鳩山首相の偽装献金問題について(2009.12.14,25,2010.1.21,24)

 鳩山首相の資金管理団体が死亡した人を「寄付者」と偽った「故人献金」問題は、母親から首相への巨額の資金提供疑惑にまで発展した。だが東京地検は首相の事情聴取を見送り、上申書の提出を求めることを検討しているようである。そのような姿勢には極めて疑問を感じる。

 このような東京地検の姿勢に賛同し、鳩山首相を擁護する人たちの言い分の主なものは次のようである。

 

“これまでの政治資金規正法違反事件と違って、身内の資金を大規模に政治活動に投入してきたのであるから、むしろ政治姿勢としては賞賛されるべきものである。事務処理に問題があったのであれば、正せば済むことである。

鳩山首相の献金問題は美談だが、美談にならないところに日本の政治の病理がある。何らかの便宜を図ってくれという話ではない鳩山家が貧乏だったら井戸塀政治家といわれるところだ。

“鳩山首相の母親は息子たちを愛するがゆえに、不正には一切、手を染めさせまいと、誰よりも腐心していた。それを踏みにじったのは、ある時期からの邪な秘書である。

 

 後述するように、私財を政治につぎ込むのは、必ずしも賞賛され、美談だとは思わないが、仮に美談だとしても、何故政治資金規正法に基づいて、きちんと処理していなかったのかという疑問は、擁護者でも持つであろう。

 政治資金規正法は、その「基本理念」を規定した第2条で、「この法律は、政治資金が民主政治の健全な発達を希求して拠出される国民の浄財であることにかんがみ、その収支の状況を明らかにすることを旨とし、これに対する判断は国民にゆだね、いやしくも政治資金の拠出に関する国民の自発的意思を抑制することのないように、適切に運用されなければならない。」としている。

 つまり、身内の金であろうがなかろうが、すべて収支の状況を明らかにして、判断を国民にゆだね、いやしくも政治資金の拠出に関する国民の自発的意思を抑制することのないようにするために、この法律は定められているのである。したがって、どんな形であれ、虚偽記載は許されない。自分たちで作った法律をいとも簡単に無視するのであれば、法律を作る資格、つまり国会議員の資格がないと言わなければならない。

 

 自分は知らなかったという言い逃れをするのは、仮にそれが事実で、母親は人格者で、邪な秘書に問題があったとしも、責任ある政治家の取るべき態度ではない。まして一国の総理が、部下に責任を被せるのでは、総理の資格を疑わせるに十分な行為である。

 さらに基本的に問題として、なぜこんなに多額の資金が必要で、一体何に使ったのであろうか。このような疑問に鳩山首相は答える義務がある。しかも国民が政党に年間300円超もの政党交付金(税金)を出して、政治の浄化を願っている。こうした国民の切なる願いを蔑ろにすれば、痛いしっぺ返しを鳩山首相は受けるであろう。

 

 さて、私財を政治につぎ込むのは、賞賛され、美談だと言えるであろうか。裕福な人間が金を使って、有力な政治家になれば、必ず良い政治をしてくれるなら、賞賛され、美談だと言えるであろう。しかしその保障はどこにもない。確かに “何らかの便宜を図ってくれという” 他人からのお金ではないが、自分のお金であっても、個人の「正義」や「野望」を国民に押し付けることになるではないか。こんなことを許してよいだろうか。

 現に鳩山首相が今の日本に相応しい総理であるか、かなりの人が疑問を感じている。多分後世の人から、極めて低い評価を受けるであろう。だとすると、鳩山一家が大金持ちであったのは、大変な罪を犯す原因になったと言えるのではないか。そんなことはあり得ないが、仮に百歩譲って、鳩山首相就任が正解であったとしても、今後も大金持ちが首相になれば、日本の為にならない可能性のほうが高いであろう。井戸塀政治家にしても同様なリスクがある。したがって、私財を政治につぎ込むのは、賞賛され、美談だとするのは、極めて危険な考え方である。大金持ちがある政治家のスポンサーになるのと本質的に違いはない。

