応じてくれたが、“週刊朝日が回答している筈だ”とのことであった。これまでここで経過を紹介しているように、先ず保坂氏に要請文を送ったのであって、週刊朝日を経由して回答を求めてはいない。それなのにこんな無責任なことを平気で言うのである。しかも、筆者の指摘を知らないような、何が問題なのか改めて聞くような始末であった。そこで、一週間前に週刊朝日編集長山口一臣氏に送ったメールを読んで、何らかの返事をするようにと要請したら、やっと検討して回答するとのことであった。
両者からの返事があり次第報告する。
追加6 厚田大祐氏の論文について(2009.10.27)
本27日付けの信濃毎日新聞朝刊に、渓流防災研究所代表・厚田大祐氏執筆の、タイトルが「治水の在り方見直しを 八ッ場ダム建設是非の判断」という論文が掲載された。その趣旨は、「民主党は八ッ場ダムの建設中止を急ぐあまり、多様な知見を集積した治水の基本方針の見直しが必要だというプロセスを無視している。これがないと、政権が変われば建設が再開される。新政権の英断を期待したい。」というものである。
治水の在り方の見直しをすること自体には、まったく異論はない。しかし、事実認識の記述に誤りがある。また厚田氏の考えの基本には、“多様な知見を集積した治水の基本方針の見直し”がなされると、必ず八ッ場ダムは無駄な事業となるという前提があるようである。果たしてそうであろうか。なお、以下“ ”内は、論文中の表現のままの部分である。
八ッ場ダムの“基本方針では想定洪水をカスリーン台風洪水実績流量に基づいて設定しているが、同台風が発生した昭和20年代は戦時中の森林伐採等により森林が荒れていた時代であり、豊かな森林に覆われている現在とは異なる。”とある。
“カスリーン台風洪水実績流量”なるものは存在しない。八ッ場ダム計画の基準点である八斗島地点の基本高水流量(洪水ピーク流量、厚田氏の言う想定洪水)は22000m3/sである。これは解析値である。カスリーン台風時の他地点の観測からの、この地点の洪水推定値は17000m3/sである。
想定洪水が“豊かな森林に覆われている現在とは異なる”状況下での流量とあるが、これも間違いである。上記の解析は昭和55年当時に検討されていて、“戦時中の森林伐採等により森林が荒れていた時代”のままの状況ではなされていない。
さて、“基本方針の見直し”を言うのであれば、治水水準が果たして妥当か、最近の異常気象傾向も考慮に入れるかどうかという、極めて基本的な議論もすべきである。そうでなければ、現在の安全水準の基本をそのままにした、極めて限定的な見直しということになってしまう。人命、財産の損失をできるだけ防ぎ、可能な限り人々の安全と安心を図ることこそが議論の原点でなければならない。仮にも無駄な事業だという烙印を押すために、安全問題を議論してはならない。
八ッ場ダムの治水水準は日本では最高の200年に一度の洪水を目標にしている。因みに、ミシシッピー川では500年に一度、テームズ川では1000年に一度である。日本の厳しい自然条件から、目標とする安全水準は、必ずしも十分ではないのである。既述したように、治水水準は発生確率と被害額の積で評価されるリスクという概念から考えなければならない。カスリーン台風が襲来した昭和22年当時と現在とでは利根川水系流域の状態はまったく違っている。現在一旦災害が発生すると、昭和22年当時に比べて被害規模に雲泥の差が出る。したがって、治水水準をもっと高くする方が合理的となる側面もあるのである。ただし昭和55年に一度水準の見直しが行われている。
上記したように、八ッ場ダムの現在の計画は昭和55年に立てられ、昭和12〜49年までの31の大きな降雨パターンが解析の対象になっている。したがって、近年の異常降雨の影響は加味されていない。また今後もその異常度は益々増すであろう。“基本方針の見直し”をするのなら、こうしたことも含めなければ、バランスの取れた治水水準の議論にはならない。
