老人とロボット
西暦3200年の未来、老人はロボットと共に、一人で生活していた。
2009/12/12
森宮 照
「老人とロボット」
西暦3200年。2000年代に「インターネット」と呼ばれたネットワークが、その抱えていた非無限性問題と、「全てのデータが必ず中央サーバーを通る」結果として情報の漏洩がしごく簡単に起こる事と中央サーバーのトラフィックを圧迫する事の物理的限界を何とか解決して、「インターゲート」と名を変えてから、1200年は過ぎて。人類は月だけで無く火星、そしてスペースコロニーを数多く建設、人口は合わせると120億人を超え、あらゆる所に小型端末が行き渡り、ネットワークの普及台数も一千億台にも達しようと言う時代。もちろん人類はこの頃、人型のサポートロボットも開発していて。それは人々の良きお手伝いとして普及し、活躍していた。
月周回のラグランジュポイント、そのK2と呼ばれたエリアの第12番コロニーでは、一人の老人が住んでいた。齢82才になる彼は、現在迄に普及した人型汎用サポートロボット、その産みの親でもある。彼はコロニー内の一角にあるマンションに一人暮らしをしていた。いや、住人はもう一人?居た。サポートロボットの「フォレスト・ボーイ」。現在普及しているロボット達のプロトタイプに当たる物で、彼は退職後、それを引き取り自宅で使用していた。性能も今で言えば悪いし、見たくれも、如何にもロボット。現在出回る、意識してそれらしく作らないと殆ど人間と区別が付かない物と比べれば動きもぎこちなく、実用性も悪い。5年ほど前に妻が先立ってからは…彼は毎日、フォレストボーイに料理を作らせ、洗濯をさせ、ベランダのプランターなどの手入れに部屋の掃除を、全て任せていた。
老人は今日も、バルコニーから外の、そこから見えるコロニーの様子を眺めていた。毎日変わらない、円筒形の景色。緑も多く環境は配慮され、人々は毎日活発に行動し、仕事をし、遊んでいて、その傍らには常にサポートロボットが居る。フォレストが、いつものレモンティーを持ってくる。受け取りつつ、老人は彼を見上げた。フォレストも機械的に老人へ「視線」を向けた。ただ、何か考えている訳ではない、次の命令の可能性を考慮し、待機しているだけだ。老人は多少苦笑して、再び視線を戻した。ふと呟きが漏れた。
「何が楽しいのかな、君らは」
<それはもちろん、マスターのお役に立てる事が嬉しいのです>
プログラム通りの応答。その様にプログラムして、それを始めて実演した時の頃を思い出した。会社のお披露目の時に、当時老いた社長がそう尋ね、フォレストはその様に答えた。社長も苦笑し、会場はざわめいた。まだ、自分も若かった。社長も、今はもう居ない。研究に燃えていた頃の情熱は、今は良い思い出だが。その熱意が産み出した中の、それはたわいない一言に過ぎない。彼らが、何か考えている訳では無い。ただ、当時は「ここまで出来る!」それに興奮していた思いは今、多少の変化を見せていた。外に視線を移す。家族の後ろをもう一人の人型が荷物を持ってついていった。遠目から見れば、サポートロボットも人間も、殆ど違いが無い。妻の事を思い出す。料理を作っても、ただ食べているだけだと怒られた事がある。御礼に旅行に連れていくと約束して、気をなだめた。フォレスト達にそんなプログラムは無い。こちらの様子に何か期待する事も無く、ただ忠実にプログラム通りに、何の感情も無くこなすだけだ。なのに、彼らは全く人間の出来る事と遜色無い事が出来る。違和感を感じ始めたのは、妻が亡くなってからか。もちろんフォレスト達は人間ではない、そう作った、今でも規約は受け継がれている。何か”残る”物が有る…人間と接する時には残らない物だ。
妻が亡くなってから、対人関係もずっと狭くなって。サポートロボットも居るので、以前は多かった訪問ヘルパーも、今は用が無くなっている。TVも有るし、孤独で居る事に寂しさも無く、何の問題も無い。相応の好待遇、今の政府には感謝せねば成らない。ともかくこのまま命が消えても、後はフォレストが上手くやるだろう。問題は無い、ただ、その”残る”物だけが少し、気になった。
