建築基準法の耐震構造計算規程の欠陥について(2006.6.22,23,24,29)

 本年3月に朝日新聞が、採用する耐震構造計算法によって、「強度不足」とされたり、「安全」とされたりするという問題点を指摘した。その際に、拙文「朝日新聞記事『新宿の姉歯物件、強度不足が一転「安全」 新構造計算で』について」で議論をしたが、筆者の誤解もあった。その後十分考える余裕がなかったが、最近、安井建築設計事務所の辻英一氏から、この問題に関連した見解を「建築ジャーナル」誌に発表される原稿(下記「参考」に添付)について意見を求められた。辻氏との議論を通じてまとめた私見を以下に述べる。なお、文中の“ ”は辻氏のご指摘をそのまま引用したことを示す。

 3月の朝日新聞の記事にあるように、建築基準法は建物について、震度5程度では損失せず、震度6強では壊れるものの倒壊せずに人命が守られるという強度を最低の基準に設定している。これはいわゆる二段階設計法のフィロソフィー(注参照)に基づくもので、二つの異なる地震に、別な応答水準を要求している。
 ところが、この最低の条件を照査確認するための、採用可能な設計計算法が複数あり、結果として照査条件設定が不揃いであるために、同じ建物がある設計法では「強度不足」となり、別な設計法では「安全」となっている。その結果、“一方では構造計算を改ざんしたとして建築士の免許が剥奪され、一方では合法として確認検査機関が許可している”という混乱が起こっているのである。
 一般の建物利用者にとって必要なことは、建築基準法の耐震設計理念である、「震度5程度では損失せず、震度6強では壊れるものの倒壊せずに人命が守られる」という最低の基準をその建物が満たしているかどうかということだけである。その判断が、設計計算法によって違ってくるというのは、常識に反している。設計計算法は条件を照査する手段である。条件の照査水準が手段によって相違し、一方で可とされながら、他方で不可となるのは、手段に欠陥があるからである。

 新しい設計基準を作成する場合に、それまでのものとすり合わせをする、コード・キャリブレーションという手法があるが、複数の設計計算法を採用する場合にも、結果に大きな差が出ないように、すり合わせをして、照査水準を決めるべきである。このような配慮が欠落していたために、ある設計計算法が経済設計(建設コストの安い設計)に利用されるという邪道が発生し、世間の常識に反するような混乱が生じているのである。辻氏も、“これらの法令告示は実務経験のない人たちの手でつくられており、新耐震設計法ほど関係者への周知徹底の努力が今のところ充分にされていません。他の設計法との整合性も十分検討されないまま、拙速に法制化されたようです”と指摘されている。早急に設計法間の整合性を十分検討して、規程の欠陥を是正すべきである。
 辻氏は“基準法から第3章構造の削除を”と主張されている。削除する場合でも、別なもので構造設計計算のルールを定める必要はあるように思う。辻氏も、“複雑化した構造検証を手計算でもできる単純明快な方法に改めるべきです”と指摘されている。まったく同感である。上述した設計法間の整合性を改善する、もしくは単一化する機会を捉えて、この指摘にも真剣に応えてほしい。筆者も以前から、土木関係の諸基準が、実務を知らない者(特に大学の先生)が主導権を発揮して決められている弊害を指摘している(拙文「今後のコンクリートの耐久性確保対策は如何にあるべきか」や「土木構造物の早期劣化考」の3D参照)。もっとも、一向に改まらないどころか、益々逆行しているが。  

参考
緊急インタビュー 
法規制強化の実効性は疑問? 
手計算でも可能な単純明快な構造設計に

辻 英一|安井建築設計事務所常任顧問・大阪市立大学非常勤講師

  構造計算書偽造事件から半年、この間に偽装や耐力不足の物件が全国各地で発覚し、建築士の信頼は失墜するばかりだ。しかし、耐震強度が不足とされた建物を「限界耐力計算」で計算し直すと、法的に安全に一転することもあることがわかった。一方では構造計算の偽造の罪で建築士が逮捕され、一方では鉄筋や柱を少なくしても合法だと認められる。建築の安全の担保は誰のためにあるのか、JSCA本部理事を務める辻さんに話を聞いた。  

――昨秋の構造計算書偽造事件によって、法改正の動きが進んでいるようですが、今回の事件に限らず、これまで地震による災害が発生するたびに、耐震設計の内容が見直されています。しかし、改正するたびに構造の本質から外れているという指摘も聞きます。
 現在、60m以下の建物の耐震構造の計算方法は3つあります。日本の地震工学や耐震構造の基礎は、1891年の濃尾地震後に築かれました。1914年に佐野利器が「家屋耐震構造論」を発表し、震度法を提案しました。震度法とは、建物の重さの2割ぐらいの力を、建物の水平方向に作用させて、ヒビ割れや大きな損傷がなければよしとする非常にわかりやすい計算方法です。
 その後、1981年に新耐震設計法が施行され、この方法は保有水平耐力を取り入れたもので、いわゆる許容応力度等構造計算(以下新耐震設計法)ができました。2000年にはアメリカのATC-40という耐震診断手法を日本流に翻訳した等価線形化法、つまり限界耐力計算が法制化され、最近ではエネルギー法が法制化されました。
 構造計算の発展につれて、細部にわたるおびただしい告示、行政指導、学会や建築センターの指針などが出され、最前線の構造技術者は実務を遂行するたけの知識・情報の吸収すらも追いつけないのが実状です。