このような二つの観点からすると、必ず八ッ場ダムは無駄な事業となるとは限らない。むしろもっと治水対策が必要となる可能性の方が高いのである。
以上のように、厚田氏の今回の論文では、事実認識の記述に初歩的な誤りがある。また“基本方針の見直し”に不可欠で重要な、治水水準と異常降雨傾向に対する配慮を欠いている。それなのに、“従来の技術分野に加え、気象や地質など、多様な知見を集積した治水の基本方針の見直しが必要になる”、“その結果ダムは不要ということになれば、結論は簡単に覆るものではない”と言われても、説得力に欠け、首を傾げざるを得ない。
追加7 前原国交相の発言について(2009.10.28)
昨27日正午過ぎに載ったasahi.comの記事「八ツ場ダム、必要性を再検証 前原国交相、地元に配慮」の一部を次の【 】内に示す。
【前原誠司国土交通相は27日の閣議後の記者会見で、中止を表明した八ツ場(やんば)ダム(群馬県)について、見直しを進める全国のダムと同様、必要性を再検証する考えを明らかにした。中止が前提では対話には応じられないとする地元住民に配慮した形で、膠着(こうちゃく)状態を打開するのが狙いとみられる。一方で、治水基準を下方修正する考えも示しており、利根川水系全体のダム計画にも影響を与える可能性がある。
前原国交相は会見で、八ツ場ダムについて、「中止の方向性は堅持する」と表明。専門家によるチームを設けて、治水計画の前提となる「200年に1度の雨量」を見直すことにも触れた。 】
また、本28日未明にasahi.comの記事「八ツ場ダム、必要性を再検証 前原国交相、地元に配慮」の一部を次の《 》内に示す。
《前原誠司国土交通相は27日、ダム建設を前提とした従来の治水基準や、川から取水する権利(水利権)のあり方を見直す方針を明らかにした。近く有識者会議を発足させ、全国の河川に共通する見直しの新基準づくりに着手する。来年度予算の編成作業の中で、この新基準を個別事業にあてはめていく方針で、全国のダム計画に影響を与えることになる。
27日の関東知事会で、前原国交相は八ツ場(やんば)ダム建設に参加する6都県の知事に対し、今後、八ツ場ダムの必要性を全国のほかのダムと同様に再検証する方針を説明した。
再検証のための治水基準について、前原国交相は国の中央防災会議がゲリラ豪雨対策で「1千年に1度」の洪水も想定している点に触れ、「こうした考え方ではダムを永遠に造り続けなければならない。どこに基準を置いて河川整備をやっていくのか根本的に見直したい」と語った。》
いずれもダムを不要にするために治水水準を下げるとしているだけで、本来治水水準はどうあるべきかという、理念の部分が欠落している。ご都合主義そのものである。逆に民主党・国交大臣には、八ツ場ダム中止の科学的根拠を持っていないこと白状したことになっている。泥縄式行為よりも悪質である。スピード違反者だとして捕まえてから、制限速度を下げて罰するようなことをしようとしているのである。ここで、「追加6」の一部を次の〈 〉内に再録する。
<八ッ場ダムの治水水準は日本では最高の200年に一度の洪水を目標にしている。因みに、ミシシッピー川では500年に一度、テームズ川では1000年に一度である。日本の厳しい自然条件から、目標とする安全水準は、必ずしも十分ではないのである。既述したように、治水水準は発生確率と被害額の積で評価されるリスクという概念から考えなければならない。カスリーン台風が襲来した昭和22年当時と現在とでは利根川水系流域の状態はまったく違っている。現在一旦災害が発生すると、昭和22年当時に比べて被害規模に雲泥の差が出る。したがって、治水水準をもっと高くする方が合理的となる側面もあるのである。
上記したように、八ッ場ダムの現在の計画は昭和55年に立てられ、昭和12〜49年までの31の大きな降雨パターンが解析の対象になっている。したがって、近年の異常降雨の影響は加味されていない。また今後もその異常度は益々増すであろう。“基本方針の見直し”をするのなら、こうしたことも含めなければ、バランスの取れた治水水準の議論にはならない。>
