紺谷典子著「平成経済20年史」について(2009.1.9,10、12)

 昨年の11月末にエコノミスト紺谷典子氏が「平成経済20年史」(幻冬舎新書987)を出版された。予ねてから筆者は紺谷典子氏の慧眼に注目し、幾つかの拙文で紹介してきた。平成になってからの氏の指摘の集大成とも言うべき著書である。是非多くの方々に読んでもらいたい。「眼から鱗が落ちる」思いをされるであろう。
 本書を一口で紹介すると、最後の行の“米国と財務省が主導する「改革」をやめれば、国民生活も、日本経済も良くなるはずである”という結論を実証するために、個々の政策に潜む嘘や間違いについて、軽妙な筆致で分かり易く解説されている。
 何よりも先ず本書を読んでいただきたい。取り敢えずもう少し内容を知りたいという方もおられるかもしれない。また読んだ後に頭を整理したいと思われる方もおられるかもしれない。そこで、筆者が赤線を引きながら読んだ箇所の主な部分を『 』内に紹介する。その後に筆者のコメントを若干述べてみたい。

平成全般について
『もし平成の日本が、世界の平均的成長を遂げていれば、日本人の所得も2倍を超えていたはずだ(2021ページ)。』
日本は異質?
『改革派の主張は、あたかもなぞったように、米国の要求とそっくりだ。客観的なデータ分析など、どこにもない。最初から米国はオープンで効率的と前提し、米国と異なるというだけで、日本は閉鎖的で非効率と決めつけているだけなのだ。…日本が、異質の批判を甘受せねばならぬとすれば、自国に誇りを持たず、守ろうともしない、まさにその点であろう(3637ページ)。』
平成2年のバブルの破裂
『日銀の“最大”の失敗は、低金利を続け、バブルを生じさせたことではない。急激な金利上昇によって、意図的にバブルを破裂させたことである。破裂してからもなお金利を上げ続け、回復不能なまでに株価と地価を暴落させたのだ。単なる政策の遅れ、失策ではない。意図的、意識的な逆噴射だったのである(42ページ)。』
政府の事業
『政府の事業は、公共目的を持っている。そして、それは民間の投資採算とはまったく別の基準で判断されるべきものである。たとえ、投資採算が悪くても、公的に必要なら、実行しなければならない事業がある。逆を言えば、採算が合わないからこそ、公的に行うのである(111ページ)。』
“「債務」を「赤字」と偽装した大蔵省(122ページ)”
『債務と赤字は同じではない。債務がどんなに大きくても、それを上回る資産があれば、問題ではないからだ。債務が大きいだけで危機だと言うなら、通常、大会社ほど債務が大きいから、大会社ほど財務状況が悪いことになってしまう(123ページ)。』
平成9年秋以降の2年間の金融処理
『幾度にもわたる、金融安定と再生のための法整備、与野党攻防の金融国会、国家予算にも匹敵する70兆円という公的資金枠。多くの手間と、巨額の資金を投じて、一時国有化された長銀、日債銀をはじめとして、多くの金融機関が外資の手に落ちた(209ページ)。』
財政再建について
『大蔵省一家の、この財政再建にかける熱意、頭脳的な複線の配置、用意周到な目配りにを、財政再建だけでなく、日本経済再生、国民生活の再建にも向けてほしい、と思わずにはいられない。それにしても、これほど優秀な方たちが、不況下の増税・歳出削減が、財政悪化の原因だということに、なぜ気がつかないのだろう。あるエコノミスト仲間は、気がついているが無視しているだけ、と論評したが……(217ページ)。』
橋本政権の後期と小渕政権による景気対策
『税収が増えたことで、赤字国債の発行に歯止めがかかった。…景気対策は、財政支出の増加によって財政を悪化させる元凶とされてきた。しかし、財政支出の拡大が、逆に財政を改善したのである(232ページ)。』
小泉改革
