略 歴 と 長 姓 の 由 来
略歴
1934年3月 広島県芦品郡福相村(現在の福山市芦田町)福田に生まれる
1952年3月 広島県立戸手高等学校卒業
1956年3月 九州大学工学部土木工学科卒業
1958年3月 九州大学大学院工学研究科修士課程修了
1958年4月 日本国有鉄道入社
主に東海道新幹線建設に従事、約半年間日本鉄道建設公団に出向
1965年4月 信州大学工学部助教授
1967年12月 工学博士(九州大学)
1971年4月 信州大学工学部教授
1999年3月 信州大学工学部停年退職
元土木学会安全問題研究委員会委員長、元土木学会理事
主な著書
構造物の最適設計、朝倉書店、1971
基礎の条件を考慮したラーメンの解法、理工図書、1972
基礎知識としての構造信頼性設計、山海堂、1993
田中康夫長野県知事の虚像、コムブレイン、2003
構造工学落穂拾い、パレード、2008
老兵消え去る前に、パレード、2010
長姓の由来
作者不明だが、明治時代に書かれたと思われる「長一族の系譜」(筆で書かれた86ページのもの)の“はじめに”には、次のように書かれている。
“諸国における長姓をたずねれば、その多くは清和源氏頼親流長谷部姓の長氏より出づ。とくに、その始祖長谷部左兵衛尉信連・長氏を家号とするにおよび、その嫡流は能登・穴水長氏として、七百年の久しきにわたり、連綿とその嗣を絶たず。明治の世まで伝わる。…また諸国に信連の裔を称するもの甚だ多く、長氏を称するものは越後・但馬・備後に、…見られる。”
実家は広島県福山市芦田町(備後)で、300年以上は続いていると思われる、浄土真宗西本願寺派の末寺である。私の長姓も平家物語にも登場している鎌倉武士の「長谷部左兵衛尉信連(1147〜1218)」に由来するようである。
長谷部信連公が祀られている長谷部神社のある能登半島の穴水町では、「長谷部・長姓」について、全国的な調査をなされている。それによると、NTTの電話帳には3、171世帯の長(ちょう、おさ、なが)姓があるそうである。この姓は極めて珍しいと思われているようであるが、かなり多く、各地に分散し、長(ちょう)のない都道府県は和歌山県と香川県だけで、長(ちょう、おさ、なが)姓では、全都道府県にあるようである。(2000.12.21)
長(ちょう)姓世帯の分布(2001.8.17)
穴水町の調査(NTTの電話帳を基礎にした)では、都道府県別の分布は次のようになっている。福岡県と栃木県が飛び抜けて多い。地域では関東甲信越に多い。なお長(ちょう)姓の総数(下記の合計)は2,169世帯で、他に長(おさ)姓が683世帯、長(なが)姓が319世帯ある。
北海道 52 青森県 1 岩手県 2 宮城県 15 秋田県 5 山形県 10 福島県 7 茨城県 36 栃木県 404 群馬県 50 埼玉県 123 千葉県 69 東京都 197 神奈川県 124 新潟県 127 富山県 22 石川県 74 福井県 17 山梨県 1 長野県 8 岐阜県 2 静岡県 8 愛知県 36 三重県 6 滋賀県 14 京都府 17 大阪府 75 兵庫県 52 奈良県 5 和歌山県 0 鳥取県 1 島根県 1 岡山県 6 広島県 32 山口県 24 徳島県 3 香川県 0 愛媛県 2 高知県 5 福岡県 410 佐賀県 42 長崎県 3 熊本県 10 大分県 46 宮崎県 15 鹿児島県 7 沖縄県 3