浅川ダム本体工事の低入札価格問題(2010.1.26,27,2.12,25,3.23)
浅川ダム本体工事に応札した大林組・守谷商会・川中島建設から成るJV(共同企業体)の入札価格52億円は、予定価格82億1544万円の63.3%に当たり、予定価格の85%を下回り、低入札価格調査の対象となっていた。信濃毎日新聞の1月21日付けの記事によると、県会計局による、これに対する調査の結論が“工事「履行可能」”になったと報じている。
調査結果の閲覧による公表は、調査の手続きを定めた県の要領に従い、契約締結後だそうであるから、判断根拠は今のところ不明である。しかし、こんな非常識な応札と調査を等閑視する訳にはいかない。
予定価格の63.3%が妥当だとすれば、予定価格の意味はない。妥当とする根拠があるのであれば、予定価格を見直すのが筋である。この入札価格が飛び抜けて異常に低いとはいえ、 そもそも他の5JVの入札価格が予定価格の86〜77%であったことにも、極めて疑問を持つ。結局適正な価格というよりも、落札を意識した価格だったということに他ならないのである。また最低のJVにだけ、さらに格段に低くなる特殊事情があるとするならば、その根拠が明確に示されなければならない。
筆者はこれまでもしばしば指摘してきた(例えば拙文「長野県発注工事の入札制度について」参照)が、予定価格は標準的な工法・製作方法・資材調達などに基づき、実勢単価によって積算されているから、商品の定価ではなく、実際販売価格に相当し、基本的には適正価格で、“巨額の不当な利益”は含まれていない。適切な積算単価で積算してあれば、通常は落札価格と予定価格の差は精々数%以内であるはずである。
実際に大きな値引き率での落札が頻出しているではないかとの指摘がある。しかしその結果、下請苛めや、低賃金・ボーナスカットの強要、容易には表に出ない手抜きなどの不正を行っていたり、倒産に至ったりしているのである。数%を遥かに越えての予定価格を下回る落札は、市場における正常な競争だとはとても言えない。予定価格に近い落札がほとんどであった状態の時でも、統計資料では建設業の利益率は数%しかないのである。それなのに、この水準をかなり下回る価格が適正だとするのは非常識である。結局、利潤を度外視し、出血覚悟の自転車操業、場合によっては無法なことをも考えて、ともかく落札することだけを狙っての応札が落札結果を左右している。これが実態なのである。
これまで建設業界は適正価格の実現を発注者に訴えてきたはずである。ならば自分たちの有力な仲間が、かかる低入札という自殺行為をしているのを容認してはならない。毅然たる態度を示すべきではないか。同時に発注者である長野県も、適正な価格で契約をして、社会的責任を果たす義務がある。こんなことを許していては、世間、特にマスコミの言う不当に高い落札価格という無責任なキャンペーンを建設関連の官業界自らが認めることになるではないか。その罪は万死に値する。
さて、調査結果はまだ公表されていないが、“工事「履行可能」”としたからには、その根拠が適切であるだけでなく、履行を確認する手順が示されていなければならない。例えば、下請泣かせ、低賃金の強要、粗悪材料の使用、適切な施工の欠落などがないかについての竣工前検査と、竣工後に工事コストの内訳提出と監査を受けることを義務付け、竣工前検査・竣工後監査に不合格の業者は以後の入札資格を一定期間(かなり長期)剥奪するものとするような、厳しい条件を付すべきである。こうしたことを欠いている可能性が高いが、今後厳しく監視していきたい。
補足 予定価格の妥当性について(2010.1.27)
上述で、予定価格は“基本的には適正価格で、…適切な積算単価で積算してあれば、通常は落札価格と予定価格の差は精々数%以内であるはずである”とした。しかし、建設界は何年も前から予定価格をかなり下回る落札が繰り返され、いわゆるデフレスパイラル(負のスパイラル)に陥っている。したがって、現在の予定価格の水準は適正価格の水準を切っていて、落札率が100%でも、無理な状況にある 。本来ならば応札額がすべて予定価格を超えて、不調となるはずだが。そうした中での、大幅な落札率の低下は極めて異常であると言わざるを得ない。
建設界が今なさなければならないことは、拙文「長野県発注工事の入札制度について」で述べたように、数値的裏づけを含む具体的な建設市場の実態、すなわち下請・孫請けへの無理強い、低賃金・ボーナスカットの状況、出血覚悟の受注、倒産状況などのほか、機械や人材の放出で、技術力が落ちていて、災害時など、いざという時に対応が困難になっているようなことを正直に示して、説明責任を果たし、世間に理解を求めることである。同時に今回のような自殺行為に官民挙げて厳しく対処して、自助努力で危機を乗り切ることが急務である。
追加 長野県建設部河川課の公表した説明資料について(2010.2.12)
