山陽新幹線福岡トンネルのコンクリート塊落下事故について

 本拙文は一部の人に個人的に差し上げてありますが、不特定多数の方に公表するのは本ページが初めて(1999.7.29)です。なおこの件に関しては、新聞、テレビの報道以外の情報は得ていません。そういう段階での私見でありますことをお断りしておきます。(1999.8.4,9.8加筆・修正)

 平成11年6月27日、山陽新幹線福岡トンネルで、内壁が剥落し、走行中の列車を直撃した。幅最大約2メートル、高さ最大約65センチ、厚さ最大約50センチが抉れていたという。幸い人身事故には至らなかったが、新幹線の安全性を懸念させる重大な事故と言わざるを得ない。
 千葉工業大学の小林一輔教授は、以前から山陽新幹線のコンクリートの早期劣化について、特に塩分を含んだ海砂の使用による鉄筋の腐食とそれによるコンクリートの剥離及びアルカリ骨材反応によるひび割れ発生の問題について指摘されている。小林教授の早期劣化に関する見解がすべて正しいとは必ずしも言えないが、これらの原因による異常が発生しているのは事実のようである。今回の直接の原因はこれら2つのいずれによるものではないようだが、コールドジョイントなどの施工不良が主因だと言われている。
 ところでコールドジョイントがあっても、それだけで異常事態が起こるわけではない。特に今回のトンネルのアーチ部分は通常は圧縮力を受けているので、コールドジョイントがあるというだけで剥落することはない。また丁寧な施工を心掛けても、コールドジョイントの発生はある程度避けられないが(もっとも発表によると、コールドジョイントの個所が多過ぎるようではある)、これまでこの種の事態は起きていない。
 そこで別な原因が絡んでいたものと考えられる。当初の報道からはコールドジョイントの付近に空洞のようなものがあったのではないかと想像していた。しかし7月13日に放映されたNHKの特別番組を見たら、そうではないようである。剥落した塊の奥面の約半分に相当する範囲にひび割れが進行していて、これとコールドジョイントの弱点が競合して、列車の通過による風圧と振動が直接の引き金となって起こったと判断される。問題は何故ひび割れが発生していたかであるが、何らかの原因、例えば型枠(コンクリートを流し込む枠)・支保工(型枠を支える構え)からの異常な力の伝達(支保工の沈下などによる)、あるいはこれらの撤去の不適切、また材料もしくは配合不良による強度不足などで発生し、その後の列車の通過による影響で進行していったことが考えられる。いずれにしてもコンクリートの施工に問題があったのではないかと推察される。
 一般論として、維持管理手法はどこよりも国鉄、そしてJRは優れている。点検保守のマニュアルが一番整備されている。それでも今回事前に見つけられなかった。上述したように、コールドジョイントがあるだけで今回のような事態はまず起こらないから、コールドジョイントを目標に保守点検をしなかったことについては責められないように思う。今後の保守点検の見直しは、何故亀裂があり、それが発達したのかの解明にかかっていると思う。筆者は上記の原因が候補だと現段階では思っているが、客観的な検討に待ちたいと思う。
 さて高度経済成長の下で、工事量が飛躍的に増大したが、それに伴って施工の質的低下が急速に進んだことが今回の事故の背景にあると言ってよいであろう。特にこの傾向はコンクリートの施工に顕著である。1960年頃まではコンクリートの打ち込み(コンクリートを型枠に流し込み均等にかつ隙間なく詰める作業)と養生(湿度・温度等の環境条件の維持)には細心の注意が払われていた。コンクリートという建設材料は、鋼材のように一定の最終品質が保証された状態で建設現場で使用されるものと違って、未完成品状態で建設現場に持ち込まれ、その現場での扱いによって最終品質が大きく変動するという特殊性を持っている。ところが工事量の増大と生コンクリート方式(ただし福岡トンネルではこの方式ではない)の採用による分業化が進むに伴って、発注者側と請負者側のいずれの技術者にも、このような認識が次第に欠けてきた。形式的な書類上の品質は保証されてはいるものの、実質的な品質保証が疎かになってしまったのである。
 阪神・淡路大震災においても、かぶり厚さ(鉄筋を覆っているコンクリートの厚さ)の不足、コンクリートの強度不足、コンクリートの打継目(構造物全体を同時に打設できないから、日にちをおいてブロックごとに行うためにできる不連続面)の処置不良、鉄筋の継目不良、鉄筋間隔の不揃い、コンクリート中への異物の混入等様々な施工不良が露呈した。これらがあの被害をもたらした主因ではない(拙文「震災に関して性急な結論を慎もう」朝日新聞「論壇」平成7年4月1日参照)ものの、本来あってはならない筈のもので、当時も指摘したが、我々技術者は大反省しなければならない。
 いずれにしても、この際総点検を実施して抜本的対策を講じなければならない。今回の事故がトンネルであったということで、トンネルに目が集中しているが、本来トンネルは他の構造物に比べて安全であり、また先に述べたように今回の事故がトンネル特有の原因によるというよりも、施工の質的低下という、他の構造物にも共通することが原因であるから、総点検もそのような目で総合的に行われなければならない。
 先ず異常の全体像、すなわち異常状況、程度、推定原因などを掴む必要がある。異常の中には通常の点検では見付からないものもあり得るが、頻繁な目視検査、さらに場合によっては打音検査を実施すれば、事故に繋がりそうな異常はかなり見付けられると思う。対策は原因と異常の程度によって違ってくるが、限度以上に塩分を含んだ骨材・セメントの使用による鉄筋の腐食とそれによるコンクリートの剥離については、作り直しとか別な構造で受け直すこと等をも視野に入れて対策を検討すべきであろう。そのためには列車などを一時運休することもやむを得ないように思う。
 さらに今後の施工体制の改善策を具体的に講じる必要がある。その場合に他でも指摘した(拙文「コンクリートの品質低下を懸念する」参照)ように、生コン単価の価格破壊による品質低下という問題も絡めて、契約と施工管理全般について抜本的な改革が必要である。また首都高速の標識柱の落下事故に見られるように、コンクリート施工に限らず、施工全般を対象にして不心得者を排除する、例えば悪質な業者の永久追放などの厳しい措置を実施すべきであろう。今回の事故を教訓として、建設界は施工不良の撲滅について真剣に取り組まないと、世間からの信頼を回復できない。肝に銘ずべきである。 