 

 ともあれ、意識するしないは別として、鳩山首相を弁護することが目的での擁護論には、客観的な説得力はないことを知るべきである。

 

追加 元秘書起訴を受けての鳩山首相の記者会見を聞いて(2009.12.25)

 鳩山由紀夫首相は、偽装献金事件で元秘書が起訴されたことを受けて、昨24日午後6時から東京都内のホテルで記者会見を行った。その要点は次のようである。

 

【冒頭発言】から

❉“検察の判断を重く受け止め、資金管理団体の会計責任者、会計実務担当者の起訴に対して、責任を痛感している。”

❉“資金のやりくりや手続きの心配をすることなく、秘書に安心してすべてを任せきっていた。”

❉“速やかに納税を行う。”

❉“今後、できうる限り、速やかに、残された疑問点を含めて実態を確認して、収支報告書、閣僚の資産公開、国会議員の資産報告について修正をする。”

❉“民主党を中心とする鳩山内閣による政策遂行に期待をして、応援してくださっております国民の多くの皆様に対する責任を放棄しない。”

過去の発言について弁解しない。しかし、私腹を肥やしたり、不正な利得を受けたということは、いっさいない。”

 

【質疑応答】から

❉“税金の使い方を決める最高責任者が結果として6億円を免れていた”という指摘に対して、“事実は事実として正直に伝えている”と、まともな回答はなし

“鳩山辞めろという声が圧倒的になった場合、その声は尊重しなきゃならないが、そうならないように、努める。”

❉“巨額のお金をどう使ったのか”という質問に、“まだわかっていない”、“もし国民のみなさんの疑念に強くあるなら、調べて調査する必要があるかもしれない”と回答

❉“自身の政治活動を把握していない人が一国を預かる総理大臣の任にあたることができるのか”という質問に、直接的な回答なし

❉“表で使えるお金は確実に増えているわけだから、政治家としての十分なメリットはあったはずでは”という指摘に、直接的な回答なし

 

 鳩山総理は“責任を痛感している”が、それをどういう行為で示すかというと、総理として“国民の多くの皆様に対する責任を放棄しない”ことだと言う。これでは、言葉だけで、“責任を痛感している”としているに過ぎない。呆れる他はない。総理の言い分を要約すると次の【 】内のようになる。

 

【資金のやりくりや手続きは秘書に任せていたから、何も知らなかった。速やかに納税を行う。今後、できうる限り、速やかに、残された疑問点を含めて実態を確認して、修正する。過去の発言について弁解しないが、私腹を肥やしたり、不正な利得を受けたということは、いっさいないから、過去の問題と状況は違う。責任を取って止める必要はない。】

 

 つまり、「自分は知らなかったから直接的な責任はない。納税や修正をすれば、過去の事例とは違うので、止める必要はない。」ということになる。他人に厳しく、自分に甘い。

 こんな認識であるから、税金の使い方を決める最高責任者が結果として6億円を免れていた”、自身の政治活動を把握していない人が一国を預かる総理大臣の任にあたることができるのか”、“表で使えるお金は確実に増えているわけだから、政治家としての十分なメリットはあったはずでは”という指摘や質問の意味が理解できないらしく、返事をしていない。そもそも大金持ちだから総理にまでなったという自覚が欠落し、総理としての自覚も欠如している。

 しかも、巨額のお金をどう使ったのか”という質問に、“まだわかっていない”、“もし国民のみなさんの疑念に強くあるなら、調べて調査する必要があるかもしれない”と、まるで他人事である。自ら積極的に調べて公表し、国民に納得してもらうという意思は感じられない。ここにも“責任を痛感している”という言葉の軽さが露呈している。

