早急に求められる整備新幹線の建設(1999.12)
本文は来年1月末に発行される建設通信新聞の「整備新幹線」特集号の原稿として、依頼されて書いたものであります。
一、はじめに
昨年から与党が整備新幹線の前倒し建設を検討し、そのための財源を確保しようとしている。ところが多くのマスコミはとんでもないとし、無責任な予算のバラマキだとしている。
これまで本紙に寄稿した拙文の幾つかと重複するところもあるが、このようなマスコミのお定まりの論調こそが的外れであることを改めて指摘してみたい。二、新幹線の採算性
新幹線はいわゆる社会資本施設である。社会資本施設とは、私的な動機(事業収入による利潤)による投資、つまり民間の経済活動に基づく投資に委ねていては整備されないが、社会・経済的には必要な施設という性格の強いものを言う。
このような社会資本である新幹線は直接の受益者負担としての料金が取れるという理由から、料金収入だけに基づいた採算性で議論するのは間違っている。直接の受益をそのまま料金という形で必ずしも設定できないし、直接の受益以外に、いわゆる外部経済効果と言われる社会全体が受ける益がかなりあるからである。何らかの方法で公的な資金を充てて建設しても、建設後の国と地方の税収等でそれを補える上に、そのような形で直接的には還元されなくても、日本の社会・経済的なプラスの効果は計り知れないものがあるのである。このような認識がこれまで欠けている。
ところで整備新幹線以前の東海道・山陽・東北・上越の各新幹線建設には国とか地方公共団体の公の金は入っておらず、最終的には全て国鉄の負担ということで建設されていた。整備新幹線になってからは一部に公費が充てられるようになり、特に平成九年度からは、JRの負担は受益の負担内の貸付料のみとなり、大部分は国と地方が二対一の割合で負担するように変更された。このような財源措置が採られるようになったのは、新幹線は社会資本施設ということからむしろ当然なのである。
EU諸国では、安全、エネルギー(新幹線は自家用車の六分の一、航空機の四分の一)、環境(新幹線は二酸化炭素排出量で自家用車の八分の一、航空機の五分の一)の面の格段の優位性に配慮して、鉄道の見直しが行われ、インフラ部(=下)は公で、営業活動(=上)は鉄道組織でというように、いわゆる上下分離方式が採られるようになっている。整備新幹線の財源措置もこのような世界的趨勢に合致するものである。
このような上下分離方式の「上」の営業の観点から見た採算性は北陸新幹線の長野までの開業で利用者数の大幅な増大により実証されている。なおこの上下分離方式の考え方は在来線に対しても適用すべきで、そうすれば並行在来線の第三セクター化という、無理なしわ寄せをしなくて済む筈である。
三、大幅前倒し建設?
東北盛岡以北・北海道・北陸・九州鹿児島ルート・同長崎ルートの、いわゆる整備五線は昭和四十八年に認可された。以来四半世紀以上の二十七年が経過するが、この間に新幹線には約六兆三千億円(内整備五線には約一兆六千億円)が充てられているだけである。一方高速道路には約五十七兆七千億円が投じられている。高速道路と新幹線への投資額の推移を示す図を見て頂きたい。東北・上越新幹線の上野までの開通が昭和六十年で、その少し前、つまり整備新幹線以前に比
図 過去27年間の有料道路(A)と新幹線(B)への投資額の比較
縦軸:投資額(5000億円きざみで最高40兆円) 横軸:西暦年度('73-'99)
べ、整備新幹線になってからの投資比率が極端に小さくなっている。
整備新幹線の建設事業費は、単純に同じ延長当たりで比較すると、東京湾横断道路とか、明石海峡大橋のつり橋部分の十五〜二十分の一(一米当り、新幹線は約六百五十万円に対して、東京湾横断道路は約一億円、明石海峡大橋のつり橋部分は一億三千万円)で済む。このような施設への投資が極めて少ないわけで、バランスよく投資が行われているとはとても言えない。
整備五線の残りの建設費の七〜八兆円は、このところの有料道路への投資の三年分以下に当る。したがって、五〜六年で完成させるとしても、決して無理な投資規模ではないのである。この点から見ると、東北と九州鹿児島ルートを概ね十年でフル開業、北陸新幹線の一部を急ぐとされている現在の与党の方針は勿論、昨年の一時期に検討されていた、残り全てを十年で完成させるとしても、文字通りの「大幅前倒し」とは言えないのである。
四、施策の在り方
整備新幹線への投資に反対する大きな理由として、巨額の累積赤字なのに借金を重ねることが挙げられる。
国債、地方債の債務の他、いわゆる隠れ赤字を総計すると六百兆円を超すと言われる額面上の借金は確かに巨額である。これを対GDP比で見ると、主要先進国の中で最高だったイタリアをやや超す高い水準になった。ところが、政府部門の持つ金融資産は四百兆円もあり、これを差し引いた純債務で比較すると、日本はまだイタリアの三分の一、ドイツ、アメリカ、イギリス、フランス並の水準である。
さらに民間の個人金融資産は千三百兆円もある。こうしたことと、その時の経済状況を総合的に配慮して、施策は議論され、実施されなくてはならない。
ある側面だけを捉えた議論がなされすぎている。やってはならない時に、緊縮財政と増税という、エコノミスト植草一秀氏の表現を借りると、「政策の逆噴射」をやったので、本来これ程までは必要でなかった巨額の支出が強いられているのである。つまり、今借金を心配して逡巡するほうが却って取り返しのつかない事態になることは、大変な授業料を払って学習したばかりなのである。
最近橋本前総理は、自分は財政再建が最優先と思ったが、選挙で国民が借金財政を選んだのだから仕方がないと語っている。施策を間違って必要以上の借金をしなければならなくなったことへの反省が全くない。
また整備新幹線のような、本当に必要な社会資本施設は好・不況に関わらず整備されなければならない。その際の大前提として、官(政治)主導で、他力本願的な建設界の体質を早急に改めなければならない。さらに不要・不急もしくは無駄な公共投資を反省し、従来の硬直した予算配分を改め、本当に必要な社会資本の重点的な整備が可能なように、新しい施策決定システムの構築という、抜本的な改革が必要である。
なお高速交通網を構成している高速道路、新幹線及び空港は、本来これらを有機的に絡めた総合施策に基づいて整備されるべきである。ところがこれまではそれぞれが別個に整備され、整備水準や資本投入理念が区々であった。このあたりの議論も早急に始められなければならない。五、おわりに
新幹線のもつ高速性、定時性、安全性は人々の行動圏域を飛躍的に拡大し、片道六百キロメートル前後の距離までが日帰り行動距離となり、細長い国土のバランスのとれた発展に寄与する。また多極分散型国土を形成するためにも新幹線は欠かせない。ただしそのためには、主な県庁所在地をネットワーク的に結ばなければならない。そこで整備五線の若干の見直しと整備五線以降も視野に入れた整備計画の議論を今から始める必要がある。
最近山陽新幹線を中心に、構造物の早期劣化の問題が表面化している。高度経済成長による工事量の増大に伴って、時間的、技術的、経済的制約からくる無理が施工現場にしわ寄せされた上に、施工管理が疎かになったことが原因と思われる。社会資本建設に携わる我々関係者は大反省して、良質な社会資本を後世に残さなければならない。六、補遺
殆どのマスコミは整備新幹線への予算付けを選挙目当ての大盤振舞だとしている。また大多数の国民も正しい情報の不足でそう思っている。このような状況は何としても変えなければならないが、一般のマスコミは我々に意見を述べる土俵すら与えてくれない。言論の自由を謳うマスコミの自殺行為の筈だが。