『中身を語らず、キャッチフレーズだけの改革は、国民に選択肢を示さない。そんなものが、本当の改革であろうはずがないのだ。しかし、この小泉政権が5年半も続いてしまったのだから、日本は本当にわからない国である(244245ページ)。』
『小泉改革の「官から民へ」は行政責任の放棄であり、「中央から地方へ」移行されたのは財政負担だけだった。「郵政民営化」は、保険市場への参入をめざす米国政府の要望である。小泉首相の持論と一致したのは、米国にとっては幸運でも、国民にとっては不運だった(493ページ)。』
“財政赤字の本当の原因(248ページ)”
『不況下の緊縮財政・増税、経済をさらに悪化させ、そのせいで税収が激減したことが、財政赤字の主たる原因である。…公共事業や景気対策が財政赤字を拡大したのではない。公共事業や景気対策を行わなかったことが、財政赤字を拡大させたのである。日本の財政危機は、狼少年が、自らの嘘で実際に狼を招きよせたようなものなのだ(249ページ)。』
“公共事業はムダか(250ページ)”
『公共事業にはムダが多いのは事実だ。しかし、ムダがあるなら、ムダをなくせば良いだけだ。本当の公共事業改革は、必要なものをしっかり選別し、優先順位をつけ、できるだけ安く、できるだけ速くという効率化の努力を重ねることではないか。…公共事業は本来、国民のためのものである。公共事業が、国民の生命と生活をまもるための社会資本だということが忘れられ、国民自身が社会資本整備を拒否し、「ムダだ」「いらない」の大合唱なのである(250ページ)。』
りそなへの“2兆円の公的資金投入で利益を得たのは誰か(280ページ)”
『安値でりそなの株式を購入した外資系ファンドがいくつかあり、巨額の利益を上げたと証券市場でささやかれた。一部政治家もいたとの噂も流れた。インサイダー取引の疑惑があったのである(282ページ)。』
“いざなぎ景気超え?297ページ)”
『国全体の所得ともいうべきGDPもほぼ横ばい、サラリーマンのお給料は逆に減っているのでは、実感がないのは当然ではないだろうか(300ページ)。』
小泉政権の裏技
『小泉政権は、公共事業抑制を強硬に進めただけでなく、増税路線をひた走った。だが、その一方で、景気回復を演出するための、とんでもない裏技が使われた。株価吊り上げ作戦である。株価上昇は経済に好影響をもたらすのは事実だ。だが、国民の富が、海外は持ち出される結果に終わったとしたら、喜べない(310ページ)。』
“日本型経営を守れ−「企業は株主のもの」ではない(310ページ)”
『日本的経営に問題がないとは言わないが、非論理的な批判が多すぎる。日本だけの非効率・不公正なやり方という批判そのものが、事実ではない。ドイツやフランスの企業も、かつての日本企業と同様に、「企業は株主のもの」などと思ってはいない(311ページ)。』
『日本の企業グループがあまりにうまく機能していたので、ライバルの砦を壊そうというのが米国の狙いだったのだ。米国が自国の利益を求めるのは当然だ。当然でないのは、そうした米国の意図を知ってか知らずか、米国に同調する日本の人々の存在だ。米国と一緒になって、持合解消を改革だと主張する経済学者やジャーナリストは少なくない。竹中金融相もその一人だ(313ページ)。』
“実は年金財政は大黒字(324ページ)”
『公表されている積立金の額は実際よりも過少である。平成15年、年金改革にあたり、小泉政権は年金積立金は147兆円と発表したが、実は、これは実際より80兆円少ない。厚生年金の代行部分30兆円と共済年金の積立金50兆円が含まれていなかったからである。年金財政の危機を示すために、過少申告したのである(324ページ)。』
“景気が回復すれば、年金財政の危機も解消できる(329ページ)
