設計における目標リスク水準

 本文はこれまで発表しました安全論に関する拙文から、標題に関係します部分を改めて纏めたものであります。(1999.9)

はじめに

 筆者の安全論は別の拙文「最近の土石流災害等に関して思う」にあるように、「あり得るリスク」の存在を皆が持つことにより、真の安全性の向上が図られ、適切な被災者の救済も行われるというものである。
 このとうな「あり得るリスク」の存在を認識して貰った上で、許容リスク(acceptable risk)も世間から認めて貰い、その場合の適正リスク水準は総期待費用最小化原則(注参照)に基づく水準が望ましいという意見がかなりある。
 この意見に筆者は反対である。以下簡単に筆者の見解を述べる。

acceptable risk ではなく、forced risk もしくは bearable risk である

 以前から飛行機についてはacceptable riskが存在していると言われることがある。しかし飛行機の場合であっても、世間に安全の水準を示してacceptされて、現在の安全の水準が設定してあるのではなく、安全性と経済性の絡みの中で、結果として現在の水準(世界の定期旅客輸送機の死亡事故発生率は約45万フライトに1回という確率)があるのである。また改めて世間に聞けば、現状よりもっと安全性を高めろと要求されるであろうし、決してacceptしているわけではない。
 設計する側で「acceptable risk」という概念を設定して、それをそのままの形で世間に説明しても理解されないばかりでなく、却って反発を招くと思う。可能な範囲でのどんな水準を設定してもacceptすると世間は言わないであろう。新幹線も兵庫県南部地震のような大地震では脱線の可能性のあることが世間に認識されたが、新幹線の運行を止めろという意見が出ないのは、暗黙のうちにacceptable riskとして認めているという意見がある。しかし極めて発生確率が低いので、自分はまず大丈夫だろうということで、目を瞑っているだけである。決してacceptable riskだと思っているわけではない。
 これまでの水準かそれを上回れば我慢して貰うという形での理解を得るのが精一杯だと思う。つまりacceptして下さいと説明するのではなく、我慢ないし耐えて貰うしか現実には対応できないことを理解してほしいと説明すべきだと思う。このような意味から、「acceptable risk」ではなく、やむを得ず強いられるリスク「forced risk」であり、我慢もしくは受忍せざるを得ないリスク「bearable risk」であると言うべきである。

総期待費用最小化原則に基づく水準は適正か?

 「bearable risk」をどの水準に設定して、設計における目標水準とするかについて、決め手となる積極的な合理的判断基準は通常ない。総期待費用最小化原則に基づく水準を挙げる人もいるが、この原則は経済効率最優先の思想であり、しかもこれに基づいた安全水準を概略試算してみると、現行の安全水準よりかなり低い。
 このことは阪神・淡路大震災とか予想される東京大地震で考えてみるとはっきりする。阪神・淡路大震災では諸々の要因を考慮して、かなり多めに評価しても被害総額は20兆円で、これは年間の国全体の建設投資の4分の1である。このような大地震は全国的に考えても、数十年に1回以下の確率で起こるわけである。かなり多く見込んで、仮に40年に1回とすれば、年平均の大地震による被害総額は0.5兆円で、これは国全体の建設投資の160分の1、つまり0.6%強に相当する。被害総額が100〜200兆円に達すると言われている東京大地震の場合は、発生頻度が仮に100年に1回とすると、年平均被害額は1〜2兆円で、国全体の建設投資額の1.3〜2.5%に相当する。そこでこの程度の費用(国全体の建設投資額の2.5%以下の費用)を掛けて安全水準を上げてみても、それによる被害額の減少は掛けた額よりかなり少ない筈であるから、現行の安全水準をそのままにして、何もしない方がより経済的である。つまり現行の安全水準は総期待費用最小化原則に基づく水準よりかなり高い水準だから、こいうことになるのである。
 したがってこの原則に基づくと、現行の安全水準よりも低い水準で設計することになる。しかし世間はそれを許さないであろうし、我々もそれを世間に強いるべきではないと思う。

設計における目標リスク水準

 経済効率が最高でなくても、可能な範囲でできるだけ安全性の向上を図るべきだと思う。すなわち経済性の制約の許す範囲内で、現状もしくはそれより水準を高く設定するという、消極的ではあるが現実的な判断基準が設計における目標リスク水準の基本にならざるを得ないと思う。
 いずれにしても、このような議論を一層高めると共に、世間の理解を得る必要がある。

 総期待費用最小化原則:
 初期建設費用に破壊損失期待費用を加えた総費用が最小になるような、最も経済的なリスク水準で設計しようとする原則を言う。リスク水準の向上に伴って、初期建設費用は増加するが、破壊損失期待費用は減少する。そのために総費用が最小になるようなリスク水準が存在することになる。なお破壊するのはごく一部であるから、破壊損失期待費用は破壊損失費用に破壊確率を掛けた平均値で評価したものが用いられる。