政治家小沢一郎氏について(2010.1.17,18,23,24,2.3,9)
筆者の政治家小沢一郎論をこの際改めて述べる。
小沢一郎氏をまったく評価できないし、日本にとって有害な存在であると思う。その理由は、相互関連することもあるが、主に次の諸点からである。
@本人は民主主義を口にするが、実は独裁者である
A政策がすべて政局・選挙絡みということで一貫していて、真の政策がない
B外交政策が極めて杜撰で、国益を損なっている
C政治資金の獲得とその処理に問題がある
@「本人は民主主義を口にするが、実は独裁者である」について
今の民主党は小沢氏の言いなりになっていて、自由な発言はほとんどなされていない。天皇の行為は内閣の助言で行うべき、つまり自分の意のままになれという、不遜で、総理大臣でも取れない、絶対権力者としての姿勢を臆面もなく露呈させている。昨年末には、大挙して中国を訪問し、しかも後述するように、対米外交を蔑ろにし、対中外交を資格もないのに行っている。正に独裁者である。さらに、引率した民主党国会議員に胡錦濤主席と握手をさせて写真に撮るという、卑屈な行為までしている。年頭に自宅に多くの議員を集めた示威行為を嬉々として行っている。多くの独裁者がそうであるように、狂っているとしか言いようがない。また韓国では、天皇訪韓や外国人地方参政権問題について語っている。これも越権行為である。正に日本の「金正日」である。
陳情の民主党幹事長室への一元化や官僚支配の改善は、結局自分の思うままにしたいからであり、独裁者の発想から生まれている。陳情を民主党幹事長室に一元化するのであれば、そのルールを明確にし、客観的な説明をする義務があるはずであるが、まったくなされていない。正に「俺がルール」なのである。民主主義を唱える資格はない。
小沢氏の独裁性は彼の性格から来ている。小沢氏は基本的には、自分の考えていることは説明しなくても他人には分かるはずで、俺についてこない人間は信頼できないとして、切って捨てるという、我侭で、幼児的なやんちゃ坊主である。ここに独裁者の共通した性格がある。筆者もかつてそんな先輩に遭遇して、身に沁みて感じている。小沢氏に近かった人がことごとく去っているのも、ここに原因がある。ごく最近では、藤井前財務大臣が去っていっている。
A「政策がすべて政局・選挙絡みということで一貫していて、真の政策がない」について
政府は小沢幹事長の主導で、国会に永住外国人に地方参政権(選挙権)を付与する法案を提出しようとしている。実はこれは党内調整ができずに、昨年の総選挙の時のマニフェストには載っていなかった。だがマニフェストの前にまとめた民主党政策集「index2009」には載っていて、選挙ではこれは公約だとして、在日本大韓民国民団中央本部(民団)の強力な支援を受けている。そもそも憲法15条1項では、「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である」と規定している。これを素直に読めば、仮に地方レベルの参政権であっても、憲法は認めていない( 「憲法上禁止するものではないと解するのが相当である」とする最高裁の判決 の傍論には極めて疑問がある)。参政権を得たいのであれば、帰化する道があるのであるから、それによるべきである。民主党が、マニフェストにも掲げていないのに、外国人への参政権付与を推進しようとしているのは、一方でのマニフェスト至上主義の姿勢とも極めて矛盾している。ご都合主義そのものではないか。しかも一般の国民に示すマニフェストにも掲げず、隠していたという、悪質なやり方を採っている。
さらに、公明党が以前から熱心に参政権付与を主張しているので、自公の離反を計って、選挙を有利にしようとする、小沢氏の意図も明白である。もちろん韓国などへのサービスも見逃せないが。
マニフェストに掲げた、「子ども手当・出産支援」「高校の無償化」「農業の戸別所得補償」などは、直接的な選挙対策、いわば買収的性格のものである。また「天下り、渡りの斡旋の全面的禁止」は単に選挙向けの空公約であったことが、実際の人事で事実として証明されている。
なお、小沢氏には極めて大事で基本的な経済政策に関する発言がほとんどないし、民主党の政策にもない。政府は慌てて昨年末成長政策を発表したが、その具体的な根拠は示されていない。単なるポーズに過ぎない。こうしたことも、小沢氏には政局・選挙絡みの問題にしか興味がないことに起因している。
