長野県治水・利水ダム等検討委員会委員長宛ての意見書(2002.5.16,22)
下記のような意見書を長野県治水・利水ダム等検討委員会委員長に提出しました。
平成14年5月16日
長野県治水・利水ダム等検討委員会
委員長 宮地 良彦 様
元信州大学工学部 長 尚
意 見 書
早速ですが、下記にありますように、5月9日の長野県治水・利水ダム等検討委員会において、委員長ご自身が一委員としてご指摘になったことは学問的に著しく妥当性を欠き、しかもこれに関する委員長としての議事の進め方は極めて公正さを欠きます。一県民として厳重に抗議申し上げ、善処方を強く求めます。
なお、この意見書は公開とさせて頂きます。
記
1.基本高水流量の算定方法は疑問であるという一委員としてのご指摘について
降雨継続時間の短い降雨をそれより長い降雨として扱っている基本高水流量の算定方法は疑問であるという趣旨の問題提起を資料によりされました。しかし、このことが算定結果を過大にするという根拠にはなり得ません。
まず降雨継続時間の短い降雨をそれより長い“降雨への引伸ばし操作により”(“ ”内は資料の表現のまま、以下同様)降雨が“大きく拡大され”ているという認識は誤りであり、単なる思い込みに過ぎません。長い時間の降雨へ引き延ばしているのではなく、降雨量を計画雨量まで引伸ばしているのであります。したがって、長い時間の降雨へ引き延ばしているために、降雨量が必要以上に拡大されているということにはなりません。もし問題があるとすれば、降雨量の引伸ばしによる降雨強度(1時間当りの降雨量)が過大となることでありますが、そうなっていないという確認がしてあり、問題はありません。次に、計画降雨の継続時間は様々な要因が総合的に配慮されて決定されています。例えば砥川で“別の短時間降雨として扱うのが適当”と指摘されたA1群の降雨の多くは、計画降雨継続時間内の連続降雨として扱わなければ、流量が過小評価されて極めて危険であります。したがって、このような指摘は不適切であります。
個人の思い込みに基づいた疑問を不用意に述べることは許されません。一委員とはいえ、早速地元有力新聞が『県の基本高水「認めがたい」宮地委員長』と報道したではありませんか。2.長野市が指摘した昭和12年7月のピーク流量について
同じ資料の中で、長野市が指摘した昭和12年7月の実績雨量に基づいて計算したピーク流量の毎秒415立方bは、実は毎秒329立方bだとの指摘をされました。まったくの誤解(実績流量ではなく基本高水流量を判断する算定値だとの思い込み)に基づく指摘であり、間違いであります。このような資料を委員会に出して説明するということも無責任であり、許せません。
同じ新聞で、幹事会(県側)の説明として掲載された部分に、『(長野市が発表した試算は)二時間最大雨量が二百年に一度あり得る降雨量を上回っており、対象パターンにはならない』とあります。この記事は誤りであります。実績降雨を引伸ばした後の降雨が対象パターンにならないのであって、長野市の試算は実績をそのまま用いたものでありまして、既往流量の試算値であることに間違いはありません。上記で指摘しましたように、貴委員長でさえ誤解しておられるのですから、このような記事になるのも仕方がないかもしれません。それだけ貴検討委員会の議論は杜撰であるということであります。さて、これまで浅川の既往最大流量が毎秒330立方b程度とされている根拠は、戦後のデータに基づいた計算値(実測されていないから計算するしかない)が毎秒317立方bとなっていることにあると思われます。ところが同じ計算方法で、戦前のデータを用いて計算すると、毎秒415立方bになるというのでありますから、既往最大流量はこの値を下らないということになります。しかもこの実績降雨は確率的に極めて異常な降雨というものではありません。したがって、毎秒415立方bを下回る流量を基本高水流量とする議論はもはや成立ちませんから、これを上回る流量とする以外の選択肢はあり得ないことになります。
なお、計算値の信頼性に問題があるから、毎秒415立方bは当てにならないという議論をされるかもしれません。しかしそれは多過ぎるという根拠にはなり得ません。またこれまで基本高水流量が過大だと主張されていた方々がカバー率や既往最大流量の議論をされてきましたが、その議論の前提も当てにならないということになり、自己否定されることになります。それではこれまでの議論は何だったのかという、重大な問題点が新たに生ずるということを予め指摘しておきます。3.委員長としての議事の進め方について
色々と疑問があるとされたのでありますから、文書に“ご教示いただければ幸いです”とお書きになっていますように、議長として、回答を促さなければなりません。そうすれば県当局は説明したことでしょう。回答を促さないで、あるいは回答させないで、あたかも自分の言い分は正しいと受取られるように、委員会を進行されたのは極めてアンフェア―であると言わざるを得ません。上記新聞記事でも『委員長が従来の基本高水に対し反論したことに対し、委員からの異論は出なかった』とされたではありませんか。
なお、このような技術的に極めて杜撰な指摘に対して、的確な見解を開陳されたであろう委員は、この時は欠席されていました。次回の委員会で改めて議論され、不適切な指摘や誤りを訂正されますように求めます。付記
貴委員会に関係のない一個人が、このような意見書や質問状(5月8日付け)などを提出するのは、本来好ましいこととは思っていません。
筆者が問題にしていることはインターネットの幾つかの書き込みにもありますが、かなり多くの常識人が指摘しているところであります。しかし肝心の貴委員会の委員長をはじめ、多くの委員には、このような当然の問題点の指摘が伝わっていませんし、念頭にもありません。さらに報道だけからしか判断できない一般市民には、議論の内容が正確には理解されていないどころか、ここで紹介しましたような報道記事が一人歩きしようとしています。
こうした中で、世論が動かされたり、県の施策が決定されたりしようとしている状況を見逃すわけにはいきませんので、敢えて質問状・意見書の提出に踏み切りました。念のために申し添えます。注
報道関係者へ意見書の写しを配布した際のコメント
添付しました写しにありますような、長野県治水・利水ダム等検討委員会宮地良彦委員長宛ての意見書を先程、長野県土木部河川課治水・利水検討室に提出しました。
なお、意見書では報道に関することにも触れています。公平で、正確な報道を精一杯心掛けて頂きますよう、衷心よりお願い申し上げます。提出を連絡した際の宮地委員長のコメントとそれに関連して
意見書をメールで送り、電話で連絡した際に、宮地委員長から、“もう基本高水流量の議論は出尽くしているから、今後十分議論できるかどうかわからない”との返事がありました。議論が出尽くしているのに、どうしてあんな指摘ができるのかと思いましたが、そのことには触れず、長野市からの説明もあるそうですから、議論は避けられないのではないかとだけ言っておきました。
なお明日の検討委員会で、この意見書を配布すると約束して下さいましたので、先週の質問書と一緒に配布されることになると思います。『質問書と一緒に配布される』というのは、勘違い(?)だったようです。配布することは委員長から拒否されました。顛末は別拙文をご覧下さい。