幕引きが始まった?2007.2.26,2728,3.2,3,5)

 本2月26日夕方、テレビは一斉に、「働きかけ」の文書破棄問題で、今月中旬に県警が田中前知事から任意聴取をしていたと、次の【 】内のように報じた。

信越放送 SBC
「働きかけ」の文書破棄問題、県警が田中前知事から任意聴取(261806)
元後援会幹部による県への働きかけを記録した文書の破棄をめぐって田中前知事が刑事告発された問題で、県警が田中前知事本人から、任意で事情を聞いていたことが分かりました。
この問題は、2003年に、田中前知事の元後援会幹部が下水道事業をめぐって、県に働きかけたと記録された文書を、県の当時の幹部が部下に破棄させたとされるものです。
去年3月、県議12人が、働きかけについての報告を受けながら、破棄を中止させる指示をせずに手助けしたとして、田中知事を告発し、県警は、今月、
東京都 内で田中前知事本人から任意で事情を聞きました。
関係者によりますと、田中前知事は、容疑を否認したと見られる、ということです。
県警は、これまでの捜査について、近く、書類を検察庁に送ることにしています。

テレビ信州 TSB
1年前の告発で田中前知事から聴取
1年前、県議12人が田中前知事を告発した問題で県警が今月になって前知事本人から事情聴取した。告発は、後援会元幹部の働きかけを記した公文書の破棄を前知事が容認したという内容。犯罪として成立するかどうかは地検が判断することになる。

長野朝日放送 ABN
なぜ公文書は破棄された?田中前知事を事情聴取[226日(月)18:15
 長野県の田中康夫前知事が元後援会幹部による県への働きかけを記した公文書の破棄を止めなかったとされる問題で、警察が田中前知事本人を事情聴取したことが分かりました。
 捜査関係者によると、公文書毀棄ほう助の疑いで田中前知事への任意の事情聴取は、今月中旬に
2日間行われたということです。田中前知事は、容疑について否認したとみられています。この問題は、田中前知事が現職だった2003年、下水道事業の入札について、当時の後援会幹部が県の幹部に働きかけたとされる公文書が破棄されたものです。田中前知事は、2人の県職員から電子メールで公文書を破棄すると報告を受けていたのに、中止を指示せず犯行を助けたとして、去年3月、長野県議会の有志が県警に告発していました。この問題では、長野県議会の百条委員会も、田中前知事が破棄を指示していないとした証言が偽証にあたるとして、長野地検に告発しています。】

 今の段階で、しかも一週間近くも前の情報がこのような内容で報道されたという状況を見れば、先ずこの問題の幕引きが行われると思って間違いないであろう。最近の警察、検察が国民より自身の組織防衛に汲々としていることは、例の鹿児島の選挙違反事件や、映画「それでもボクはやってない」という告発からでも明らかである。しかも「国策捜査」なるものが行われている反面、本当に捜査しなければならない、今回の田中前知事のような違法が、「国策」ないし「警察・検察策」で、つまり「権力による怠慢捜査」で見逃されるとすれば、由由しき事態である。筆者のこの懸念が杞憂であることを願って止まない。