このように、安全水準を下げるという発想は理念的にはあり得ず、むしろ上げなければならない。「人命、財産の損失をできるだけ防ぎ、可能な限り人々の安全と安心を図ることこそが議論の原点でなければならない。仮にも無駄な事業だという烙印を押すために、安全問題を議論してはならない。」(この部分も「追加6」からの再録)高速道のスピード制限値を下げると、建設費は下がり、車は安くでき、事故も減るかもしれないが、効率性は落ちる。軽々にこんなことはしないはずである。安全水準を下げるのは、こんな比喩で説明されるような間違った施策である。しかも人命、財産に関わることであるから、なおさら許されてはならない。
追加8 週刊朝日と保坂氏とのその後のやり取りについて その2(2009.11.5)
10月27日午後に、週刊朝日編集長から次の“ ”内のメールを頂戴したが、本5日午前現在、回答をもらっていない。
“担当者が先週、休んでいたため、返事が遅くなって申し訳ありません。
回答は追って差し上げます。”
10月30日午後に、保坂展人事務所に電話したが、本人が不在であったので、次の“ ”について、伝言を頼んだ。これに関しても、本5日午前現在、返事はない。
“検討して回答するとお答えいただいてから、丁度一週間が経ちます。どうなっているのでしょうか。
内容的には簡単な調査だけで、ご確認いただける事柄です。私の指摘をお認めになるか、お認めにならないのでしたら、その理由を客観的な事実を示してご回答されるだけのことであります。
重ねて、早急なご回答をお願いいたします。”
追加9 週刊朝日と保坂氏とのその後のやり取りについて その3(2009.11.13)
本11月13日午後、週刊朝日の編集長から次のようなの回答があった。
回答が遅くなり、大変失礼いたしました。
再度のご質問をいただきましたが、週刊朝日としましては、前回、10月15日にメールで回答した以上の見解はありません。なお、これは八ッ場ダム建設に対するスタンスの違いに起因する見解の相違かと思われます。ご理解賜りますよう、なにとぞよろしくお願いします。
これに対して、同日夜に次のようなメールを送信した。
“八ッ場ダム建設に対するスタンスの違いに起因する見解の相違かと思われます”とのことですが、私の指摘は“スタンスの違いに起因する見解の相違”ということで済まされる種類の問題ではありません。どう思うかという見解の問題ではなく、単なる客観的な事実の確認の問題であります。“スタンス”はどうであれ、客観的な事実は厳然と存在しています。客観的な事実がどうかということを避けたご回答には意味はありません。無責任な逃げ口上に過ぎません。
こんなご回答では、反対のためなら、事実の一部だけを捉えて、恰もそれが全体である(しかも全体を否定する)という、極めて為にする卑怯な行為を是認されたことになっています。つまり目的のためには手段を選ばずという、不公正な姿勢をお認めになっています。
「ある条件下では八ッ場ダムは効果がない」という回答だけを捉え、「八ッ場ダム自体の効果はある」とする回答を敢えて隠して、それを否定する宣伝に加担しておられるのであります。事実の一部を紹介するなと一言も言っていません。全体を紹介して議論されるべきだと言っているのであります。
八ッ場ダム反対という立場を取られることに、私は異論を敢えて貴誌に申し上げてはいません。反対されるにしても、事実を曲げて主張されれば、却って説得力を欠くのではありませんか。間違いを素直に認めてこそ、信頼が保てるのではありませんか。為にする情報を世間に流布された貴誌の責任は免れません。あるスタンスに立つためには、事実を曲げても良いのでしょうか。そうではないでしょう。
もし、確信をもってのことであれば、こんな簡単な今回のご回答に、これだけ時間が掛かる(“担当者が先週、休んでいたため、返事が遅くなって申し訳ありません”とのメールをいただいてから、半月以上も経っています)ことはないはずであります。内心では私の指摘の妥当性に苦悶されたことと思います。個人的にはご同情申し上げますが、公的には今後とも糾弾させていただきます。貴誌は事実を公正に報道して、世論に訴えていることを標榜されているはずであります。しかし、今回のことではその欺瞞性が明らかになったと思います。