長野県建設部河川課が1月25日に公表した「説明資料」中の「浅川ダム建設工事にかかる低入札価格調査の状況と発注者の対応について」を次のページから複写して以下に示す。
http://www.pref.nagano.jp/doboku/kasen/keikaku/asakawa/asakawasiryou.pdf
1 低入札価格調査結果(低入札価格調査委員会(平成22 年1 月18 日開催))
(1)材料及び労務等の調達を含む見積価格の妥当性
@ 設計図書に基づく必要な項目は漏れなく見積られており、見積価格も下請予定者からの見積りに基づくなど根拠がある。
A 主な材料費や労務単価については著しく低価格な見積りはなく、妥当性がある。
【県積算に比べ工事施工に関わる直接工事費 約70%、仮設工を除くと 約80%、工事の主な部分である堤体工 約90%】
B コスト縮減の理由に合理性があり、見積価格に妥当性が認められる。
C 下請予定業者、資材調達予定業者とも実績のある者が選定されており、実効性のある施工体制となっている。
(2)施工履行実績から見た施工能力
過去に同種の施工実績がある。
(3)技術者の資格及び専任制等
配置技術者は必要な資格及び施工経験を有し、専任で配置ができる。
また、追加技術者も同様の資格及び施工経験を有し、専任で配置ができる。
(4)財務状況からみた経営状況
財務諸表から見る経営状況は概ね良好である。
以上「総合的に判断し、施工履行可能とした。」
2 県内企業からの調達
(1)予定されている施工体制によると、主な下請予定業者(一次)は県内業者である。
【1次下請金額に対する県内企業下請金額の占める割合 約90%】
(2)工事に使用する主要な資材の購入予定先は、県内の企業であり、その材料費に著しく低い価格の見積りはない。
【生コン・骨材・セ メン ト・鉄筋の県積算価格に対する割合約80〜100%】
(3)地元の方々の雇用を計画している。
以上「県内経済への波及効果は期待できる」
3 品質確保のための監理体制の強化
(1)請負者の監理技術者を追加配置させる。【各構成員に専任1名を追加計6名】
(2)検査組織による抜き打ち検査等を実施する。
(3)現場における施工監理体制の強化
・監督職員がダム現場に常駐して、監理を行う。
・施工中の段階確認について、立会い頻度を上げて実施する。
(4)ダムおよび地質の専門家を含めた「施工監視委員会(仮称)」を設置する。
(5)契約後に、当初の施工体制どおりに下請けされているか、確認調査を実施する。
以下に問題点を指摘する。
1)1(1)@で、“見積価格も下請予定者からの見積りに基づくなど根拠がある”とあるが、“下請予定者からの見積り”に妥当性があるかをどのように判断したのか不明である。“下請予定者からの見積り”がありさえすればよいというものではなかろう。
2)1(1)Aで、“主な材料費や労務単価については著しく低価格な見積りはなく、妥当性がある”とあるが、やはり“著しく低価格な見積りはなく、妥当性がある”とした判断根拠が説明されていない。
3)1(1)Bで、“コスト縮減の理由に合理性があり、見積価格に妥当性が認められる”とあるが、やはり判断根拠が説明されていない。
4)2(2)で、“材料費に著しく低い価格の見積りはない【生コン・骨材・セ メン ト・鉄筋の県積算価格に対する割合 約80〜100%】”とあるが、県積算価格に対する割合の80%が“著しく低い価格”でないとする判断根拠が示されていない。
5)以上についての根拠が確かであれば、県積算価格に問題があることを自ら認めたことになっているのではないか。
6)3では、“品質確保のための監理体制の強化”策が一応示されている。しかし、記されている強化策内容と1、2のような曖昧な判断がなされていることから考えると、筆者が上記で指摘したような厳しい監理の実行(次の「 」内に再掲)は覚束ないであろう。
「下請泣かせ、低賃金の強要、粗悪材料の使用、適切な施工の欠落などがないかについての竣工前検査と、竣工後に工事コストの内訳提出と監査を受けることを義務付け、竣工前検査・竣工後監査に不合格の業者は以後の入札資格を一定期間(かなり長期)剥奪するものとするような、厳しい条件を付すべきである」
追加2 WTO案件であるから失格にできない?(2010.2.12)
仄聞するところによると、“工事履行不可能な低価格入札であるから当然失格ではないか”と、多くの関係者が意見を述べたところ、長野県建設部は“WTO案件(県の建設工事26億3千万以上)であるから、最低制限価格を設定して、失格にはできない”と、説明しているとのことである。このような説明からは、最低制限価格を設定しなければ、失格にできないとの認識が長野県建設部にあるように思われる。