小沢氏の政策がその時々の政局・選挙絡みということは、過去の「小選挙区制度」「政党助成金制度」の導入でも証明されている。これらは二大政党制の確立と金の掛からない選挙が実現するとしたが、その後自らどちらも壊したり、おかしたりしている。
B「外交政策が極めて杜撰で、国益を損なっている」について
先ず国をどうして守るのかという基本がはっきりしていない。日米中の正三角形外交を提唱するが、日本がまともな軍事力を持っていないのに、正三角形外交が成立するはずはない。残念ながら、世界各国は軍備をバックに外交を展開している。その代表が米中両国である。こんな国と対等な正三角形外交が行えると思うのは、外交というものを理解していない者の戯言である。望ましいかどうかはともかくとして、現在日本の防衛は米国に依存しているという現実がある。これを無視した政策はあり得ない。日本国内の意思統一をしないで、小沢氏は昨年暮れの中国の胡錦濤主席との会談で、正三角形論を確認している。正に越権行為だし、米国との関係を損なう行為である。将来日米関係を改めるためにも極めて有害で、危険な行いである。
また、小沢氏は国連の決議があれば海外に自衛隊を派遣できるという持論を持っている。この考え方には基本的に二つの欠陥がある。一つは、国連は各国の行為を左右する実質的な権限を持っていない。そもそも日本は敵国と位置付けられているし、国連を無視した行動は多くの国が取っている。米国さえも。こんな国連を日本の行動の規範にするのは馬鹿げている。もう一つは日本国憲法をそのままにして、海外派兵を考えることは、極めて異常である。いずれにしても思慮に欠いた主張だと言わざるを得ない。
C「政治資金の獲得とその処理に問題がある」について
現在検察と本人が凌ぎを削っている問題であるし、筆者自身は法的な問題に詳しいわけではないから、庶民感覚の観点から意見を述べる。
先ず正直な疑問として、「何故大金を現金で支払わなければならないのか」「そもそも政治資金で何故土地を購入するのか」「何故そんな大金が必要で、何に使ったのか」「不動産取引はマネーロンダリングのためだったのではないか」「政治献金の透明化公約はどうなったのか」「法的な嫌疑はともかく、胡散臭さをどう説明するるのか」「やましいところがないのなら、事実を自分から明白にすればよいではないか」などを挙げざるを得ない。
これに対して、ほとんどの政治家はこの程度のことをやっているが、見逃されているケースが多いではないかという反論がある。有力な政治家は政治資金で土地を購入していないが、その他については確かにそのような印象はある。しかし、改革を標榜した者がそんな姿勢では説得力はない。本人も周囲も率先して胡散臭い、利権絡みの腐臭は絶たなければならない。そんな青二才論的な考えでは政治はできないとするならば、政治の浄化は百年経ってもできないであろう。何故金額の多い自民党関係者を不問に付すのかという疑問があるならば、徹底して追及すべきであって、同じことを大目にみろというのは筋違いで、多くの国民の支持は得られないであろう。
よく「選挙」という国民の洗礼を受けたではないかという弁護があるが、今でも世論調査をすれば、8割以上は小沢氏の説明に納得していない。したがって、選挙での洗礼論は成り立たない。
また何故、りそな銀行や郵政問題での犯罪行為を捜査しないのかという疑問が指摘される。正直言って筆者もそのように思うし、これまでもその必要性を指摘している。昨年5月15日、国民新党、民主党、社会民主党の三党は、日本郵政(西川善文社長)がオリックス不動産と「かんぽの宿」について一括譲渡契約を結んだ問題で「契約金額は不当に廉価だった」として、特別背任未遂の疑いで東京地検に告発をした。これに対して東京地検は動いていないようである。したがって、検察の恣意捜査があり得るのではないかという疑念を筆者も持っている。だが、小沢問題を不問にしていいとはならない。どちらも解明してもらわなければならない。なお亀井静香氏は昨年3月1日放映の『サンデープロジェクト』で、竹中平蔵氏と対談し、東京地検に告訴すると発言した。この時は竹中氏を直接告訴するのかと思ったが、そうではなくて西川元社長だったようである。竹中氏や小泉元首相を直接告訴できたら、検察も動かざるを得ないのではなかろうか。