保坂展人氏から、前回の電話以降2週間も何の応答もないので、本11月13日午後に事務所に電話をしたら、本人は不在だと言う。前回と同じ人らしいので確認したらそうだと言う。
前回の電話を保坂氏に伝えたかと聞くと伝えたと言う。そのまま無言なので、どういう返事かと尋ねた。やはり無言なので、回答はしないと言うのかと聞いたら、そうだと言う。保坂氏が検討して回答すると言ったのに無責任ではないかと言ったが、これにも無言のままであった。そこで、自分の言葉に責任を持てないのは人間として最低である、今後そのことを世間に訴えると、保坂氏に伝えるようにと言って電話を切った。
追加10 長野経済新聞掲載拙文「八ッ場ダム建設中止問題について」の再録(2009.11.25)
上記の拙文記述と重複する部分も多いが、11月5、15、25日の3回に亘って、長野経済新聞に執筆した拙文「八ッ場ダム建設中止問題について」を以下に再録する。
八ッ場ダム建設中止問題について
民主党はマニフェスト(政権公約)で、八ッ場ダムの建設中止を明記した。選挙に圧勝して、八ッ場ダム建設中止は国民に承認されたのであるから、前原誠司国交大臣は「建設中止」の結論は変えないとした。その上で、地元の説得をしようとしている。この流れでは解決は無理であろう。筆者は八ッ場ダムについて特に詳しいわけではないが、マスコミ報道やインターネット情報を基に、以下少し論述してみたい。
民主党のマニフェストの中では、八ッ場ダム建設中止に関連する記述は次のようになっている。
マニフェストの1の「今の仕組みを改め、新しい財源を生み出します」とする最初の項目「➊国の総予算207兆円を徹底的に効率化。ムダづかい、不要不急な事業を根絶する」の初めに、公共事業から平成二十五年度に7.9兆円捻出するための説明として、「川辺川ダム、八ッ場ダムは中止。時代に合わない国の大型直轄事業は全面的に見直す」とある。
つまり、八ッ場ダムは時代に合わない、不要不急な国の大型直轄事業であり、ムダづかいを根絶して財源を捻出するために建設を中止するとしている。だとすれば、そのように断言できる根拠を具体的に示す義務が民主党や前原国交大臣にはある。
前原大臣は9月17日の記者会見で、環境への配慮の必要性を述べ、ダムは堆砂で半永久的な支出を強いられるとか、海岸侵食の原因になっているなどと、ダムの持つ一般論的な欠点を指摘するのみであった。さらに、判断基準を示していないが、ダムを全否定していないとも言っている。しかし具体的な八ッ場ダムについて、治水他において、時代に合わない、不要不急な国の大型直轄事業で、ムダづかいであるとする科学的な根拠をまったく示していない。
ダムの持つ一般論的な欠点だけが中止の理由になるなら、ダムを全否定することになるではないか。全否定しないという発言と矛盾する。結局国交大臣の言い分は、一般のマスコミ世論や反対派に阿った感覚的な決め付けであるに過ぎない。このように「先ず強圧的な中止ありき」だけが目立っている。
人間の行為で自然破壊をしないものはない。程度問題である。トータルでどうすべきかを判断しなければならない。人間らしい生活を維持し、安全、安心を確保することが、聊かも自然の破壊をしないでできるわけはない。すべてバランスをどう取るかに掛かっている。一方的にどちらかにすべきではない。
これまでのダムなどによる河川整備はある程度必要だったが、もうその必要性はないという意見がある。しかし、依然として毎年のように河川災害に見舞われている現実がある。これを軽視してはならい。既にある程度整備された地域の方々はそうでない地域への思いやりの心を持たなければならない。また甚大な被害が予想される場合には、発生確率と被害額の積で評価されるリスクという概念から、要不要などを考えなければならない。したがって計画されているような降雨はこれまでにないから、洪水対策そのものが不要だと短絡的な思考に陥ってはならない。