しかし最低制限価格を設けられないWTO案件であるからこそ、低入札価格調査制度を採用し、今回それに該当したから、低入札価格調査を実施したのである。最低制限価格を設けなければ失格にできないわけではない。低入札価格調査をきちんとやれば、当然失格にできるのである。だからこそ調査をするのではないか。長野県建設部の基本姿勢に疑問を持たざるを得ない。
追加3 長野県会2月定例会での質疑について(2010.2.25)
昨2月24日の長野県会2月定例会の代表質問で、高見沢敏光議員が“浅川ダム本体工事の落札額は低すぎる。本来は落札無効とすべきだ”と質した。これに対して、入江靖建設部長は“独自の施工技術や、自社のコンクリート製造設備などの活用でコスト縮減が図られており、問題はない”と答弁している。
上記本文で、“予定価格の63.3%が妥当だとすれば、予定価格の意味はない。妥当とする根拠があるのであれば、予定価格を見直すのが筋である。”としたが、質問者も答弁者も、この基本的な問題点に触れていない。“独自の施工技術や、自社のコンクリート製造設備などの活用でコスト縮減が図られ”れば、40%近くも価格が節減できるとするのであれば、予定価格もそうしたことを踏まえて見積もるべきではないか。そんな杜撰な見積もりをした責任はどうすると言うのだ。
実は杜撰な見積もりをしたのではなくて、建設部長の答弁は単に責任感・矜持が欠如した言い分に過ぎないのである。自らの弾いた予定価格をいとも簡単に否定する責任者にその資格はないと言わざるを得ない。
今後の県会2月定例会において、さらに突っ込んだ質疑をしてもらいたい。
なお、今回落札したJVは大手一ゼネコンと地元二業者からなっている。大手は当面はかなり無理が利くから、それに地元の小規模業者が巻き添えにされているという側面も見逃せない。日本経済は大手だけで成り立ってはいない。中小、地方業者との共存で、日本的経営は独自の繁栄をしてきたのである。トヨタと言えどもそうである。大手企業だけが生き残れるはずはない。大手の無自覚な行為は自身に跳ね返ることが分っていない。今の日本は奈落の底に向かっているとしか言いようがない。
追加4 長野経済新聞掲載拙文(2010.3.23)
上記拙文と同じタイトルの拙文を長野経済新聞の3月15、25日号に掲載された。内容はほとんど同様だが、若干書き加えた部分があるし、推敲もしたので、以下に再録する。
浅川ダム本体工事に応札した大林組・守谷商会・川中島建設から成るJV(共同企業体)の入札価格52億円は、予定価格82億1544万円の63.3%に当たる。これは予定価格の85%を下回り、低入札価格調査の対象となっていた。長野県会計局による調査の結論は“工事「履行可能」”になったとのことである。
調査結果の閲覧による公表は、調査の手続きを定めた県の要領に従い、契約締結後になるとのことで、まだなされていない。後述するように発表された概要説明だけでは判断根拠の詳細は不明である。だがこんな非常識な応札と調査を等閑視する訳にはいかない。
予定価格の63・3%という低い価格が妥当だとすれば、予定価格の意味はないことになる。この水準を妥当だとする根拠があるのであれば、自身の積算に問題があることになる。こんなことでは、予定価格を弾く資格はない。また通常の工事入札で、今回の水準よりかなり高い水準(80〜90%)の失格基準価格を設けているが、その根拠もなくなるではないか。
ところで、この入札価格が飛び抜けて異常に低いとはいえ、 そもそも他の5JVの入札価格が予定価格の86〜77%であったことにも、極めて疑問を持つ。結局適正な価格というよりも、落札を意識した価格だったということに他ならないのである。また最低のJVにだけ、さらに格段に低くなる特殊事情があるとするならば、その根拠が明確に示されなければならない。
筆者はこれまでしばしば指摘してきたが、予定価格は標準的な工法・製作方法・資材調達などに基づき、実勢単価によって積算されているから、商品の定価ではなく、実際販売価格に相当する。定価なら大幅に値引きをする余地はあるが、販売価格にはそんな余裕はない。基本的には適正価格である。 “巨額の不当な利益”は含まれていない。適切な積算単価で積算してあれば、通常は落札価格と予定価格の差は精々数%以内であるはずである。
建設界は何年も前から予定価格をかなり下回る落札が繰り返され、いわゆるデフレスパイラル(負のスパイラル)に陥っている。したがって、現在の予定価格の水準は適正価格の水準を切っていて、落札率が100%でも、無理な状況にある 。本来ならば応札額がすべて予定価格を超えて、不調となっても不思議ではない。そうした中での、大幅な落札率の低下は極めて異常であると言わざるを得ない。