鳩山首相は1月16日、石川議員らが逮捕されても、小沢幹事長は続投するとの意向を受けて、「戦ってください」と、とんでもない発言をした。自分の部下と戦えという意味が分っていないようである。もし本当にそう思うなら、その部下を切るのが筋ではないか。そうしないで、第三者のような言い方が通ると思っている鳩山首相の非常識さは異常である。それはともかくとして、この発言に民主党議員からほとんど異論が出ていない。これでもし、小沢氏が責任を取らざるを得ない事態になったら、民主党と鳩山内閣も連帯責任は免れなくなるという、事態の深刻さにほとんど誰も気付いていない。呆れる他はない。そのような事態が予算の成立前に起きないことを祈らずにはいられない。何はともあれ、予算の成立に与野党共に協力してもらいたい。そでなければ、日本は本当に沈没してしまう。
今騒がれている小沢氏の金の問題Cよりも、@〜Bで指摘した彼の政治そのものが極めて日本のためにならないと、筆者は思っている。政府予算への強引な介入、大挙しての中国訪問、天皇会見への不遜な発言、正月の威力誇示などの最近の彼の行為で、多くの国民は彼の本性に気付いてきたように思う。これまで一般の人に分っていなかった、彼の本性を自身で見せだしたのである。得意の絶頂にこそ落とし穴がある。「奢れる平家久しからず」である。でもそれを座して待っていては、余りにも日本国民の損失が多過ぎる。一刻も早く権力の座から下りてもらわなければならない。
日ごろ多くの点で、筆者も賛同できる意見を述べておられる方々の中に、小沢氏を立派な政治家として、ほとんど手放しで高く評価される方が結構おられる。多分今の民主党政権を潰してはならないという危機感がそうさせているのであろう。だが、その戦術は却って日本のためにならないのではないかと思う。
ともあれ、小沢氏が優れた政治家だとされる方々には、筆者が指摘した、特に@〜Bの問題点に関して反論を是非聞かせていただきたいように思う。
追記 鳩山首相の発言につて(2010.1.18)
上文で、鳩山首相の1月16日の「戦ってください」という、とんでもない発言について触れた。鳩山首相は昨17日になって、「検察を批判するとか、捜査に予断を与えるとか、そういうものでは一切ない」「小沢幹事長が、自分は潔白だから戦うんだと申されたから『それはどうぞ』と。戦うことを了とする意味で申し上げた」「小沢幹事長がこれからも幹事長としてしっかり仕事をやる、戦う姿勢を示す、ということに対して『結構です』と言った。幹事長続投を認めたという意味で申し上げたのだから不適切とは思っていない」などと釈明したようである。
やはり自らの言葉の持つ意味がお分かりになっていないようである。この釈明も支離滅裂である。“戦うことを了とする”と“幹事長続投を認めた”とは意味がまったく違う。もちろん“戦ってください”とは、さらに意味が異なる。小沢氏に“戦ってください”と言ったということは、最高責任者として部下たる検察に間違いがあり得ることを認めていることになっている。もしもの場合は小沢氏と心中してもよいという覚悟があるにしても、部下への確認や指示あるいは何らかの措置をしないで、軽々に言ってはならない。無用な混乱を招くだけである。最高責任者だという自覚が欠落している。
筆者は麻生前首相と若干質的な違いはあるものの、ブレ発言や問題発言が続くだろうと予測していた(拙文「「政権交代選挙」の結果と今後について」参照)。もう既に出まくっている。
こんな鳩山首相なのに、元外交官で文筆家の佐藤優氏は、「鳩山氏の思考は普通の政治家と異なる。日本の政治家は『足して二で割る』ことが得意だ。基本的に四則演算で政局を見る。これに対して、米国スタンフォード大学で工学博士号をとった鳩山氏は、偏微分を駆使した微分方程式で政局を見ている。検察・小沢戦争、米朝交渉、普天間問題、JAL問題などは、さまざまな要因で変化する。鳩山氏は関数として政局や国際関係を考察し、日本国家の生き残りを考えている。」「鳩山氏は、決してお人よしではない。ハゲタカの爪をもった狡猾なハト(鳩)である。官僚によるファシズムを阻止する方程式を鳩山氏は、いま必死になって考えていると思う。」などと、褒めちぎり、期待している(「続・日本版ベルリンの壁崩壊?」参照)。