なお八ッ場ダムの治水水準は日本では最高の200年に一度の洪水を目標にしている。因みに、ミシシッピー川では500年に一度、テームズ川では1000年に一度である。日本の厳しい自然条件から、目標とする安全水準は、必ずしも十分ではないのである。
本当に政府民主党に自信があるのであれば、一時中止にとどめて、客観性のある科学的な根拠と、場合によっては代替案を提示して説得に当るべきである。そうでなければ、現実的な解決策は生まれないであろう。もし科学的な根拠や代替案がないことが明らかになれば、建設再開の決断をすべきである。それが責任ある態度である。
反対派が意図的に流す情報が無批判に信じられている。例えば、“計画の根拠とされているカスリーン台風が再来しても、治水効果はないと、昨年6月福田内閣時に、国会答弁で国交省側が認めている”というのがある。先月6日に発売された週刊朝日10/16日号に、前衆議院議員・保坂展人氏が執筆した「八ツ場ダムの隠された真実」の中にもあったので、筆者は間違いを指摘した。本人と編集長は検討して回答すると約束したが、11月6日現在、回答はない。
群馬県の住民らが八ツ場ダムに関連して群馬県知事などを訴えていた裁判の判決が今年6月26日に出ている。
その判決文では、カスリーン台風そのものが再来した場合に八ッ場ダムの治水効果はゼロであるが、この台風並みの、実際に起こり得るケースを幅広く視野に入れると、治水効果は認められるとされている。
反対派が言っていることを比喩で分り易く説明すると、次のようになる。
“ある地域で関東大震災級の大地震を想定して、対策工事を計画した。この地域では関東大震災時には、それほど大きな揺れはなかったではないかと聞かれた計画担当者はその通りだと答えた。その上で、確かにこの地域に関東大震災級の大地震はこれまでなかったが、専門家の話では、今後発生する可能性はあるとのことなので、対策工事を企画したと説明した。だが反対者は肝心の後半の部分をカットして、前半の答弁だけを取上げて、計画者自身が関東大震災級の大きな揺れはないと認めていると宣伝して、対策工事は不要だと世間に訴えている。”
ことほど左様に、流布されている情報は意図的に曲げられているのである。冷静に、客観的に判断しなければならない。
先月27日付けの信濃毎日新聞朝刊に、渓流防災研究所代表・厚田大祐氏執筆の、タイトルが「治水の在り方見直しを 八ッ場ダム建設是非の判断」という論文が掲載された。趣旨は「民主党は八ッ場ダムの建設中止を急ぐあまり、多様な知見を集積した治水の基本方針の見直しが必要だというプロセスを無視している。これがないと、政権が変われば建設が再開される。新政権の英断を期待したい。」というものである。
治水の在り方の見直しをすること自体には、まったく異論はない。しかし、事実認識の記述に誤りがある。また厚田氏の考えの基本には、“多様な知見を集積した治水の基本方針の見直し”がなされると、必ず八ッ場ダムは無駄な事業となるという前提があるようである。果たしてそうであろうか。以下“ ”内は、論文中の表現のままの部分である。
八ッ場ダムの“基本方針では想定洪水をカスリーン台風洪水実績流量に基づいて設定しているが、同台風が発生した昭和二十年代は戦時中の森林伐採等により森林が荒れていた時代であり、豊かな森林に覆われている現在とは異なる。”とある。
この“カスリーン台風洪水実績流量”なるものはない。八ッ場ダム計画の基準点である八斗島地点の基本高水流量(洪水ピーク流量、厚田氏の言う想定洪水)は二万二千m3/sである。これは解析によって得られた値である。カスリーン台風時の他地点の観測からの、この地点の洪水推定値は一万七千m3/sである。
想定洪水が“豊かな森林に覆われている現在とは異なる”状況下での流量とあるが、これも間違いである。解析は昭和五十五年当時に検討されていて、“戦時中の森林伐採等により森林が荒れていた時代”のままの状況ではなされていない。