付記 読売新聞の記事とコメント(2007.2.27)
読売新聞
田中前知事を聴取 県警 東京で 告発から1年 ついに
 田中康夫前知事が、元後援会幹部による県への働きかけを記した公文書の破棄をやめさせなかったとして、刑事告発されて以来、まもなく1年。県政史上初となった現職知事を対象とした県議会調査特別委員会(百条委)の調査結果を受け、県警はついに、田中前知事を聴取した。昨年8月の知事選で落選したものの、マスコミの注目を集める前知事への聴取はひそかに行われた。県警から書類を送付される長野地検では、前知事の公文書毀棄(きき)ほう助の疑いと、県議会が地検に告発していた偽証容疑を、併せて捜査する方針。
 昨年2月にまとまった百条委の調査報告書では、前知事について、「公文書の破棄を中止するなどの適切な指示を行っていれば、破棄を防げた。破棄の実行を容認したと判断できる」と認定。県議有志が、前知事を県警に告発した。
 情報公開請求された文書の非公開について、「私の指示はない」とした知事の証言についても、百条委は「偽証」と認定し、県議会が長野地検に告発している。
 告発を受理した県警は、県職員らへの事情聴取や、県などから提出された600点以上、1万ページ以上の資料の分析を開始。しかし、破棄行為が数年前だったことや、関係者の証言が食い違いがあることなどから、捜査は長期化した。19、20日、前知事側の約束を取り付けた上で、捜査員を都内に派遣し、前知事を聴取した。
 告発を巡っては、田中前知事を支えた副知事(当時)が、この問題を独自に検証するために委員会を設けた。昨年8月、委員会は、公文書の取り扱いに問題があったものの、前知事の偽証や公文書毀棄ほう助の罪については「成立しない」とする報告書をまとめた。
 一方、今年4月の県議選を控えた県議たちは、「早く(捜査の)結論を」などと、昨年10月の県議会警察委員会で、県警側に露骨に迫る場面もあった。

コメント
 今回はどうも読売新聞のスクープのようで、一番詳しい。今後の展開の見通しについてどの新聞も踏み込んでいないが、各紙共に抑えた記事になっている。やはり、昨夜筆者が予想したような展開になりそうである。
 一部に、この件があったから都知事選出馬が消えていたのだとか、参院選の出馬もなくなったという観測がある。都知事出馬が消えていたは、そうではなくて、田中氏の本性が関係者に分かってきていて、本人は出たくても出られなかったのが真相であろう。一方参院選出馬は、当面の選択肢はこれしかないから、余程のことがない限り諦めないであろう。今回の件の今後の展開次第であるが、不起訴を理由に守旧派のでっちあげだったと、世間の同情に訴えて、逆に利用することが十分考えられる。そうした能力は抜群であり、多くのマスコミもそれに乗るだろうから、決して油断してはならない。

付記2 再び都知事選との絡みについて(2007.2.28
 依然として、今回の県警による田中前知事への事情聴取は都知事選に出られなくするためのもので、田中氏の名前が候補名から消えたのはこのためではないかという見方がなされている。次の≪ ≫内の二つのブログなどがそうである。

  有田芳生氏のブログ 「有田芳生の『酔醒漫録』http://saeaki.blog.ocn.ne.jp/2007/02/28」の一部
 上杉隆さんに連絡したのは、そのブログで田中康夫さんの書類送検のことに触れていたからだ。その結果、都知事選や参議院選への出馬が「ほぼ断たれた」と書いている。根拠を問うと起訴されたなら選挙は無理だろうというのだ。それほどの問題ではないだろう。上杉さんも「嫌がらせ?」と書いたように、
1年前の県議による告発を「いま」動かすのは、政治状況を見ての嫌がらせ以外の何物でもない。権力の怖さをかいま見たようだ。
 上杉隆氏のブログ「東京脱力新聞
2.020070226http://www.uesugitakashi.com/【速報】 田中康夫前長野県知事 事情聴取&書類送検
う〜ん……(読売新聞:
2007226web版記事の一部の記載があるが省略:筆者注)
田中さん、これで都知事選&参院選出馬の芽は、ほぼ絶たれたような。もしかして、嫌がらせ?≫

 ところが、上杉氏自身が「週刊現代」で、今年の初めに取上げた時でさえ、次の< >内のように書いていたのである。

  http://www.uesugitakashi.com/archives/2007-01.html 20070105
石原慎太郎
vs 田中康夫 どっちが勝つの? 週刊現代
いま発売中の週刊現代で書きました。今春の統一地方選、最大の注目選挙になる
東京都 知事選についてです。でも、内容は、かなり強引です。編集部の意向により、出馬表明すらしていない田中康夫さんと、現職の石原慎太郎さんを対決させるという豪快な構図を立て、無理やり論じてみました(苦)。
当然ながら、かつての取材を元に記事を構成するしかありません。でも、幸運なことに、両者とも初当選直後から継続的に取材をしていたため、材料には事欠きませんでした。ラッキーです、新年早々。
でも、でも……、そもそも田中さんが出馬しなかったら、どうなるんでしょう、この記事(不安)。
静かに推移を見守りたいと思います(他人事)。>