“偏微分を駆使した微分方程式で政局を見”て、“関数として政局や国際関係を考察し”、“官僚によるファシズムを阻止する方程式”を解いてくれる人が、どうして大事な問題で八方美人的にブレたり、判断を延ばしたり、見苦しい、支離滅裂な釈明をしなければならないのだろうか。もっとも、“偏微分を駆使した微分方程式”という、所詮人間の手になるものが、高級で、真実を表していると思い込んでいること自体が笑止千万なことであるが。頓珍漢な人が考えた微分方程式はやはり頓珍漢なものである。
世の中には、色んな考え方をする人がいるものである。だが政治を「創作」「脚色」で論じてはならない。事実に基いて論じてもらいたい。
追記2 再び鳩山首相の発言につて(2010.1.23)昨22日の衆院予算委員会で、鳩山首相は“(小沢氏を)信じることと一連托生という話は別”と述べたそうである。上記「追記」で、“もしもの場合は小沢氏と心中してもよいという覚悟があるにしても”と記したが、そんなつもりはまったくなかったようである。やはり自分の言葉の意味が分っていない。常識人ではない。
また鳩山首相は小沢一郎民主党幹事長の資金管理団体の収支報告書虚偽記入事件で逮捕された衆院議員の石川知裕容疑者について“起訴されないことを望む”と発言、批判を受け撤回したことに関し、昨22日夜、今後は慎重な発言に徹する考えを示し、“誤解を与えるような発言をできるだけしないようにすることに尽きる。発言を極力慎むようにしたい”と述べたそうである。周囲から言われて、初めて気付いたのであろうが、子供ではあるまいし、呆れる他はない。
さらに、「朝三暮四」の意味を間違えるなど、麻生前首相の末期的症状に似てきている。せめて予算成立だけは鳩山内閣の手で行ってほしい。日本沈没を避けるために。
追記3 小沢民主党幹事長の発言につて(2010.1.24)昨日の小沢民主党幹事長は東京地検特捜部の任意聴取を受けた後の記者会見に関する本日の報道で感じたことを述べる。一言で言えば、これまでの“単純なミスはあったかもしれないが”という弁明とは矛盾して、鳩山首相と同じように、実務は知らなかったと逃げていると印象が極めて強い。金の問題に人一倍神経を使っていた小沢氏が何も知らなかったと誰が信じるであろうか。実際にも、何も知らない人が、かつて偽造までした確認書で、不動産購入の日付を示して見せたのであろうか。こんな子供騙しな言い分が通るはずはない。
なお、よく“政治資金規正法の虚偽記載は信号無視みたいなものだ”と言われる。しかし、信号無視だけなら軽い罰金で済むが、政治資金規正法の虚偽記載は5年以下の禁錮又は百万円以下の罰金に処せられ公民権を停止されるというもので、決して信号無視と同列に論じることはできない。拙文「鳩山首相の偽装献金問題について」で紹介したように、政治資金規正法の「基本理念」を知らないで、軽々に論じてはならない。
ところで、本日偶々「2/4【討論!】小沢問題と鳩山内閣の行方[桜H22/1/23] http://www.youtube.com/user/SakuraSoTV#p/u/2/FRsEud9PJ6E」を見た。これには、小沢氏が昨年暮れの訪中に続いて韓国を訪問した際に、韓国の学生を前に話をした模様が冒頭に紹介されている。ここで、小沢氏は、日本では認められていない学説である、日本の皇室は韓国の出自だという説を述べ、日本国民は自立心の最も足りない国民だと語っている。マスコミはこのような真実を報道していない。こんな日本国民を信頼していない人が今日本で最高の権力者となっている。恐ろしいことである。
追記4 小沢氏不起訴の方向?(2010.2.3)
本2月3日、マスコミは「小沢氏不起訴の方向 検察検討」と一斉に報じている。小沢不起訴は確定的になったと思われる。
石川議員逮捕直後の1月16日には、小沢氏は検察と徹底して戦うとしていた。ところが1月23日の事情聴取後の記者会見から、態度を一変させて低姿勢になり、秘書の所為にして逃げた。さらに2月1日には、“自身が刑事責任を問われるということになれば、それは非常に責任は重いと思う”と、自分が起訴されれば幹事長職を辞することを仄めかしていた。こうした一連の発言の変化の謎が解けた。