ところで “基本方針の見直し”を言うのであれば、治水水準が果たして妥当か、最近の異常気象傾向も考慮に入れるかどうかという、極めて基本的な議論もすべきである。そうでなければ、現在の安全水準の基本をそのままにした、極めて限定的な見直しということになってしまう。
先々号で述べたように、八ッ場ダムの治水水準は世界的に見れば必ずしも十分ではない。また治水水準は量的リスクという概念から考えなければならない。カスリーン台風が襲来した昭和二十二年当時と現在とでは利根川水系流域の状態はまったく違っている。現在一旦災害が発生すると、当時に比べて被害規模に雲泥の差が出る。治水水準をもっと高くする方が合理的となる側面もある。ただし昭和五十五年に一度水準の見直しが行われている。
八ッ場ダムの現在の計画はその年に立てられ、昭和十二〜四十九年までの三十一の大きな降雨パターンが解析の対象になっている。したがって、近年の異常降雨の影響は加味されていない。また今後もその異常度は益々増すであろう。“基本方針の見直し”をするのなら、こうしたことも含めなければ、バランスの取れた治水水準の議論にはならない。
以上のように、厚田氏の論文には、少なからず問題がある。それなのに、“従来の技術分野に加え、気象や地質など、多様な知見を集積した治水の基本方針の見直しが必要になる”、“その結果ダムは不要ということになれば、結論は簡単に覆るものではない”と言われても、説得力はない。
この厚田論文が掲載された同じ日に、前原大臣は、永遠にダムを造り続けなくてはならないから、治水基準を下方修正するという考えを示唆した。人命、財産の損失をできるだけ防ぎ、可能な限り人々の安全と安心を図ることこそが政治の基本でなければならない。仮にも無駄な事業だという烙印を押すために、安全水準を下げる議論をしてはならない。
この前原大臣の発言は、民主党・国交大臣には、八ツ場ダム中止の科学的根拠を持っていないことを図らずも自ら白状したことになっている。泥縄式行為よりも悪質である。スピード違反者だとして捕まえてから、制限速度を下げて罰するようなことをしようとしている。
最後に、根本的な問題点を二つ指摘する。
一つは民主党がマニフェストで取上げた趣旨が通らなくなっている。先々号で紹介したように、そもそも八ッ場ダム建設中止は、“新しい財源を生み出すために”取上げられている。ところが中止しても関連事業は継続する上に、関係者への配慮は十分行うとしている。そうすると、これらに伴う支出が必要になる。しかも短期的にはそれほど節約にならなくても、中止したほうが長期的に見れば安上がりだと説明している。さらに同じ記者会見で、前原大臣は、“八ッ場ダム一つの得か損かというので考える問題ではない”とも発言している。自らの党のマニフェストの謳い文句である“新しい財源を生み出すために”とする主張に矛盾したことを言っている。“短期的には節約にならない”あるいは“損”になるとしたら、財源にはならないではないか。ご都合主義も極まれりである。
もう一つは、“八ッ場ダム建設中止は国民に承認された”と言うが、当該選挙区では、民主党は候補者を立てていない。少なくとも地元の選挙民から承認されたとは言えない。一部で言われているように、政敵に打撃を与えるための狙い撃ちだという批判も、強ち故なしとは言えない。
またこの問題に限らず、民主党のマニフェストにある個々の施策について、白紙委任状を選挙民は与えてはいない。事実、高速道路無料化についての選挙後の世論調査では、圧倒的に反対が多い。
補足
週刊朝日の編集長から、“八ッ場ダム建設に対するスタンスの違いに起因する見解の相違”だという回答が13日に来た。“スタンス”が違えば、客観的な事実を隠して、世間を惑わしてもよいようである。保坂展人氏にいたっては、回答しないのかと、筆者が事務所に電話で確認して、初めてそうだと認める始末であった。本人が直接した約束でも平気で反故にする御仁のようである。