 むしろ“もし”という言葉からは、そこまでやらなくてもよいのではないかと考えているという本音が読み取れる。そもそも細かいことはともかく、母上から金が出ていたことを知らなかったはずはないし、使い道も知っていて、公表すれば困ることも認識しているはずである。だから、こんなに公表に消極的なのである。

 

 いずれにしても、政治資金規正法違反という認識は鳩山総理にはない。上記本文で指摘したように、「身内の金であろうがなかろうが、すべて収支の状況を明らかにして、判断を国民にゆだね、いやしくも政治資金の拠出に関する国民の自発的意思を抑制することのないようにするために、この法律は定められているのである。したがって、どんな形であれ、虚偽記載は許されない。」のである。形式犯だから、許せるという意見もあるが、仮に形式犯であっても、真実を記載しない場合には、罰することになっているのが、この法律である。つまり虚偽記載は立派な罪になる。自分たちで作った法律を蔑ろにすることは許されない。 もちろん脱税という実質犯の部分も見逃せない。

自民党議員の中には、実質的な違反を行っている者がいるようであるから、こんな形式犯は大目に見るべきだという意見もある。もしそんな実質的な違反者がいるのであれば、逃れられないように法律を整備するのが、政府、議員の役目であろう。それを実現させるためにも、現行の法律を順守するのが大前提である。

 

 なお、折角政権交代をしたのであるから、余り鳩山政権を追い詰めるなという意見がかなりある。だが仮に今回の件で鳩山政権が倒れても、自民党が政権に復帰する可能性はない。むしろ八方美人的で、優柔不断な、自分の信念の欠落した鳩山首相を換えてこそ、日本のためになる。もう少し様子を見ようという意見もあるが、別拙文で指摘したように、鳩山新政権発足前から筆者が予想していたような事態が現出している。もう様子見の段階ではない。もちろん換えても、必ずよくなるという保証はない。しかし、今の状況を変えなくては、ますます悪くなるのは間違いがない。試行錯誤で、よりよい方向を見出す努力をするしかない。より増しな総理を選択することを、関係者は真面目に考え、国民もそれを応援するべきである。

 

追加2 最近の鳩山首相の発言を聞いて(2010.1.21)

 鳩山首相は先日来国会で、自身の問題は検察の不起訴処分決定で決着したと答弁している。上述で指摘したように、“もし国民のみなさんに疑念が強くあるなら、調べて調査する必要があるかもしれない”と、心にもない発言をしたことがはっきりした。国民の大多数が疑念を抱いているのに、こんな答弁をするとは、国民を愚弄するにもほどがある。国民をなめ切っている。質問したり、報道したりするほうも、昨年末の記者会見での発言の嘘を徹底的に追及するべきである。鳩山総理は一見正直そうに見えるが、 実は相当な悪人であることが国民も分ってきたのではなかろうか。

 また本21日の衆院予算委員会で、母親からの資金提供を知らなかったとする自身の発言が仮にうそだった場合は“(議員)バッジをつけている資格はない”と述べたそうである。たとえ誘導質問に乗ったとは言え、“自身の発言が仮にうそだった場合”と、他人事のように言うのは無責任である。自分自身のことであるから、自信があるのなら、仮にしてもうそということはあり得ないと断言すべきではないか。こんな言い方にも、この人の自信のなさと不誠実さが露呈している。

 

追加3 寺島実郎氏の発言を聞いて(2010.1.24)

 本日のBS-TBSの番組「時事放談」の中で、外交・安全保障政策のブレーンと呼ばれる多摩大学学長寺島実郎氏が、小沢幹事長については責任を取るべきだとしながら、鳩山首相には腹がたたないなどと弁護していた。法的に違反し、しかも巨額の脱税をも問題にしないという、小沢氏と鳩山氏に対するダブル・スタンダードを気にもしない姿勢には呆れた。そもそも寺島実郎氏のような人物が日米関係に影響を与える立場に居ることが間違っている。

 

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