限界耐力計算はコスト削減ツール

――新耐震設計法では耐力不足とされた偽造された物件が、限界耐力計算で計算し直すと、結果が「安全」に一転しています。計算方法によって結果が変わるのはなぜですか?
 建築基準法は、震度6強では建物は壊れるが、倒壊せずに人命が守られる最低基準として設定されています。構造計算は、法的には新耐震設計法、限界耐力計算、エネルギー法のどれでも構わないことになっています。
 新耐震設計法では、保有水平耐力に応じて、建物が倒れないための強さを備えた柱や梁の太さを決めていきます。建物はさまざまな荷重を受けますが、とくに地震などの大きな力を受けた場合、建物の骨組みを構成する柱や梁などの各部材は、能力を発揮して、その力に抵抗しなければなりません。
 骨組みを構成する部材や接合部分は強度だけでなく、粘り強さも必要です。粘りは低く強度だけを高くすれば、想定より大きい地震に遭うと、建物が崩壊します。一方強度は低く粘りだけを強くすれば、建物の変形が大きくなり、仕上げ材の剥落やガラスの破損など、非構造部材による被害が発生します。
 限界耐力計算は、建設地の地盤の特性を考慮した地震に対して、建物を1つの振り子と仮定してゆれの程度を計算していきます。実際の揺れに応じた設計ができるとされていますが、中高層建物などでは、設計者が架構の限界変形を大きく評価すれば地震力を新耐震設計法に比べてかなり小さく設定してよいことになります。このような場合には、限界耐力計算によれば建設コストの軽減につながりますから、この計算を使ってマンションがたくさん建てられています。出来上がった建物はいずれも断面が細く、鉄筋の数量も少ない。いわば「合法姉歯ビル」と言いましょうか。一方では構造計算を改ざんしたとして建築士の免許が剥奪され、一方では合法として確認検査機関が許可しているという実状があります。
 限界耐力計算は新耐震設計法に比べてさらに難解で複雑です。エネルギー法同様、これらの法令告示は実務経験のない人たちの手でつくられており、新耐震設計法ほど関係者への周知徹底の努力が今のところ充分にされていません。他の設計法との整合性も十分検討されないまま、拙速に法制化されたようです。

――JSCAでも、2月に限界耐力計算の運用の問題点を記載して、国土交通省に意見書を出していますね。
 事件発生以後、JSCAに寄せる社会の期待はとても過大なものになっています。JSCAの正会員になるには、一級建築士の資格を有し、建築構造の設計・監理の実務経験が7年以上あり、会員の紹介が条件です。
 専業構造設計事務所、総合設計事務所、ゼネコン、首都圏、地方では当然会員の見解や考え方は異なります。JSCAの本部理事は15人で構成されていますが、私以外はすべて首都圏理事で、必ずしも全国の会員の実状や意見が反映されていません。
 JSCAが国交省に限界耐力計算について意見書を提出していますが、それならば法律が制定される前段階できちんと意見表明をするべきでした。職能団体を標榜するならば、本質的なところに戻って全国の構造技術者全体としての議論を尽くし、国交省に言うべきことははっきり言うべきでしょう。

十分なインフォームドコンセント

――確認申請書に構造設計者、設備設計者の記入欄がないように、構造、設備設計者は意匠設計者の下請けに位置づけられていますね。
 多くの組織事務所でもゼネコンでも、十分な質、量をこなす建築構造士を擁しておらず、構造関係業務を外注しています。一般的に構造設計者の立場は、意匠設計者の下に位置づけられ、下請けで実際の業務を執行している作業者の平均年収は300万円くらいとも言われています。彼らが細分化・複雑化した膨大な法告示による不毛な計算作業に過重な労働時間を強いられています。しかも、構造設計者の多くが、計算作図、パソコンの世界に没頭せざるを得ず、建築現場を把握する機会もなく、構造以外の知識や教養を持ち合わせていないことも事実です。
 安井建築設計事務所では建築主との打合せには、構造設計者も同席し、建築の構造のしくみをわかりやすく説明しています。建築基準法は最低レベルですから、建築主には基準の2倍以上の地震力を想定した構造設計したケースもあり、それでも、その増加費用は全体の数%程度に過ぎませんでした。コンクリートにしても、金額を少し上乗せすれば、100年の耐久性を持たせることは十分可能ですし、予算に余裕があれば、免震工法を勧めています。耐久性、安全性を考えれば、きちんとした設計と監理が不可欠です。
 その例として、阪神大震災では、当社の設計した建物は一棟も倒壊していません。建築主からはとても感謝されました。築年数、構造規模が類似する建物が、一方ではペシャンコに潰れ、一方ではまったく正常であれば、誰もが設計や施工の不備だとわかります。  