『経済が回復し金利が元に戻れば、巨額の積立金の運用益だけで、消費税の5〜6%分に相当する利益が出て、消費税の増税をしなくても年金の赤字は解消されてしまう。本格的に景気が回復すれば、他の先進国と同様に5%を超える利回りは十分に可能だ(329ページ)。』
『年金改革、社会保障改革と、改革を標榜しながら、実態は、緊縮財政、増税の財政改革でしかなかった。国民生活を犠牲にして財政の健全化ばかり主張する財務省主導の経済運営さえやめれば、年金も、医療も財政危機など消えてなくなるはずなのだ(330ページ)。』
“「医療保険が赤字」という嘘(340ページ)”
『政府はなにかにつけて、少子高齢化を理由に社会保障予算を削ろうとする。そのために、財政危機を演出する。年金だけでなく医療もそうである。医療保険の財政危機をずっと以前から、声高に叫ばれてきた。…ところが、ここにからくりがある。組合健保も政管健保も毎年赤字と発表されるが、これは全体ではなく、赤字の部分だけを発表しているのだという。このことは、もう8年も前に医師会が調べて、その嘘を暴いている(340ページ)。』
“民にできること、できないこと(367ページ)”
『「民にできることは民に」は小泉改革のキャッチフレーズだった。このキャッチフレーズは正しい。小泉改革の誤りは、「民にできないこと」を民にやらせようとしたことだ。…「営利追求」のビジネスとしては成り立たないが、国民生活を守るために必要なことは数多い。自由競争の民間の市場メカニズムだけで、国民生活が成り立つなら政府は要らない。小さな政府どころか政府そのものが無用なのである(367368ページ)。』
郵政民営化
『小泉政権の郵政民営化は、国民に利便も利益ももたらさず、不利益と不便をもたらしただけである。もともと、国民の利益のためではなく、米国と財務省(金融庁)のための改革でしかなかった。株式を売却していない今なら間に合う。少なくとも、株の売却を止めるような緊急措置を講じるべきである(384ページ)。』
『「改革」はハメルンの笛のように、生活と経済を、日本の伝統と精神文化を破壊に導いた。失ったものを取り戻すことは容易ではない。いや、おそらく取り戻せないであろう。平成の20年は、後世に詫びるべき20年であったとしか思えないのだ(387ページ)。』 (ハメルンの笛ふき:
一本の笛をたずさえた怪しげな男が約束不履行に怒って、町の子どもたちを一人残らず、笛の音で導いて、はるかな幻の国へと連れ去ってしまうという、中世ドイツに伝わる伝説 筆者注)
“真のグローバル・スタンダードとは(395ページ)”
『自由競争、市場経済を標榜しながら、実際に彼ら(米国金融資本 筆者注)が行ってきたことは、米国政府と歩調をあわせて日本政府に圧力を加えることであった。長銀のリップルウッドへの売却はそうして実現したことである。小泉政権においては、ほかならぬ日本政府が、米国政府・米国金融と共謀した疑いが強い。日本政府は、米国に従うために、国民を犠牲にしてはばからない(396ページ)。』
『日本が米国から学ぶべきは、金融市場のありようではない。自国民の利益を守ろうとする政策当局の姿勢である。グローバル・スタンダードというなら、政府が自国民を守ることこそが、グローバル・スタンダードなのだから(396397ページ)。』
現在の世界的危機関連
『欧米が日本の不良債権対策を手本としているとの報道もあるが、逆である。日本が金融危機に際して行った対策は、欧米のかつての対策を模倣しただけだ(397ページ)。』
この20
『この20年、日本経済は傷み続けた、と思う。少なくとも「日本経済の回復」ではなかった。一時的な回復局面はなんどかあった。だが、立ち上がろうとしては叩きのめされ、また立ち上がろうとしては叩きのめされ、一体いくたび、それを繰り返したことであろう。叩いたのは日銀であり、財務省であり、米国金融であった。彼ら自身の利益のために、日本経済を犠牲にしたのである(402403ページ)。』