   つまり、この時でも“出馬しなかったら”(正確には、“出馬できなかったら”であるが)と上杉氏さえ自信がなく、田中氏の名前はほとんど挙がっていなかったのである。唯一田中氏にラブコールを送っていた有田芳生氏でも、2007/02/09のブログで、“わたしなどは田中康夫擁立で、民主党、共産党、社民党が一致すれば石原知事に勝てるかもしれないと思っていたが、その現実的可能性はもはやない”と書いている。この段階では県警の動きは有田氏も知らなかったのであるから、県警による田中前知事への事情聴取は都知事選に出られなくするためのもので、田中氏の名前が消えたのはこのためではないかとか、嫌がらせだという見方は的外れである。田中氏の名前が消えたのは、やはり彼に人望がなかったからで、もっと端的に言えば石原氏にはとても勝てないと関係者が思っていたからである。
 それにしても、有田氏の“年前の県議による告発を「いま」動かすのは、政治状況を見ての嫌がらせ以外の何物でもない。権力の怖さをかいま見たようだ”という、田中信者のステレオタイプな思い込みの戯言を何の疑いもなく言う人間がジャーナリストを自任している現状を慨嘆せざるを得ない。

付記3 元県経営戦略局参事の作り話に関連して2007.3.2
 昨3月1日付けの信濃毎日新聞は、“「田中前知事が破棄指示」は作り話 証言の元県参事”という見出しの、次の
[ ]内の記事を載せた。

  [田中康夫前知事の知事後援会元幹部による県下水道公社の入札方法変更関する「働き掛け」の記録文書をめぐり、県会百条委員会の証人尋問などで「知事から破棄を指示された」と証言してきた岡部英則・元県経営戦略局参事(現阿南介護老人保健施設所長)は28日、信濃毎日新聞の取材に対し、「知事室で指示を受けたことはフィクション(作り話)だった」と明かした。県議有志の告発を受けた県警の事情聴取にも同様の供述をしたという。
 元参事は、本紙の取材、その後の県会百条委員会の尋問などで一貫して「
200310月9日午前に県庁1階知事室に呼ばれ、記録文書を公開しない方向で調整するよう指示された」としてきた。
 取材に対し、元参事は、9日朝知事室で秘書とメモをやりとりしたが、知事室に呼ばれて前知事から指示を受けたというのは「フィクション」で、同日以外にも「知事から直接指示を受けたことはなかった」と話した。虚偽を証言した理由については「知事が文書破棄にかかわっていたことを何とか公にしたい思いがあった。仕方ない手段だった」などと話した。
 元参事によると、同9日朝に経営戦略局職員から文書の公開請求について相談を受け、「知事も承知している」と言われた。「知事のイメージを守ることなどを考え、対応を引き受けた」とし、下水道課長と破棄の打ち合わせに入った。
 その後、知事から排斥された個人的な思いや、知事が文書破棄にかかわっていた可能性が高いと思ったが立証できなかったことで、「(自分が直接指示を受けたと)一石を投じればいろんな事実が浮かび上がり、真実が明らかになると思った」という。
 また、証言を覆した理由について、元参事は、県警の捜査を受ける中で、自分が文書破棄に向けて動きだすよりも前に経営戦略局内で破棄に向けた動きがあったことや知事の関与の可能性が分かってきたため−とした。県警による事情聴取が終わり地検に捜査書類を送付することになったため、明らかにしたという。
 「知事から破棄を指示された」とする元参事の証言をめぐっては、文書破棄問題を調べた県会の総務委員会、百条委員会とも、知事室にいたとされた知事と秘書の証言と、元参事の証言が食い違ったままで、事実か判断しなかった。
]