実際に大きな値引き率での落札が頻出しているではないかという指摘がある。しかしその結果、下請苛めや、低賃金・ボーナスカットの強要、容易には表に出ない手抜きなどの不正を行っていたり、倒産に至ったりしているのである。数%を遥かに越えての予定価格を下回る落札は、市場における正常な競争だとはとても言えない。予定価格に近い落札がほとんどであった状態の時でも、統計資料では建設業の利益率は数%しかないのである。それなのに、この水準をかなり下回る価格が適正だとするのは非常識である。
結局、利潤を度外視し、出血覚悟の自転車操業、場合によっては違法なことをも考えて、ともかく落札することだけを狙っての応札が落札結果を左右している。これが実態なのである。
今回のようなことを許していては、マスコミの不当に高い予定価格だという無責任なキャンペーンを建設関連の官業界自らが認めることになるではないか。その罪は万死に値する。
今回落札したJVは大手一ゼネコンと地元二業者からなっている。大手はかなり無理が利くから、それに地元の小規模業者が巻き添えにされているという側面も見逃せない。日本経済界は大手業者だけで成り立ってはいない。中小、地方業者との共存で、日本的経営は独自の繁栄をしてきたのである。トヨタと言えどもそうである。大手企業だけが生き残れるはずはない。今の日本は奈落の底に向かっているとしか言いようがない。
建設界が今しなければならないのは、数値的裏づけを含む具体的な建設市場の実態を正直に示して、説明責任を果たし、世間に理解を求めることである。同時に今回のような自殺行為に官民挙げて厳しく対処して、自助努力で危機を乗り切らなければならない。
さて、長野県が発表している概要説明の問題点について指摘する。
@“見積価格も下請予定者からの見積りに基づくなど根拠がある”とあるが、その妥当性があるかをどのように判断したのか不明である。“下請予定者からの見積り”がありさえすればよいというものではなかろう。
A “主な材料費や労務単価については著しく低価格な見積りはなく、妥当性がある”とあるが、判断根拠が説明されていない。
B “コスト縮減の理由に合理性があり、見積価格に妥当性が認められる”とあるが、判断根拠が説明されていない。
C“材料費に著しく低い価格の見積りはない【生コン・骨材・セ メン ト・鉄筋の県積算価格に対する割合 約80〜100%】”とあるが、県積算価格に対する割合の80%が“著しく低い価格”でないとする判断根拠が示されていない。
D以上についての根拠が確かであれば、県積算価格に問題があることを自ら認めたことになっているのではないか。
E“品質確保のための監理体制の強化”策が一応示されている。しかし、その内容と先述した入札価格の妥当性に関する曖昧な判断がなされていることから考えると、実効性は極めて疑わしい。下請泣かせ、低賃金の強要、粗悪材料の使用、適切な施工の欠落などがないかについての竣工前検査と、竣工後に工事コストの内訳提出と監査を受けることを義務付けるべきである。その上で竣工前検査・竣工後監査に不合格の業者は以後の入札資格を一定期間(かなり長期)剥奪するものとするような、厳しい対策を実施すべきである。
長野県会2月定例会の代表質問で、ある議員が “浅川ダム本体工事の落札額は低すぎる。本来は落札無効とすべきだ”と質した。これに対して、建設部長は“独自の施工技術や、自社のコンクリート製造設備などの活用でコスト縮減が図られており、問題はない”と答弁している。
前述で、“予定価格を見直すのが筋である”としたが、質問者も答弁者も、この基本的な問題点に触れていない。“独自の施工技術や、自社のコンクリート製造設備などの活用でコスト縮減が図られ”、その結果40%近くも価格が節減できるとするのであれば、予定価格もそうしたことを踏まえて見積もるべきではないか。そんな杜撰な見積もりをした責任をどうとると言うのだろうか。
実は杜撰な見積もりだったのではない。発注者として筋を通すために掛ってくる労力・負担から逃げ、安易な道を選んだだけなのである。責任者としての矜持が欠落した、敵前逃亡的行為である。自らの弾いた予定価格をいとも簡単に否定する責任者にその資格はないと言わざるを得ない。
仄聞するところによると、“工事履行不可能な低価格入札であるから当然失格ではないか”と、多くの関係者が意見を述べたところ、長野県建設部は“WTO案件(県の建設工事26億3千万以上)であるから、最低制限価格を設定して、失格にはできない”と、説明しているとのことである。このような説明からは、最低制限価格を設定しなければ、失格にできないとの認識が長野県建設部にあるように思われる。
しかし最低制限価格を設けられないWTO案件であるからこそ、低入札価格調査制度を採用し、今回それに該当したから、低入札価格調査を実施したのである。最低制限価格を設けなければ失格にできないわけではない。低入札価格調査をきちんとやれば、当然「履行不可能」だとして失格にできるのである。だからこそ調査をするのではないか。長野県建設部の基本姿勢に疑問を持たざるを得ない。