つまり、小沢氏は途中から検察と裏取引したか、あるいは自分を起訴しないという検察の最終判断を何らかの形で知っていたかの何れかだったのである。だから、態度を急変させ、罪を秘書たちに被せて逃げ、自分だけを守る挙に出たのである。総理と与党幹事長が揃って罪を秘書に被せて逃げ、一方で権力者として留まるという前代未聞の事態になった。国民は怒り、両氏に退陣を迫らなければならない。
それにしても、検察の責任も追及されなければならない。やがて事実関係が明らかになるであろうが、実質的な指揮権発動ないしは政府と検察官僚との間で人事や施策に関する裏取引があった可能性が非常に高い。今後の動きに注目したい。
さて、一部に今回の小沢騒動の裏には、アメリカの対日工作活動があるという意見が根強くある。その理由として、小沢氏がこれまでの日本の「対米隷属一辺倒外交」を「米国にもモノを言う自主外交」に転換させようとしていることを挙げている。戦後アメリカは様々な形で対日工作をしてきたのは間違いない。その最大の成果(?)は小泉対米隷属内閣であった。だが今回は違うように思う。
そもそも小沢氏の反米的発言は信念に基いたものではない。ある程度言っても、アメリカは大目に見てくれるだろうという、甘えから選挙戦術や対中外交戦術として反米的な発言はしているだけである。基本は日米を基軸にした外交姿勢を自民党時代から取っている。湾岸戦争の時、アメリカに1兆3000億円もの拠出をする決定に中心的役割を果たしたのが当時の小沢自民党幹事長であった。日本の防衛を基本的にどうするかを示さずに、日米中正三角形外交を唱えているのも、中国に良い格好をするためだからである。アメリカも小沢氏にそれほど脅威を感じていない。これまでもアメリカはそれなりに小沢氏に手を打っていることは一部で知られている。
ともあれ、小沢氏に「米国にもモノを言う自主外交」を期待することはできない。アメリカの対日工作活動により小沢氏は陥れられようとしているのだとする人たちには、「米国にもモノを言う自主外交」を推進する小沢氏という錯覚がある。上記本文で述べたように、小沢氏の政治はまったく評価できない。買被るのは止してもらいたい。また今回小沢氏が不起訴になるようなドジ(?)なことをアメリカの対日工作活動がやるはずはない。この点からもアメリカの対日工作活動説は成り立たないように思う。
追記5 小沢氏不起訴となった理由に関する二説について(2010.2.9)
今回小沢氏が不起訴になった理由としては、大別して@アメリカ筋の小沢氏への裏工作説、A政府ないし検察の思惑説の二つが挙がっている。
@アメリカ筋の小沢氏への裏工作説について
キャンベル米国務次官補(東アジア・太平洋担当)は、2月2日に鳩山首相とではなく、民主党の小沢一郎幹事長と会談した。またその際に、同党で大規模な訪米団を編成し、5月の大型連休中にワシントンを訪れるよう要請した。これを捉えて、次のような推測を言う人がいる。
“アメリカのある筋が検察、マスコミ、保守政治家などを使って「小沢失脚」を狙ったが、日本国内の反発が意外に強いので、作戦を変更して、小沢氏を逆に利用しようとしている。”
この他にも、“アメリカは小沢氏に対中国姿勢を改めることを約束させ、その代わりに逮捕方針を変更させた”とか、“アメリカ経済を救うために小沢氏の協力が必要になった”などというのもある。
しかし、仮にアメリカのある筋が対日工作活動で小沢氏を失脚させようとしているとしても、簡単に作戦変更をするとは考え難い。この@の説は、アメリカの対日工作活動で説明したいという願望が先行しているように思える。いずれにしても、小沢氏失脚も小沢氏温存利用も、同じアメリカ対日工作活動によるものだとするのは、ご都合主義に過ぎるのではなかろうか。
なお、この@の説を唱える人たちのほとんどは、小沢氏の当初の検察との徹底抗戦姿勢から公平公正な検察への協力姿勢になったという姿勢急変の異常さに疑問を持とうとしていない。この辺りにも、先ず小沢擁護ありきが目立ち、主張の客観性の欠如が見られる。
A政府ないし検察の思惑説について
ジャーナリストの立花隆氏は次のように述べている。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20100206-00000301-gtwo-pol参照。