  岡部元参事が再び嘘を言う必要性はないから、“「田中前知事が破棄指示」は作り話”であったのであろう。筆者はこれまで、多くの状況証拠から、岡部元参事のこれまでの証言を信じていて、それを前提にコメントをしてきた。筆者のこの点の判断が間違っていたことを心からお詫びする。
 岡部元参事は「(自分が直接指示を受けたと)一石を投じればいろんな事実が浮かび上がり、真実が明らかになると思った」と言っているようだが、真実を言えばそれだけで問題点を訴えられたのに、却って墓穴を掘ってしまった。人間の弱さだとはいえ、事の重大さを自覚してほしい。
 上記「付記」の「コメント」で、
“今回の件の今後の展開次第であるが、不起訴を理由に守旧派のでっちあげだったと、世間の同情に訴えて、逆に利用することが十分考えられる。そうした能力は抜群であり、多くのマスコミもそれに乗るだろうから、決して油断してはならない。”
と書いたが、どうやら格好な材料を提供したことになってしまった。

 ところで、岡部元参事の証言が偽証であっても、この問題の本質である、「働き掛け」の記録文書を破棄すると部下からメールで報告を受けたのに中止させず「容認」(「働き掛け」そのものの容認を含む)したということに対する、田中前知事の責任は免れない。
 昨年3月
24日付けの信濃毎日新聞は、“「知事偽証」地検に告発 「公文書破棄」で県警に”という見出しの、次の{ }内の記事を載せている。

  { 県会の萩原清議長は24日午後、議会調査特別委員会(百条委員会)が認定し、23日に刑事告発するための議案が賛成多数で可決された田中知事の偽証2件と、松林憲治・県経営戦略局長の記録(資料)提出拒否1件について、地方自治法違反の疑いで長野地検に告発した。これとは別に、計7会派の議員有志12人は同日午前、県が情報公開請求を受けた知事後援会元幹部の「働き掛け」記録文書を破棄したとして、知事と県職員2人を刑法の公用文書等毀棄(きき)の疑いで県警に告発した。
 告発状などによると、知事は証人尋問で、県下水道公社の事業発注方法を県内業者優先に変更することを含む改革について「全庁的な共通認識だった」と述べ、後援会元幹部の「働き掛け」の影響を否定したが、県幹部らの証言と食い違っており偽証した疑い。また、「働き掛け」の記録文書を破棄すると部下からメールで報告を受けたのに中止させず「容認」したことは言外の破棄指示に当たるのに、「私からの指示はない」と偽証した疑い。
 松林局長は、百条委が提出を求めた個人使用の手帳の現物とその写しの大半を紙で覆った状態で提出しており、正当な理由なく記録を提出しなかった疑い。
 一方、公用文書等毀棄(きき)の疑いについては、県議4人が県警捜査2課に告発状を提出。同課は「内容を精査、検討し、受理するかどうか決めたい」としている。
 告発対象は田中知事のほか、岡部英則・元県経営戦略局参事、田附保行・元県下水道課長。田附元課長は文書を破棄した疑い、岡部元参事は田附元課長に破棄を指示した教唆の疑い、知事は破棄を止めずに文書を破棄しやすくした幇助(ほうじょ)の疑いがある、としている。
 告発に対し、田中知事は「多くの県民、信州を愛する全国の方々もあきれていると思う。4年前の不信任を思い出す。私は今日も、県民のために尽くさせていただくことに大変感謝している」と話した。
}

   告発は地検と県警に提出されているが、いずれも田中前知事の行為は、“言外の破棄指示に当たる”、“幇助(ほうじょ)の疑いがある”としている。田中前知事の行為が問題で、自身も拙いという認識があったことは、平成1510月に、元後援会幹部県幹部宛に、岡部元参事から来たメールを「うーん、それぞれダイジョウビかのぉ。宮津さん、○○さんと(後援会)相談して下さい。(携帯の電話番号を記載)」とコメントして転送したことからも明らかである。
 なお、田中知事に偽証の問題はなくなったであろうが、今後岡部元参事が偽証罪にが問われることになるであろう。