 さて、これから筆者のコメントを述べる。(以下1月10日登載)
 改めて紺谷氏の主な指摘を箇条書き的に列挙すると、次のようである。

✸債務と赤字は違う。政府・財務省は虚偽宣伝している。
✸財政再建のためだとして、不況下に増税・歳出削減したことが却って財政をさらに悪化させた。不況下では公共投資をすべきである。
✸採算が悪くても、公的に必要な事業があり、そのために政府がある。
✸税収激減が財政赤字の主原因で、公共事業や景気対策を行わなかったことが、財政赤字を拡大させたのである。
✸小渕政権などによる財政支出の拡大が逆に財政を改善した。
✸小泉改革は本当の改革ではない。特に郵政民営化は不便をもたらしただけでなく、米国に利する改悪であった。少なくとも、株の売却を止めるような緊急措置を講じるべきである。
✸小泉改革の誤りは、「民にできないこと」を民にやらせようとしたことだ。
✸多くの買国的施策で、多くの金融機関が外資の手に落ちた。
✸りそなへの2兆円の公的資金投入に絡んで、インサイダー取引の疑惑がある。
✸小泉政権は株価吊り上げ作戦、国民の富が海外は持ち出される結果に終わった。小泉政権においては、ほかならぬ日本政府が、米国政府・米国金融と共謀した疑いが強い。
✸実は年金財政は大黒字である。
✸景気が回復すれば、年金財政の危機も解消できる。
✸「医療保険が赤字」というは嘘である。
✸「いざなぎ景気超え」とは実質のない誇大宣伝である。
✸日本は異質ではない。
✸日本型経営を守れ。「企業は株主のもの」ではない。

 以上のように本書では、この20年間の施策担当者の、無能でかつ悪質な、犯罪的(場合によっては犯罪そのもの)行為の数々が暴露されている。その張本人の一人である、竹中元大臣は今もマスコミに登場し、無責任な言動を続けている。1月10日朝のテレビ番組にコメンテータとして出演し、派遣切り問題に関連して、派遣切りが起きないように経済をしっかりさせる政策を断行するリーダーが必要だと語っていた。派遣切りが起きるような施策を行ってきた人間がよくも言えたものである。マスコミもだらしがないばかりでなく、共犯者である。紺谷氏が指摘した事実や考え方をほとんど報道してこなかった。(この着色部分は2009.1.12に修正)しかも、同氏はまだマスコミから干されたままである。
 ところで、こんなに日本を駄目にした政治家やお役人と、それを無批判に応援した学者や報道関係者ばかりがどうして日本をリードする羽目になったのであろうか。紺谷氏は、“彼ら自身の利益のために、日本経済を犠牲にした”とされている。そうかもしれないが、“日本経済を犠牲にした”という自意識さえない人間の闊歩を許した、現在の日本国民のだらしなさには、絶望感しか覚えない。紺谷氏も“失ったものを取り戻すことは容易ではない。いや、おそらく取り戻せないであろう。”とされている。だが、これでは救いがない。せめて本書が日本人が目覚めるきっかけになってくれることを願って止まない。
 最後に蛇足を一つ。中谷巌氏が小泉改革支援をしてきたことを最近「懺悔」(集英社刊中谷巌著「資本主義はなぜ自壊したのか」参照)しているようである。懺悔も中途半端で、しかもまた言論人として活動しようとしていて信頼はできないが、竹中氏よりはまだましである。本当に懺悔するなら本書で述べられたような考え方に到達しなければならない。

追記 差し当たり必要な日本の経済施策
 幾つかの別拙文で述べたように、麻生首相の緊急経済施策は根本を間違えている。紺谷氏が指摘されたように、将来の消費税増税は不要である。思い切った公共投資を主体にした、将来の増税なき積極財政に変換されない限り、展望は拓かれない。米国のオバマ次期大統領は50兆円規模の公共事業実施をするようだし、勤労者世帯向けに1世帯当たり1000ドル(約9万円)の減税を実施するそうである。中国でさえ、53兆円の公共事業を実施するとしている。世界第二の経済大国ができないはずはない。港湾、ハブ空港、新幹線、幹線道路、耐震対策、エネルギー開発など将来の日本のためになる投資はいくらでもある。紺谷氏の言われる“国民自身が社会資本整備を拒否し、「ムダだ」「いらない」の大合唱”という自縛から一刻も早く開放されなければならない。

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