“検察側がいずれ法務大臣の指揮を仰がなければならなくなる事態を見こして、民主党政府と正面衝突しなければならないような最終処分方針(「小沢起訴」)は避けたということではないのかということである。…あれほど強気だった小沢をもってして、検察を公平公正の権化のようにいわしめるような何かだったのだろう…検察と小沢の間で阿吽の呼吸の大きな取引が進行したということが小沢不起訴の本当の裏側なのではないだろうか。”
この立花氏の指摘は、上記「追加」での筆者の見解「実質的な指揮権発動ないしは政府と検察官僚との間で人事や施策に関する裏取引があった可能性が非常に高い」としたことに近い。ただし、検察側は民主党政府と正面衝突になることは最初から分っていたのであるから、検察側が土壇場で起訴を避けたとするのには疑問がある。また「阿吽の呼吸」とあるが、検察内部に人脈を持っていると言われる小沢氏のことであるから、もっと露骨な裏取引があったのではなかろうか。
いずれにしても、筆者はこのAの説に近いことが真相なのではないかと思っている。
追記6 鳩山首相の答弁と小沢幹事長の定例記者会見などについて(2010.2.9)
昨8日の衆院予算委員会で、加藤紘一氏(自民)の質問“小沢一郎民主党幹事長に政治責任はあるか”に、鳩山首相は“秘書が逮捕されたことで小沢氏自身は責任を感じていると思う。私も当然責任はあると思う”と答弁している。夕方記者団には、“秘書が起訴された事実は重い。責任はあると述べたものの、国民の政治を変えてほしいとの思いを果たすことや抜本的に事務所の体質を変えるのも責め(を果たす方策)の一つだ”と説明している。これでは、実質的な責任を取らなくてよいことを前提にした言葉だけの責任論である。このような国民を馬鹿にした言い分は、自身の偽装献金問題で、“総理として国民の多くの皆様に対する責任を放棄しない”とした詭弁と同じである。真面目さ、誠意の欠片もない。
小沢一郎幹事長が8日夕、定例記者会見を行い、幹事長続投宣言(検察に対する勝利宣言?)を行った。その中で、“検察当局の公平公正な捜査で、不正なカネを受け取っていないということが明白になった。”“強制捜査を受け、2度事情の説明をした。その結果、これ以上の説明はないと思う。”“私の願いは、小沢一郎は不正な献金を受けとっていなかった、潔白だったという報道を続けていただき、その後に世論調査をしていただければ”などと語っている。
検察への説明だけでは、国民に対する説明責任は果たされていない。検察への説明は国民に知らされていないし、これまで小沢氏自身が行ってきた説明も三転四転している。また既述したように、「何故大金を現金で支払わなければならないのか」「そもそも政治資金で何故土地を購入するのか」「何故そんな大金が必要で、何に使ったのか」「不動産取引はマネーロンダリングのためだったのではないか」「政治献金の透明化公約はどうなったのか」「法的な嫌疑はともかく、胡散臭さをどう説明するのか」「やましいところがないのなら、事実を自分から明白にすればよいではないか」など、“これ以上の説明はない”どころか、説明不足、疑問だらけである。小沢擁護者はこうしたことに疑問は感じないらしく、見逃している。ここにも、小沢擁護がまずありきの姿勢が見られる。
なお、“不正なカネを受け取って”いたかどうかだけが疑問なのではない。この他にも、上記のような疑問があるのであるから、“潔白だったという報道を続け”られる訳がない。マスコミの所為にして逃げるのは見苦しい。この定例記者会見で、小沢氏が“『この仕事(幹事長)を続けていってよろしいか』と申し上げた。首相は『ぜひ一生懸命頑張って欲しい』ということだった”と語ったことについて、鳩山首相は本9日朝、記者団に、“『頑張ってください』という言葉は使ってない。『このまま続けてよいか』と言われたので、『はい』と申し上げた”と否定した。これについて、首相周辺は“「戦ってください」の発言が批判を浴び、それがトラウマになって慎重になったのだろう”と、首相の発言を解説したそうである。まあそんなところだろうが、続投を認めたからには、頑張ってもらわなければならないのだから、仮に“『頑張ってください』という言葉は使ってない”にしても、本来なら誤解を招くようなこんなことを態々言うべきではない。こんなところにも、自分の言葉の持つ意味が分っていない。鳩山首相の思慮のなさ、幼稚さが露呈している。