基準法から第3章構造の削除を

 建築構造界がおかしな方向に進んだのは、国交省(建設省)、学識経験者など設計の実務経験のない人たちによって法律がつくられ、確認検査を審査し、認定プログラムを認定してきたことです。
 耐震偽造事件以後、社会資本整備審議会が設置され、法改正の動きが出ていますが、構成メンバーを見ると構造の実務経験者はわずか2名。しかも大手設計事務所と大手ゼネコン勤務の経験者だけですから、実態に即した法改正になるかとても疑問です。
 また、今回の法改正では罰則強化を盛り込んでいるようですが、ムチを与えるばかりでは実効性はないと考えます。また、確認検査機関における構造計算を第三者機関に依頼して、実務経験者によるピアチェックが盛んに言われていますが、あまり有効だとは思いません。一つには構造検証には決められないことが多く、覊束行為になじまないことや裁量行為の部分にベテランであっても見解の相違がでてくること、二つ目に仮に構造計算のミスを見過ごした場合、その責任と保証が負えるとは思いません。
 むしろ複雑化した構造検証を手計算でもできる単純明快な方法に改めるべきです。究極的には、「建築基準法・施行令第3章構造」を削除し、損害保険強制加入を前提とした保険会社によるチェックに改めた方がより現実的でしょう。保険会社は自社に損失が出ないように実質の審査をしますし、消費者は実際の経済的な保証が得られます。
建築界のあらゆる関係者の実態を充分配慮して法制度や社会機構を改善していかなければ、無理が生じて今回のような事件が再発すると思います。  

つじ・ひでいち|1942年大阪市生まれ。1967年大阪市立大学大学院工学研究科修士課程修了。工学博士。同年安井建築設計事務所入社。1983年から同事務所構造部長を務め、2004年から同事務所常任顧問。日本建築士事務所協会連合会構造技術専門委員会副委員長、大阪建築士事務所協会構造技術専門委員会委員長、JSCA本部理事、大阪市立大学・帝塚山大学非常勤講師

補足(2006.6.23,24)
 上記拙文で、採用可能な設計計算法が複数あり、結果として照査条件設定が不揃いであるのが欠陥だとしたが、ひょっとして、照査内容に精粗の違いがあるのだから、不揃いがあってもよいではないかという反論があるかもしれない。
 しかし前述したように、同じ建物についての判定に、「可」、「不可」と相反する、極端な相違があって、非常識な混乱を招くような規程は、やはり許されない。法律違反として責任が問われることが関係する規程であるから尚更である。しかも精緻な計算法というが、本当にそうであるのかという疑問がある。さらに一般の設計技術者には、ほとんど理解されていない難解なものであるとすれば、精緻な計算法の規程への導入は慎重であるべきで、研究レベルで用いる計算手法を実務にストレートに持ち込むべきではない。計算ソフトがあるとしても、意味を理解せずに、間違った使用をされるリスクが高い。(この項は、2006.6.24に若干修正、加筆した)

注 二段階設計法(2006.6.23)
 震度5程度では損傷しないように設計するのが第1段階、震度6強では壊れるものの倒壊せずに人命が守られるように設計するのが第2段階である。
 震度6強のような大地震でも損傷を受けないような設計をするには、大変なコストを伴うが、ほとんどのものは、そんな大地震を受けない。しかも構造に粘りを持たせて、震度5程度で損傷しないように設計すると、震度6強では壊れるものの倒壊せずに人命が守られるという、構造特性がある。このようなことから、限られた予算で、なるべく多くのものを造らなければならないという経済的な制約から採用されている設計思想である。

補足22006.6.29)
 日本建築法制会議http://kentikuhousei.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/kentiku/kenchiku.cgiNo.1810にある、「経験者」さんのご意見の一部を以下の≪ ≫内に紹介する。筆者は建築設計の門外漢であるが、拙文で指摘したことが的外れではないようである。  

≪制度改革素案は賛成の意味は
例えば、建築構造計算では建築基準法に 1.許容応力度設計法、2.限界耐力計算法、3.エネルギー法、4.時刻歴応答解析法  計算法があります。 これらの計算法には整合性がありません。計算書を見よう見真似で作っても正解かどうかは本人も分らない方も多いのでは。また、審査する確認機関でもチェックが出来かねるところが多いと聞いております。これらの計算法を駆使できる構造設計者は実務経験者でも一握りの方しかいません。こんなわけの分らない計算法を次々と基準にするなんて、実務者は御上の言うことに逆らえません。≫

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