補足

 筆者は以前から新幹線といえども、次の3つの予想される事態から、脱線転覆の可能性ありと指摘してきている。
 1つ目は立体交差したり、並行したりしている道路から、車が軌道上に転落し、それに列車がぶつかるケースである。たまたま鉄道には架線があり、これが切断される可能性が高いから、自然に車などの転落を察知するセンサーと列車への送電を停止する役目を架線がしている。しかしこれに期待するだけでは不充分で、危険度の高い個所には送電停止と列車停止指令に連動したセンサーを設置すべきである。
 2つ目は兵庫県南部地震のような内陸直下型の大地震の発生である。遠洋プレート型の大地震にはユレダスのような仕掛けで対応できるが、内陸直下型にはこれでは対応できない。路盤、軌道、列車の構造にできるだけ工夫をしなければならないが、それには限界がある。可能性は極めて低いけれども、残念ながら脱線転覆の可能性を覚悟しておかなければならない。
 3つ目はテロ行為である。幸いこれまでこのような行為は起きていないが、政治目的というより、オカルト集団もしくは精神異常者によって引き起こされる可能性を念頭に置いておく必要があるであろう。
 関係者の懸命なご努力により、以上指摘したような事態は実際には発生していない。そこでこのような指摘をすることに対して、徒に一般市民の不安を掻き立てるものだという批判がある。しかし日頃からそれぞれの当事者と利用者である一般市民がリスクの存在を的確に認識していれば、異常事態の発生の可能性を少なくでき、一旦発生した場合の影響の緩和策も予め図れるのは間違いないと信じて、敢えて申し上げている次第である。 
 このような指摘をしていた筆者でも、今回のようにトンネルで内壁が剥落し、走行中の列車を直撃する事態は予想していなかった。施工不良が原因での人身事故は全力で阻止しなければならない。

 上記拙文で「首都高速の標識柱の落下事故に見られるように、コンクリート施工に限らず、施工全般を対象にして不心得者を排除する、例えば悪質な業者の永久追放などの厳しい措置を実施すべきであろう。」と書きました。
 この標識柱の厚さ不足の原因は、指示の見落としによるうっかりミスのようであるが、人間はミスをするからこそ、それぞれの段階で管理を入念にしなければならないのである。それでもミスはあり得るが、その場合には事故として表面に殆ど出てこないものである。この種の事故がかなり目立つとすれば、やはり管理が不適切であり、うっかりミスで悪質ではないと情状酌量をすべきではない。この場合は信頼されているメーカーの管理のずさんさを責められるべきであろう。ただしこの件の責任者だけを責めても問題は解決しないであろう。したがって今後は意図的ではないにしても、結果として悪質な場合は厳罰を加えることとし、今回については別な配慮があってしかるべきであろう。なおこの問題について会計検査院が調査を開始したと報道されたが、このような観点からの対応を望みたい。(この部分は1999.9.8に追加)