貨物新幹線は本気だった(2013.7.30)

 7月29日付け東京新聞は、「幻の貨物新幹線 本気だった」という記事を載せた。その一部を次の【 】内に示す。

【旧国鉄が東海道新幹線開業前後に検討し、鉄道ファンの間で「幻の計画」として知られる東京−大阪間の貨物新幹線計画の詳細を、当時の担当者で、後に首都圏本部長も務めた元常務理事が本紙に明らかにした。貨物輸送が実現しなかったにもかかわらず国鉄首脳がその理由を明確にしなかったため、新幹線建設に世界銀行(世銀、本部ワシントン)の融資を受ける目的での「見せかけの構想」だったとの指摘も出ていた。だが、元理事は、東京、静岡、名古屋などでの貨物ターミナル用地の買収も済み、工事が始められていた事実を指摘し、「真剣な計画だった」と反論している。…

 石井氏(上記元理事:筆者補筆)によると、国鉄は貨物取扱駅の設計図を作製し、東京都品川区、静岡市葵区、名古屋市中村区、大阪府摂津市の四カ所に用地を買収した。しかし、当初、二千億円弱と見積もられた東海道新幹線の建設費が急激なインフレにより三千八百億円に膨れ上がり、世銀から八千万ドル(当時の換算で二百八十八億円)の融資を受けたものの、貨物輸送を断念させられたという。

 計画断念後、貨物新幹線用地は用途を変更し、現在は在来線貨物駅の東京貨物ターミナルや車両基地などに使われている。摂津市の大阪貨物ターミナルの近くには未完成の高架施設も残っている。…

 石井氏は…「鉄道輸送はトラックに比べて二酸化炭素排出量が約七分の一、エネルギー消費量も十分の一程度。環境対策のためにも、かつて計画した経験を生かし、全国の新幹線網を利用した貨物輸送を再検討すべきだ」と訴えている。】

 筆者のように、東海道新幹線の建設に関係した者には、貨物輸送も念頭にあったことは常識であった。“新幹線建設に世界銀行(世銀、本部ワシントン)の融資を受ける目的での「見せかけの構想」だったとの指摘も出ていた”ということは今まで知らなかった。

 1959年(昭和34年)4月20日に、東海道新幹線の起工式が新丹那トンネルの熱海側入口で行われた。その 東海道新幹線の建設基準にある活荷重(列車荷重)は、N標準活荷重(貨物列車荷重)とP標準活荷重(旅客列車荷重)からなっていて、2002(平成14年)に改正されるまで、この基準は生きていた。記事にもあるように、大阪貨物ターミナルに貨物列車を引き込むための本線を跨ぐ、一見意味不明で異様な施設が今も残っている。

 石井氏の“全国の新幹線網を利用した貨物輸送を再検討すべきだ”という意見に筆者も賛成である。ただし、2002基準改正後に設計された新幹線については、貨物列車荷重が考慮されていない(橋梁などの構造物には一般に貨物列車荷重のほうが厳しい条件になる 。尤も活荷重の影響度合いは小さいが)ことへの対策や夜間の保守時間の確保の問題などについての検討が必要であろう。

 

 

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