フォレストの開発は、それでも人間の情緒面まで考慮しての設計が求められた。30代の頃、自分は技術面よりその辺を重視した。芸術性、倫理面。追求に追求を重ねた、人間に不快感を与えない様にする為にはどうすれば良いか?今考えても、相応「やる」ものだったと思う。やがて人と機械の境目に至り、そこを理論立てて構成。インターゲートの開発者が残した記述にも目を通して、フォレストはあくまで「ロボット」で有る様に、それで居て不快感を感じない様に作った。最も使い易い道具を目指し、フォレストは開発開始から約十年の月日の末に完成。行動プログラムを組む時にはわざわざ地球のナイアガラの滝、それが見える場所に別荘を用意し情緒面にも配慮して組み上げた。その時に、庭から見えたジャングルを見て、フォレストボーイと名付ける。大地と同じ”物”を作る、その結果、フォレストはうるさ型の社長を納得させる物には仕上がったのだが。
社長からの要求は、100%応えたと言う自負は有る。歴史的快挙でさえ有っただろう、人間の身近であらゆる局面に人間並みに対応し、しかし何のストレスも感じない”機械”は正に人類の夢だった。動物でさえ無い、金属疲労も自分で勝手にパーツを注文し直せる。最もフォレストの部品はもはや特注だろう、そんなに過酷な事をさせる訳でもない、まだ、自分が死ぬまでは動き続ける筈だ。感謝せねば成らない。彼無しの生活は、今は考えられない。
「いつもすまないな。大変だろう、老人の世話も」
<私には、そういう感覚は解りません>
フォレストについ。少しふざけて礼を言い、彼は事務的に応えた。それで少し思う、これで良いのだろうか?人間と1%も違わない”機械”として作った。本当にただストレスが無い”だけ”だ。酷く何か、残酷な事をした様な気にもなる。彼らに魂はあるのだろうか。もしかしたら、”これ”は何かの牢獄かもしれない。やがては自分も入るかもしれないような。もちろん、そういう物を作ったつもりもないが、考えた。
「君達が作ったんだよな、我々を」
<その様におっしゃるのなら、そうなのでしょう>
組み込んである会話、その応答集の中にある、多分開発者である自分しか知らない秘密の応答。インターゲートの開発者の記述の中にも有る。「人は大地から産まれた」、”それ”を当時の自分が考えて、ちょっとした一言として組み込んだものだ。目の前に有る物が、その全てが、人間を”この様に作った”のだ。彼らには人間が必要で、人間は彼らを求めた。だから、人間は人間らしく生きる必要がある。それは義務だと、インターゲートの開発者は後の記録で語っている。解った様な、解らない様な。”残る”物が有って、ふとそれが、足りなかった何かかもしれないと、少し考えた。
今日は休日なので、バルコニーから見える景色も人通りが多く。遠くの公園では老人達も集まりなにやらスポーツ?の様な事をしている。そういう事は、余り得意では無いので。妻も死んでからは益々閉じこもる様に成って。レモンティーを飲み干して、置く。
<おかわりは必要ですか?>
「いや、もう良い。下げてくれ」
<解りました>
ティーカップを片付けるフォレストは、相変わらず何の感覚も持たず忠実に命令を聞いている。奧の台所へ向かう後ろ姿には、もちろん無き妻の面影など感じられない、その様に作ってあるが。ただ、彼らは彼らが居る理由が有り、それは彼らを使う人間が居ると言う事に通じて。「御礼」はせねば成らない様な、表現するなら、ふとそんな気分には成った。
「フォレスト」
<はい>
「この辺で、何か楽しい事は無いかな。たまには遊びにでも出たい」
<近隣のデータベースから探してみます。催し物がよろしいですか?或いはスポーツでしたら参加可能なクラブを探しますが>
「ともかく一通り頼むよ。出来るだけ楽しい所が良い。後は見てから考える」
<解りました>
検索は恐らく1秒も要らないが、”吟味”には相応の時間が必要だろう。やがてTVに情報を表示する。適当な所があるような無いような、ともかく少し、楽しもうと言う気にはなった。
フォレスト達には「御礼」が必要だ。我々人間が可能な限り長く、生き続けると言う。
END
プロデューサーシート
タイトル「老人とロボット」
概略 小説
コンセプト「インターゲートが普及した世界で」
ハード的テーマ「未来の景色」肯定否定
西暦3200年のインターゲートが普及した世界で何か問題はあるだろうか?とか。もっとも人間が存在する限り生活その物がそんなに変化する訳でもないだろうが、その辺も踏まえての未来風景を。
ソフト的テーマ「何か問題は無いか」肯定否定
インターネットが内向き故に問題を発生させた様な事が、この頃起こっていないか?のチェック。物語なんで解らないと言えば解らないが、可能な限り正確なシミュレーションの結果を。
目的 インターゲートの問題を探る
それは無い 目的を達成しない