整備新幹線大幅前倒し建設は当然

 この拙文のオリジナルは朝日新聞の平成11年5月31日付けの社説「整備新幹線 何故前倒しするのか」への反論として書き、「論壇」欄に投稿しましたが掲載されませんでした。そこで若干表現を変更して、7月27日付けの建設通信新聞に載せて貰いました。以下はその全文です。

 与党は整備新幹線の残りの殆どを7−10年で建設しようと検討している。これに対してある大新聞の社説では、”まさか本気ではあるまい、と高をくくれない”と、とんでもないという立場からの反対論が展開されている。反対の最大の理由として”採算性を無視した「我田引鉄」が膨大な債務を生んだ国鉄の悲劇を繰り返す”ことが挙げられている。

 確かにこれからの新幹線は運賃収入だけで建設費と運用費を賄うことはできない。しかし日本経済全体としての発展に寄与することは疑う余地はない。直接の受益者の負担による、運賃収入だけではなく、地域、企業、国と地方公共団体、そして国民全体が受ける利益を加味して新幹線の効果は評価されなければならない。そもそも社会資本施設とは、私的な動機(事業収入による利潤)による投資、つまり民間の経済活動に委ねていては整備されないけれども、社会・経済的には必要な施設という性格の強いものを言うのである。
 このような社会資本である新幹線は直接の受益者負担としての料金が取れるという理由から、料金収入だけに基づいた採算性で議論するのは間違っている。ここのところがこれまでの議論の最大の誤りなのである。直接の受益をそのまま料金という形で必ずしも設定できないし、直接の受益以外に、いわゆる外部経済効果と言われる社会全体が受ける益がかなりあるからである。何らかの方法で公的な資金を充てて建設しても、建設後の国と地方の税収等でそれを充分補って余りがある上に、そのような形で直接的には還元されなくても、日本の社会・経済的なプラスの効果は計り知れないものがあるのである。このような認識がこれまで欠けている。

 ところで整備新幹線以前の東海道・山陽・東北・上越の各新幹線建設には国とか地方公共団体の公の金は入っておらず、最終的には全て国鉄の負担ということで建設されていた。整備新幹線になってからは一部に公費が充てられるようになり、特に平成9年からは、JRの負担は受益の負担内の貸付料のみとなり、大部分は国と地方が2対1の割合で負担するように変更されている。このような財源措置が採られるようになったのは、新幹線は社会資本施設ということからむしろ当然なのである。EU諸国では、安全、エネルギー、環境の面の格段の優位性に配慮して、鉄道の見直しが行われ、インフラ部(=下)は公で、営業活動(=上)は鉄道組織でというように、いわゆる上下分離方式が採られるようになっている。整備新幹線の財源措置もこのような世界的趨勢に合致するものである。

 次に同じ社説で、必要とされる年間1兆4千9百億円は今年度予算の千6百億円に比べてけた外れの額で、巨額の累積赤字なのに借金を重ねるのかと疑問が述べられている。
 いわゆる整備新幹線が決定されてから、4半世紀以上が経過するが、1昨年度までの25年間に新幹線への投資総額は約6兆円で、そのうち整備5線には約1兆2千億円が充てられているだけである。同じ期間に道路には2百8兆円(内有料道路に約52兆円、ここ数年3兆5千億円前後)、空港にも8兆円近くが投資されている。
 このように今年度予算の千6百億円というのが有料道路等に比べてけた外れに少ないのである。さらに整備新幹線の建設事業費は、単純に同じ延長当たりで比較すると、一昨年暮れに開通した東京湾横断道路とか、昨年4月に開通した明石海峡大橋のつり橋部分の15-20分の1で済む。このような施設への投資が極めて少ないわけで、バランスよく投資が行われているとはとても言えない。また今借金を心配して逡巡するほうが却って取り返しのつかない事態になることは、大変な授業料を払って学習したばかりの筈である。

 いずれにしても新幹線は必須な社会資本施設と位置づけて、好・不況にかかわらず、早急に整備されなければならない。これまでの総花的な在来型の予算配分原則に基づく投資ではなく、本当に必要なものを厳選して、重点配分による投資を行うべきであり、それに最もふさわしい投資対象が整備新幹線なのである。メリハリのある予算配分に国民も為政者も思い切って踏み切らなければならない。この大幅前倒しはその試金石でもあるのである。