付言 清水洋県会議員の名誉のために2007.3.3
 2
chのある書き込みに、“>>553 長センセの潔さとは大違いだなw…”とあった。「553」には、“http://www.21styles.jp/diary/next1/ 『「今だから」話』などと言って、開き直っているセンセイもいらっしゃるようで。”とあった。このホームページは清水洋県会議員のもので、該当する部分は次の〔 〕内のような、3月1日のコメントである。

〔マスコミが朝から大騒ぎです、元経戦参事の「あれは作り話だった」発言です。「今だから」話ですが、100条委員会の報告書をよく読んでもらえば解りますが、彼の発言とそれに関する田中氏の発言とをもって偽証という判断は一切してません。解りやすく言えば、調査当時から彼の発言は信憑性に欠けていたと言うのが事実です。彼の発言に出でてくる数人の人間や当時の彼の周りの人間とも数人合ってお話を聞きましたが、つじつまが合わなかったのでもしかしたらと言う危惧はもっていました。つまり今回の全ての疑惑の発端は彼のマスコミに対する話から始まります。そして委員会で調査した結果、最後には公用文書の破棄という事実については確認できたわけです。解りやすく言えば、入り口は怪しかったのですが、出口は間違いないと言うことです、ですからあのような報告書の結果になりました。つまり彼の証言については「確認できなかった」と報告書では記述してあります。100%信じていたら「元参事の証言と矛盾した田中氏の証言」という表現だったと思いますが、そうにはならなかった、つまり調査当時から彼の発言については信じ切れなかったと言うことです。でもその後の田中氏の取った行動は「だいじょうびかの〜」メールにあるように知りつつも破棄を言外に勧めたという事実は間違いありません。問題は結果として破棄を言外に勧めた行動(前知事)そして実際破棄をした(前課長)、そして破棄をさせた(元参事) この3人に対して司法によってどう判断されるかです。ですから今日の元参事の発言は私は今回の根幹を揺さぶる発言ではないと思っています。今日の質問でもかなり意図的にか「勘違い」をしており、彼の発言が嘘であるなら100条委員会の調査全部が嘘だった、その事実は崩れ去ったと言うような言い方で発言していた会派がありましたが、報告書をもう一度よく読んでほしいものです。どこにも彼の発言を真実だという前提では調査は行っておりません。その後に起きた事実関係を記載してあるのみです、やくやく彼の発言については「その事実は確認できなかった」と記載してあるのはこういった事をある程度予測していたと言うことです。この事は本当は当時から書きたかったのですが、書けない一つの事実でした。当時高見沢幹事長に多くの人との話から「もし元参事の発言が全部嘘だったら」という前提で調査しましょうと提言したのは私です、その後多くの委員さんにもこの前提は理解してもらう事ができああいう表現になりました。つまり「彼の発言の事実は解明できなかった」と もし信じていたら全然違った事になっていました。それなら今日の一般質問のようにあの委員会の仕事の全部が崩れ去ったかもしれません。〕

 このコメントをもって、『「今だから」話』などと言って、開き直っているセンセイもいらっしゃるようで”とされるのは間違いである。当時清水議員と筆者は遣り取りした(拙文「清水洋長野県会議員さんの「メールマガジン第24号3月県議会号」に関連して」参照)が、元参事の発言を筆者が信じたのに対して、そうではない可能性があるという認識を持たれていたのは確かである。清水議員は事実を述べているだけで、“開き直っている”のでは、決してない。筆者が潔いのではなく、清水議員こそ先見の明があり、筆者に見る眼がなかっただけのことである。清水議員の名誉のために、敢えて付言しておく。

付記4 岡部元参事の手記について2007.3.5
 本3月5日の追撃コラム
http://blog.livedoor.jp/tuigeki/の「【速報】信毎の作り話記事は←作り話──岡部氏信毎に抗議」に、次の【 】内のような手記が載せられた。

【─ 今の思い ─       岡部 英則  手記
 ▼権力者を告発する恐怖
長野県の最高の意思決定権者であり、最高の実力者である者を「告発」する時の、怖さ恐ろしさ、そして孤独感と孤立感の中では「嘘」なんかとても言えません。言えば直ぐばれてしまい墓穴を掘ることとなる、そうすればこの長野では生きていけなくなる、針の穴ほどの「嘘」も許されないとの緊張感の中で証言はしてきました。証言をする前の晩は眠れません・・・色々の場面を想定し、こう答えよう、この様に理解を求めようと考えると眠れなくなるのです。
それは、警察の調査の中では逆になって出てきました。理解して欲しい、どうしても証明したい・・・でも、自分一人の力では限界が出てきてしまっている・・・証明できない事となったらどうなるのか・・・考えると焦燥感と無力感で眠れなくなってしまうのです。
 ▼取材の実態
何故あの様な報道となってしまったのか振り返っても全く理解できないので、報道の内容から離れ、実際の状況を申し上げたいと思います。県警での調査が終了し、地検に書類が送られる段階となり、ある報道機関の記者から、「一つの区切りとなったので、最初にこの問題を報道した者の責任としても、県警の調査を受けてどの様な事実が明らかとなり、全体としてどの様な構図が描かれることとなったのかを広く取材し、検証して行きたいので協力して欲しい」との話があり、調査が終了したと言っても、その内容が明らかとなっていない時点での検証はかなりの難しさを感じましたが、報道の目で、この問題を検証することは大切なことと考え、出来る範囲で協力することとし、取材に応じました。取材の中で、総務委員会・百条委員会(以後「委員会」とする。)で出された証言は、大きく分けて3つに区分できると説明しました。
1 証人の経験及び記憶に反することを承知で違う事実を述べたもの。
2 証人の経験及び記憶からすると若干確証が持てない部分もあるが、委員会での検証を期待して述べたもの。
3 証人の経験及び記憶を包み隠し無く述べたもの。
1は、当然事実が明らかになれば「偽証」とされる。
2は、その後の警察の調査で、更に次の2つに分かれてきている。(1)は証言等が得られた部分(2)は証言等を得られなかった部分
3も、2と同様に更に次の2つに分かれてきている。Aは証言等が得られた部分B証言等を得られなかった部分
私が委員会で行った証言の中には、1に該当する部分は全く有りませんし、今でも無いと説明しました。話の中で、証言は上記のような区分になっており、私としては持っている資料及び記憶を話しましたが、どうしても証明出来ない部分も出てきてしまい、委員会での証言を100%証明することは出来なかった事を説明しました。
 ▼敵に囲まれての証言
今回の問題は、知事室及び県庁という場所で行われたものであり、関係した者も、ほとんどが県職員という非常に閉ざされた空間での出来事であります。私の証言を裏付ける為には、第一には物的な証拠なのですが、これは非常に限られたものしか提示できなく、職員の証言に依存する部分が大半となっていました。証言は、交わされたメールの内容に従って進められましたが、全てが私の申し上げたような形では得られませんでしたので、結果として証明出来ない部分が出てきてしまいました。この様な状況に、焦燥感を感じ、それでも何らかの新たな証言が得られるのではとの望みを持って、何日も捜査の担当者と話をしましたが、どうしても証言が得られない状態が出てきてしまいました。捜査担当と「そうでは無い」と言って、あの狭い部屋に何日も向かい合っていれば新たな証言が得られたのでしょうか。
 ▼証明できない部分が「嘘」と報道
自分としては、出来る限りの努力をし、記憶に残ることを何度も申し上げましたが、それを裏付ける証言が得られないのでは、これ以上は私の力ではどうしようも出来ない部分が出てきていることを記者に説明しました。取材後には、私が動く前に経営戦略局が大きく関わってきていることから、当時の経営戦略局の職員に取材をし、それを県警にぶつけて行く、また県警の方から出されるものをつぶさに検証していく、地道な作業が始まるものと考えていました。しかし、結果はあの様な報道であります。その落差に言葉を失ってしまったのがここ数日の私でした。
確かに、「知事からの直接の指示は、証明できない部分も出てきているのですか」との質問に、証明すべく努力したが出来なかった部分も出てきており、証明出来ない部分は、調書上は「フィクション」という形で記載されてしまったと、調書の内容を話してしまったことは軽率であったと反省しています。しかし、だからと言って委員会で私が申し上げた事は「嘘」だった「作り話」であったとは一言も言っていません。私が委員会で申し上げたことは、今でも「行なった事であり、記憶に鮮明の残っているもの」で有りますが、本当に残念なことにそして悔しいことに、職員・個人の協力なしには立証できない部分が出てしまっていることは事実であると申し上げました。
確かに、私の勘違いであった部分も有りました。それは、「公開請求書の写しを公開係が知事に出していた、その担当が私だった」との証言は私の勘違いであり、実際には経営戦略局には担当がいて、その職員が公開係から申請書の写しを受け取り、知事へ渡していたといった部分です。この様に勘違いとして訂正した部分を除くと、私が「委員会」で行った証言は当時も、そして現在も記憶に鮮明に残っているものであります。
 ▼「嘘」報道で家族も傷つく
何度も申し上げますが、最初の区分である1に該当する部分は私の証言には全く有りません。2の部分は、警察の調査の中で、上記の様に(1)と(2)となっており、(2)に関しては勘違いとして訂正をさせていただいております。問題は、3のBの部分です。この部分は、私一人の力ではどうしても立証できなかった部分でありますが、それは「立証できなかったもの」であり、断じて「嘘」ではありません。
証明できなかったことを「嘘」と一方的に報道され、しかも「委員会で嘘を言っていたと私が認めた」というような全くの嘘を報道されたことによって、私のこれまでの2年に亘る取組みの一切が否定されてしまいました。本当に報道の恐ろしさを痛感しています。そして、私だけでなく、家族も「嘘」報道によって、大きな心の傷を負ってしまいました。一人で時の最大の権力に素手で立ち向かう時、その武器となるのは「真実」です、そして、自分が真実と信じることを、包み隠し無く明らかにすることです。
しかし、その後の検証の中で、どうしても立証できない、どんなに努力しても立証できないとなった時、この様な形で責められなければならないのでしょうか。個人の小さな努力ではどうしようもないことを、一方的に「嘘」として糾弾されなければならないのでしょうか。私の証言は、今でも鮮明に記憶に残っているものであり、その点において嘘は有りません。しかし、私の力だけではどうしても立証できない、立証できない部分が残ってしまったのです・・・・・。
 ▼ハンドルを左に─
阿南から車で高速を帰ってくる時、ふっとハンドルを左に切ろうかなとの思いがよぎりました。証明出来ないが嘘は言っていないとの思いをどの様にすれば理解してもらえるのか。しかし、地検の結論はまだ出ていません、ここで逃げることは出来ません。卑怯者で終わることは出来ないということです。
今の思いを書いてみたらどうかとの奥秋さんの言葉に力づけられ、思いを述べさせていただきました。】

さて、3月1日の民放各社のニュースにおける岡部氏の発言の要旨は次のようである。

テレビ信州
“知事の関与が直接的なのか間接的なのか、どういう経路で公文書が隠されたのかを検証してほしくて、問題提起をしたかった。その思いがちょっと間違ったほうにいってしまったと、自分自身としては反省しています”
信越放送
“どうしてもそれを言わなければ、知事の関与が明らかにならないだろうなという思いがあったことは事実”
長野放送
“最初から嘘だったのかと言われれば、返す言葉もない。そう言わなければ、どうしても知事の関与が明らかにならないだろうという思いがあった”

人間には、時として事実に反することを言わされるということはあるし、筆者自身もそうした経験があるので、決め付けたくはない。しかし、これだけ複数の取材で、ほぼ同じように、“間違ったほうにいってしまったと、自分自身としては反省しています”、“最初から嘘だったのかと言われれば、返す言葉もない”と発言をしていることからすると、岡部氏の“今の思い”で、“私の証言は、今でも鮮明に記憶に残っているものであり、その点において嘘は有りません”というのは、説得力を欠くように思う。3月1日の取材での自分の発言と“今の思い”言い分の整合性を説明できなければ、司直と多くの県民は、弁解に過ぎないと受け止めるであろう。

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